3-4
周りの鬼と比べても一際大きい巨躯。黒光りする肉体。頭部の雄々しい角。そして、片眼を切り傷で封じられた、黒鬼――。
ラクトの中でかつての記憶がフラッシュバックする。背部に損傷を負った父ラーグ機。その前に悠々と立つ黒鬼が、切られた片目から血を流しながら、巨大な金棒を振りかざす。そしてそれが打ち下ろされ、叩き潰された機体。
「やっと見つけた――」
「ラクトはん?」
「やっと見つけたぞ、片目の黒鬼」
「……あかん、これもう聞こえてへんわ」
「殺してやるぞ、ジンガァァァァァァァ!」
隣に立つイーシャが何やら伝えようとしてきたが、ラクトには何も聞こえない。ただジンガだけが目に映るかのように視界が狭まり、世界がラクトとジンガだけになる。
この五年、積み上げて来た復讐の怨念がラクトを突き動かし、AX1の操縦ペダルを踏み込ませる。
傍らのイーシャを置き去りに、ラクトはAX1をジンガに向かって突っ込ませる。
同時に振り上げた巨大斧をジンガに向かって振り下ろすも、ジンガは見覚えのある巨大な金棒でそれを防ぐ。
「お前が全て壊した!」
ガキン、という音と共に巨大斧と巨大金棒がぶつかり、火花が散る。ラクトの脳裏に思い出されるのは、かつての幸せな日常。笑顔が絶えなかった家。
「お前が殺した!」
ガキン。再度振りかぶり角度を変えて振り下ろしても、やはり片手で持ち上げた金棒で防がれる。
――記憶にちらつくのは、優しかった、そして頼りがいのあった父。いつかああなると決め、追いかけようとしていた父の後姿。
「許せねぇ……許せる訳がない」
キン、キン、ガキン! ラクトが何度巨大斧を振り下ろしても体勢を崩す事もできず、ジンガは防ぎきってくる。
――そして思い出の中のそれらを全て、燃やし、壊し、殺しつくす片目の黒鬼の姿――。
「復讐してやる、殺してやる、殺してやるぞジンガァァァァァァァ!」
雄たけびと共に何度も何度も斧を叩きつけるも、ジンガは揺るがない。ラクトの怒りと執念の叫びを聞いても何も思う所はないとばかりに表情も変えない。
ただ、何度目かの斧の一撃を、やや強く金棒を振る事で、ラクトの連続攻撃を止ませ、後ろに下がらざるを得なくした。
「おい」
「なんだ。自分の罪に気づいて、命乞いでもしたくなったか? ふざけるな!」
「そんな事は知らん。どうでもいい」
「どうでもいい、だと……?」
ヒートアップするラクトとは逆に無表情で、いや、むしろ段々と冷めた表情に変わって来たジンガが言う。
「俺ぁ、数多くの人間を殺して来た。そりゃお前みたいなガキの親を殺す事だってあっただろうが、一々覚えてられるか」
「なん、だと? 俺の父を、ラーグを馬鹿にするのか? 誰よりも魔導機装の操縦に長けた、最強の機装士なんだぞ!」
「だから知るかよ。そんな事より――」
「そんな事より!?」
ラクトの言葉はジンガには届かない。響かない。そのあまりの言葉にラクトの頭が怒りのあまり真っ白になる。父ラーグを貶された事による怒り――そして、この復讐の意味を貶された事への怒り。
「ああ、そんな事より――本気を出せ」
「ああっ!?」
そんな怒りに一瞬の空白が生じる。今この鬼は何と言ったのか。怒りをぶつける自分の攻撃を、本気でないと言ったのか? その気づきがラクトの怒りの炎に更に油を注ぎ込む――。
「ただ武器をぶつけるだけじゃ、お前の機装の大きさじゃ話にならん。お前の強さは、あの身軽さと高速移動だろ? そっちを出せ」
そう言うとジンガは、自分の金棒を地面に突き立てると両手を大きく広げた。
「な、なんの真似だ?」
「俺の魔法は生体の硬化だ。お前の機装じゃ傷一つつけられんぞ。攻撃してみろ」
「ば、馬鹿にして――!」
カッとした。確かにラクトの機装は小型に分類される。が、それを補って余りあるように装備しているのがこの不釣り合いな巨大斧だ。これまでどんな鬼だってこれで両断してきたのだ。
(それを――それを!)
冷静に考えれば、それこそジンガの言葉通りに機体の出力以上の威力を載せて攻撃するべきなのだろう。だが、今のラクトにはそれはできなかった。ジンガのこちらを貶す言葉を間違っていると証明しない訳にはいかない。
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁ!」
巨大斧の魔導回路に魔力を流し込む。霊的な力が斧に付与され、ただの物理的な重さに更なる威力が重ねられる。その攻撃力をもって、ラクトはジンガに巨大斧を叩きつけた。
夢想するはこれまでの鬼と同じく、ジンガの身体を引き裂く光景――。
だが。
ガキィィィィン!
「なにぃっ!?」
金属同士のぶつかり合いであるかのような硬質な音が響き、巨大斧がはじき返される。無防備で、ただ魔法で自分の肌を硬化させただけのジンガに、巨大斧の攻撃力が全く通じないという現実。
「さあ、これで分かっただろ? ――いい加減、本気を出してもらおうか」
改めて金棒を掴んで構えるジンガの姿に、ラクトは復讐の思いでただ熱くなりすぎた心が、急激に冷やされるのを感じた。――恐怖という名の感情によって。
***
「――あれは、あかん」
イーシャは少し離れて見ていたラクトとジンガの戦いに不穏なものを感じて舌打ちをした。勿論イーシャとて、ジンガが簡単に倒せる相手とは思ってはいなかった。ジンガの実力の程は知らないが、少なくともこの地方では最強を誇るであろう鬼なのだ。
しかしだからといって、ラクトの斧が全く通じないとも思っていなかった。小型とは言え魔導機装がその身長以上の大斧を振るうのだ。如何にそれをうまく当てる事が出来るか、という勝負になるのではないかと予想していたのだが、当てが外れた。まさかジンガが無防備に食らった斧の一撃をはじき返す程の防御力を誇るとはイーシャも思ってもいなかったのである。
勝ち目を見出すにはジンガが言う通り、AX1の機動力を生かして斧の威力を上乗せすることは最低条件に思えたし、その為にはジンガの意識を攪乱する意味でのサポートが必要とも思えた。
そう考え両者の戦いの元へ突き進もうとしたイーシャだったが、その前には二つの人影が立ちはだかった。
ジンガの両脇に立っていた、恐らく参謀か腹心か、と見える鬼達である。ラクトとジンガの戦いは放置するのに、そこに踏み込もうとしたイーシャの動きには敏感に反応して邪魔しにきたのだ。
片方の鬼、やや体格が劣る方が前に出てきて、拳をゴキリと言わせた。
「折角兄貴が楽しんでるんだ。邪魔をするなよ」
言いざま、殴る蹴るではなく手をゆっくりとイーシャの方に伸ばしてきたのは、恐らく掴んでさえしまえば簡単に殺せると考えたからなのだろう。それ自体は間違いではない。如何に武術や勁術で鍛えているとは言え、鬼の膂力に捉えられてしまえばイーシャとて敵いはしないだろう。
が、イーシャの方もそれに律儀に付き合うつもりも無かった。イーシャは手にした傘を折りたたむと、鬼の腕を掻い潜ってその鳩尾に向かって突き出した。
鬼がそれを避けなかったのは、そもそもイーシャの姿は鬼から見れば小さな体躯のエルフが攻撃して来たとて自分に効くとは考えなかった事、そして傘がそもそも武器では無かった事も大きいだろう。
だが、それは結果的には鬼にとっては致命的な油断となった。
確かにイーシャが手にした傘は、ただの傘に過ぎず武器ではない。が、勁術を修めた武侠にとっては、勁力を籠めればどんなものであろうとも身体の延長とし、武器として扱う事ができるのだ。例えば丸めた新聞紙を金棒の如く扱ったり、着物の帯を何でも切り裂く鞭が如く扱う事ができるのも武侠の技の一つだった。
「哈っ!」
鬼の油断が故に容易く彼の胸に突き刺さった傘の先からは、イーシャの勁力が流れ込む。それはイーシャが直接殴るのと同じように、爆発的な攻撃力となって鬼を襲った。
「なっ!?」
後悔と驚きの声を上げる暇もあらばこそ。鬼は何かに撥ねられたが如く吹き飛び、地面を転がっていく事になった。殺せはしないが、いかな鬼とてこの戦場においては戦闘不能と言える状況にまで追い込む事ができたとは言えるだろう。
「へぇ」
それを見て、残った方の鬼――イーシャが見た所、ジンガに次いで巨躯である鬼、ブラスが声を上げた。そこには吹き飛ばされ転がされた鬼への嘲笑でも憤りでも無い、確かにイーシャに対しての関心があった。
突き出した傘を引き戻し、イーシャは慎重にブラスの方を見る。
「その小さい身体で良くやるもんだ。武術だっけ? 感心するぜ」
「食らいたく無いなら、どいててくれるとありがたいんやけど」
「馬鹿言うなよ。むしろ俺にもやってこいよ」
ズシ、ズシ、と重い音が聞こえるかのように体を揺らしながら、ブラスがイーシャの方に迫ってくる。その目には、先ほどの鬼にはあったはずの油断は無く、ただイーシャの強さを計ろうとする光があった。
「随分冷静なんやね。鬼ってもっと怒りっぽいものかと思ってたんやけど」
「怒る事がありゃ怒るさ。が、今はそれよりも楽しみって感情が強いな」
「……比武を楽しむ、なんて感覚が鬼にもあるんやね?」
「うちの大将がそうだからな」
感情とは当然だが怒りだけではない。単純に言っても喜怒哀楽と呼べるものはあるのだし、それ以外にも複数の感情が存在する。鬼は感情に左右されるとは言え、常に怒りばかりではないというのはブラスの言う通りなのだろう。
軽口を叩きながらイーシャはブラスの隙を探ったが、結局のところは見当たらなかった。人間とは違って系統立てた武術を学んでいるという訳では無いのだろうが、それでも鬼が生来もつ強さは隙を作ってはくれなかった。
結局イーシャは、ブラスの挑発に乗る事にした。ラクトのサポートに駆け付ける為には、できるだけ急いだほうが良いのは確かなのだから。
「お? やっとやる気になった――」
「哈っ!」
ブラスが話している途中に地面を蹴る。イーシャは先ほどの鬼にやったように鳩尾を狙って傘を突き出そうとするも、ブラスの方も迅速に反応。イーシャの突き出した傘に、拳を合わせて来た。
鬼の剛腕にて振るわれた拳と、勁力が込められたイーシャの傘とが激突する。
そして次の刹那、バヂン、という破裂音と共にイーシャの傘がバラバラにはじけ飛んだ。
「くっ」
慌てて後ろに引き下がるイーシャに対して、手をプラプラと振るう鬼が笑っていた。
「なんだ、互角か。やるなお前」
(――ちゃう。そうやない)
ブラスは互角と言ったが、そうでは無いのは誰よりもイーシャが分かっていた。
強者は元々武術を必要としない。弱者が強者に勝つための手法を積み上げたものが武術であり、その延長上で霊体の動きを重ね合わせるのが勁術である。
イーシャの今の一撃は、イーシャが武術で練り上げた体重移動と勁術による霊的同期が為された、全力とも言える一撃である。その全力を瞬間的に出せるからこそ武術であり勁術なのだ。
しかしどこまでいっても、強者は強者なのである。例えば恵まれた巨躯を持った存在が魔力で強化した拳を振るえば、それは圧倒的なまでの破壊力を生み出す。それは武術や勁術といったものを超越した、強者の理だ。
そして今、目の前の鬼、ブラスの一撃はイーシャの全力の一撃を受けきってみせ、更には傘を破裂させていた。ブラスは傘を使ったからこそ攻撃力が弱くなった面があると思っているようだったが、事実はそうではない。むしろ傘だからこそイーシャがダメージを負わなくて済んだ、という面ですらある。もし直接イーシャの拳がぶつかっていれば、壊されたのは傘ではなくイーシャの腕になるだろうことは明白だった。
つまり、たった一回のぶつかり合いでイーシャは理解してしまったのだ。
(この鬼……ウチより強い――)
イーシャの顔を、冷や汗がツゥと流れ落ちた。
***
雪がやや強くなり始めた中。一匹の鬼が周囲を見渡している。そして何かの音に気づき、そちらの方を見た次の瞬間――彼の背後に現れた一機の大型魔導機装が、音もなく剣を振り下ろし鬼を一刀両断した。
ヴァルガドの英雄たる、ロイド機である。
こうして彼が鬼を次々に葬っている事で、彼の周りは優勢に戦闘を進められるようになっていた。
現在のところ、戦場は大きく分けて三つある。
一つは鬼の先行部隊とオライガの守備隊との闘いだ。ここは鬼の猛攻を守備隊が懸命に凌いでいる形である。鬼を退ける、という事にはならないだろうが、一定数の敵を引き付けている点では果たしている役割は大きい。
一つは鬼の先行部隊と後続部隊の中間を攻めているロイド達ヴァルガドの隊の戦いである。ここは戦術の通り、ロイドの活躍もありやや優勢になりつつあるという形だが、そもそも後続部隊と先行部隊の間に挟まれる形になっているため、優勢になっているといっても戦況をひっくり返す事に繋がるかと言えば、そこまでではない。
そして最後の一つはジンガとラクト達の戦場である。ここが決まれば一気に戦局が傾く重要な戦場ではあったが、ロイドはやや怪しいものを感じていた。
ロイドにとってはラクトは恩師の息子である。彼には会うたびに言っているのだが、復讐はやめさせたいし魔導機装に乗るのも反対の立場だ。自分の言う事はどうも聞いてくれないが、それでも無視することなどできない、それがロイドにとってのラクトだった。
そして今回の作戦ではラクトとジンガがぶつかる事については、ロイドは賛成の立場をとっていた。勿論それまでの立場から考えればそもそも作戦に参加する事すら反対すべきなのだが、情報を持って来たのがラクトであり、そして中途半端に参加させてもジンガに暴走して突っ込んでいってしまい軍全体が混乱する可能性を考えれば、認めざるを得なかったのである。
そんなロイドだったが、ラクトの魔導機装の実力については一定は認めている所があった。もっともそうでなければジンガという鬼の実力者にぶつけるという事に賛成意見などは言えない。しかしそんなラクトの実力をもってしても、どうやらジンガは倒せないようだ、というのが遠くから観察していたロイドの結論であった。
ふとラーグの最期がロイドの頭を過ぎる。父親であるラーグの後を追いかけて、息子であるラクトが同じ結末を迎えるかもしれない、と。
それに個人的な感情として思う事はあれど、今のロイドはヴァルガドの隊長という立場上、今の戦場を離れる訳にもいかなかった。
結局ロイドに今できる事は、自分の戦場を勝たせる事で他2つの戦場に影響を与える事でしかないのだ。
そしてまた、ロイドは一匹の鬼に狙いを定めた。白く煙る戦場の中で、静かに静かに見つからないように鬼の近くに寄っていく。
ロイドの機体は隊長機であり、大型に分類される魔導機装である。そのため基本的には当然目立つし、その作動音も大きい。が、それをうまくロイドの戦術に合わせてカスタムしてくれたのがゴードンであった。
雪色に染まりがちなノーゼシアにおいて、見つかりづらくするために機体色のベースを白とした。そして体の各所から雪煙を噴出し、それに紛れて隠れる事を可能とする仕組み。これによりロイドを見失った鬼は、どこにいるのかと周りをキョロキョロと見回している。
そして更に近づいていくロイド機は大型であるにも関わらず、ヴァルガドの部隊の他のどの機体よりも静音で移動していた。鬼は近づいていくロイドに気づけない。
更にロイドは小さなスピーカーを少し離れた位置に射出。そこから音を出させた。鬼の注意がそちらに向いた瞬間、死角から一気に近づき、剣を振り下ろす。その動作すらも雪に溶け込むほどの静音。また一つ、鬼の亡骸が大地に転がる事になった。
そう、これらゴードンが作り上げた機能を駆使し、ロイドは敵軍のリーダー格を次々に仕留めることで、ヴァルガドの英雄にまで成り上がったのだ。
勿論この機体はゴードンが軍を辞める前に作ったものである。その為、ロイドとしては更なるステップアップの為にこれに勝る機体が欲しいがために、ゴードンの協力が是非とも欲しいのが正直な所だった。
今はラクトのメカニックをやっている為に取り付く島もないが、この一件が終わればまた状況が変わるだろう、とロイドは考えていた。
「お、見つけた。お前がヴァルガドの英雄ってやつだな」
と、次の鬼を探そうとしたロイド機に声を掛けてくる者がいた。女の朱鬼。ジンガの妹であるロダだった。ロダはロイド機に怒りの表情を向けた。
「さっきから随分と殺して回ってくれたな? そろそろお返しさせてもらうぜ」
「……できるかな?」
「他の鬼のように、簡単に殺せると思うなよ?」
体格からすれば、大型魔導機装であるロイド機には劣るのがロダだった。が、その分動きに小回りが利きやすいらしく、雪煙を出して身を隠そうとするロイド機に、惑わされずについて回ってくる。
「逃げるな、潰させろ!」
「貴様――」
どうやらこの戦場も簡単には行かないらしい、とロイドは覚悟をせざるを得ない事に、コクピットでため息をついた。
***
「そうだ、そうだ! もっと飛び回れ、もっと高速で移動しろ。こちらの油断をつき、大きい威力の攻撃を叩きつけてこい!」
「くっ――!」
ジンガの言葉に素直に従う形になっている事にラクトは一抹の屈辱を感じてはいたが、それでも自分の勝機がそこにしかない事が分かっていた。AX1の左腕のアンカーを飛ばして空中移動をし、その下半身の衝撃吸収と出力をもって方向と速度とを完璧に制御する。
だがその合間に斧で攻撃するもジンガは完璧に金棒を合わせてきて防御してみせてきた。そして一瞬の油断を見せれば二撃目でこちらがやられそうになるのを感じられたため、ラクトはすぐにAX1を退避させていた。
つまりラクトはAX1のもつ高機動力を使いながら斧でのヒットアンドアウェイを繰り返していたのだが、それでもジンガの防御をすり抜ける事が出来なかった。
ジンガの使う生体変化系魔法<黒鉄鱗>は確かに強力である。ラクトは魔法研究に詳しくないので正確にはどう判断されるのかは分からないが、魔法大学の分類でもかなり高階位の魔法とされるのは間違いないとは思う。
だがジンガはそれに頼ってはいない。それに恐らく防御というよりも攻撃もかねての魔法だとは思うのだが、それにも現在は金棒を使っていた。それはつまり、ラクトの攻撃はまだジンガの本気すら引き出せていないという事と同義ではないか、と疑念を抱かせるのに十分だった。
鬼は単純に強い。またノーゼシアの鬼はその寒さ故か、他大陸の鬼に比べて巨躯であり角が短めであり、更に魔法よりも身体能力に長けているという傾向がある。ジンガは恐らくその象徴のような力を誇っているようにラクトには見えた。
魔法が使えない訳ではない。しかしそれはあくまで補助であり、鬼本来の力を発揮するものとしてその身体能力を駆使することを第一とする。そんなありかたが、ジンガを一党のカリスマとしている所なのかもしれない。
それを油断である、と考える事は容易い。魔法でもなんでも駆使してラクトを捉えてしまえばジンガは圧倒的な勝利を収める事ができるのだろうから。が、そうしないのはジンガが怒りよりも戦う楽しさに飲まれている鬼だからなのだろう。それ故に視野が広いとも言えるし、それが故にラクトはまだ生きて戦っていられているとも言えるのだ。
だがそれはラクトの勝機がある事とイコールでは無い。こうして飛び回っている間にも、ラクトの体力もAX1のエネルギーも次第に削られて行き、その結末としては敗北による死が現実として迫っているのは認めざるを得なかった。
――だから、ラクトがそれに気づいたのは決して偶然では無い。
なんとかジンガを倒す為の情報を手に入れようとジンガを観察した結果であり、ラクトの情報強化系魔法が後押しをしたという結果に過ぎない。
(あいつの魔法、背中側には効いていない?)
ジンガの生体変化系魔法<黒鉄鱗>は体表を金属の鱗に変化させるものである。形状が鱗だから動きが阻害されていないのだが、ラクトが気が付いたところ、金属的な光沢を見せ黒光りをしているように見える前面に比べ、背中にはその光沢が見えないのだ。
ややあからさまな程の差異に、何かの罠かといぶかしみ、ラクトはジンガの背中部分の観察を多くするためにAX1の軌道を少し調整する。
その動きを見て気づいたのだろう。ジンガは”やっと気づいたか”と言わんばかりに口角を上げた。
「そうだ。俺の魔法は背中には効いていない。だから背後から攻撃すれば倒せるかもしれんぞ?」
その愉悦の色すら滲んだ声に。ラクトはこれが”わざと”なのだと気が付いた。気が付いてしまった。
魔法に未熟だから背面に魔法の硬化が及んでいないのではない。自分が楽しむ為に体の前面を硬化する代わりに、背面を弱点としてわざと残しているのだ、と。
それは驕りではあった。だが、ジンガの”戦いを楽しむ”という本性あってこその事なのだとラクトは理解してしまった。
魔法による硬化が全面に施され、全く攻撃が通じないとなれば敵の戦意が折れてしまうかもしれない。また、自分の戦いに対する緊張感がそがれてしまうかもしれない。
だからわざと自分が傷つくかもしれないという状況をあえて残しているのだ、と。
ジンガは恐らく大陸最強の鬼では無いのだろう。何故ならば、彼の感情が、興味がそれを目指す方向を向いていない。彼はあくまでも”戦いを楽しむ鬼”なのだ。
そのためには自らの命を危険に晒す事すら厭わない。そんな異常性を抱えている個体こそ、ジンガという鬼なのだと。
自分に勝ち目が出て来た、という事よりもラクトはまずジンガのその異常性に恐怖した。何よりも戦闘を楽しもうとしているが故の行動なのだと理解したが故に。そしてその在り方が鬼のカリスマとなった所以なのだと気づいたが故に。
(それに、弱点が分かったとしても、狙えるかどうかは別問題だ……)
ラクトの冷静な部分がそう囁く。
そう、ジンガはただ的として立っているだけの存在では無いのだ。その戦闘センスをもってラクトと本気で戦っている相手なのだ。例え意図して弱点を作るというハンデを背負っていたとしても、それ以外の手抜きをする鬼ではない。むしろそうした弱点を作る事でこちらの戦意を燃やし、戦いに向かわせようと考えていることすらしているのだ。
先ほどからラクトはヒットアンドアウェイで攻撃を重ねているが、それらは全て防がれている。当然、背中を狙った一撃もあったがそれを察されたジンガによって簡単に防がれていたのだ。
つまり、単純に背中を狙う事は出来ない。やるならば、ヒットアンドアウェイのその先、”攻撃を喰らうかもしれない二撃目”に踏み込む必要が出てくるのだ。
(それを、本当にできるのか?)
これまでのヒットアンドアウェイをした際の、二撃目を狙おうとした際に感じた悪寒がラクトの中に蘇る。あれを乗り越えていけるのか、本当にそれで行けるのか、と。
自分に時間が残されていないのは分かっている。それでもリスクを考えてラクトは踏み切れないでいた。
――だが。
その迷いを知ってか知らずか、ジンガがこう口にした。
「ああ、背中を狙う事を卑怯と考えてるのか? ああ、気にするな。俺は正々堂々と正面からしか戦わんが、お前は卑怯でもなんでもいいからかかってくるがいい」
それはラクトの攻撃が観察によりしばし空いたから、という理由でジンガは口にしたに過ぎない。
が、その言葉は。ラクトの心を一瞬にして沸騰させた。
脳裏に蘇るのは、機体の背中側を負傷し満足に動けなくなっているラーグ機に向けて、片目から血を垂らしながら金棒を叩き込むジンガの姿――。
(父さんを殺した際には卑怯にも背中を狙っておいて、正々堂々だと? その卑怯さを自分は白々しく否定しておいて、こっちに押し付けてくるだと!?)
その怒りが、復讐の炎がラクトに決断をさせた。
ラクトは左腕のアンカーで飛び回っているAX1の軌道を、ジンガに向けた。そしてジンガへと飛ぶ最中、アンカーを引き戻して両手で巨大斧をしっかりと握らせる。
AX1が迫るのはジンガの横合いからだったが、それを察したジンガが正対してくる。これはこれまでのヒットアンドアウェイで何度も見た光景。
その上で、ラクトはジンガに直接振り下ろすのではなくその手前。ジンガの真ん前に着地させた。
(今っ!)
瞬時に脚部に溜めていた力を開放。高速で飛び込んだ勢いを後押しに、ラクトはジンガの目の前で彼を跳び越す形で飛びあがった。並みの機体であればこの時点で下半身が壊れていたかもしれない衝撃。しかし、ゴードンが作ったカスタム機、AX1はこれを難なく成功させる。
これまで散々見せて来た運動とは異なる、目前での上下運動。これによりジンガの視界を混乱させれば隙が生まれる。そして振り上げた斧を機体全体を使って振り下ろせば、上下逆転した状態でジンガの背中を切り裂ける――。
その目算でジンガにAX1の斧を振ろうとしたラクトは、空中で突然の衝撃を受けた。
「くっ!?」
何が起きたのかを正確には理解しないまま、崩れた体勢を空中で制御し、何とか立て直して雪の大地に着地する。斧による攻撃すらも放棄しての着地だったが――想定とは違ってバランスを取り切れずに、ラクトはAX1ごと転がる事になった。
地面を転がされる中で何とか斧を地面に叩きつけることで機体の動きを止め。そしてジンガの方を見たラクトは、AX1に何が起きたのかを理解した。
ジンガはAX1の高速移動に惑わされなかった。目前でのAX1の飛び上がりにも対処してみせて、その飛び上がる左足を掴んで見せてきたのだ。
そうして空中で力任せに捩じ切られたAX1の左脚部がジンガの手の中にあった。そう、ラクトは足を失った事に気づかずに地面に着地したためにバランスを取れなかったのだと気づかされた。
「おら、まずは片足を貰ったぞ。次はどうする?」
AX1の高機動の要とも言える脚部の片方を、その握力だけで握りつぶし地面に転がしながら、ジンガはラクト機の方を見てニィと笑った。




