3-3
一夜明けた翌日。ラクトはイーシャと共に、オライガを出てちょっとした丘の影に隠れていた。AX1の体勢を低くして座らせ、その上にイーシャと一緒に雪を振りかける。これだけで雪色一色であるノーゼシアの大地では迷彩になってくれる。
昨日、ヴァルガド並びにオライガの軍で話し合われた結果、採用された作戦はシンプルである。敵はオライガを目標に前進してくる事が分かっており、更にその進行速度にもばらつきがある事が分かっている。彼らに軍隊レベルの規律を守り秩序をもった行動をするなどある訳が無いのだから。その進行速度が早くオライガに飛び掛かる事になるであろう先行部隊を、オライガの守備隊は引き付け守り抜く役目を担う事になる。
そして線が伸び切った所でヴァルガドから来た隊が横から、先行部隊を追いかけて来る形となるだろう後方の部隊を分断する形で叩く。これだけで鬼達は大混乱に陥る筈だ、と。更にヴァルガド軍の方に意識が行ったところでラクトとイーシャが鬼の一行の最後尾を攻撃するのだ。
つまりオライガ隊、鬼の先行部隊、ヴァルガド隊、鬼の後続部隊、ラクト達、とが大雑把にだが一直線に並ぶ事になる。
形としては鬼の一行をラクト達、ヴァルガド隊、オライガ隊で挟み撃ちにするのだ。当然、ロイド率いるヴァルガド隊が鬼の先行部隊と後続部隊に挟まれる形になるが、そこは現状でもっとも強力な兵力を持つために引き受けてみせるとロイドが豪語してみせたのだ。
「最後尾に攻撃する事になるラクト達が少数だから危険だと言おうとしたが――お前さんなら喜び勇んで飛び込んでいくだろうし、むしろ突っぱねた方がお前に怒られそうだからな」
というのは作戦会議に参加していたゴードンの話だ。が、実の所、個人プレイで輪を乱しそうなラクトを側に置いておくほうが危険だ、という話が軍での話し合いで出たのではないか、くらいの事はラクトにも想像できた。
そう、鬼達の進軍速度から決戦場所到達までの時間を計算し、一晩休む時間が出来た結果、ラクトには少し頭を冷やす時間が与えられたのだ。
(さすがに、空気を読めなさ過ぎたか……)
ジンガという仇と戦えるという事に心が一杯になりすぎたな、と気づける冷静さが今のラクトにはあった。何しろ散々ララに言い募られたのだ。その時は高揚で気づけなかったが、それでも耳には入っていたララの言葉が、時間をかけて静かに染み入ってきたのだ。
(とは言え、この機を逃す気は無い――!)
少し冷静になったとは言え、それでもジンガの事を思うと心が少しずつ煮えたぎってくるのが分かる。が、今からそれをしたところで無駄に体力を消耗するだけだというのも分かっていたので、ラクトは必死に他の事を考えるようにした。
そう、ラクト達の登場は一番最後である。オライガ隊と鬼の先行部隊が戦い、そこにヴァルガド隊が襲い掛かり注意を集めた所で、初めてラクト達の出番になるのだ。
であれば今はひたすらに耐えて待つ事が大事だ、と考えることくらいは今のラクトにはできた。
それでも多少の不満は顔に出ていたのだろうか? AX1の肩に腰かけているイーシャがクスリと笑って話しかけて来た。今日の彼女は軽く降る雪に傘をさしていた。紙でできている番傘だか蛇の目傘だかというそうで、日常使いの傘よりも少し長めに見えた。
「一人で突っ込んではダメやで?」
「そんなの分かってるよ。子ども扱いするな」
自分の言葉が拗ねたガキのようになっているな、と言った後でラクトは気づいて渋い顔をする。昨日聞いた事が引っかかっているのかもしれない、と自覚したラクトはその事での誤解はしていないとだけは伝える必要があると感じた。
「……俺って弟に似ているのか?」
「あれまぁ、聞いてたん? 女同士の会話に聞き耳を立てるなんて、いけずやわぁ」
「良く言う。俺の気配くらい分かった上で言ったんだろうが」
「さて……どうやろかね?」
「でもあれだろ、ララの為に言ってくれたんだろ? ……そこは、感謝する」
からかうようなイーシャの声に、少し心が波立つラクトだったが、それでも礼を口にした。自分がしでかした事でララに負担をかけている事は分かっていたのだ。そのフォローをしようと幾分冷静になった頃にララの部屋を訪れたら、先客がいたというだけの話だ。
ラクトの不器用な礼の言葉にイーシャの笑みが見える。その気恥ずかしさを誤魔化すようにラクトは口走る。
「あーそのなんだ、……その弟さんは今どこに? 会ってないのか?」
その言葉にイーシャが少し遠い目をする。もしかしたら不味い事を聞いたのか、とラクトが少し後悔したところでイーシャから答えが返る。
「死んでもうたよ。もう、大分前に」
「そ、そうなのか。すまん」
「ええよ。でも――だからこそ、ラクトはんには死んで欲しゅうない、というのは分かってや?」
「お、おう」
やや気まずい沈黙が二人の間で流れる。ラクトにとってイーシャは、AX1に乗り込んでいない自分を守ってくれるありがたい存在だったが、同時に少し年上の綺麗なお姉さんであるというのには変わりないのだ。自分の目的に協力してくれているという意味では、仲間として接している分には問題ないのだが、こうして空いている時間に二人でいると多少の気恥ずかしさと気まずさを感じてしまう事がラクトにはあった。
が、それについて何か言葉を紡ぐ事も何かおかしい気がして、何も言えずにだんまりを決め込んでいた所で――沈黙を破ったのはイーシャだった。
「来たで」
「!?」
急いで双眼鏡を目に当てると、鬼の進軍予想ルートに、明らかに巻き起こる雪煙が見える。そして、その合間から覗くのは、ラフな格好をした偉丈夫であり、頭部に角を生やした者達――。
「来やがったか!」
一瞬で血液が沸騰するのを感じる。急いでAX1に乗り込もうとしたラクトの肩を、いつの間にかAX1から降りていたイーシャが、ガシッとつかんだ。
「なんだよ」
「ララちゃんにも言うたけどな。怪我は知らんけど、命だけはウチが守ったる。だからラクトはんは――後悔だけはしないように、気張りや?」
「当たり前だ!」
イーシャの最後の声掛けに叫んで答えつつ、ラクトはAX1に乗り込むべくキャノピーを跳ね上げた。
***
「来たぞ! 持ちこたえろよ!」
迫りくる鬼の先行部隊を見て、オライガの隊長が部下に檄を飛ばす。鬼は魔獣に引かせたソリに乗ってくるという先日と同じ構成。それに対して守備隊は、盾装備を多くした構成になっていた。
やがて激突する両者。そして正面衝突をすればやはり、体格は同じほどであっても金属で構成されている魔導機装の方が勝つ。魔獣やソリが跳ね返される中、ドッシリと構える魔導機装は姿勢をほぼ変える事無く耐え抜く。
と、その横をすり抜けて横から魔導機装の腹を狙おうとする鬼が現れるが、それに対しては別の魔導機装が盾を構えたまま体当たりをかます。鬼が無様に転がっていくが、両魔導機装は深追いはせず、また別の迫りくる鬼に向かって盾を構える。
「そうだ、俺達の役目は、耐える事だ! それを忘れて深追いするなよ!」
数で言えばまだぶつかって来た鬼の数は先日の先遣部隊と同じかやや少ない程度だ。が、それに対してオライガ部隊は先日とは異なり崩れずに堪え切れていた。
要因はいくつか考えられるだろう。
まずは盾を多めにした構成で守る事に重点を置いた事だ。それにより隊列の乱れが起きにくく、何より戦い方がシンプルになった分、兵達も戦いやすくなったようだ。
そして更に言えば、今回来た鬼達は先日の鬼達と違い、そこまで対魔導機装の戦い方に慣れていないようだった。勿論多少はそれを狙っているそぶりは見えるが、如何せん、付け焼刃でやっているように見えるため、多少の隙は見せてしまっても別の魔導機装によるカバーを潜り込ませることができていた。
勿論、守備主体にした事により攻撃力は落ちた。その為、多少ダメージを負った鬼がいたとしても、すぐに戦線復帰してくるだろうし、その分敵の圧が強くなっていく事は想像できる。
だが今回は仮に自分達が抜かれたとしても、ケイブへの入り口は隔壁を閉じてある上に何重もの壁を用意していた。絶対に安全とまでは言わないが、少なくとも相当な時間を稼げると思って間違いはない。
今回のオライガ部隊の目的は、できる限り多くの敵を引き付ける事。であればひたすらに防御で耐え抜く事こそが彼らのやるべきこと。
「崩れるな! 守り抜け!」
隊長はひたすら檄を飛ばす。それこそが全体の作戦をうまくいかせるための最初の1ピースであった。
***
「なんだ、抜けねぇじゃないか。ボロの野郎もだらしないな」
「へいっ!」
鬼の先行部隊とオライガの守備隊との激突を見ながら、ジンガの妹にして美しき肉体を誇る女朱鬼、ロダはニヤニヤとしながら隣の鬼に声を掛けた。声を掛けられた鬼の方も、それに同調する声を上げる。その声にますます気を良くしたロダは、先行部隊のやりようを眺めた。
彼女がいるのは、鬼の一行のちょうど中心あたりである。後方にいるジンガはゆったりと歩いて来ているが、それを待ちきれずに先を行きたい者達がおり、それをボロが率いるという名目で先行部隊として先に進んでいるのだ。
ロダはその次にいく部隊として、ちょうどジンガ率いる後方部隊とボロ率いる先行部隊の中央辺りにいた。彼女が率いる鬼達の数は多い。なにしろ彼女はジンガについで人気があるのだ。その美しさに惹かれる鬼も多く、血気盛んで突っ込んでいくものや、ジンガのカリスマにひたすら憧れているという尖った者でない大抵の鬼は、ロダの配下になりたがっていた。
そうして構成されているロダの部隊であったから、言わば鬼の本隊とも言える規模であった。
そんな彼女はボロに向かってだらしないなどと放言していたが、その実、弟ボロについての評価を下げている訳でもない。
そもそも先行部隊には誰か幹部クラスが付いていく必要があり、先日まではそれがガラの役目だったのだが、それがいなくなったために急遽ボロがついていく羽目になったのだ。気心のしれた部下もいたのだが、それもガラと一緒に先日壊滅させられた部隊にほとんどが属していたのだ。
結果としてボロはあまり交流が無かった部隊に、付け焼刃で戦術を教え込んで指揮をさせられていたのだ。それでは成果の上げようも無かった。
それに、仮に成果を上げていようが上げていまいが、ロダにはあまり関係が無かった。先行部隊に属していなかった、というだけでロダもまた略奪に喜悦を感じる鬼の一員である。先行部隊の苦戦はそのまま自分達の獲物の活きの良さを示すものであったから、それを蹂躙することを考えるだけで涎が出るような錯覚さえ覚えるのだ。
そして目の前で繰り広げられている戦いに、少しずつ気分が高まってきているのはロダだけでは無かった。周囲を見渡すと誰もが似たような顔で頬を上気させ、胸が上下している。これから訪れる喜悦を我慢できないとでも言うように。
「じゃあ――そろそろ、行くか?」
『オオオオオオオッ!』
ロダの問いかけに周囲の鬼は雄たけびをもって返す。それを受けてロダは手にした金棒を大きく上に振り上げ――。
「行くぞ、突撃だ!」
『ウォォォォオオォォォッ!』
ロダの号令に鬼の怒号が飛び、一斉に走り出す。停滞しつつある戦場に、大いなる暴力を打ち下ろす為に。
――その時だった。
「今だ、かかれっ!」
声と共に、横合いから別の魔導機装の部隊が走り込んできた。ロイドが率いるヴァルガド隊である。迷彩でもしていたのかいつの間にか近くにいた彼らは、ここしかないというタイミングで鬼の一行の真横から突っ込んできた。
それはジンガ率いる後方部隊と、ロダが率いている中央部隊をちょうど分断するような位置。中央部隊を率いる為にやや先頭近くにいたロダにとっては、自分の後ろで突然後方部隊との繋がりが断たれたという事になる。
「何っ!? 小細工しやがって!」
特に中央部隊の一部であり、ロダの号令と共に走り出していた後ろの者達は、その背後から襲われる形となった。中央部隊の後方、そして後方部隊の前方との間に滑り込んだヴァルガド隊が戦場を混乱させる――!
***
「ほう――やるではないか」
「はい」
ゆっくりと歩いて進むジンガは、ロダ率いる中央部隊と自分率いる後方部隊の境に乱入して来た部隊の働きを見て、感心して呟いていた。
それに答えを返すのはブラス。ジンガに心酔する幹部であり、個別に部隊を率いるよりも、ジンガと共に暴れまわりたいというのを優先したいという本人の意向もあって、常に共にいる男だ。強さだけならばロダ以上かもしれない、と思う事もあったが、本人達は全く意に介していなかった。
ジンガは後方部隊の更に最後尾にてゆっくりと歩いていた。先行部隊の荒々しさに比べて落ち着きすぎている挙動だったが、これはジンガが求めている事が他の鬼とはやや違う為だった。
他の部隊の鬼達の多くは略奪そのものに喜悦を感じていた。弱者に暴力を振るい、虐げ、そして奪う。その事自体に大いなる喜びを感じていた。
一方でジンガは違う。ジンガが求めるのは”強者との闘い”であった。
故にゆっくりと歩いていれば、必然的に前の部隊が倒しきれなかった強者のみが残るのだ。それを叩き潰すのがジンガにとっての喜悦だった。
もし相手が弱すぎてジンガが登場する前に全てが終わっていた場合であっても、それはそれでジンガは構わなかった。
自分が戦うに値する相手がいなかった、という理解をすることができるからである。
勿論、周りが略奪で沸く中で、自分だけが満足し切れていない事に黙っていられない程には彼は鬼である。そういう場合は拠点そのものを大暴れで破壊しつくす事でストレスを発散させるのがジンガの在り方だった。
もし部下が倒せない敵をジンガが倒せば、それで尊敬の念が集まってくる。もし敵を倒さずとも拠点を破壊する際の暴虐のありようを見れば、その圧倒的な力を目にした者達は畏敬の念を抱く。
そういう形でジンガに対しての信仰とも言うべき思いが集まっているのが、ジンガ率いる一党なのであった。
「隠れるのをうまくやったのもそうだが、出てくるタイミングも良かったな。見ろ、ロダの奴が慌てて怒り狂っている」
「全くですな」
戦場に立ったジンガは口数が多くなる。それは少なからず自分が高揚しているからだ、という自覚はジンガにもあった。
そして同様に”強い敵なのかもしれない”という期待を抱かせる相手がいるということは、自分の喜悦に繋がるかもしれないと考えるのもまたジンガなのであった。
そこには部下がやられている、という事に対する怒りや悲しみなど入り込む余地はない。自分の感情を最優先する。それこそが鬼なのだから。
「――しかし、であれば出てくる場所が違うのでは?」
「ぬ?」
「どうせならば我々を攻撃すべきだったのでは。……いえ、もしかしたらあのケイブの守備がもたないと判断したのかもしれませんが」
ブラスの言葉に”確かに”と納得するジンガ。これだけうまくタイミングを狙えた敵にしては、場所だけは間違えているという指摘は理解できる。なによりケイブに多少の損害が出ようとも、ジンガさえ倒せば実質的な勝ちになる戦いだ、という事を理解していない相手とも思えなかったのだ。
そう訝しんでいたジンガだったが――その耳に何かしらの風切り音を捉えた気がした。
「ん?」
そうして振り返ったジンガが目にしたのは――空飛ぶ金属の塊であった。
いや、正確に言えば違うという事がジンガには分かった。ノーゼシアで吹き荒れる風にも負けないよう、生えている広葉樹は高くともしなやかであり折れる事が無い。そんな木の上部分にワイヤーをひっかけて、振り子運動で自分に迫ってくるものがいるのにジンガは気づいたのだ。
金属の塊、と思ったジンガはすぐに考えを改めた。魔導機装だった。小型の魔導機装が、左腕からワイヤーを打ち出し、それで木の上部から勢いをつけて飛んでいたのだと分かった。その肩には、腰かける着物姿の女エルフの姿もあった。
と、その女エルフが空中で魔導機装からトンと飛び降りた。そしてほぼ同時に、魔導機装の左腕のワイヤーと木との繋がりが無くなった。
するとどうなるか。
ワイヤーで繋がれて生まれた遠心力の力をそのままに、宙を飛んだ魔導機装が一直線にジンガの元へ飛んできたのだ。
魔導機装が宙にあるというのもおかしいが、それが自分に向かって両足を揃えた蹴りをしようとしている、という事実がジンガには既に面白かった。
左腕を掲げると同時に魔力を込める。発動された生体変化系魔法<黒鉄鱗>が、元々黒かったジンガの肌を光沢のあるそれに変えていく。
次の瞬間、魔導機装の蹴りがジンガの掲げた左腕に着弾。ガキィィィィン! という、生体とのぶつかり合いで起きるとは思えない金属的な音が響き渡る。
体格としてはジンガの方が大きいのだが、小型とは言え魔導機装は金属の塊である。その質量もありジンガの身体を押し込み、足で地面をズザザと削らせる事にはなった。が、ジンガの体勢は崩れない。左腕を掲げた体勢のまま魔導機装の超重量の蹴りを受けきる。
「――ちっ!」
倒しきれないと悟ったのだろう。魔導機装のコクピットから舌打ちが聞こえ、膝を柔軟に使うことでジンガの腕を踏み台にする形で後方に飛んだ。魔導機装は器用に体を回転させながらも地上に着地し、雪煙を立てながらしばし滑り、完全に停止する。
そこからスクッと立ち上がった魔導機装の傍らに、先ほど飛び降りていたエルフ女が傘をさした格好のままゆったりと降り立った。
「――やるじゃないか」
ジンガの声に喜悦が混じる。今回の目標としていた拠点に入り込まずとも、自分の元へ強者が殴りこんできてくれた、という事に対する喜びが湧いて来る。
先ほどの横合いから殴りかかって来た部隊が自分を直接襲ってこなかった事の説明もこれでつく。つまりそれだけ期待される強者だ、という事なのだと。
「――面白い事になりそうだ」
強者と思われるものを前に。ジンガは喜悦のあまり口角を上げ、牙をむき出しにした。




