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『――はい、以上が今回の作戦の概要となります。何か質問は?』
オライガの軍施設の作戦室。そこで繋げられた通信会議で、ヴァルガドにいるロイド達とオライガ守備隊で作戦会議が行われていた。氷雪大陸と呼ばれてはいても、ノーゼシア内では電波によるやりとりも近場であれば有線での通信も可能なのだ。
余談だが魔境大陸と呼ばれるザルバディカの場合、金晶砂と呼ばれる細かい砂が空中に舞っており、これが電磁力と干渉してしまうために電波通信が阻害されるのだ。更に言えばそれが電子機器に入ると故障の原因となる為、ザルバディカでは未だに電子機器の導入が遅々として進んでいない地域があった。
ノーゼシアには独自開発した技術もあり、映像を送受信しあっての通信会議をも可能としていた。
(なんで俺はここにいるんだろうな……)
その中にあってゴードンはただむっつりと黙って話を聞くしかなかった。
自分は裏方でありメカニックでしかない、というのはゴードンの弁である。が、ラクトが軍人達の感情を逆撫でにして、それを宥めようとしたララが涙ぐんでしまえば、イーシャが二人をこの場にそぐわないとして連れ出すのも必然ではあった。そうなると”鬼狩り”の陣営として参加できるのはゴードンしか残っておらず、大して口は挟まないまま、ゴードンは置物のようにそこに座っているしかなかった。
勿論、話している内容は分かるし、自分達が為すべきことも分かる。が、それに対して異論を挟み込む事も考え付かないゴードンは、”決まったら教えてくれればそれでいいのにな”とすら思ってしまう。一方で、先の戦いは勿論、次の作戦でもラクトの立ち回りが重要そうになってしまえば、ラクト側の人間が一人は聞いていなければ体裁が整わないのも分かった。
ロイド側の人間とオライガの隊長との間ですり合わせも終わった頃合いだった。最初の挨拶以降は話し合いを副隊長に任せっきりだったロイドがゴードンに話を振ってきた。
『ゴードンさんから何かありますか?』
「あ? ある訳ないだろ。こっちは裏方のメカニックだぞ。軍人でも無いんだ」
『何を言ってるんです。五年前までは軍属だったのに。それに前から言ってるように、僕はゴードンさんには復帰してもらいたいんですよ? やっぱり僕の専属になってほしくて』
それはロイドが事ある毎にゴードンに言ってくる事であった。ロイドは操縦についてはラクトの父ラーグに教わっていたが、こと機体弄りについてはゴードンの弟子と言ってよい。もっとも、魔導機装を作るセンスはなく、結局は簡単なメンテとチェックを行えるだけしか教える事はできなかったが、それでもロイドは事ある毎にゴードンを立ててくれていた。彼が今乗っている機体も、ゴードンがベースを作ったものを改造しつつ使っているのだそうだ。彼に言わせると、そのセンスを使わないのは勿体ないから軍に復帰してほしい、のだとか。
「……馬鹿を言うな。ワシは今、AX1だけで忙しい」
『じゃあ今回の作戦が終われば、空くという事ですよね。だって仇さえ討ってしまえば、AX1はもう使わなくなるんでしょ?』
「……ワシが知るか」
『じゃあゴードンさんの軍への復帰を進める為にも、今回の作戦は成功させるしかないですね』
これ以上は作戦会議の場で話す事ではない、とその話はそこで断ち切られたが、その事にゴードンは心のどこかでホッとしていた。
ロイドがゴードンの弟子を名乗り慕ってくれるのは嬉しい。しかし軍に復帰したいかと言えば別である。元々、AX1ですら作るつもりは無かったのだ。ラクトの在り方があまりにも放っておけなかったから、というのが彼の機体を手掛けた理由でしかない。
とは言えここ数年間。AX1を作って来た事により、自分の中の機械を作る事への情熱が失われていない事の確認ができてしまっている事は確かだった。もう燃え尽きたと思っていた自分にまだこんな思いがあったのか、というのを確認しながら機械いじりをする日々は、決して悪いものではないとゴードンも思わざるを得なかった。
ではラクトは放っておけなくて、ロイドは放っておけるのか? というのを自問してゴードンは苦笑する。思い返せばロイドも同じくらいに不安定な存在だったな、と。
上昇志向がある割には自分が何をどう努力すれば良いかもわからず空回りをしていた若者。それに魔導機装の操縦とメンテを教えたのがラーグとゴードンだった。
もしロイドがあの頃の不安定なままだったら、自分は放っておけずに軍に戻ったのか、というのを考えてみて、やはりゴードンは再度苦笑がこみあげてくるのを止められない。
あのロイドが今やヴァルガドの英雄と呼ばれているし、エースとして大活躍し実績を積み上げているのである。そんな彼の事を軍を止めた自分が”放っておけない”と考える事の方が余程滑稽であると思わざるを得なかったのだ。
気づけば地表都市ヴァルガドとの通信は切れており、今はオライガ内での具体的な話し合いに移っていた。その中にあって、ゴードンはオライガの軍人の、ゴードンに対する当たりがやや和らいでいる事に気が付いた。
どうやら先ほどのロイドとの会話で、ゴードンが元軍人であること。そしてヴァルガドの英雄であるロイドから復帰を望まれる程の人物であると認識して態度を改めたらしいなとゴードンは察した。そこまでロイドが考えて発言したとは言えないが、これでラクトが作り出した地獄のような空気が少しでも緩和されたらな、とゴードンは心の中で呟く。
少なくともゴードンに対しては多少態度を改めてくれたオライガの軍人達だが、それでもゴードンが発言しなかったのは最初から考えている通り、自分は裏方でありメカニックに過ぎないという自覚のもとである。
軍人達の話を聞きつつも、ゴードンは次に猫目の営業マンに注文する部品について思いをはせていた。
(こんな風に趣味の事を考えてられるのも、ラクトのお陰というのは皮肉だな……)
ラクトの説得に載せられてなかった自分が機械から離れていたかもしれないという世界線を考えつつ、ゴードンはそれは事実だと認めざるを得ないなとも考えていた。
***
ララはクタクタになって、ケイブに与えられた自室に帰って来た。
ラクトがオライガの人達の気持ちも考えずに、鬼の襲撃を喜んでしまい周りの反感を買ってしまった件で、周囲の人間に謝って回ってきたのだ。
元々彼ら軍人としてもラクトに怒ってはいても、ララという年端もいかない女の子に怒りをぶつけるという発想は無かったし、むしろ逆に同情されてしまう事もあった。が、中には直接怒りはしなかったものの、チクリと刺すような嫌味を言う人間もいた。その痛みもそして同情させることすらも、ジュニアハイスクールに通うような年頃であるララには、心に大きな傷となり心理的負担も大きかった。
”復讐の後の事なんか知ったこっちゃない”。それはラクトが良く言っていた事だ。だからなのだろうか。ラクトはケイブの人間がどう考えるかなどを気にせず、ただ自分の心の赴くままに他人の気分を害する事ですら好き勝手に言う。
「でも、そんなんじゃ皆に嫌われちゃうよ」
そうなって欲しくはないと思うからこそララは謝って回ったのだ。
それに今回の決戦ではララは留守番である。彼女に戦闘能力はない。多少の裏方はできるし移動時のドライバーはこなせるものの、後は戦闘するだけという段になってしまえばさすがに参加はさせてもらえない。
それでもララがこんな場所までラクトについて回ってきたのは、自分の顔を見せる事がラクトに日常を思い出させ、怒りで先鋭化させすぎないためだ。
どこかで遠くで戦って勝手に死ぬ。そしてそれが時間が経ってから自分に伝わってくる。そんな絶望をなんとか回避したかったのだ。
が、今回は留守番するしかない。それに悲しさを覚えるララは、しかし他にできる事も無く、ただベッドに体を預けた。
と、ノックの音がしたのでララが上体を起こす。
「入ってええ?」
「イーシャさん!? はい、どうぞ」
扉を開けて入ってくるイーシャの姿。そのいつもと変わらない笑顔にララはたまらなくなり、勢いよく抱き着いてしまった。
イーシャは少し目を丸くして驚いたが、すぐに優しい笑顔を浮かべると抱きしめてくれた。ララはいつものイーシャの暖かさと匂いに少し安心する――。
「お兄、ちゃんが他の人に嫌われてて」
「うん」
「あたし、そんなの嫌で。助けたくて。でも、何もできなくて留守番で」
抱き着いている内に無性に涙がこみあげてくるララ。そして口から零れ出す纏まりの無い言葉を、イーシャはそれでも優しく聞いてくれた。それに乗っかり、ララは前から聞いてみたかったことを口に出した。
「こんなに、皆に嫌われちゃってる、のに。どうしてイーシャさんは、お兄ちゃんを助けてくれるの?」
「うん?」
「ゴードンさんはお父さんの知り合いだし。お兄ちゃんの事を放っておけないって言ってた。でもイーシャさんは……」
ゴードンがラクトを助けてくれる理由は、ララはなんとなく理解はできた。息子のように思っている、などと言っては言い過ぎかもしれないが、多少はそうした親目線が混じった上での”放っておけない”という理由なのだと。
が、イーシャについてはララは全く思いつかなかった。聞いた話では以前に何かの依頼で一緒になった事があるということだったが、だとしても今のようなラクトの粗暴さに触れてしまえばそれを助けようとするとは思えなかったのだ。
「そうやねぇ……秘密にできる?」
「秘密?」
「そ。女同士の秘密」
何を言われるのだろう、と少しドキドキしながらもララは頷いた。イーシャは頼れるお姉さんであると同時に、とても美人なお姉さんなのだ。そんな大人の女の人にものありげに”秘密”と言われてしまうと、女であるララであってもドキリと思ってしまう。
「実はねぇ……ラクトはん、ウチの弟に似てるんよ」
「え、弟?」
「そ。少し無鉄砲で。頑固者で。ちょっと乱暴者で。でも、家族思いの優しい子で」
あまり予想してなかった言葉にやや肩透かしを食らったような気分で驚いたララだったが、少し遠い目をして語るイーシャの言葉を静かに聞く。その言葉に込められた優しさと、寂しさに気づきつつも。
「だから放っておけないんよ。顔を見るたびに、あんまり似てない筈やのに、少し思い出しちゃうんよ」
「……でもそれだけだったら、別に秘密にしなくても」
「でも仕事のパートナーじゃないのか、弟なのか、とかって怒られそうやろ?」
「それは……そうかも」
「せやから、これはあたしとララちゃんの秘密。ね?」
「うん……分かった」
「その上でもう一回約束したる。怪我はさせてまうかもしれへんけど、殴って気絶させて背負ってでも、絶対に生きて連れ帰るから。約束する。女同士の約束や」
「ありがとうございます――」
「それに、ウチやゴードンは戦場でのラクトはんは守れるかもしれへん。けど、日常でのラクトはんは守れへん。それができるのはララちゃんだけや」
「私、だけ?」
「そうや。口下手なゴードンにも、仕事仲間にすぎないウチにもできない。妹であるララちゃんだからこそできるラクトはんの守り方や。――できる?」
「うん――うん――!」
そう言って微笑んでくれるイーシャに、ララは心の底から安心するのだった。
――しばらくして。泣きつかれたのかララが寝入ってしまったのに気づいたイーシャが、ララをベッドに運ぶ。イーシャはララに毛布をかけつつ、先ほどまでドアの前にいた人の気配が無くなっている事を確認して、小さく呟いた。
「復讐する前に死なれても諦められても困るさかい――ね」




