3-1
「てな訳で、ガラの奴がやられちまってから――へぶっ!?」
鬼達が屯している、森の中のやや開けた空間。その中でボロはジンガに対して、自らの見て来た事を報告していた。そしてその途中、ジンガの怒りの裏拳がボロの顔面に繰り出された。
兄弟とは言えジンガの体躯は一線を画す。殴られたボロはその衝撃のまま体を回転させながら吹っ飛び、岩に激突させられた。
「ひ、酷ぇよぉ、兄貴ぃ」
人間が食らえばそれだけで頭部がもげるような一撃である。が、ボロは痛い痛いと顔を抑えて大粒の涙を流すものの、その動きには大したダメージはないように見えた。
そして鬼の一行も、ボロが殴られた事にも涙を流した事にも特に反応が無かった。それよりもガラが殺された事による怒りが上回っていた事もあったが、何より”ジンガが怒った、ボロが泣いた”という感情の発散があったという程度の認識しか無かったからだ。鬼にとっての日常の一部でしかなかったのである。
そして怒りという形で感情を発散させようというのが、その場にいた鬼達の総意だった。その中心点として、ジンガ達三兄弟の紅一点、朱鬼のロダが赤い顔を更に怒りで赤色を濃くしながら、立ち上がった。
「兄貴、行こうぜ! このまま黙っていられるか!」
ロダの問いかけに対しての、ジンガの答えを鬼達が静かに待つ。
――そして。
「当然だ。行くぞ」
ジンガの声と共に大歓声が上がる。鬼達が動く。ジンガが動く。
オライガに向けて、ケイブを殲滅せんと――鬼の一行が、動く。
***
「鬼の集団がこちらに向かっている、という情報が入りました」
オライガの中の、軍施設。そこに軍人達とラクト達がいる中、襲撃して来た鬼が来た方向を探っていた偵察隊からの報告が持たされ、その場には深い沈黙が訪れた。
守備隊長も口を一文字に引き締めて腕を組む。その眉間の皺は深い。先遣隊として訪れた鬼達でさえ、苦戦を強いられたという現実があるのだ。それよりも強力であろう個体がおり、更に数も多くなっているであろう本隊が来るという事は、オライガの者達にとっては絶望的な状況とも言えた。
誰もが先の戦いを思い出し、次に同じ相手、それ以上の相手が来た時に守り切れるのかと考えれば、守備隊としては黙らざるを得ない。軍人であるが故に、守れない、とは言えない。
あらゆる事を想定する事を考えれば、オライガからの避難すらも選択肢として浮かんでくる。だがそれであっても時間が足りない。中途半端にケイブから逃げ出した所で、鬼が率いる魔獣達によって嗅ぎつけられて、防御態勢が整わないままに蹂躙される可能性の方が高いのではないか、とも考えられた。
だがそうした、ある種の絶望感が漂う中で。場違いで、人々の心を逆撫でする声が部屋を響き渡った。
「カハハハハハハハ、いよいよか! 来やがったな!」
援軍としてやってきた”鬼狩り”ラクトの声である。歓喜すら含んでいるその声に対し、室内の軍人は”頼もしい”とは思えなかった。無論、先の戦いでの活躍は知っている。だがだからといって、あれ以上の脅威が迫ってくるのを喜ぶという当事者性の無さに対して、非難の目が集まるのは当然の事だった。
周囲の部下達の反応を見て、さすがに隊長が苦言を呈そうとした所で一歩先に動く者がいた。
”鬼狩り”ラクトの妹として紹介された女の子、ララである。まだジュニアハイスクールに通っている生徒であるという彼女もまた非常時であるという事でここに呼ばれていたが、ララからすればラクトのこの言動は許容してはいけないものだ、と思ったのだろう。
(まだこっちの子の方が大人じゃないか――)
妹からの言であれば受け入れるのだろうか、と思いながら隊長は二人の会話を見守る為に口を紡ぐ。が、そこで交わされた会話は、決して隊長が期待したものとはならなかった。
「ね、ねえ。お兄ちゃん、さすがにまずいよ」
「何がだっ? それよりもいよいよだぞ、ララ。いよいよ仇を討てるんだよ、もっとお前も喜べよ!」
「敵討ちができるのは良いよ? でも、鬼も強いしこのケイブにもっと被害が出るかもしれないんだよ? 喜ぶ事じゃ……」
「心配するなよ、俺が終わらせてやるから!」
狂喜に染まるラクトには、妹ララの声すら届かない。その様子をラクトの仲間であるゴードンは目を瞑って黙認し、イーシャはいつもと変わらぬ微笑に見える美しい顔で見守るだけ。
(こいつらは……)
対鬼の戦力としては頼りにせざるを得ない。
しかし。
ただひたすらにラクトに対する不信、不満、反発感情だけが積もっていった。




