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1-P

 ノーゼシアの南部、カストール地方。比較的他大陸との近いが故に、その文化の流入の入り口となっている地域。その一角に、人目を避けるように建てられた建物があった。

 非合法の酒場である。

 ノーゼシアの地表は寒風に晒されてはいるものの、人の作り出した文化がそれを今日まで乗り越えられなかったかというとそうではない。特に大戦から約半世紀。各大陸の有力国の集いである新界連合による復興支援により、ノーゼシアの民は少しずつではあるが地上へとその住居を立てつつあった。

 そしてそれと同時に非合法の建物もまた増えていった。まだ地上を完全に把握しているとは言えないノーゼシアにおいては少し道を外れた場所に隠れ家を作る事などいくらでもできる状況ではあったのだ。

 そして旅の者が立ち寄る場であるという顔をして経営している宿屋の顔をして、その実どこの村にも住めない盗賊達のたまり場となっている建物もあった。

 そのうちの一つの酒場のカウンターで、彼は酒を煽って上機嫌で仲間と騒いでいた。

 男は世間一般で言えば盗賊と呼ばれる類であった。まっとうな職には就かず、ちょっとした腕っぷしだけで道行く流通業者のトラックを襲っては金品を強奪するような輩だ。

 今日も彼は一仕事終えた後に、うまくいったそれを祝うように仲間内で酒場へと繰り出しているところだった。そんなバカ騒ぎをしている時が一番の醍醐味であると思いつつ、上機嫌に酒を喉に流し込んでいる時だった。


 キィ、と入口が音をたてた。

 外の寒さを遮断するための外扉ではなく、酒場へと入ってくる木の扉を押し開ける音だ。何の気なしにそちらを見やった男は、眼を見開いた。

 入ってきたのは若い女のエルフだった。


 エルフは若く見られる事が多いということだから正確な年のころは分からない。だが少なくとも見かけ上はどんなに年を取っていても二十代にしか見えなかった。少し雪がかかった髪は金髪で、その間からニョキリとエルフの特徴である尖った耳が覗いていた。

 エルフであるというのもそうだが、その服装も男は初めて見るものだった。わずかにひっかかる記憶を引っ張り出すと、戦乱大陸アザヴィアの東の方のもので確かキモノと呼ばれるものだった気がするな、と男は思い出していた。美しい布を纏ったその姿は、盗賊達が集まるこの酒場には、場違いに見える程に華やかだった。男たちの相手をしてくれる商売女にも見えない。

 まるで彼女一人だけが別世界にいるような違和感すら覚える程に、女だけがこの場において異質だった。


「おい姉ちゃん、酒を飲みに来たのか?」


 男の仲間がそんな言葉を投げかけたのも彼女があまりに正体不明に見えたからだろう。酒場に来ておいて酒を飲みに来たかとは随分な質問ではあったが、その言葉の方に違和感が無いほどに、彼女の嫋やかな姿が浮いて見えていた。

 女はそんな男に向かって、ニコリと笑顔を浮かべてみせて――声を放った。


「いえ。あんたらを捕まえに来させてもろたん」


 どこかの方言なまりであまりにも自然にそう言ってみせた彼女に、酒場内の盗賊達の動きがとまった。男も混乱した。華奢に見えるこのエルフ女が、一人で盗賊達が騒ぐ酒場へと乗り込んできて敵対を宣言したのだ。聞き間違えを疑う程の発言であることは確かだった。

 次の瞬間、酒場の中は爆笑で埋め尽くされた。酒の助けもあったのだろう。ナイスジョークだ、と男ですら思った。だから、酒を片手に仲間の一人が近づいて行っても、よくある光景の一つとしか思わなかった。

 ーーが。


「なんだ姉ちゃん、面白い事言うな。酌でもしに来てくれたって事でいいのかーー」


 馴れ馴れしく女の肩に触れようとした次の瞬間だった。その男の身体が吹っ飛んだ。


「は?」


 店内にいた全員が何が起きたか分からなかった。だが大の大人の身体が、一瞬で酒場内のテーブルをなぎ倒しながらふっとばされたのだ。その得体の知れなさに、盗賊達の間に沈黙が走るーー。


「ふ、ふざけんな!」


 最初にそう激昂したのは誰だったか。酒場内にいた男達がエルフ女に向かって駆け出していった。中にはナイフを取り出しつつ襲い掛かる者もいた。

 男はエルフ女がすぐに男達に組み敷かれ酒場の床に転がされるものだと思っていた。が、現実はそうはならなかった。

 先ほど吹き飛ばされた仲間と同じように、彼女に接近した男がまたも急に吹っ飛ばされたのだ。彼女は何も手にしていない。徒手空拳で手を徐に接近する男に伸ばしたかと思うと、触れられた瞬間には男はもう吹っ飛ばされていたのだ。あたかも強烈な力で殴り飛ばしたようにしか見えなかった。

 もし男に武術の素養があれば、それは女が身に着けた技術の賜物であることは理解できたかもしれないが、少なくともその場にはそれを理解できる者はいなかった。

 ただ、彼女がただものじゃない事だけは男には理解できた。

 だから、酒場の奥に声をかけるのにも躊躇しなかった。


「おい、出番だ!」


 酒場の奥。特別に仕立てられたそこに、佇む者があった。声をかけられ、しかたがないとばかりに立ち上がったその背は、やや高めに作られている酒場の天井に頭が掠るほどだった。そして角が天井を削る。そう、角。――それは鬼であった。

 人間ではなく、分類的には亜人種と呼ばれている魔物の一種。それが酒場の奥で酒を飲んでいたのだった。

 鬼は魔物に分類されるとはいえ、会話できない訳ではない。いや、その巨躯と角が生えている事を除けば、人と大して変わりないとすら言える。

 そんな鬼だったが、しかしその力は人間を圧倒していた。その巨体から繰り出される力は、大の大人を容易く引きちぎる。そんな彼をいわば用心棒のように味方にすることができたのが、男が属している盗賊団でここ最近調子よく盗賊行為ができた理由でもあった。

 報酬は人間のそれと変わらない。いや、貨幣を使う店に訪れる事はできないので、ほぼ現物支給にはなるが、鬼は酒と食事にありつけることを条件としていた。

 そんな鬼の視線にさらされて、エルフの女はしかし焦るでもなく少し首をかしげるのみであった。


「あらまぁ。本当にいはったわ。じゃあ、ウチのみで済ませてしまう訳にもいきまへんなぁ。怒られてまう」

「あん?」

「外でやりましょ。ここ狭うおすやろ?」

「逃げるのか、女」

「ほらほら、鬼さんこちら。手ぇなる方へ」


 鬼の神経を逆なでるように。女は軽く手拍子しながら後ろに下がり酒場を出ようとする。

 ブチ、という何かが切れる音を男が聞いた気がした次の瞬間、鬼が怒りのあまり激昂した。


「馬鹿にするのかぁぁぁ!」


 鬼は叫びながら酒場の中を突進。男は慌てて壁際によって身を小さくすることで回避できたが、鬼の突進に巻き込まれて吹っ飛ばされるテーブルの直撃をうけて倒れる仲間達も大勢いた。

 女によるものだけでなく、鬼によってなぎ倒された仲間達をみて、チッと小さく舌打ちする男。この鬼と出会ってからは商売すなわち盗賊行為も簡単にやらせてもらい成功率も上がっているが、少々御しがたいのも事実であり、それがこうした惨状を産むのもまた事実だと改めて思い知らされたためだ。

 しかしそれでも鬼の力は魅力的だった。男は鬼の後をおいかけるように酒場から飛び出した。と、そこでは敵とにらみ合う鬼の姿があった。ただし、エルフの女と対峙している訳では無かった。寒風吹きすさぶなか、鬼の視線の先にあったのは、一体の魔導機装であった。


 ともすればややがっしりとした鎧を身に着けているようにも見えるが、よくよくサイズを見れば人間が纏えるそれではない。魔導機装としては小型に分類されるように見えるが、男には軍に採用されているような戦闘用には見えなかった。ともすれば民間の作業用にも見えたが、しかし体長を超える程のサイズ感の斧と、上に向けているやや短く見えている左腕が異質に見えた。

 この大陸にあっては、移動や戦闘においても魔導機が多用される。鬼にとっても出会うのは別に珍しい事では無かったのだろう。気負うことなく魔導機装を見据え姿勢を低くした。

 大きさで言えば鬼とその魔導機装はほぼ同じであった。で、あるならば鬼が有利であることは男にも容易に想像がついた。

 鬼は文字通り自由に手足を動かせるが、機械でしかない魔導機装はどうしても操縦するタイミングのずれが入り込む。そしてサイズからして単純な力比べであっても、鬼の膂力を超える出力を出せるかは怪しいと見た。魔導機装は装備を自由に変えられるその汎用性から評価される機械であったが、目の前のそれが持っているのはただの斧のみであるため、出力サポートは成されていないと考えたためだ。

 それに例え出力が大きい魔導機装であったとしても、油断さえしなければそれを発揮できないのだ。であれば迅速に動ける鬼が勝つのが道理に男には思えた。

 しかけたのは鬼が先だった。力をためてたわめていた下半身の力を一気に開放し、魔導機装へと飛び掛かったのだ。もし男がその場にいたならば、その突進を身に受けるだけで体がバラバラになっていたことは想像が容易いほどの勢いであった。

 が。

 それが空振りした。鬼は直前までいたはずの魔導機装の機体をとらえきれずに、その場にたたらを踏んだ。何が起きたか分からないとでもいうようにグルリと辺りを見回している。鬼にはとらえきれていなかったのだ。

 が、はたから見ていた男には見えていた。魔導機装はあろうことか、鬼が飛び掛かるのに合わせて直上に飛びあがったのだ。それは魔導機装がもつ素早さを超越した身軽さであり、離れてみていた男でも瞠目するほどの速度だった。そして目の前でその上下運動をやられた鬼の目ではそれを追いきれなかったのだ。


「上だっ!」


 たまらず男が声を上げ、それに反応して鬼が上を見る隙くらいはあらばこそ。次の瞬間には高々と飛び上がっていた魔導機装は振りかぶっていた背丈を超える程の斧を、鬼に向かって振り下ろしていた。

 魔導機装の出力と重量をのせた渾身の一撃に、鬼の肉体も耐える事などできなかった。


「ぐぎゃぁぁぁっ!?」


 鬼の肩口に突き刺さった斧はそのまま膂力でもって鬼の身体を両断してみせた。男は鬼の身体が二つに分かれて地面に転がるのを、信じられない思いで見る事しかできなかった。

 あの強さを誇った鬼が、たった一撃で瞬殺されたのだ。呆然とするしかなかった男。


「ね、まだやらはります?」


 そんな男の耳に近くから声を囁かれ、男は驚きのあまりその場を飛び離れ、勢いのままに転倒した。そんな男を、いつの間にか近くによっていたエルフの女がおかしそうな笑みを浮かべながら見下ろしていた。

 ……男の心はもう、折れていた。


 ***


 それからしばしの時間が経った後。男とその仲間は拘束されていた。恐らくどこかからの依頼を受けて捕まえに来たのだろう。そう考えドンヨリとした思いをかかえていた男だったが、ふと魔導機装のキャノピーが開かれる音に気付いた。

 中から現れたのは、黒髪の少年だった。恐らくハイスクールには通ってはいても、大学に通える程の青年になっているとも思えなかった。身長が低すぎる訳ではないが、体躯を見るにまだ成長の余地を残しているように見えた。だがその顔を見た時、男は絶句した。

 醜かったわけではない。それどころかよく見れば整っていると言えるだろう。が、その目つきはあまりに鋭く、その目はあまりに暗かった。それを見てしまった男が、思わず口走ってしまったのはある意味では恐怖によるものだった。


「お前は……お前は、なんなんだ?」


 問われた少年は男に視線を向けた。その目の中にある黒い炎に男は背筋に氷を入れられたかのように硬直してしまう。そんな男に、少年は冷たい声で応えを返した。


「俺はラクト。ギルドのDランカー。”鬼狩り”のラクト・ディセルだ」

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