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プロローグ

 新界と呼ばれる世界がある。

 かつて存在した三つの世界、すなわち人が科学の力を発展させた人界、弱肉強食の掟が支配した魔界、神々が人らを見守った聖界の三つが、”大崩壊”によって融合し一つになって生まれた世界だ。

 新生した世界に混乱する人間を滅ぼさんとした大魔王を勇者が倒した古代、人々が相争う事を思い出した中世、大陸を超え世界を巻き込んだ大戦を七英雄が終結させた近代を経て。

 人類が世界平和と呼ばれるものを手に入れることができたのが、現代という時代である。


 ***


 氷雪大陸ノーゼシア。雨が降る代わりに雪が吹雪き、地表が極寒に支配された大陸である。

 そこに住まう人々は吹雪から身を隠すために洞窟(ケイブ)や地下の世界を掘り住居を作る事をを余儀なくされてきた。

 洞窟を掘り地底で住まう事で独自の文化形成をしてきた人々だったが、完全に地上から離れて生きる事はできなかった。多くの人間が食べていくために、地表に出て手に入れなければならないものも少なく無かったのである。

 ただ佇むだけで体力を奪っていく低温。そしてそんな中で生きていけるよう独自進化した魔獣。それらに対抗するためにノーゼシアに住む人々は、地下で見つけた豊富な鉱物資源を用い、魔法と機械技術を融合させた技術、魔導技術を進歩させていった。

 そして半世紀前、一つの発明が為された。魔導技術で作り上げられた、人の形をした機械の装備、すなわち魔導機装である。魔導機装は大きな力を発揮し、人々から希望とみなされた。

 そんな機装を操縦する者達の事を、機装士と呼んだ。


 ノーゼシアのある洞窟(ケイブ)に住む少年、ラクトの父ラーグは機装士であった。しかもそのケイブの防衛隊の隊長であり、少なくともそのケイブにおいては最強の機装士とされていた。


「ただいま~~」

「あ、父さんだ!」

「ちょっとラクト、ララを置いていかないでって言ってるでしょ!」


 今まで遊んでいた妹のララの事を放り出し、母の声を背中に受けながらも、ラクトは喜んいさんで帰宅したラーグの元へすっ飛んでいった。


「おかえり、父さん」

「ああただいま。いい子にしてたか!」

「もちろん! だからまた魔導機装の話を聞かせてよ」

「何言ってるんですか。ララをほっぽっといて」


 妹ララを抱きかかえた母が叱ってきたが、ラクトはそんな事よりとばかりに父にキラキラとした目を向けていた。ラーグはそんなラクトに苦笑しつつその頭を撫でて、「夕食の後な」と告げるのだった。

 ラクトをちゃんと叱ってくださいという母の言葉に身を小さくしながら自室へ向かっていく父の背を見ながら、ラクトはその場で小躍りした。

 ラクトは最強の機装士と呼ばれていた父の事を尊敬していたし、いつか自分も機装士になって父と一緒に戦うのだと、そういう未来を思い描いていた。

 子供が父に憧れるという、もっとも健全で、微笑ましくて、希望に満ちた夢がそこにはあった。


***


 その日は、ラクトにとっていつもとそう変わらない日である筈だった。

 ノーゼシア大陸はその特殊な環境上、人間はほぼほぼケイブなどの中に住んでいる。それは逆に言えば、盗賊などの犯罪者は地表にいくらでも隠れる事ができるという事だ。勿論、厳しい環境下で生きているだけの能力なり装備なりが必要だが、それもまた逆に言えばノーゼシアの地上にはある程度の能力をもった危険な盗賊団などが多数いるということでもあった。

 そしてそんな彼らは、ケイブを見つけその防御を抜けると判断すれば、躊躇なく襲い掛かってくるものでもあった。

 ケイブ側もそれを分かっていた。そしてケイブはその形状から入口が限定されており、防衛ラインを築くのも容易かったが故に、防衛側有利で守りやすくはあった。

 それでも攻めて来る盗賊らはいたが、基本的には身の程を知らず戦力を計り切れずに襲い掛かってくる輩であり、故に防衛隊が守り切る事ができるというのが通常であった。


 そしてその日も、そうしたどこかの盗賊がラクト達のいるケイブに攻めてきた。そんな、非日常とは言わないまでもいつもと同様に対応し日常を取り戻す事ができる程度のものだとラクトは楽観していた。

 なにせ尊敬する最強の機装士である父ラーグが防衛するのだ。習っていた避難訓練と同じように家族と避難所に赴いたラクトにとっては父親が仕事で活躍しているのだ、という程度にしかとらえていなかった。

 子供が故にその危険性を想像できなかった、というのは容易い。が、防衛成功が続いてしまえばそれさえも”普通の事である”と認識してしまう人間の精神性については、大人であっても抗えるものでは無かったことは確かだろう。


 その日、ラクトが何かしら思い立って避難所を抜け出したのは、確定的な何かがあったが故ではない。不穏な胸騒ぎがしたわけでも、避難所に聞こえてくる戦闘音の違いに気づいたのでも、時間が長い事に違和感をもった訳でも無い。

 強いて言えばそれすらも、父への憧れ故だった。


(父さんの活躍している姿を見れる!)


 言葉にすればただそれだけの、子供故の純粋な憧れによるものに過ぎなかった。が、そのラクトの行動と”それ”が重なってしまったのは、不幸な偶然という他無かった。もしラクトがその日抜け出さなければ、もしくはそのひ来襲したのが”彼ら”で無かったならば、その後の運命は変わっていたかもしれない。


 しかし、父の雄姿を観ようとしてケイブの入り口へ通じる道を通り、戦闘を覗き見たラクトが見たのは、その後のラクトの行動の全てを縛る呪いとなった。

 すなわち、ラクトが見たものとは。


 半ば崩壊した防衛壁や、防衛隊の魔導機装達。ラクトが探していた隊長機を示す角をつけたデザインであるラーグ機の、背中側が大きく損傷して動けなくなっている姿。そして、そんなラーグ機を見下ろしている黒い巨体を誇る、鬼。人間を遥かに超える巨躯と頭部に角を持つ、魔物に分類される亜人種。

 ラーグとの戦闘が故なのか、その片目はつぶれて血が流れ落ちている。残った左目でギョロリとラーグ機を睨んだ鬼は、手にした金棒を振りかぶった。


「や、めろ……」


 その先を想像してしまったラクトの口から焦燥が零れ落ちる。父が負けているのもラクトの想像の外ではあったが、それよりもなによりも、それよりひどい事が目の前で起きようとしていると気づいてしまい、ラクトの体が震えだす。

 尊敬する父が。最強の父が。何よりもーー自分を愛してくれた、父が。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 叫びは届かず。避けようとしたラーグ機の動きを完全にとらえ。片目の黒鬼の金棒は、ラーグ機のコクピットがある胴体を叩き潰した。

 ラクトはそれを、見てしまった。


 ***


 それからどれほどの時間が経っただろう。気が付けばラクトは、いつの間にか家族と合流し、疎開させられることになっていた。

 鬼の盗賊団達の来襲については、ラーグ達防衛隊の頑張りもあり一定のダメージを与えて追い返すことには成功していた。が、防衛隊にもラーグを始めとした大きな損害が出た事、そしてケイブの防壁なども壊された事から、別の安全なケイブへの引っ越しが決定していたのだ。

 呆然自失だったラクトが気が付いた時には全てが決まった後だった。


 ラーグの死を見てから虚ろだったラクトの目に、時間と共に光が戻ってくる。それは意志の光であり、思考の光であった。


(……なんで、父さんは負けたんだ?)


 ラクトにとってラーグは最強である。故に単純に実力で負けたという結論は信じられなかった。

 その時思い起こされるのは、ラーグ機が背中に損傷を負っていた事。致命的とも言える損傷を受けつつも、防衛隊隊長として立派に戦い抜いて黒鬼を退散させるまでのダメージを与えてみせたのがラーグなのだ、とラクトは想像した。


(――あいつだ)


 そんな強いラーグの背中に損傷を負わせるほどの実力者。そしてラーグに止めを刺した鬼。奴だ。奴が背中から襲うという卑怯な真似をしたのが原因で負けた。その上で殺したのだ、無残にも!

 それはラクトにとって、許せる筈もない事だった。


(殺してやる、殺してやる――――――殺してやる!!!)


 まだ少年だったラクトの心に点いてしまったその業火は、復讐の炎。ラーグが死ぬという本来ありえないはずの理不尽をなした卑怯者である鬼を殺す。自分の手で、ラーグの仇を取る。復讐する。

 それがラクトの人生をかけての目標となった。ーーなってしまった。


***


 復讐を誓ったラクトだったが、周囲はそれを簡単には許してくれなかった。子供がやることじゃない、俺たちが代わりに仇を撃つ。そういって母や父の仕事の同僚などは止めようとしたが、ラクトの心についた復讐の炎を煽るだけで止める事などできなかった。

 もっとも、それでもラクトは自分の力不足は理解していた。

 だからそこから数年は力を蓄える事に全力を尽くした。その努力の結果か、それともラーグから受け継がれたものがあったのか。ラクトは機装士としての実力をメキメキと伸ばしていった。


 もし軍に入れば、防衛などに回されるかもしれない。だとしたらもっと自由にやれる組織に属するべきだ。そう考えたラクトは、かつてラーグと共に戦う事を夢見た軍への入隊を捨て、民間組織である”ギルド”に入る事になった。


 そんなラクトが鬼を専門に狩る機装士として実力を認められ始めたところから、物語は始まる。


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