018話『白亜の壁の更なる裡へ』(3)
※(2026.10.4) 本文の大幅な改稿と加筆修正を行いました
「私の甥……つまりザンディナムの宿場街に滞在している、
ベルダ家の代表者から挙がってきた報告はこのようになっております」
ジェーモスが言うには、一週間前に銀鉱山の坑道内で謎の瘴気が噴き出した。
その影響で落盤事故を誘発し、瘴気による汚染と併せて多くの者が被害に遭ったという……。
しかし迅速な対処の甲斐あってか、ザンディナム一帯だけに被害を留め、事態を収束させることに成功したという。
ただし、現地の混乱は相当のものであったようだ。
「……痛ましい事件ね。
亡くなった者達の冥福と、魂が正当に巡ることを祈るわ」
即座に目を瞑り、胸に掌を当てて追悼の意を表する。
エゼキエル他の家臣達だけでなく、エバンスやアンネも同様に主君に倣った。
そして即座に感情と思考を切り替える。
悲しんでいるだけでは、為政者として失格なのだから……。
「それでは、続きを申し上げます」
「発生した瘴気により、一部の魔物や小動物がナグス小山脈から離れたとのこと。
現地より情報の伝達が遅滞していたのは、その対応にも追われていたからです」
「成程。私とエバンスが街道で交戦したエルドグリフォンも、その影響か……」
「(ザンディナム銀鉱山や宿場街を含むあの一帯は、ナグス小山脈の八分目)
(そこで異常が起これば、平地に逃げ出そうとするのは自然な流れだね)」
実際に目撃した魔物の様子を思い返しながら、エバンスはジェーモスとノイシュリーベの会話内容を粛々と記録していく。
「恐らくは、そうでしょうな。
そしてブレンケ卿も言っていたように、各地の警邏隊も
ザンディナム固有種の魔物と遭遇した……と考えまする」
「ザンディナム一帯、特に坑道内の魔物はどうなったのかしら?
流石に全個体が下山したわけではないでしょうに」
「はい、多くはナグス小山脈内に留まっており、厳重なる観察を続けています。
一部の個体は狂暴化して、坑道内で暴れ狂っていたそうですが、
幸運にも、現地を訪れていた強力な冒険者によって掃討されました」
「瘴気が充満する坑道内で……?
そんな無茶な真似、よくやるわね。どんな命知らずな奴なのかしら?」
「(いやぁ、ノイシュがそれを言えた義理じゃないよね~)」
普段の己の戦いぶりを棚に上げて、呆れた表情を浮かべるノイシュリーベ。
そんな彼女のことを知悉するエバンスとジェーモスは、同じ所感を抱いていた。
「はっ! 果敢にも坑道内で魔物討伐に赴いたのは、"春風"のアルビトラ。
二つ名持ちの冒険者の中でも、特に有力とされる者でございます」
「……ほう、大陸の東側。デルク同盟で勇名を馳せた女傑ですか。
噂では狐人だそうですが」
「その名は小生も耳にしたことがありますぞ。
であれば、ザンディナムの混乱が最小限で収まったのも納得ですな」
「"春風"のアルビトラ……か、エドヴァルド殿とブレンケ卿もそう言うのなら
かなりの実力者なようね、覚えておくわ」
「彼女が成した、詳しい功績に関しては甥が精査しております。
後程、ノイシュリーベ様にご報告いたしましょう」
「ええ、お願いするわ。
我がグレミィル半島に多大な貢献をした者には、きちんと報酬を与えないとね」
胸に掌を当てて、堂々と宣言する。
たとえ家臣以外の者であっても、彼女がヒトを遇する基準は変わらないのだ。
「下山した魔物は、警邏隊や各貴族領の私兵などで対処しております。
末端の冒険者や傭兵も動員しているそうですが、大きな問題はありません」
「結構なことですな。流石はグラニアム地方の名家達。
我々、『森の民』と争ってきただけのことはある」
「……となると、後は坑道内で噴き出したという瘴気の問題ね。
そちらはどうなっているのかしら?」
「はっ! 依然として坑道内に充満しており、銀鉱山自体を封鎖しております。
当然ながら瘴気をどうにかせねば、鉱石の採掘はままなりません……」
その報告を耳にして、執務室内は深刻な雰囲気に支配され始めた。
「それは……拙いわね。
ザンディナム銀鉱山は、グレミィル半島でも有数の財源よ」
「然様。労働者も働き口を失って路頭に迷うことでしょうな。
採掘事業が滞れば、あらゆる面で悪影響が出ます。
先程、儂が申し上げた税収や港の利権問題などとは比較にならない程に」
「採掘される銀鉱石や鉄鉱石、そして魔晶石。
これ等はヴィートボルグに勤めている兵や騎士の装具を担っております。
長い目で見れば、都市の治安にも影響を及ぼすやもしれませんな」
収益の観点でエドヴァルドが、治安維持の観点ではエゼキエルが。
それぞれの分野で、予測されるべき悪影響を述べていく。
そんな折に、それまで黙って筆記を務めていたエバンスが片手を挙げた。
「ノイシュリーベ様。
私めに発言をお許しいただいても、よろしいでしょうか?」
「それは今、絶対に必要なことかしら?」
「はい。実はサダューイン様より、ザンディナムの諸問題について言伝を……」
「へぇ……?」
「ほう、あの弟君が。流石は暗部を率いておられるだけのことはある。
その言伝とやら、儂は是非とも耳に入れたいものですな」
「……いいでしょう、許可するわ。さっさと言いなさい」
エゼキエルとジェーモスの二人も、何か重大なことだと察して無言で頷いた。
「それでは瘴気の正体からとなりますが――」
スターシャナを介して手渡された手紙に綴られていた内容を、エバンスなりに噛み砕いて、口頭で手短に説明した。
それはサダューインが、ヴィートボルグに帰還するまでに体験した事実である。
瘴気の正体は、ラナリキリュート大陸では珍しい『負界』と呼ばれる代物。
坑道内に充満する『負界』を除去するには、第二級火葬術式が必要ということ。
『負界』は、それ自体が非常に強力な毒性と、生物の体構造に影響を及ぼすだけでなく、呪詛の苗床としての性質も秘めていること。
そしてサダューインが保護した海底都市からの亡命者ラキリエルならば、『負界』に汚染された生物を救う術を持ち合わせていること。
「なんということだ、まさか『負界』とはな。
六十五年前に一度だけ目にしたことがあったが……」
真っ先に反応を示したのはエドヴァルドだった。
長命種の彼は、実物の『負界』を目撃したことがあるらしい。
樹皮のような皮膚ながら、急速に表情が青褪めている様子が窺えた。
「エドヴァルド殿、その時はどうやって対処したのかしら?」
「うむ。当時、御健在だったダュアンジーヌ様が焼却なさってくれた。
風術で瘴気を一箇所に集めて、話に出ていた火葬術式でな」
「お母様が……!」
「侯爵殿のお母上、ダュアンジーヌ様は"半島の真の防人"と呼ばれし御方でした。
そのご活躍を記した記述を、サダューイン殿は網羅されていたのでしょうな」
ノイシュリーベとサダューインの母親はハイエルフ。享年にして百十五歳。
故に、六十五年前に活躍していたという事実に対して、この部屋に集った者は誰も驚く素振りを見せなかった。
「流石ですな? 侯爵殿のお母上も、弟君も」
「くっ……"あいつ"は昔から書斎に籠っていたからね。
フィグリス家の実家にも頻繁に足を運んでいるようだったし……」
居心地が悪そうに呟くノイシュリーベを察してか、すかさずエバンスは席に座る四名に対して更なる情報を告げる。
「この『負界』がザンディナムで発生した原因なのですが。
……本国の軍人達が、魔具像を使って掘り当てていたことです」
「な、なんと……!」
「それが事実なら、由々しき事態ですな」
「その軍人達は、皇国海洋軍第四艦隊に所属する、特殊部隊『エイリーク』。
艦隊の長であるボルトディクス提督の指示による行いであると白状させました」
「ボルトディクス……ですと!」
「知っているの、ジェーモス?」
「ええ、二十五年前の『大戦期』の混乱に乗じて、
このグレミィル半島を、海より侵略しようとした皇国軍人でございます。
その時も、ダュアンジーヌ様が秘術を用いて艦隊ごと退けておられました」
「そう……またしても、お母様が人知れず活躍していたのね」
艦隊を丸ごと押し返すなど、如何なる規模の秘術なのだろうか。
疑問は残るが、今この場で考察することではないとノイシュリーベは弁える。
「ならば来週の皇太子殿下のご訪問は、誠に僥倖ですな」
「ええ、会食の場でそれとなく殿下に第四艦隊のことを尋ねてみようかしら。
何か知っていれば、どうせ話してくれるでしょうし」
「もしご存じであったとしても、ノイシュリーベ様に話せないのであれば、
それは皇王府絡みの作戦行動ということになりますからな……」
ノイシュリーベは、皇国の属領であるグレミィル半島を統治する大領主。
そしてバラクードには個人的に気に入られている。
余程の事情がない限り、情報を出し惜しむということはない筈なのだ。
「無論、殿下をお迎えするまでの間にも、調べられることは調べておきますがな」
「そうして頂戴。セオドラ卿の件と併せて要警戒ね」
三人の重臣達の顔を順番に見渡しながら頷いた後に、ノイシュリーベは再びエバンスへと視線を傾けた。
「瘴気の正体と、その原因は把握したわ。
……で? その上で"あいつ"はどうしたいと言っているのかしら?」
「はっ! 更に詳細な情報と今後については、二日後の面会の場で話すとのこと。
サダューイン様がお連れになられている亡命者……ラキリエル殿を交えて」
「ふぅん? この私に直接、伝えたいって訳ね」
つまるところ、今この会議の場では明かせぬ事実があるということだ。
察しの良いノイシュリーベは勿論のこと、数多くの修羅場を潜り抜けて来たエゼキエル、ジェーモス、エドヴァルドの三人も瞬時にそれを理解する。
「彼らしい慎重さですな」
「とはいえ、『負界』の対処法が判明しただけで充分でしょう」
「しかし悠長なことは言っていられませんぞ。
先程も触れたが、鉱山事業は一刻も早く再開しなくてはならない」
資源の流通や収益が停滞するだけではなく、鉱山労働者や、その護衛のために雇われた冒険者達の収入源も途絶えてしまうのだ。
「我々が手を尽くし、日銭を稼げなくなった者達を支援したとして。
そうですな……宿場街に留めておけるのは、二ヵ月程度でしょう」
「私もエドヴァルド殿と同じ見立てをしております。
ベルダ家としても、打つべき手は惜しまない所存ですが」
「一度でも労働者が離れてしまうと、銀鉱山の封鎖が解かれたとしても、
直ぐに事業を再開できなくなってしまうものね……その時限は覚えておくわ」
「その辺りのことも踏まえて、サダューイン殿なら何かお考えがありましょう。
ノイシュリーベ様が二日後に彼と話された後に、再び会議を開いてみては?」
「……そうした方が良さそうね。
亡命者の娘の扱いも、貴方達とは相談しておきたいし」
溜息を吐きながら、頭の中で後々の予定を組み立てていく。
「それじゃあ今日は、この辺りでお開きにしましょうか!
結局、夕方まで掛かってしまったけどね」
「一時延期に近しい形とはいえ、妥当な時間でしょう。
現時点で話すべきことは、話せましたしな」
「やるべきことは多いが、対処法が判明しただけでも重畳といったところです」
「然らば小生は、警邏隊との連携を高めて、より治安の維持を心掛けておきます」
ノイシュリーベが席から立ち上がり、重臣達もそれに倣う。
会議の終了に際して、議事録を綴るエバンスもそこで筆を置いた。
「ええ。皆、よろしく頼むわ。
エバンスとアンネも、今日もありがとうね」
「勿体なきお言葉。私は必要な書記と、情報の伝達を行ったに過ぎません」
「ノイシュリーベ様や、皆様方のお役に立てて光栄です」
そうして、この日の執務室での一幕は一段落を迎えた。
・第18話の3節目をお読み下さり、ありがとうございました!
・2026.10.4の大幅な加筆修正に伴い、会議のシーンを2回に分けさせていただきました。
事件や、格登場人物達をより掘り下げることが出来ていれば幸いでございます。




