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018話『白亜の壁の更なる裡へ』(2)

※(2026.10.4) 本文の大幅な改稿と加筆修正を行いました

※東角の刻→午後3時


 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館三階 執務室 ]



「皆、よく来てくれました。さあ、席に着いて!

 早速始めましょう。手早く済ませて、東角の刻には優雅な紅茶を楽しみたいわ」



「はっはっはっ、然様でございますな」


「滞りなく話が纏まるよう、能(あた)う限りの知恵を絞るとしましょう」


「……夕方までに纏まれば良いですな」


 部屋の中央には、応接用の豪奢な机と四つの椅子。

 大領主であるノイシュリーベを含め、四人がそれぞれの席に腰掛けた。



 この場に集った顔触れは、全員が何かしらの役職を持つ重要人物。


 『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の副団長にして第一部隊長を務める、ジェーモス・グレイスミルド・ベルダ。

 多面騎士を束ね、ノイシュリーベの近衛も務める、エゼキエル・ブレンケ。

 内政や外交を担う紋章官達を束ねる立場の、エドヴァルド・エシュラ・カーミル・アッペルバーリ。



「(あははっ……ノイシュとしては、下手したら夜まで掛かるかもしれないから)

 (午後のティータイムまでに終わらせる気概で行きたいってとこなのに)

 (エドヴァルドさんは、相変わらず堅物で厳しいヒトだなぁ)」


 そして部屋の隅には侍従頭のアンネと、書記を担当する旅芸人エバンスが控えていたが、この二人は直接会議には参加しない。




「それでは最初に、私が不在中のヴィートボルグについて。

 何か良くない変化が起こっていたのなら、各自報告しなさい」



「行政面で大きな損失は確認しておりません。

 せいぜい、侯爵殿にご採択いただきたい事案が溜まっているくらいなものです。

 街道の整備や裁判など、そろそろ紋章官が悲鳴を上げますわい」



「……耳が痛い話ね。

 コーデリオ教団や冒険者統括機構(マスカラード)との折衝はどうかしら?」



「いつも通りでしたな。

 この都市なら、外様の組織とて大きな顔は出来ぬでしょう」


 一般的な都市と比べて、ヴィートボルグはその成り立ちからして特殊である。

 故に、他国に端を発する宗教組織や機構の影響を受け難い。



「エドヴァルド殿がそう言うのなら、安心できるわね。

 ジェーモス。ブレンケ卿。貴方達はどう?」



「『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の方からは、特にございません。

 エペ街道で負傷した三名も、順当に復帰いたしました」


「同じく、多面騎士(レングボーゲ)や常備兵にも異常は見られませんな。

 先月、ノイシュリーベ様が実施されたスラム街の撤去の件については、

 やや抵抗があったものの、滞りなく実施いたしました」



「そう……心苦しいけど、仕方ないことよ」



「ただグラニアム地方を巡回する警邏隊が、

 予想外の魔物と街道で遭遇したと伝えておりました」


 都市内外の治安維持を担うエゼキエルは、警邏隊とも密に連携している。

 その彼が、この場で報告したということは、一度や二度の偶然ではないということであった。




「それはもしかして、ザンディナムに棲息する魔物のことかしら?」



「ほう……?」


「然様。ノイシュリーベ様が交戦なされたエルドグリフォンとは異なりますが、

 いずれも街道付近では、姿を見せない種族とのこと。

 警邏隊に加えて、臨時で雇った冒険者とで対処に当たったそうです」



「ザンディナムのことでしたら、我がベルダ家からもご報告したいことが……」



「ふむ、その件は私も特に気になっていたわ。

 先に他の議題を片付けて、最後にじっくりと話し合いましょう」



「(ああ、そっか……ジェーモスのおっちゃんの生家のベルダ家は)

 (ザンディナム銀鉱山を管轄してる貴族家の纏め役だもんね)

 (そりゃ気が気じゃないだろし、ノイシュも腰を据えて取り組みたいわけだ)」


 各自の発言内容を要約しながら、上質な羊皮紙に書き留めていくエバンス。

 彼の筆記は、以前にノイシュリーベから評されたように、実に的確で要点が押さえられていた。



「かしこまりました」


「承知いたしました。ご配慮に感謝いたします」


 更に都市内の治安について仔細に詰めていくが、いずれも事件と呼ぶまでもない些末ないざこざに過ぎなかった。

 然るべき数の常備兵を配置し、紋章官に後処理を任せておけば片付く程度。


 それ程までに、このヴィートボルグという場所は安泰であるという証左だった。

 したがってノイシュリーベは、早々に次の議題へと移ることにした。




「よろしい、では次にヴィートボルグやグラニアム地方以外の治安についてよ。

 エーデルダリアでは、深刻な呪詛が蔓延していたのと

 市長のセオドラ卿に怪しい動きが見られたわ」



「おお、矢張り……」


「セオドラ子爵とは前々から因縁がありましたからな」



「ええ、呪詛の解析は引き続き進めるとして。

 現地の救護院の解放を強要してしまったから、恐らく一悶着起こるわ。

 申し訳なけれど、その時は力を貸して頂戴」



「……まったく、侯爵殿の見境のない善意には困りますな」


「良いではないですか。話を聞く限り、エーデルダリアは放置できぬ状況。

 私もエペ街道までお供した時は、何やら得体の知れないものを感じました」


 ラキリエル救出に端を発する、ノイシュリーベの実体験。

 エーデルダリアを取り巻く諸問題について、然るべき対策が検討された。

 特に、ノイシュリーベに同伴して部下を負傷させてしまったジェーモスは、誰よりも真摯に提案を繰り返していた程である。


 そして話題は『人の民』の領域から、『森の民』の領域へと移っていく。




「『森の民』側としては、"獣人の氏族"と"魔女の氏族"との間で少々。

 海路による交易権について公判を求めております」



「"魔女の氏族"が暮らすレアンドランジル地方の、アルカ港の問題ね。

 "獣人の氏族"のヴォルムス地方とは隣接しているし、仕方ないことだけど……」



「このまま放置して、仮に港が機能しなくなれば税の徴収に支障が出ます。

 なるべく早期に、この城館の大広間で行われるのが無難かと」


 自身もまた『森の民』出身のエドヴァルドだからこそ、常日頃からその手の相談や報告を受けているのだろう。

 ましてやグレミィル半島を運営する予算を管理する立場なら、尚更に。



「……公判の嘆願書は、執務室で軽く目を通したわ。

 ではエドヴァルド殿の方で、日程の調整をお願いしようかしら」



「承りました。他の政務と被らぬ日を見繕っておきます」



「よしなに。

 ジェーモス! バリエンダール女史やペルガメント卿は何か言っていた?」



「ははっ! その両者からは特に何も聞いてはおりませぬ。

 ペルガメント卿はともかく、女史はそういうことには無頓着ですのでな」



「そう、アルカ港の件で『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の部隊長達の士気に

 影響が出ていなさそうなら良かったわ」



「(ペルガメント卿は、"獣人の氏族"の氏族長の息子さんだから政治にも強いけど)

 (バリエンダール女史は"魔女の氏族"の柵(しがらみ)を抜け出したくて)

 (ヴィートボルグに移り住んで来た碩学者だからねぇ、そりゃ温度差もあるよ)」


 一口に『森の民』の亜人種といっても、その種族や慣習は様々である。

 二つの民の境界線となったヴィートボルグから上手に統治していくためには、細々とした問題にも目を光らせておかなくてはならない。



「(そしてエドヴァルドさんの生家のアッペルバーリ家は、"大樹の氏族"の重鎮)

 (ご本人も、二百六十歳を超える最高齢の樹人(ドリュアス)だ)

 (ここは彼の顔を立てるためにも、公判の日程は任せるのが一番だよね)」


 ノイシュリーベの差配に納得と同意をしながら、エバンスはすらすらと筆を走らせていた。




「……アルカ港の件は、今回はこれで良しとしましょう。

 ですが税収に関して侯爵殿に言いたいことは、まだあります」


 樹人(ドリュアス)特有の樹皮のような皮膚が微かに軋み、窪んだ虚(うろ)のような瞳より放たれている眼差しに重みが増した。



「(うっ……真っ暗闇みたいな瞳のくせに、妙な迫力があるのよね)」


 思わず背筋が凍るような境地に陥るノイシュリーベ。

 彼女は昔から、この宿老の視線がどうにも苦手であった。




「昨日までにご提出下さった書類の数々には、一通り目を通しました。

 ……まずまずの沙汰でしたな。及第点ではありましょう。

 聊(いささ)か、他者の入れ知恵の気配を感じましたが?」



「(わーお、おいらが大部分を手伝ったのバレてるね~)」


 ノイシュリーベからエバンスへと、虚(うろ)の瞳が一瞬だけ傾けられた。

 発言権を持たないエバンスは、黙って愛想笑いを浮かべることしか出来ない。



「臣下を上手く扱うのは大領主の務めでしょう?

 エドヴァルド殿が、普段からしつこいくらい口にしていることよ。

 それを実践したのだけど、何か不満でもあるのかしら」



「いいえ、その点に関しては侯爵閣下の仰る通り。

 儂が言いたいのは、有用な者を登用するのならば

 いい加減に、貴方の弟君をご活用なされ……ということです」



「……!」


 エドヴァルドの視線を、思わず真っ向から睨み返す。

 その瞬間より、執務室内の空気が緊張に包まれ始めた。




「まあまあエドヴァルド殿、そのくらいにされては……」


「然様。サダューイン殿は、ノイシュリーベ様とは別の路を歩まれておられる」


 この姉弟が不仲であることは、この場に居合わす誰もが熟知している。

 故に、ジェーモスが割って入っただけでなく、行政の話には関与しないと己を律しているエゼキエルまでもが口を挟んだ。



「ふん、両名とも甘やかすのも大概になされよ。

 サダューイン殿の見識と人脈の広さ、そして財力は、今やこの儂をも上回る。

 あの御仁がこの席に座っておれば、この老骨も疾(と)うに楽隠居しておったわ」


 高位の騎士達に意見を阻まれようとも、エドヴァルドは態度を改めない。

 これもまた、前々から言われ続けていることの延長なのだ。




「申し訳ないけれど、"あいつ"にグレミィル半島の統治を任せる気はないわ。

 徴税その他の件については、私も更に精進するように心掛ける。

 だからエドヴァルド殿、貴方にはもっと働いてもらいたいわ」



「やれやれ、先が思いやられますな」


 その後、早期の採択が必要な案件をエドヴァルドから迫られて、ノイシュリーベは十全ではないながらも、どうにか大領主としての意思を定めていく。




「……そうね、湖都バステナルは全てエディン通貨で取り立てなさい。

 どうせ、あの辺りはもうグレナ銀貨は使っていないでしょうし」


「良いでしょう。徴税人にはそのように伝達しておきます」


 最後の案件に沙汰を下したところで、ようやくエドヴァルドは溜飲を下げた。






「それでは次の議題に移りましょう。

 ……結局、東角の刻を過ぎてしまったわね」


 侍従頭のアンネが淹れた茶杯を受け取ると、ノイシュリーベは自嘲気味に笑ってみせた。

 釣られて朗らかな笑みを浮かべるジェーモス、真顔で頷くエゼキエル。

 エドヴァルドは「茶飯事ですな」とでも言わんばかりの態度を示していた。



「次と言ってもザンディナム銀鉱山の他に、何かありましたかな?」



「来週の、皇太子殿下のご訪問のことでしょう」



「……ええ、その通りよ。これもまた頭の痛い話だけれど」


 わざとらしく頭に掌を当てて頭痛がするふりをした。

 或いは、本当にそういう症状が現れているのかもしれない。



「(ラナリア皇国の第一皇子、バラクード殿下は昔からノイシュを気に入っていた)

 (流石にノイシュが騎士修行をしていた時は、ご来訪なされなかったけど)

 (それ以前は、夏になるとよくグレミィル半島に遊びに来ていたっけねぇ)」


 通り過ぎるだけで南海の風が漂ってくるような、そんな朗らかな青年。

 遠目から眺めていたエバンスからしても、バラクードは一廉の人物であるように思える。



「大変、結構なことではありませんか。

 侯爵殿も、殿下も、そろそろ身を固めても良い頃合い。

 この機に縁談へと持ち込まれてみては如何ですかな?」



「……恐れ多いわ」



「なんのなんの、殿下は明らかに侯爵殿を目当てにご訪問されておられる」


「うむ、何も問題はありますまい。

 仮にこの縁談が成立すれば、グレミィル半島は更に安泰となりますが?」


 消極的なノイシュリーベに対して、ジェーモスは肯定的。エドヴァルドに関しては大いに縁談を推奨する方針のようだ。




「それは私だって理解しているわ。

 だけど我が領土は今、様々な問題を抱えている。こんな状況で……」



「このような状況だからこそ、ですぞ。

 皇族や皇王府の後ろ盾を得られれば、何かと融通が利きましょう」



「(バラクード殿下が乗って来るような大きな船だと、停泊できる港は限られる)

 (それこそ『偽翡翠』なんてものが蔓延している、エーデルダリアくらいだね)」

 

 仮に皇族と深い繋がりを獲得し、その庇護を獲得することは大いに魅力的だ。

 しかし、もしもバラクード達が呪詛に侵されるようなことになったら……。

 ノイシュリーベが葛藤する理由の一つを、エバンスは正確に見抜いていた。



「……」



「ともあれ、今は殿下に失礼のないよう迎える準備を整えなければなりませぬ。

 毎年のように儂にお任せ下されば、万事恙(つづが)なく。

 エルシャーナ宮の手配も、並行して済ませておきましょう」



「ノイシュリーベ様、皇太子殿下の身の安全に関しましては

 『皇族専属の近衛騎士(コングリゲガード)』の方々が付いておられる筈。

 そう滅多なことは起こりますまい」


 ジェーモスが挙げた存在は、ラナリア皇国で最も強力な騎士とされる者達。

 つまるところ、皇国最強の武の頂なのである。



「……分かったわ。

 殿下の接待に関しては、エドヴァルド殿とジェーモスに任せる。

 他の件と重なるかもしれないけど、上手く進めてみせなさい」



「当然ですな」


「仰せのままに」




「はぁ……私も肚を括るべきかしらね。

 じゃあ最後の議題! ザンディナムの件を済ませてしまいましょうか」


 出された紅茶をぐびっと飲み干し、気持ちを切り替える。

 ラナリア皇国の属領の一つ、ナジア領で摘まれた茶葉特有のすっきりとした清涼な風味。今のノイシュリーベにとっては、とても有難かった。






【Result】

挿絵(By みてみん)


・第18話の2節目をお読み下さり、ありがとうございました!

・重臣達との会議を行う回ですが、少しでも読者の皆様が退屈することなく

 読み進められる内容になり得ていたのなら幸いでございます。


・本文中で名前のあったバラクード殿下は。第2章の冒頭で少しだけ登場する予定をしております。

 物語の本筋にそこまで深く関わってくることはありませんが、

 ノイシュリーベの政務を描く上で外せない人物なので、いずれしっかりと描いていきたいと思います。

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