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001話『嵐の夜を越えて』

・(2025.10.16) 大幅な加筆修正を行いました。


 [ グラニアム地方 ~ ノールエペ街道 南端 ]


「ノイシュリーベ様! もう間もなく到着いたしまする」


「分かっている。既に悪漢達は網を張って待ち構えているでしょうし

 発見次第、全騎突撃して一掃するわ。一手でも間違えれば彼女達の生命(いのち)は無い」


 地方を跨ぐ主要な街道を全速力で直走(ひたはし)る騎兵の集団。

 先頭を駆ける白馬に跨るのは、矮躯ながら白く輝く全身甲冑を纏った女性騎士であり、面当て(バイザー)を上げた兜より垣間見える面貌はヒトとは思えぬ美しさであった。



「我等『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の誇りに懸けて、そしてグレミィル半島の安寧のために

 何としてでも悪辣者達を討ち果たし、異国より逃れて来た貴人を救い出すわ!」


「はっ! この槍と誉は、須らくエデルギウス家の旗の下に有り」

(たす)けを求める声あらば、応じねば騎士の名折れ!」

「"貴き白夜"の後塵を拝する栄誉を賜りましょうぞ」


 女性騎士が発破を掛け、臣下である後続の九騎がそれぞれに呼応する。

 一糸乱れぬ隊列で騎士の常識を覆す馬足を維持して急行する姿からは、彼女達が最精鋭の部隊であることは誰の目にも明らかである。






 [ エルディア地方 ~ セオドラ子爵領 エペ街道付近 ]


「……今夜は月明りが綺麗だな。先日までの嵐が嘘のようだ」


 主要な街道からやや離れた地点。生い茂る草地の中で長身の男性と思しき者が、俯せになって身を隠していた。

 その言葉の通り、春過ぎの嵐によって雲が攪拌(かくはん)された末に霧散し、余さず降り注ぐ月光が周囲一帯を照らしている。隠密を生業とする者にとっては辛い夜だ……。



「下手に身動きが取れない以上、姉上達が間に合ってくれることを祈るしかない」


 彼の眼前に映るのは、幾人ものガラの悪そうな者達が街道の一部を占拠するために広く散開し始めている光景であった――






 [ エルディア地方 ~ セオドラ子爵領 サグレナ岬 ]


 ラナリア皇国に編纂されたグレミィル半島は、大別して十の地方によって成り立っている。


 南部の五地方、純人種である『人の民』が住まう土地にはそれぞれの地方で最も有力な貴族家が管轄を担っている。

 北部の五地方、即ち『大森界』を区分けした土地では亜人種である『森の民』の各氏族が伝統的な支配体制を築いていた。


 これらを統括するのが姉弟の父、ベルナルドの代からのエデルギウス家の使命であり、グレミィル侯爵の権限として認められている。

 尤も、大戦期以前のエデルギウス家は貴族ではあったものの、十の地方の一つ、グラニアム地方にささやかな領地を持つだけの政治的影響力の低い家柄であった。



 そんなグレミィル半島の南部側に位置するエルディア地方には、半島どころかラナリア皇国内でも有数の港湾都市エーデルダリアを要していた。


 皇国の西側に広がるナーペリア海を往来する多数の船舶が日夜 入れ違いに入出港を繰り返し、皇都リズウェンシアとの交易路が解禁されてからは数多の富を半島に(もたら)し続けている。



 栄えた都市。その艶やかな街並みから少し離れた場所にてサグレナ岬という誰も近寄らない峻険な崖地が存在しているのだが、この日は例外だった。

 一艘の舟が漂着し、二人組の男女が覚束ない足取りで上陸を果たしていたのだ。


 二人組の片割れは男性。周囲を入念に見渡し、後から地に(あし)を着けた女性を先導している。その挙措は丁重で、高貴なる人物を遇するかの如し。

 恐らく男性は従者の身分、女性の方はその主筋に該当する貴人なのだろう。

 互いの衣装からも女性の方が一段と質の良さそうな白き法衣を身に纏っていた。



 女性の容姿も衣服に劣らず高貴さを纏っていた。


 整った顔立ち、疲弊の色が顕れてはいるがそれでも健康的で美しき肌、薄めの黄金色の髪は腰まで届く長さで纏まっており、手足はすらりと長く、まず美女といって差し支えない完成された美貌といえた。


 そんな彼女を導く従者もまた同様の肌と髪の色なれど、頭髪は後梳(オールバック)で整えられており、角眼鏡を掛けた面貌は如何にも生真面目そうな雰囲気を醸し出していた。




「ラキリエル様、お急ぎください。

 どうにか上陸に成功したとはいえ、ボルトディクスに与する悪漢達の船も

 既に港湾都市へ入っております。夜通しの移動となりますが、お覚悟を……」


 忸怩たる想いを滲ませながら、従者が心の底より申し訳なさそうに進言した。



「悪漢達を撒いてこの地の街道沿いの旅籠屋(はたごや)まで辿り着くことが出来れば、

 暫くの間は休息を採れることでしょう。それまで どうかご辛抱ください」



「ええ、ツェルナー。貴方には多大な負担を強いてしまい申し訳ありません。

 わたくしを追手から逃すために身を挺して犠牲になってくださった

 衛兵の方々の意思を無碍にしない為にも、今はただ進み続けましょう……。」



「勿体ないお言葉です! ラキリエル様の御身と、我らが故郷が誇る秘宝は

 我が命に代えてでもお護りいたします」


 ツェルナーと呼ばれた従者が恭しく(こうべ)を垂れて一礼した後に、再び周囲を警戒しつつ宵闇の直中を人知れず突き進み、最寄りの街道を目指していった。


 現在の季節は春の終わりから夏の入り口に差し掛かる時分。

 グレミィル半島の西側に広がるナーペリア海では、嵐が最も多く発生する時期であり予定より大幅に遅れてサグレナ岬に漂着することになってしまったのも、この時期の天候の影響を大いに受けた結果であった。



 一刻ほど歩き通した二人組はエルディア地方を南北に横断するための要路であるエペ街道へと辿り着く。

 この街道を北上していけば、隣接するグラニアム地方との境目へと至り、地方と地方の間には旅人や冒険者を相手に宿泊業を営む旅籠屋(はたごや)が建っている筈である。



「この先の旅籠屋(はたごや)辺りで、我々の亡命を受けれてくださった

 エデルギウス家の方々と合流する手筈となっています」



「エデルギウス家……前大戦の英雄であらせられるベルナルド様は

 ここグレミィル半島の全てを統治される大領主様でもあるのでしたっけ?」



「ええ、ですが彼は数年前に病死したと公表されています。

 現在では その御子であるノイシュリーベ殿が大領主の座を継ぎ、

 弟のサダューイン殿と共に領土を守っておられるのだとか……」



「……わたくしとそう歳も違わないのでしょうに、なんて凄い方々なのでしょう。

 そのような御方が(たす)けに来てくださるのなら心強い限りです」


 安堵しかけた二人組は、しかし街道付近に無数に灯る提燈(ランタン)の輝きを見咎めて急速に表情を強張らせた。

 その提燈(ランタン)は乱雑な間隔で灯されており、どう見ても地方を移動中の商隊や警邏隊といった風情ではない。


 追手である悪漢達が待ち伏せしていたのだ。






 [ エルディア地方 ~ セオドラ子爵領 エペ街道 ]


「……拙いですね。あれは魔具(デミ・マギア)の携行提燈(ランタン)です」


 魚油などを燃料とする提燈(ランタン)の灯りは僅かな強弱を繰り返すものだが、街道で散見される灯りは常に一定の輝度を保ち続けていた。



「一人一人がそのような高価な装備を身に着けているとなると、

 あの者達はさぞや羽振りの良い、強力な冒険者ギルドの一員か何かでしょう。

 ボルトディクスに与する者が金に糸目を付けず雇い入れたか……」



「彼等とは、まだ二百メッテほど距離が開いています。

 このまま音を立てずに迂回することはできないのでしょうか?」



「残念ながら、強力な冒険者ギルドであれば必ず索敵能力に優れた者を

 抱えている筈です。おそらく我々のことは既に……ッ!?」


 危機的状況を察して苦渋に満ちた表情を浮かべるツェルナー。

 説明の言葉を口にする最中にて、何かを見咎めて急遽 大きく瞳孔を見開いた。



 ヒュン……  バ ズン !

 

 彼の頭部へ何かが去来し、激突と同時に大量の血飛沫を挙げて仰向けに倒れる。

 飛んで来たのは小振りの片手斧。今際の叫びを挙げる間もなく絶命したのだ。



「えっ? ……え? きゃああ!」


 突然の事態の把握に数秒を要し、無残な骸と化した従者の姿を見咎めたラキリエルが悲鳴を挙げる。

 それを皮切りとして街道付近に屯していた悪漢達が一斉に押し寄せ、彼女を包囲してしまった。迅速にして無駄のない動き、間違いなく手馴れている。




「へっへっへ……居やしたぜお頭ぁ!

 奴等、エーデルダリアじゃなくて隣の地方へ逃げ込もうとしてやがりますよ。

 勘のいい連中だぁ、この辺で網を張っていて正解でしたわ」


 包囲する悪漢達を掻き別けて、小柄な純人種の男性が近付いて来た。

 焦げ茶色の癖毛と放置された無精髭は自堕落さを醸し出し、卑屈さが滲み出る面貌からは人生に草臥(くたび)れた様子を垣間見せる中年といったところであろうか。

 彼はツェルナーの亡骸とラキリエルを交互に検分しつつ、後ろに控える総大将へと声を掛ける。



「おう、良くやったぞグプタ! お前の読み通りだったなぁ、ガハハハハッ!!」


 グプタと呼ばれた男性の背後より、凄まじい巨漢が遅れて姿を現した。

 この巨漢こそが悪漢達を纏め上げる立場の者なのだろう。


 初老と思しき白髪に白髭を携えた風采なれど筋骨隆々な肉体は異常な程に活力に満ち溢れており、全身に刻まれた傷痕が歴戦の無頼漢であることを物語っていた。



「生意気にも俺様達の船から逃げ腐った獲物共がやっと網に掛かりやがった。

 後は例のお宝をぶん獲ってから、思う存分お楽しみといこうじゃねーか!」


「待ってましたー!」

「こんな夜中まで出張る羽目になった代償くらいは貰っておかないと!」

「げへへ、生きたまま身柄さえ引き渡せば依頼主も文句は言いませんぜ!」


 巨漢の男に呼応するかの如く、周囲の悪漢達が下卑た表情を浮かべながら生き残った美女へと躙り寄る。絶体絶命とは正にこのことか。



 然れど常理は、ラキリエルの命運を見放さなかった。


 街道の北側の方角より、砂塵を巻き上げながら馬蹄の音が鳴り響く。

 騎兵の春暖。それも隊列の見事さから、かなりの練度であることが伺わせた。




「貴様達だな! 我が領土へ亡命を願い出た貴人を付け狙う悪辣者とやらは!

 その悍ましき蛮行を即座に止め、武器を捨てて投稿せよ!」


 先頭を駆ける、白く輝く甲冑を着込んだ騎士が凛とした声色で悪漢達へ警告。

 既に悪漢達が平穏を乱す輩で、包囲されたラキリエルが庇護すべき者であることを前提としたかのような口振りだ。



「あぁん……? 巡回の警邏隊か? それにしちゃ豪勢な鎧を着てやがる」



「うわわわ……お頭! あれはこの半島の大領主が率いる精鋭騎士団の旗ですぜ。

 たしか『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』とか云われてる連中でさぁ。

 普段は隣のグラニアム地方の城塞都市に駐屯してる筈なんですがねぇ?!」



「……はぁ? 何でそんな連中が、こんなに早く隣の地方まで出て来やがるんだ。

 気に要らねぇ! 完全に誰かに仕組まれてんなぁ、こりゃあ!!」


 巨漢の男が悪態を突きつつも、背負っていた大戦斧を引き抜き臨戦態勢に移る。

 それに応じて周囲の悪漢達も提燈(ランタン)を足元に置き、各々が持参する使い込んだ得物を構えた。



「おうおう、精鋭騎士だかなんだか知らねえが

 このバランガロン様のシノギを邪魔するとぁは、いい度胸してやがる」


 騎士の放った警告を正面から突っ撥ねたばかりか、堂々と抵抗の意志を示した。



「小娘共を追い回すのも飽き飽きしていたところだ!

 鬱憤晴らしに手前ぇ等の首でも跳ね飛ばして

 そのクソ高そうな鎧を売り払って大宴会を開いてやるぜ! ガハハハッ!」



「お頭の言う通りだぜ! こんな場所まで来て、手ぶらで帰れるかよ!」

「馬鹿な騎士共だ、"海王斧"の二つ名を持つお頭に勝てると思っているのかよ?」

「俺達もお頭に続くぞー。こんな田舎の連中に言われ放題ってのは気に喰わねぇ」


 大戦斧を高らかに掲げた巨漢の男……歴戦の冒険者バランガロンが宣言すると、彼が率いる悪漢達もそれに応じて怒号を発した。



「……下郎が。我こそはこのグレミィル半島を統べるエデルギウス家の当主、

 ノイシュリーベ・ファル・シドラ・エデルギウス・グレミィル!

 流れ込んだ悪辣者をのさばらせておくほど私が率いる騎士達は寛容ではない!」


 先頭を駆けるノイシュリーベが馬足を速める。駈足から突撃体勢へ。

 彼女が率いる騎士達も同様に馬足を増して騎槍(ランス)の穂先を悪漢達へと傾けた。


 騎士達の接近に備える悪漢達。彼等もまた烏合の衆ではないとばかりに各々が手にしていた片手斧を投擲し、短弓を射掛け、長槍を突き出して騎馬突撃に対する緊急の迎撃策を試みるが、ノイシュリーベとその愛馬の疾走はまるで威勢を損なう素振りを見せなかった。




「グレミィルの空を巡る、大いなる原初の風の精霊達に希う。

 我が身、我が領、我が(かいな)! 巡りて(めぐ)る、()にして(その)と成れ!


 『――風域を統べし戴冠圏(ウリュトング)』!」




 手綱を操りながら朗々と詠唱句を唄い挙げて魔法(スペリオル)を発動させる。

 すると何処からともなく豪風が巻き起こり、周囲に風の膜を築いてみせた。


 さすらば飛来する斧や矢の悉くは、先頭を駆ける騎士を避けるようにして、明後日の方角へと飛び散っていく。

 まさに王に近寄る不埒者を撥ね退ける、絶対防護領域といった具合であった。



「風の魔法で防護圏を張りやがったってとこですかい。

 突撃中の馬に乗りながらやるなんて正気の沙汰じゃあない。

 舌を噛まないのが不思議だぁ……って、そんなこと言ってる場合じゃないぞ!」


 目敏くノイシュリーベの手管を分析していたグプタであったが、次に起こるであろう事態を予測して、慌てた様子で咄嗟にその場を飛び退いた。

 果たして彼の目算は正しく、飛び道具を防いだ豪風の膜は、そのまま彼女が握る斧槍(ハルバード)の刀身へと収斂されていく。風魔刃が形成されたのである。




「研ぎ澄ませ、グリュングリント! 嵐を纏い蹂躙せよ。

 ――――『過剰(オーヴァード)吶喊槍(・グリーヴァ)』! 突撃(アングリフ)!!」



 白く輝く甲冑のうち、肩と腰の(ガルドブレイス)草摺り(とタセット)に該当する箇所が彼女の意思により稼働。

 装甲内に設えられている噴射口(スラスターノズル)を後方へと傾けるように変形・展開した後に、風魔法によって起こした豪風を一挙に放出。

 愛馬の走力が瞬間的に強化され、吶喊の勢いもまた飛躍的に向上していった。


 数秒の後にノイシュリーベを先頭とした『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』が悪漢達と激突する。



 ビュゥゥゥゥ…… カ ッ !!  ドゴォォン!!


 風魔刃を形成した斧槍を突き出すと、蓄えられていたエネルギーが一挙に解放され、対騎兵用の長槍を構える悪漢達を爆風によって紙屑同然に吹き飛ばした。

 更に後続する騎士達が騎馬突撃の有効性を存分に発揮して悪漢を躙っていく。


 そうしてラキリエルを包囲していた人員の半数近くを一挙に削り潰した後に、騎士達は街道上に即席の攻勢陣地を築いて残存する悪漢と手堅く切り結んでいった。



 一方で、自慢の大戦斧を盾代わりにしてノイシュリーベ達の突撃を耐え凌いでみせたバランガロンは、大質量の得物を巨躯に物言わせて振り回しながら反撃に転じ始めており、付近一帯では乱戦の様相を呈し始めるのであった。


 悪漢達の総数は約七十名、ノイシュリーベ率いる騎兵は十騎。


 数の上ではノイシュリーベ側が圧倒的に不利なれど、初撃で半数を潰したことに加え、大領主であるグレミィル侯爵が直接率いることによる士気の高さが五分五分の戦いへと導いていく。

 むしろ悪漢達こそ、精鋭騎士を相手によく奮闘していると称えるべきであろう。



「はぁぁ……これだから田舎は嫌なんでさぁ。

 こうなりゃ、とっとと秘宝を隠し持ってる巫女さんだけ確保して

 一目散にずらかるのが最も利口な選択ってなもんだ」


 乱戦に参加する気がないグプタは、草臥(くたび)れた表情をより深めながらラキリエルに近寄ると、その細い肩を掴んで一人でさっさと逃げ隠れようとした。

 だが、その時。グプタの後方より小粒だが鋭く伸びる炎弾が飛来し、着弾する。



「うわっちぃぃぃ!! 何だ何だ? 後ろから??」



「攻撃用の魔術(スペルアーツ)を受けて「熱い」程度で済むのか……流石は"灰煙卿"グプタ!」


 慌てふためく彼の背後より、黒尽くめの装束を纏った長身の男性が出現。

 素早く足払いを仕掛けて転倒させ、右掌で握る魔具杖の先端部分……銀色の光沢を放つ流線形状の部位で、容赦なく腹部を打ち据えた。



「ぐべぇぇっ!!」


 無様に口から吐瀉物を撒き散らしながら地面を転がるグプタを見下ろし、入れ違いにラキリエルへと忍び寄ると、黒尽くめの装束から伸びた掌が彼女の腕を掴む。

 そして足早に、音も立てずにその場から離れようとした。




「あの……貴方様は、いったい?」



「説明は後だ。だが少なくとも俺は君の味方だと明言しておく」


 長身の男性に腕を引かれて連れていかれようとしているにも関わらず、ラキリエルは不思議と恐怖を感じなかった。

 状況が状況だけに男性の放つ声色は若干の焦燥の色を孕んではいたものの、それ故に真摯に彼女を救出することだけを考えている素振りが見受けられたからだ。



「(大きくて……なんて温かい()なのでしょう……)」


 長身の男性に掴まれた腕より、確かな熱が伝播する。

 それは半年ほども続いた逃亡生活の中で、次々に仲間を喪って冷え切りつつあるラキリエルの心を一瞬で温め直し、鼓舞し、蕩かし始めてしまう程に……。



 ……ビュオオオォ。


 直後であった。ラキリエルから見て左へ僅か三十メッテほど離れた地点より凄まじいまでの冷気の波濤が押し寄せ、周囲の大地を瞬く間に凍て付かせる。

 長身の男が発する熱が伝播していなければ、凍えてしまっていたことだろう。



 冷気の根源は、悪漢達を束ねる巨漢……バランガロンが振るう大戦斧。

 魔具術(マギア)の触媒とも成り得る特殊な武器の真価を発揮させたのだ。


 思わずラキリエルはその方角へ視線を傾け、何が起こっているのかを垣間見た。


 




「糞餓鬼にこれ以上 舐められて堪るかよ!

 ノイシュリーベとか言ったか? 年季の違いってやつを教えてやるぜええ!」


 白馬に跨る甲冑騎士……ノイシュリーベに対して全く怯む様子を見せず、堂々と対峙するバランガロンの姿が在った。


 巨漢に似合わぬ体捌きを駆使して、己が凍て付かせた大地を滑走しながら一方的に接敵してみせる。如何なる名馬であったとしても氷上走行の備えがなければ、その俊足は封じられたも同然だ。

 そうして諸手で握り直した大戦斧を袈裟懸けに振るい、白馬 諸共にノイシュリーベを両断しようとしたのである。



「見た目に反して(こす)い真似をしてくれる。……往くわよ、フロッティ」


「ヒヒィーーン!」


 主人に名を呼ばれた白馬が(いなな)きを以て呼応する。

 人馬一体と化した俊敏な動きで右斜め前方へと跳び、大戦斧をやり過ごした。



 ビュゥゥゥゥ……  ボッ ヒュウウ!


 白馬が氷上に着地すると同時に、ノイシュリーベが纏う甲冑のうち真横に傾けた腰部の草摺り(タセット)噴射口(スラスターノズル)より豪風を噴射。


 続けて噴射口(スラスターノズル)を後方に傾けていた肩の草摺り(ガルドブレイス)より立て続けに豪風を噴射することで無理やり前進させ、白馬に跨ったまま自由自在に氷上を滑走してみせる。

 畢竟(ひっきょう)、この甲冑騎士にとって戦場の地形などは関係ないのだ。


 そして間髪入れずに斧槍を突き出し、バランガロンの頭部を串刺しにしようとした……が、相手も歴戦の猛者。異常なまでの反射神経で躱されてしまう。



「面白ぇ動きをしやがる! だが突きが正確過ぎるぜぇ、見え見えなんだよ!」


 大戦斧を袈裟懸けに振り抜いた体勢のまま身を屈め、相手が突き出した斧槍の脅威を避けきったバランガロンは、即座に身を起こした勢いのままに自身の得物を高らかに掲げた。


 すると刀身より再び冷気が産み出され、瞬く間に吹雪と化してノイシュリーベ達に襲い掛かった。凡庸な騎士であれば瞬時に馬と甲冑を凍結させられて動きを封じられてしまう局面なのだろう。

 機動力や、抗う術を奪い尽くしてから大戦斧による容赦ない一撃で粉砕していくのが、この初老の巨漢の常勝戦術なのである。



「こんな小細工で、我等グレミィルの『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』を屠れると思うな!」


 冷気の影響が及ぶ前に、先刻と同じ風魔法による防護圏を形成。吹雪を散らす。

 次いで襲い掛かってくる大戦斧による怒涛の斬撃には、右掌で握る斧槍を巧みに振るい続けて手堅く打ち払うことで着実に往なしていく。



 キィィン! キ キィン! ……ガッ ギィィン!!


 何度も大戦斧と斧槍が克ち合い、刃と刃が重なり合い、金属同士の激突音による闘いの旋律が鳴り響き続ける。

 冷気と風が吹き荒れる渦中で舞い踊る火花は、幻創の戦いの如き光景であった。






 大将同士による一騎打ちに目を奪われかけていたラキリエルであったが、より強く腕を引かれ始めたことで、ふと我に返った。


「……済まないが、君の従者の遺体を回収している余裕は無さそうだな。

 姉上、いやグレミィル侯爵達が上手く拾ってくれることを祈るしかない」


 黒尽くめの装束を纏った長身の男性が申し訳なさそうに告げる。これだけ激しい戦いが繰り広げられ始めたのだから、さもありなんといったところか。


 そうして街道近くの草地の茂み……彼が俯せになって潜伏していた場所まで戻ってくると、隠していた黒馬にラキリエルの身柄を放り投げるようにして乗せてから自身も騎乗した。


 そうして乱戦を続ける者達を後目に、一刻も早くこの場より立ち去るべく街道を一挙に北上して離脱を果たすのであった。




 後に残されたのは、未だに乱戦を継続する精鋭騎士達と悪漢達。


 その最前線に立つノイシュリーベとバランガロンは、互いの掌に携えし得物を振るい合って一歩も退かず、只管に激しい攻防を演じていた――






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第1話を読んで下さり、誠にありがとうございました!

・これより始まりますのは、グレミィル半島を駆け巡る長い長い道程……。

 如何にしてプロローグⅠへと繋がるのか、主要人物達の活躍にご期待ください!

挿絵(By みてみん)


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Xより参りました。語彙は勿論、設定が細かく練ってらっしゃるからか、世界観がはっきりと分かりスケールの大きさを感じます。技名もかっこいいです!この後双子がどうなっていくのか。結果が分かっているからこそ過…
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