003話 序曲『英雄の子』
※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。
※今回はラナリキリュート大陸やグレミィル半島の歴史や舞台設定に関する描写が中心となります。
物語をより深く楽しむための、いわば『映画のパンフレット』のような幕間。
本編を優先して読みたい方は、第4話からお読みいただいても問題ありません。
[ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア 旧中央広場 ]
「さあさあ! 皆様、お立ち合い!」
~~~♪
夏の息吹を感じる晴天の空の下。エルディア地方で最も栄えた都市の広場にて、狸人という獣人の一種と思しき若者が竪琴を掻き鳴らしていた。
その種族名が示す通り、狸のような獣耳と尻尾を生やし、丸く膨らんだ腹部や短く太い手足も相俟って、見る者にとって多少の愛嬌を感じさせる姿をしている。
彼は『森の民』出身でありながら、グレミィル半島の各地を渡り歩いた。
時にはそんな小さな垣根を飛び越えて大陸全土をも巡業することもある、名うての旅芸人なのだ。
会得した楽奏や叙事詩の数は計り知れず、故にあらゆる傑物達の来歴を唄い挙げては民衆達を楽しませ、その偉業を知らしめる役回りを心掛けていた。
「これより紡がれますのは、ここラナリキリュート大陸の物語。
そして、その一部であるグレミィル半島に纏わる一人の英雄と、
彼の意志を継ぐ双子の姉弟……即ち、英雄の子達の唄でございます」
~~~♪
狸人特有の大きな掌で巧みに弦を爪弾き、鍛え上げた歌声を披露する。
厳かな旋律を基調としているが、所々に物悲しき音節を滲ませていた。
かと思えば、稀に熱き音節が混在していく。
初夏の空の彼方へ向けて、語り部は独り、己の想いと唄を捧げ始めた――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「君達は、どこまでも歩いて行ける」
その言葉を最初に発したのは、遥か太古に偉業を成し遂げた者であった。
常世の総てを喰らい尽くし、新たに敷かれた幻創の大地。
六柱の"主"が統べる各大陸は、一部を除いて再生と繁栄の盛りを迎えていた。
大地に根差した民達が、血と汗と希望と夢、そして怨嗟を擁いて拓いた路は、やがて血管の如く大陸の隅から隅まで往き渡ることであろう。
「君達は、どこまでも歩いていける」
その言葉を次に発したのは、いつかの時代の傍観者であった。
永き時を経て"豊穣の大陸"と呼ばれるまでに実ったラナリキリュート大陸。
現代に於いては、三つの勢力と一つの禁域で区切られている。
三大勢力の筆頭。南の覇勢、ラナリア皇国。
およそ百年前に王座を簒奪したバランガル・ホルガが、南部一帯の海洋諸島群を平定し屈強なる海洋軍と陸軍を基軸とした軍事力を以て、更なる領土拡大を求めて北上を推し進めた。
やがて大陸全土の三割にも及ぶ領土を統治下に収めたころ、バランガル・ホルガの急死によって皇国の侵攻は勢いを減ずる。
以降、定期的に小競り合いこそ起きたものの、勢力図を塗り替えるような大規模な戦の機会は失われていた。
【綺纏暦5756年(※本編から約27年前) 勢力図】
ラナリキリュート大陸は仮初の安定期に入った。
牙を削がれたラナリア皇国では、大きく拡がった国土の守りを固めるべく武功を挙げた有力な騎士達に、特別な爵位と権限を与えて新たな領地へと封じた。
ベルナルド・バシリオ・エデルギウスもその一人。
彼は、"偉大なる騎士"であり、英雄であった。
ラナリア皇国と敵対していたイングレス王国に所属する、一介の騎士。
元々の彼は、イングレス王国内の無価値な男爵家の嫡子に過ぎなかったという。
しかし長らく続いた平穏から腐敗の限りに至った王朝にあって、希少で限られた高潔なる武人として勇名を馳せた人物となる。
そんな彼は無辜の民の為に最前線で己の血肉を捧げ続けながらラナリア皇国陸軍と死闘を繰り広げ、後に『大戦期』と称される時代を駆け抜けた。
然れど、為政者達からすれば体のいい捨て駒であり、異種族間の諍いが絶えないイングレス南域の忌地は、瀉血の如く切り捨てるべき廃棄の対象。
そうとも知らず戦い続けるベルナルドと彼が率いる騎士団および防衛部隊に、敵対するラナリア皇王バランガル・ホルガは称賛と憐憫の情を懐いた。
死闘の果てにベルナルド隊は捕らえられ、英雄という牙を失ったイングレスの為政者達は領土の割譲という条件を提示して講和を申し出た。
これに対しラナリア皇国は英雄の身柄の引き渡しを条件に加えることで承諾。
斯くしてイングレス王国は南北に分断され、南イングレスと成った領土はラナリア皇国へと併呑された。
その一部、『グレミィル半島』と呼ばれる多種多様な種族が棲息する忌地の統治者として、英雄ベルナルドが抜擢される。
急死したバランガル・ホルガの孫……王座を継いだ新たな皇王バランガリアが、幾度かの説得と交渉を経て英雄を皇国陸軍に迎え入れたという。
グレミィル半島は南イングレス領からは独立した侯爵領として特別な自治権を与えられることとなり、大戦期以前の為政者の大半は皇国の意向により粛清。
政治的な地盤が整えられた末に、統治者として封じられたベルナルドには相応の爵位と権限が与えられたのである。
彼は最初に、領民達の生活を安定させることに着手した。
半島北部に広がるグラナーシュ大森林……通称『大森界』に自ら赴いたのだ。
たった独りで。異種族間の諍いを沈めるために。
『大森界』内で暮らす種族の有力者、"妖精の氏族"に属するエルフ種の王族の娘と婚姻を結び、姻族の繋がりを足掛かりとすることで種の対立を和らげ、徐々に半島を平穏へと導くことに成功していったのである。
更に婚姻から二年後の春には、彼等の血を継いだ子を授かることとなる。
無論、これまでの歴史の中で異種族間の婚姻の事例は存在していたが、英雄ベルナルドが成した婚姻だからこそ善き影響を及ぼしたのである。
【綺纏暦5781年(※本編から約2年前) 勢力図】
英雄ベルナルドの子達が誕生してから、更に二十年。
彼が大領主に封じられてからは二十二年が経とうとしていた。
グレミィル半島は着実に発展を遂げ、確かな平穏と理想に向けて前進を続ける。
平地や丘陵、小規模な山岳地帯が広がり、純人種たる『人の民』が暮らす南部。
地方ごとに領地を持つ有力貴族家が治世を担い、隣接する属領との陸路や海路を用いた交易も盛んであった。
一方、グラナーシュ大森林が広がる北部は、亜人種たる『森の民』が氏族社会を形成しており、伝統ある知識や技術を受け継いでいる。
この二つが真に交わり、手を取り合い、南北併せて十の地方が結束する。
即ち、英雄が戦後に目指した可能性の階。
"偉大なる騎士"は、どこまでも自らの足で歩いていくことで無辜の民に平穏と希望を齎そうとした!
そんな彼の人生の歩みと輝きは、彼の妻と共に不可解な死を以て瓦解する。
二人の子、双子の姉と弟を残して――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
[ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア 旧中央広場 ]
「おお、何たる悲劇! 災いの種は我等の足元より這い渡っていたのです!
英雄を喪いしグレミィル半島の行く末や如何に?」
~~~♪
狸人の旅芸人の楽奏が、静かに転調を迎え始めた。
心なしか、彼の表情にも緊迫と悲観の色が滲み始めている。
これが演出なのだとしたら、さぞ大層な技巧派であると観客を唸らせるだろう。
これが戯曲なのだとしたら、さぞ捻くれた台本である予兆を感じたことだろう。
「嗚呼、どうかご安心を!
英雄死すとも理想は死せず。英雄死すとも理念は死せず。
意思を継ぐ者は必ず現れる……そう、英雄の子は、着実に育っていたのです」
~~~♪
狸人の旅芸人の楽奏が、しなやかな転調を迎え始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
英雄ベルナルドが没してから二年の後。
彼の意志を継ぐ二人の子達は、本格的に頭角を現していった。
双子の姉、ノイシュリーベ。
真名をノイシュリーベ・ファル・シドラ・エデルギウス・グレミィル。
エルフ種である母の面影を強く宿し、エルフの王族たる高貴な佇まいと魔力を受け継いだが、彼女は"偉大なる騎士"ベルナルドのようでありたいと強く願った。
故に、家督と爵位を継承し、死した父に代わり自ら最前戦に立って半島の平穏を守ると誓う。
双子の弟、サダューイン。
真名をサダューイン・エヌウィグス・エデルギウス。
純人種の父であるベルナルドの面影を強く宿し屈強な肉体と武芸の才を受け継いだが、彼は人知れずグレミィル半島を支えたいと強く願った。
貞淑にして賢姫であった双子の母、ダュアンジーヌのように……。
故に、光輝く姉の翳であるかの如く、人知れず半島の民を守ると誓う。
姉弟がそれぞれ受け継いだ風貌と才覚は、皮肉にも両者が求めてやまないものであった。
やがて時が経つにつれて、互いに己が持たぬものを継いだ肉親への嫉妬と羨望、憎悪と畏敬という二律背反の感情を募らせ、袂を別つこととなる。
英雄亡き後の領土を託された姉弟は、遥か海の底より訪れた貴人を救い出したことで、大きく路を違えながら各々が目指した未来へと突き進むのである。
たとえそれが悍ましき因果に囚われた畦道であれ。
たとえそれが醜く藻掻く宿痾の隧道であれ。
たとえそれが、微かに灯る綺装の導きであれ。
「君達は、どこまでも歩いていける 筈なのだ」
その言葉を最後に発するのは、きっと この姉弟を傍で支え続けた者だった――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
[ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア 旧中央広場 ]
~~~♪
狸人の旅芸人の楽奏が、徐々に曲調を落として静寂を迎えた。
「ここまでのご清聴 誠にありがとうございました!
然れど、物語はここからが本番なのでございます。
どうか……どうか、この姉弟達の続きの唄を、引き続きお聴きくださいませ」
一度、観客達に頭を下げ、場面の移り変わりを暗に示す。
そうして楽奏は、新たな旋律と共に再開されるのであった。
・第3話をお読みくださり、ありがとうございました!
・もし僅かでも、本作の舞台にご興味を持っていただけましたら幸いです。
・そしてこの旅芸人の本編での登場は、もう少しだけお待ちくださいませ。




