015話『清貧なる巡回徴貢』(3)
自身が首を撥ね飛ばした二頭と、エバンスが撃墜させた一頭が骸と化したことを
確認すると、ノイシュリーベは腰部の草摺りに設けられた噴射口を真下の方角へと傾け、豪風をゆっくりと噴射させ続けることで徐々に高度を下げていく。
そうして着地の衝撃を限りなく削ぎ落した上で、両脚より大地に降り立った。
「……安らかに眠りなさい。
そして次に魂が巡った先では私達の輩となり得ることを願うわ」
「いつか、この地で芽吹いた君達の魂と再会できることを願うよ」
敵対した魔物とはいえグレミィル半島に生きる生命。
この地を統べる者として、堂々と戦った騎士としてノイシュリーベは死した魔物達の魂が救済されるよう祈りを捧げる。
同じく騎士ではないものの、生命の尊さを弁えているエバンスもまた彼女に倣い一頻りの祈りを捧げていた。
「お疲れ様! ノイシュの技ならいつでも大道芸で頂点取れるよ。
これなら現役の軽業師も真っ青だね。」
冗談交じりの労いの言葉を掛けつつ、エバンスは近くの林に退避させていたフロッティの手綱を曳いて連れ戻して来てくれた。
「あんたもね、いいアシストだったわ。
……お父様のような立派な騎士を目指していなかったら、
各地を旅する軽業師や冒険者みたいな人生も悪くなかったかもしれないわね」
見知らぬ大地を旅することに対して、魅力を感じないわけではなかった。
まだ見ぬ世界、未知の景色を探訪しながら、行く先々で磨き上げた技を披露して現地の人々と触れ合う。まさに何者にも縛られない風の如く……。
そういった意味では、単独で大陸各地を渡り歩きながら大道芸や楽奏を演じているエバンスのような生き方は理想的ともいえるのだ。
「たまには気分転換に長期旅行とかしてみるも良いかもね。
行先次第にはなるけれど、その時は今みたいに適当に合わせてお供するよ」
「万が一にでもその時がきたら、よろしく頼むわ」
「ノイシュは目立つからねぇ。
君と一緒の旅なら、どんな場所に行ったって絶対に退屈とは無縁そうだよ。
ま、当面はそんな余裕はなさそうだけどさ」
「ええ……我が領地に逃れてきた巫女の件もあるし、セオドラ卿みたいな面従腹背な輩もまだまだ多いし、なにより"黄昏の氏族"の横暴もどうにかしないと!
やらなきゃいけないことは山積みよ」
返答しながら血振り済ませ、林に逃した愛馬を呼び寄せる。そうして馬甲冑に備えてある槍掛けに斧槍を預けた。
「で、後はさぁ……この討伐したエルドグリフォンの死骸、どうする?
ノイシュは考え無しに首を撥ねて撃墜させたから街道の上に落ちちゃってるよ」
改めて確認してみると、二頭目の魔物が激突した衝撃によって、ノールエペ街道の石畳みの路面が幾許か破損しているだけでなく、巨躯が道を塞いでしまっていた。
これでは往来する商隊や馬車を用いる冒険者の活動に支障が出てしまうだろう。
「うぅっ、本当だわ……どうしよ、これ」
「うーん、二人だとこの図体を退けるのは骨が折れるよねぇ。
フロッティに身体強化魔法を施してから牽引してもらうのが一番だろうけど、
死骸とはいえ天敵種には近寄りたくないだろうし……」
戦いが終わった後ですら、白馬はエルドグリフォンには近寄ろうとはしない。
遺伝子に刻まれた本能から畏怖しているのだ。なれば戦友に無理強いをすることは出来ない。
「サダューインだったら遭遇戦であったとしても綿密に計算して立ち回るから、
こういうことは起こさないんだろうけどねぇ。
倒した魔物の後処理だって、きっと周辺に住んでる人と上手いこと交渉するし」
「……今は"あいつ"の話はしないで!
仕方ないわね、ヴィートボルグに戻ったら工兵を派遣して魔物の撤去と街道の補修を頼むしかないわ。また財務官にちくちく小言を言われそう……」
「補修するだけなら石工用の工具さえあれば、おいらでも出来そうだけど。
生憎と今は簡単な大工道具しかないんだよねぇ」
加えてノールエペ街道の石畳はザンディナム銀鉱山付近で採掘される上質な石材が用いられている。その辺の適当な石とは硬度に雲泥の差があるのだ。
「まあ、とりあえずはは少し離れた場所に看板でも立てておこうか。
街道を利用する人には申し訳ないけど数日の間は迂回してもらうしかないね!」
「そうね、任せたわ。私の腕力だと鋸を扱うのも一苦労だから……」
己の責任に他ならないことで他者を動かすのは気が引けたが、二人で死骸を退けるなら一日では済まないだろう。
やるべきことが山積である以上、申し訳ないと思いつつも早急にヴィートボルグへ帰還することを優先しなければならなかったのだ。
「気にしないでよ、適材適所で自分の仕事を頑張ればいいのさ。
それに大工仕事もおいらは嫌いじゃないし、ちゃちゃっとやっておくよー」
気軽に請け負いながら、エバンスは背負っていた大きな背嚢の中より必要な木材と鋸を取り出し、一瞬で看板らしきものを作り上げてしまった。
更に迂回を促す文言をイングレス語と公用語と、"獣人の氏族"特有の言語で書き連ね、なるべく見晴らしの良さそうな場所を見繕って建て掛けに赴く。
正にあっという間の早業であり、彼の手先の器用さと要領の良さを伺わせた。
旅芸人として各地を巡る旅路の最中に磨き抜かれた対応力の賜物である。
「……本当、一人で何でも出来るようになってくれたわよね」
出会った当初の、見すぼらしい恰好をしていた幼少のエバンスの姿を思い出し、感慨深いものを感じていた。
何も持たない狸人であった彼が、ここまで己を磨き上げるにはどれほどの努力を積み重ねてきたのだろうか?
おそらくは逆風に晒されながらも騎士になろうと足掻いてきたノイシュリーベの苦労をも遥かに上回るものであった筈だ。
故に彼女は全幅の信頼をこの悪友に対して寄せている。それは昔も今も、決して変わることはないだろう。
僅かな後に看板を建て終えたエバンスが、一仕事終えた顔付で戻って来る。
「ご苦労様、助かったわ。
それじゃあ急いでヴィートボルグに戻りましょうか」
「ういうい、ジェーモスのおっちゃん達もノイシュの帰りを首を長くして待ってるだろしね!」
こうして再び二人と白馬フロッティは北西の方角を目指して街道を進み、付近の村でもう一泊した後に城塞都市への帰還を果たすのであった。
英雄の子。新たな大領主。莫大な魔力を有する女性騎士……といえば聞こえは良いが、実際のところは代替わりを果たして間もない未熟な為政者なのだ。
まだまだノイシュリーベを侮る輩は多く、友好的ではない貴族家や氏族も各地に存在する。更に水面下で蔓延し始めている呪詛や、二つの民を隔てる障壁は決して軽いものではなかった。
現状で慕ってくれている家臣や侍従達も、彼女がなにか一つでも大きな失策をしたならば、今と同じように主君に忠誠を誓い続けるとは限らないだろう……。
双子の弟であるサダューインですら、為政者としての方針や価値観の違いから完全に信用することはできなかった。
そんなノイシュリーベが唯一なんの警戒も懐かずに、ともに歩いていくことができる存在こそが、白馬の隣を徒歩で進む狸人の旅芸人であったのだ。
街道に漂う潮騒の香に、夏の息吹が紛れ込む。
種族も、身分も、能力も、なにもかも大きく異なる二人なれど、この悪友と過ごす間は、白き偶像は一人の只人で在れるのだ――
・第15話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました!
・さて、私事で大変恐縮ですが今週は少々慌ただしくなりますので
次回更新は5月10日(土)の7:10頃を予定しております。
どうぞ、お待ちいただければ幸いでございます。