015話『清貧なる巡回徴貢』(3)
※(2026.9.12) 本文の大幅な加筆修正を行いました。
「エバンス、さっさと仕留めるわ!
あんなのを放置していたら、林や森が炭になってしまう」
「街道を通る旅人や商人、おいらみたいな旅芸人にも被害が出るからねぇ。
エルドグリフォンの能力については大丈夫? 忘れてるなら教えるけど」
「"あいつ"みたいなこと言うんじゃないわよ……。
馬鹿にしないで、それくらい覚えているっての!」
「あははっ、ごめんごめん。
とりあえずグリフォンみたいに高く飛んだり急降下するような魔物だと、
おいらの魔奏は届かないから、援護するにしてもコレを投げるのが精一杯」
並走しながら大型ブーメランを肩に担ぐようにして構えてみせた。
魔物との距離は、残り二百メッテを切っている。流石にここまで近付けば相手の方もノイシュリーベ達のことを視認し始めた。
「十分よ。三頭のうちの一頭だけでも良いから牽制しておいて頂戴。
その間に他の個体を私が叩き落としていくわ」
「ういうい~」
気の抜けた返事をしてから、エバンスはその場に留まって両脚に力を蓄える。
そして脚から肚へ、肚から胸、肩、腕へと順番に闘気と魔力を伝達していった。
「クェェェェ!!」
直後、先頭を飛んでいた個体が眼下のエバンス達を敵対者として捉えたらしく、嘴を縦に大きく開き、翼を畳んで急速に滑空し始めた。
「エルドグリフォンお得意の、急降下からの炎弾爆撃をやるつもりだ!
まともに発射されると躱すのはすごく難しいんだよねぇ」
その危険性を理解しているエバンスは、しかしながら不要に慌てることはなく。
蓄えた闘気と魔力を解放して、豪快にブーメランを投擲してみせた。
ぐるぐると渦を巻くように激しく回転しつつ、緩いカーブを描きながら飛翔。
急降下する魔物の頭部へ着弾……するかと思われた瞬間、なんとエルドグリフォンが急に翼を広げて一瞬だけ空中で停止したのだ。
これにより自身に迫り来るブーメランを見事にやり過ごしてみせたのだ。
「ほいほい、まぁそう来るだろうとは思ったよ!」
取り乱すことなく両腕を上空へと突き上げて、普段の口調のままに詠唱句を口遊み始める。
その間にノイシュリーベは更に疾走を続けており、エバンスと急降下中の魔物には目もくれない。彼女は二頭目のエルドグリフォンに狙いを定めていたのだ。
「グレミィルの空を舞う、自由で気ままな風の精霊にお願いしちゃおう。
空の戯曲、想の調べ、白き雲の筋道にて結び、客席を賑わし給え!」
ブーメランを避けてエバンスの目前まで迫った魔物が、嘴をカチャカチャと鳴らし始めると、巨大な炎弾が生み出された。
「当たれ! 『白尾が、最後にやって来る』」
魔法の鍵語を発しながら、伸ばした両腕を一挙に振り下ろす。
すると彼が放ったブーメランが白く発光し、不自然なほど急激に軌道を変えた。まるでエバンスの腕の動きに合わせるかのように、垂直に落下し始めたのだ。
「ギグェエエ……!?」
脳天に直撃。今、正に炎弾を吐き出そうとしていた魔物の頭部にブーメランが命中し、その衝撃で思わず嘴を閉じてしまった。
結果として口内で炎弾が破裂し、大きく体勢を崩して地面に落下した。
「エルドグリフォンは体内の器官に蓄えた可燃性ガスで炎を起こすからね。
発射の瞬間に口を閉じてやれば、びっくりして翼を止めるって寸法さ」
とはいえ、熱と衝撃に強い耐性を持つ種族である。
墜落はさせたが、一時凌ぎに過ぎないことをエバンスは理解していた。
更に腕を細かく動かして、魔法の効力で素早くブーメランを手元に戻す。
「やるじゃないの、エバンス。相変わらず器用よね」
魔物が地面に激突した際の振動や落下音から、背後で何が起きたのかを察するノイシュリーベ。
頭部を丸ごと覆う兜を装着しているというのに、彼女の聴力は聊かも阻害されていないばかりか生身の状態よりも鮮明に必要な音を拾っていた。
聴力だけではない、視界に於いても生身の状態と遜色なく見渡せている。
これぞ彼女が纏う『白夜の甲冑』の持つ機能の一端であった。
「昨日はぐっすりと眠れたから調子がいいわ!」
全身に蓄えている魔力を解き放ち、甲冑内に循環させていく。
すると装甲表面が白緑色の淡い光を纏い始め、瞬間的に硬度を増す一方で装甲重量を軽減。更に空気抵抗や摩擦力まで軽減させる効力を発揮した。
「クゥエェ!ッ」
二頭目の魔物に捕捉される。既に敵対心を滾らせており、一頭目と同じく嘴を開けて急降下しようとしていた。
「『――来たれ、尖風』!」
甲冑が一際軽くなり、更に疾走の勢いを付けるべく風魔法を行使。
各部に設けられた噴射口より収束された風を吐き出して、ノイシュリーベは極限まで加速していく。
ダ ン ッ !! ―――― ボッ ヒュゥゥゥ… !!
地面を蹴って跳躍。更に風を噴射して強引に天高く飛び上がる。
全身甲冑を纏っているというのに、重量を感じさせることなく空を舞う。瞬き一つの間に空中の魔物を置き去りにして、頭上を取った。
「でやぁぁああああ!!」
飛翔するノイシュリーベと、落下中の魔物が交差する。
両者の距離が限りなく零に近付いた刹那を見誤らず、諸手で握り締める斧槍を、遠心力を最大限に活用して振り抜いた。
勿論、こういった動作の一つ一つには甲冑による身体能力の補助が効いている。
肘部に仕込まれた極小の噴射口から放たれる風などがその最たる例で、腕の稼働速度を向上させて斬撃の威力を高めている。
斯くして斧槍の刃が、吸い込まれるようにして魔物の首を撥ね飛ばした。
空中で弧月を描く太刀筋は、誠に洗練されていて美しく、一切の呵責無し。
「『――来たれ、尖風』!」
斬首と同時に、首から先を失った魔物の骸に脚甲を押し当てる。
即席の足場代わりにするかの如く蹴り飛ばしながら、間髪入れずに更なる風魔法を行使して豪風を噴射させた。
肩の草摺りの噴射口を真後ろに、腰部の草摺りは斜め下に傾ける。
それぞれ甲冑背面や腰部から伸びる補助腕の先に備えられた、左右一対ずつ、計四枚の独立した小盾……兼、噴射装置であった。
そのような機構を駆使するノイシュリーベは止まらない。止めることなど誰にも出来ない。
高度を維持しながら前進し、三頭目の魔物へと迫ったのだ。
「……グェェェェイ!」
異変を察した三頭目の魔物が、巨大な翼を羽搏かせて浮滞しながら、口内より炎弾を連射し始めた。
ご丁寧に、ノイシュリーベの移動先を加味した偏差射撃を企てている。
「この魔物は、かなり知能が高いんだよね。
普通の冒険者や騎士だと、かなりの苦戦を強いられちゃう……だけど」
戻って来たブーメランを掴み取り、頭上で繰り広げられる常軌を逸した戦いの模様をエバンスは垣間見る。彼は、自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。
「グレミィルの空を巡る、大いなる原初の風の精霊達に希う。
我が身、我が領、我が腕! 巡りて循る、環にして圏と成れ!」
複数の炎弾が迫る最中、ノイシュリーベは動じることなく冷静に詠唱句を紡いでいた。左掌を斧槍の柄から放し、前方に突き出して精霊に祈りと魔力を捧げる。
「『―――風域を統べし戴冠圏』」
荒ぶる炎が着弾する寸前で、彼女の周囲に風の幕が張り巡らされる。
滞留する風が、熱波の悉くを弾き、逸らして空の彼方へと霧散してのけた。
ノイシュリーベの肉体はおろか、甲冑にすら焦げ一つ付くことは無い。
その無法ぶりを目の当たりにして、知能の高い魔物は思わず驚愕してしまい、瞬間的に次の行動が取れなくなっていた。
「『――来たれ、尖風』!」
風の膜を解除すると同時に、熱波の残滓を吹き飛ばす。
そして立て続けに行使する風魔法により、絶えず豪風を噴射させ続けた。
「『――来たれ、尖風』!!」
否、ただ闇雲に豪風を噴射させていたのではない。
肩当て、肘当て、腰部の草摺り、脛当てに設えた噴射口の角度を微調整することで、空中で巧みに姿勢制御と回避機動を織り交ぜながら三頭目のエルドグリフォンの側面まで速やかに飛び移ってみせたのだ。
「クルルェッ!」
魔物は奇想天外な挙動を披露するノイシュリーベを、全く目で追うことが出来なくなっている。
しかし、それでも本能で危機を察したのか、更に激しく翼を羽搏かせることで、高度を上げて斧槍による一撃から逃れようとした。
「ほいほい、そうはさせないよ~」
「……ッ!?」
激しく回転しながら、曲線を描いて飛翔するブーメランが魔物の側頭部に迫る。
高度を上げようとした矢先に、完全に虚を突かれる形で命中した衝撃により魔物は大いに動揺した。思わず翼の動きを止めてしまうほどに。
その隙を、ノイシュリーベが見逃すことなど有り得ない。
新たに下方向に豪風を噴射して頭上を取り返す。
同時に、前方宙返りの要領で総身を縦に一回転させながら、斧槍の刃を魔物の首へと振り下ろした。
「『――更に来たれ、尖風』!!」
更に豪風を噴射して、斧槍を振り抜く腕の動きを補強する。
ノイシュリーベの膂力では絶対に到達し得ないであろう速度で総身を稼働させ、斬撃の勢いを極限まで高めることで、強靭な魔物の首を撥ねるのだ。
「……ギュルルァァァッ!?」
翼を持たぬ筈の甲冑騎士に翻弄されて、哀れな断末魔が空に響く。
……ドォォン。響く轟音、舞い散る土埃。
血飛沫と共に首が舞い、生命力を失った魔物の巨体が大地に墜落した。
「これで二頭!」
「まだだよ、ノイシュ。最初に落っことした奴が残ってる」
「分かっているわよ」
純粋な物理軌道のみで手元に戻ってきたブーメランを掴み取りながらエバンスが警告を発する。その頃には既に、ノイシュリーベは一頭目に向かっていた。
「……ギュォッ?!」
ここでようやく体勢を立て直した魔物が、あっという間に倒された仲間達の骸に驚愕する。その隙が命取りに繋がった。
「はああぁぁ!!」
上空より落下しながら、重力を味方に付けた豪快な一閃。
今、正に飛び立とうとしていた魔物の左の翼を断ち斬り、一挙に機動力を奪っていく。こうなってしまえば、ただの火を吐く陸上生物と変わらない。
「エバンス、畳みかけるわよ」
「了解!」
出力を抑えた風を下方向に噴射させ続けて落下速度を調整し、ノイシュリーベが両脚から大地に着地する。ここからは泥臭い地上戦だ。
「クェェ!」
翼を捥がれて怒り狂う魔物が前足を振り上げ、鋭い鉤爪で反撃に転じ始めた。
「……そんな物で、私は脚を停めないわ」
迫り来る鉤爪に対して、ノイシュリーベは右側の肩の草摺りを差し込んだ。
そして魔物からの攻撃を防ぐと同時に、大外へと弾き逸らしていく。
「(ノイシュの甲冑には、二節から成る補助腕のような機構が組み込まれている)
(魔力を介して意のままに動かせるから、小盾の代わりにもなるんだよね)
(流石は"魔導師"ダュアンジーヌ様が造り上げた逸品だよ)」
彼女とその母親とも面識があったエバンスは改めて親子の絆の深さを実感する。
それと同時に、彼もまた翼を失った魔物の左側面に素早く回り込んでいた。
「ごめんね。仕留めさせてもらうよ」
大型ブーメランを棍棒のように振り上げて、側頭部に重い一撃を叩き込む。
獣人種ならではの筋肉のバネと研鑽した技巧が活かされており、これには流石のエルドグリフォンといえど、一発で脳震盪を起こしかけた。
「散りなさい」
左脚を一歩踏み出し、それを軸にして全身を大きく旋回させた。
脚から腰へ、腰から胴を通じて両腕へ、その先にある斧槍にまで運動エネルギーを伝達させながら、ノイシュリーベは豪快に得物を振り抜く。
「ギ、クェェ……」
さすれば満月を描くかの如く、斧槍の刃が最後に残ったエルドグリフォンの首を撥ね飛ばした――
【Result】
・第15話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました!
・冒頭でエバンスが言っていた魔奏と、途中で使用した魔法の違いについての補足となります。
魔奏は、楽器の演奏に魔力と祈りを込めて疑似的に魔法のような効果を発揮する技法です。
メリットとしては、詠唱句や鍵語を発声しなくても良い点。つまり口が塞がっていても行使することが出来ます(ただし笛などの吹奏楽器は除く)。
デメリットとしては、今回のエルドグリフォンのように高速で空中を移動したり急降下する相手には音が届かないので効果を発揮できない点です。
なのでエバンスは魔奏ではなく、ブーメラン+通常の魔法を用いた援護に徹することにしました。
彼が行使した『白尾が、最後にやって来る』は、飛翔物に後から誘導性能を付与するというマイナーで扱いが難しい魔法です。
その分、意表を突き易かったり大道芸でも利用できるので、頑張って修得したそうです。




