015話『清貧なる巡回徴貢』(4)
※(2026.9.12) 本文の大幅な加筆修正につき4節目として追加しました。
※メッテ→メートル、トルメッテ→センチメートル
※グラント→キログラム
三頭の魔物を討伐したノイシュリーベは、再び大地を蹴って空高く飛び上がり、他に同種の脅威が存在していないかどうかを検めた。
地上に残されたエバンスも同様に、耳を澄ませて遠方まで気を配る。
「(……雲の中に隠れている気配は無いわね)
(エバンスも首を横に振っているし、交戦終了ってとこかしら)」
やがてお互いの懸念が杞憂に終わったことを確認し合うと、そこでようやくノイシュリーベは臨戦態勢を解いた。
肩と腰の草摺りを含む多くの噴射口を下方向に傾けて、ゆっくりと風を噴射し続けながら降下していく。
三頭の魔物の首を撥ねたというのに、彼女の出で立ちは純白だった。一切の返り血を浴びておらず、刃に血脂が付着することもない。
装甲表面の白緑色の淡い光が穢れを弾き、絶えず放つ豪風によって払われる。
故に、彼女は戦場に在って不自然なほどに白く輝く偶像であった。
「お疲れ様! 流石の機動力だったよ。
ノイシュだったら、いつでも軽業師として活躍できるんじゃないかな!」
「あんたもね、いい援護だった。
……魅力的な話だけど遠慮しておくわ。気ままに旅するのは面白そうだけどね」
まるで重量を感じさせない、静かな着地を決めてから互いに労い合う。
勝利の余韻に浸るより先に兜の面当てを上げて素顔を晒したノイシュリーベは、一帯に漂う血の臭いを嗅ぎ取った。
そして二人して骸の前で目を瞑り、それぞれに葬魂の祈りを捧げる。
「……安らかに眠りなさい。
次に魂が巡った先では、私達の輩に成り得ることを願うわ」
「いつか、この地で芽吹いた君達の魂と再会できることを願っておくよ~」
たとえ敵対した者達であれ、旅立つ魂には能う限りの敬意を払う。
それが常世で生きる者達の真っ当なる価値観であり、在り方なのだ……。
「……これ、どうしよう?」
「んー、流石にエルドグリフォンの死骸を運ぶのは無理だねぇ」
祈りを済ませた二人は、目の前の問題に頭を抱えた。
「二頭は街道の直ぐ傍に落ちたけど、もう一頭は完全に街道を塞いじゃってるよ。
しかも墜落した時の衝撃で石畳が剥がれてるし……」
「うぅっ、修繕費が嵩みそうね」
「簡単な補修なら石材と道具さえあれば出来るけど、この状態だとねぇ」
エルドグリフォンの体高は二メッテと五十トルメッテほど。頭部まで含めると三メッテを超えてくる。両翼を広げた際の横幅は十メッテに届くだろうか。
重量は、標準的な個体ならば一頭につき一千グラントと云われている。
二人の力を合わせても、街道から退かすには相当の労力が必要だろう。ただでさえ膂力が劣るノイシュリーベなら尚更に。
「(この重さは、サダューインくらいの怪力がないと難しそうだ)
(まあ彼だったら、そもそも魔物が墜落する位置まで計算して戦いそうだけど)」
「フロッティに牽引してもらえば何とかなるかもしれないけど……」
「それは止めておいた方が良いかな? 脚を痛めちゃう可能性がある。
それにグリフォン系の魔物には、極力近付きたくないだろうしねぇ」
「……はぁ、仕方ないけど近くの村に話を付けて協力してもらいましょう」
分かり易く落胆した素振りで、大きく溜息を吐いた。
脅威を払うための戦いだったとはいえ、己の不始末で他人の手を煩わせてしまうことに負い目を感じているのだ。
「ま、そこは交渉次第だね!
魔物の骸を村の資産として差し出せば、きっと喜んで運んでくれるよ」
「エルドグリフォンにそこまでの価値があるのかしら?」
「勿論だよ! 普段からザンディナム銀鉱山の魔晶材を食べてるからね。
炎の魔力をたっぷり含んだ毛皮、鬣、羽根はそれだけで高く売れる」
「ふーん、そういうのは余り詳しくないけど」
「魔具の素材になるんだよ。
扱いは難しいけど可燃性ガスを蓄えた器官も加工次第で化けるっていうし、
燧石の役割を兼ねてる嘴も結構、貴重なんだってさ」
「やけに詳しいわね。
そうやって解釈されると、"あいつ"を思い出して嫌になるわ……」
「あははっ……そりゃサダューインと一緒に色々と勉強してたからねぇ。
と、とりあえず! 骸を退かすためにも近くの村に急ごうよ!!」
不仲な弟のことを想起して、あからさまに不機嫌になり始めたノイシュリーベの意識を逸らすべく、エバンスは慌てて話題を変えることにした。
「ここからだと、一番近いのは……クシュ村かなぁ。
おいら達のペースだと、だいたい半刻で着く筈だよ!」
「ふんっ! いいわ、そうと決まったら早くその村に向かいましょう。
旅人達に迷惑をかけ続ける訳にはいかないものね」
「あっ! ……でも、その前に」
背嚢から大道具を補修するための板材と大工道具一式を取り出し、その場でエバンスは簡単な加工を行った。
鋸で手頃な大きさに切り分けて、木槌で釘を打って形を整える。あっという間に看板が出来上がり、すらすらと必要な文字を記入していった。
「まあ、こんなところかな?
『この先は道が塞がっています、迂回して下さい』……ってね」
「……本当、何でも出来るようになってくれたわよね」
自らが作成した看板を小脇に抱えて、そのまま南に二百メッテほど離れた地点まで走っていくエバンスを眺めながらノイシュリーベは独り言を零した。
その間に、交戦地帯から逃がしていた愛馬を呼び戻す。
エバンスが言っていたように、エルドグリフォンの骸に近寄ろうとはしないのでノイシュリーベの方から近寄っていった。
「よしよし、貴方を丸呑みにしようとする天敵はちゃんと倒したからね」
愛馬の頭を優しく撫でてから、鞍に備え付けられた槍掛けに斧槍を括り付けた。
「おまたせ~」
僅かな後に、看板を立て終えたエバンスが戻って来る。
見た目に似合わず非常に軽やかで安定していて、素早い走り方だった。
「ご苦労様、じゃあ行きましょうか」
「ういうい~。街道の件を片付けたら、急いでヴィートボルグに戻らないとね。
ジェーモスのおっちゃんやエドヴァルドさん達も首を長くして待ってるよ」
「はぁ……今頃、私の執務室に山ほど書類が溜まっているんでしょうね」
家臣達には一週間で戻ると伝えてあるし、その期限は守れそうだ。
しかし大領主が一週間も不在にしていては決裁待ちの案件が溜まる一方である。
諸々のことを承知済みでラキリエルの救出に赴いたノイシュリーベであったが、それはそれとして大いに気が滅入る境地であった。
「家督と大領主の座を継いだからには、戦い以外のことも熟さなくちゃね。
一つ一つ、地道にやっていくしかないよ。おいらも少しは手伝うからさ!」
「ええ、頼りにしているわ」
英雄の子。新たな大領主。莫大な魔力を有する甲冑騎士……といえば聞こえは良いが、実際のところは代替わりを果たして間もない未熟な為政者なのだ。
双子の弟であるサダューインですら、方針や価値観の違いから完全に信用することは出来ていない。
そんなノイシュリーベが唯一、何の柵もなく共に歩いていける存在こそが、常に背後に控えてくれる狸人の旅芸人なのであった。
「……夏が過ぎ去る頃までには、一通り手を打っておきたいわ」
エーデルダリアの『偽翡翠』。セオドラ卿との確執。亡命者の扱い。
加えて"黄昏の氏族"の牧場問題や、二つの民の間で燻る軋轢のこともある。
だからといって脚を停める訳にはいかない。
自ら選んだ路なのだから、とノイシュリーベは己に言い聞かせて愛馬に跨った。
【Result】
・皆様、第15話の4節目をお読み下さり、ありがとうございました。
・ノイシュリーベの『白夜の甲冑』ですが、最終的にこのようなデザインにしてみました。
線画で申し訳ございません。近いうちに着色して差し替えたいと思います。
・本文中でよく肩の草摺り、腰部の草摺りと表記されている物は、本体と別の独立したユニットになります。
二節の補助腕を操作して細かく位置を変えることで防御に使ったり、噴射口を任意の方向に傾けることが出来ます。
肩の草摺りの方が可動域が大きく、融通が利きます。
・また上記のユニット以外にも全身の至る箇所に噴射口を設けてあります。
こういった機構が組み込まれた甲冑は基本的にノイシュリーベのみが所持していますが、物語終盤で似たような甲冑が登場するかもしれません。
同じ機能を持った装備同士の戦いって燃えますよね……。




