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015話『清貧なる巡回徴貢』(1)

※(2026.9.12) 本文の大幅な加筆修正を行いました

※東角の刻→午後3時、メッテ→メートル


 サダューイン達がグレキ村に立ち寄っていた頃、ノイシュリーベは旅芸人エバンスを連れてエーデルダリアを発っていた。


 貸衣装を返却して、ヴィートボルグを出発した時から身に付けていた厚綿衣(ギャンベゾン)に着替え直して、その上から鎖帷子と甲冑を纏う。

 兜こそ脱いでいるが、道中で賊徒や魔物に襲われても直ぐに対応できるよう心掛けていた。


 ヴィートボルグへの帰路でノールエペ街道を北上するという点ではサダューインと同じだが、二人はより早く到着する代わりに危険が付き纏う西側の道を選択していたのだ。




「そこまで用心するくらいなら、冒険者統括機構(マスカラード)に依頼を出して

 護衛の冒険者を雇えば良かったんじゃないの?」


 白馬に跨るノイシュリーベの隣を歩くエバンスが、気安く話し掛けてきた。

 彼の出で立ちは、正に庶民らしい使い古した布服とズボン。

 そして身の丈ほどの大きさもある巨大な背嚢を背負っていた。



「それも考えたわよ。

 でもセオドラ卿がまた何か良からぬことを企んでいるかもしれないし、

 事情を知らない冒険者を巻き込むのは忍びないわ!」


 貧民街で冒険者崩れ達に襲われた件については既にエバンスに話していた。

 それに対して彼は大いに呆れていたが、同時にセオドラ卿や『ベルガンクス』に対して怒りを露わにしてくれた。


 その姿を見てノイシュリーベは冷静さを取り戻し、速やかにエーデルダリアから離れることにしたのだ。




「えぇぇ……じゃあ、おいらは良いっていうの?」



「あんたなら刺客を差し向けられても自力で逃げ切れるでしょ。

 そんな大荷物を背負っているのに平気でフロッティに付いてくるし!

 逆に人数が増えたら、足並みを揃えるのが面倒になるわ」



「とても大領主様の仰ることだとは思えないよね~」


 諦め半分といった様子で溜息を吐くが、決して嫌がっている素振りは見せない。

 ノイシュリーベ達にとっては、これが普段通りのやり取りなのだ。




「フロッティに乗っている限り、私はどんな敵よりも素早く動ける。

 でも仲間がいると行動が制限される……それは分かっているでしょ?」



「まあねぇ」



「ふんっ……こう言う時に安心して連れていけるのは、あんたくらいのものよ」



「それはそれは身に余る光栄ですなぁ。

 だけど、おいら以外の家臣もそろそろ上手く扱えるようにしないとね。

 大領主なんだから、どっしり構えて皆を顎で使うくらいでなきゃ~」



「……あんた以上に使えそうな奴がいたら考えるわ」



「あははっ、こりゃ前途多難だなぁ」


 狸人(ラクート)特有の大きな両掌を頭の後ろに添えて、まんざらでもなさそうな様子で街道を共に歩んでいった。






 [ グラニアム地方 ~ エデルギウス子爵領 ]


 暫く歩き通し、その途中で昼食を摂るために四半刻ほどの休憩を挟んだ。


 昼食の内容は、遠征中の騎士達が持参する携行食料と簡単なスープ。

 前者は主に、穀物や肉類を細かく砕いてペースト状にしたものを棒状に成形した代物である。不味くはないが、美味くもない……その程度の味わいだ。


 後者は様々な野菜を煮詰めた液体を魔法(スペリオル)で乾燥させた代物で、現地で湯を加えれば元に近い状態に戻せる。これもまた行軍用の食事の一種であった。



「うへぇ……まーたそんなの食べるの?

 言ってくれれば、おいらが野鳥や野兎を捕まえて来るよ?」


 背嚢の中から組み立て式の竈を用意しながら、エバンスは呆れたように呟いた。

 そういう彼が食べようとしているのは硬く焼いたライ麦パンと干し肉、乾酪(チーズ)といった平凡な組み合わせだ。



「いいのよ! 食事は大事だけど、必要な栄養はこれで足りるもの。

 分かったら、さっさとお湯だけ用意しなさい」



「へいへい。せめて村や町に泊まる時は、ちゃんとした物を食べてよね」


 ぶつくさ言いながらも手際は極めて良い。このエバンスという男は、ノイシュリーベ以上に野営の(すべ)を心得ていた。




 食事を済ませて午後から更に街道を突き進むと、東角の刻に差し掛かるころにはノイシュリーベの故郷とも呼ぶべき土地に入った。


 彼女は普段、大領主として統治を行うために城塞都市ヴィートボルグで暮らしているが、エデルギウス家の領地は少し離れた場所に存在するのだ。




「今日はお屋敷の方で一泊するの?」



「ええ、勿論よ。ここならセオドラ卿も流石に手を出せないでしょうから」



「ういうい~。ヴィートボルグに戻ったら、

 ジェーモスのおっちゃんやエドヴァルドさん達と入念に対策するんだよ」



「分かっているわよ! 『偽翡翠』のことも議題に挙げないといけないし。

 本当、頭が痛くなるわ……」



「あははっ、今は辛抱の時だね。

 一段落したら、ぱ~っと大宴会でも開いちゃおう」



「ふふん、その時は、あんたには朝から晩まで演奏と大道芸をやらせるからね!」


 などと談笑を交えながら、二人はささやかな領地を闊歩していった。

 幼少期をこの土地で共に過ごした二人にとって、目を瞑ってでも屋敷まで辿り着くことが出来るのだ。


 道中の畦道も、風に(なび)く夏草も、小川の(せせらぎ)も、全て当時の思い出とほぼ変わらぬ景色。

 違ったのは、視線の高さと歩幅だけだった――






 自領で一泊した翌日。持て成してくれた家宰長や昔馴染みの給仕達に見送られながら、二人は更に街道を北上していった。


 ヴィートボルグまで普通に移動すれば、あと二日から三日といった具合だろう。

 そう考えれば、亡命者の救出という目的があったといえ僅か一日でエーデルダリア近辺まで馳せ参じたのは相当の強行軍であったのだ。




「折角だし、途中で幾つかの村を見て回るわ。

 こんな時でもなければ、領内視察なんて中々できないからね」



「うん、ノイシュならそう言うだろうなと思ってルートを見繕っておいたよ」



「ありがとう、そういうところは抜け目ないわよね。

 アルタ、ネロント、ティグメアの三ヵ所か……成程?」


 昨晩の時点で、一日で無理なく回れる村や町を選定してくれていたのだろう。

 ノイシュリーベは手渡された地図に細かく記入されていたエバンスのメモとルート指定に大いに満足した。



「アルタ村とネロント村は街道に近いし、近隣の情報が集まり易いからねぇ」



「立ち寄るだけで他所の村のことも分かるのは助かるわ」



「逆にティグメアの町は街道から離れた場所にあるから、念のために見に行こう」



「そうね、他の村と交流がないと知らず知らずのうちに

 『偽翡翠』や他の伝染病なんかが広まっている可能性があるわ」


 そうして二人は、先ずは最も近い街道沿いの村であるアルタを訪問する。

 そこで早めの昼食を摂ってから、一刻ほど街道を歩いてネロントを目指した。


 道中で大鼠(ワイルドラット)や凶角兎といった小型の魔物に遭遇したが、ノイシュリーベの敵ではない。エバンスが援護するまでもなく、斧槍の一振りで追い散らす。


 結局、足止めをされるような出来事は起こらず、順調に目当ての村まで辿り着いたので、そのまま二人はじっくりと村内を検分することにした。




 [ グラニアム地方 ~ エデルギウス子爵領 ネロントの村 ]


 一通り村内を見て回り、これといって異常がないことを確認したので、村の西側に設けられた門より速やかに立ち去ろうとした。

 するとそこで、ちょっとした一悶着が起こった。



「ノイシュリーベ様、それに従者の御方も。

 大した持て成しも出来ずに、誠に申し訳ございません……」


 門の前まで見送りに来てくれた村長と、数人の付き人が一斉に頭を下げる。

 村長自身は純人種だが、付き人の中には『森の民』の亜人種……犬人(デミ・クーシー)猫人(ケットシー)も混ざっていた。

 


「今回は突然の訪問だったし、どうか気にしないで頂戴。

 貴方達が健全に村を運営してくれているから、私達は自分の仕事に専念できる」



「ははぁ……! そのように仰っていただけるなら、心が休まります。

 これは我々からのせめてもの気持ちでございます」



「結構よ。そういうのは村の皆のために使いなさい。

 お父様の代から変わらぬ忠誠心に感謝しておくわ」


 付き人の一人が差し出してきた、厚みのある革袋をきっぱりと突き返すノイシュリーベ。そして馬上より睥睨すると、村長は大いに戸惑った表情を浮かべた。



「こ、これは大変失礼いたしました!」



「……私がヒトを評価する基準は、実力と誠実さ。

 それが満たされている限り、貴方達のことを決してないがしろにしないわ」


 それだけを言い残し、静かに手綱を引いてネロント村を後にした。

 尚、そういったやり取りをしている間、エバンスは一言も発することはない。






「良かったねぇ、あの村でも大きな異変は起きてなかったようだよ」


 村を出て五百メッテほど離れたところで、隣を歩くエバンスが口を開いた。




「最後の村長のやり方だけは気になったわ」



「それは仕方ないさ。この辺は『大戦期』でのベルナルド様の功績によって

 新しくエデルギウス領に加えられた村だから。

 あの村長さんだって、なるべくノイシュに気に入られたいと必死なのさ」



「ふんっ!」

 


「ま、この分なら暫くは安心できそうだよね~。

 お隣のウェナンデル子爵もノイシュには協力的だし、滅多なことは起きないよ。

 でも用心しておくに越したことはないかな」



「ええ、ただでさえエーデルダリアがあんな状態だったのだから

 ここで多少、時間を使ってでも調べておく価値はある」


 たとえ大きな発見がなかったとしても、自分達の脚で巡り、自分の目で見ることに必ず意義がある。

 それは生前の英雄ベルナルドも大切にしていたことなのだから。



「ういうい~、じゃあ日が沈む前にはティグメアに向かおうか。

 あそこは漁師の町だから、寝静まるのが早いんだよね~」



「ふふっ、久しぶりに立ち寄ることになるわね。

 たしか……あの時はまだ私が騎士修行に行く前だったかしら」


 遠い昔の記憶を辿りながら、ノイシュリーベは街道の脇の林を抜けて目当ての町を目指した。

 あの頃と大して地形は変わっていない筈なのに、彼女の双眸に映る景色は何もかもが違って見えたという。






【Result】 

挿絵(By みてみん)


・第15話の1節目をお読み下さり、ありがとうございました。

 今回はサダューインとラキリエルがザントル山道を登っている時と同時期のお話なります。

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