014話 幕間『堅き極夜』
※(2026.9.5) 本文の大幅な改稿を行いました。
※今回は本編の進行には直接影響しない特殊回です。
サダューインの来歴に纏わる描写が中心となります。
[ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア 旧中央広場 ]
「さあさあ! 皆様、ここで再び間奏曲をご披露いたしましょう」
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狸人の旅芸人が奏でる旋律が、緩やかに、そして重厚なものへと移り変わる。
彼の周囲に相変わらず人影は見当たらない。
或いは、ヒトではない者達が彼の唄と演奏に聞き惚れていた――
「これより紡がれますのは、ここグレミィル半島を支えた影の大樹の物語。
誰にも讃えられることのない、美しくも悍ましき極夜の唄でございます」
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真夏の熱気に晒されて、旅芸人の額からは滝のような汗が滴っていた。
それでも彼は奏で続ける。大切な友人達の足跡をなぞるかの如く。
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「俺は、母上のように陰ながらグレミィル半島を守れる存在になりたかった」
常人を凌駕する頭脳を持つサダューインは、己の才能の無さを自覚する。
否、生まれて初めて魔力に触れようとした時には、瞬時に悟っていたのだ。
それでも懸命に抗い続け、邪法や禁術に手を染めてでも望む姿を象ろうとした。
母の無念を晴らし、理念を継ぐという堅牢な誓いを拠り所にして……。
これはサダューイン・エヌウィグス・エデルギウスという傑物の物語。
彼を構築する人生の一端と、其の起源を綴る幕間にして幻創の記述である。
サダューインに最も影響を与えた人物。彼の母親、"魔導師"ダュアンジーヌ。
ダュアンジーヌは、"妖精の氏族"の氏族長を数多く輩出したフィグリス家出身のハイエルフ。その貞淑な振る舞いと知性で、多くの者達を救い続けた。
二つの民を融和へと導いた影の立役者。知る者ぞ知る、もう一人の英雄……。
湖水の如き静寂を好み、時には己の身を犠牲にして救済を遂げる慈愛と献身の姿から、いつしか彼女は"半島の真の防人"とも呼ばれるようになった。
激しい動乱の時代にて、彼女はグレミィル半島の未来のために抗い続けた。
そして属する国を違えた後の混迷期を乗り越えるため、供物として英雄ベルナルドとの婚姻を承諾する。
"半島の真の防人"ダュアンジーヌを成していたのは、無尽蔵の魔力を蓄える器。
魔法、魔術、錬金術、その他のあらゆる術式を修めた頭脳。
魔力の流れと質を見極める『妖精眼』。鍛錬と実践を経て積み上げた経験則。
ハイエルフの中でも更に天賦の才を持つ者が、揺るがぬ理念で歩み続けた上に、陰謀渦巻く政治の世界すらも踏破したことでヒトの領域を飛び越えていた。
彼女のような存在を、大陸の管轄者である"主"が看過する筈もなく。
至極、当然のように"魔導師"の称号と影響力が下賜されたのである。
そんなダュアンジーヌの魔力量や『妖精眼』といった要素は、しかしながらサダューインには一切受け継がれることがなかった。
代わりに持って生まれた素質といえば、純人種の父親、英雄ベルナルド譲りの屈強な肉体と胆力。そして騎士や武芸者としての類稀なる才能……。
つまるところ、"魔導師"はおろか魔術師としての素質ですら、何一つとして持ち合わせていなかったのだ。
サダューインは、ハーフエルフでありながら極めて劣悪な魔力量であった。
むしろ皆無に等しく、魔具を起動させるための微量な魔力すら操れない。
魔力を知覚する感性そのものは決して悪くないし、むしろ幼少期から豊潤な魔力が漂うグラナーシュ大森林で過ごして鍛え抜かれていた。十分な知識もある。
だが根本的な器の容量が足りないのだ。小皿未満の水では、沐浴は出来ない。
素直にその屈強な肉体や、ヒトを蕩かす甘い面貌を活かして戦場や政の最前線に立ち続ければ、人並み以上の活躍が約束されるだろう。
然れど、サダューインが欲していたのは、"魔導師"という国家間の垣根を超える影響力。陰ながら領土を守るための抑止力だったのだ。
ダュアンジーヌから受け継いだものといえば、彼女の理念と明晰な頭脳。
ハイエルフ特有の銀輝の髪と翡翠の瞳、そして『魔導研究所』と呼ばれる設備。
なまじ頭脳と容姿の一部だけは近しいからこそ、呪いの如き苦しみと化す。
しかし"魔導師"には至れぬ器だとしても。他の手段を継ぎ接ぎしたとしても。
それでも母と同じ理念を懐き、グレミィル半島を守ると決めたのだ。
そのためにサダューインは、邪法と禁術によって己を漆黒に染め上げた。
全てを呑み込んだ果ての黒。天蓋を覆う夜の帳こそ、領土を守る傘にして楯。
器として足りぬなら、他の器の一部を移植して最低限の資格を獲得する。
『人の民』と『森の民』を継ぎ接ぎした、魔人に成ろうとした――
彼にとって不幸だったことは、"魔導師"ダュアンジーヌの天賦の才を余さず受け継いだ双子の姉……ノイシュリーベという存在。
望んでも決して手に入らない理想の器。莫大なる魔力。そして『妖精眼』。
ノイシュリーベは、サダューインが渇望した才能の全てを兼ね備えていたのだ。
もしもノイシュリーベがダュアンジーヌと同じ理念を懐き、次代の"魔導師"を目指していたならば、グレミィル半島はより盤石となっていた。
ラナリア皇国の属領でありながら、他の勢力との橋渡しを担える緩衝地帯にして理想郷を築けたかもしれないのだ。
そうであれば、サダューインとて違う路を歩めたのかもしれない。
理念と未来を姉に託し、己は一時の大領主として表舞台で身を削る……。
サダューインを最も悩ます要因となった魔力とは、即ち惑星の息吹。
遥か大宇宙より降り注ぐ重粒子を惑星が取り込み、最奥の霊滓核と融合させることで、大地を維持するためのエネルギーを産む。
その残滓が、地表に発露したものが、魔力なのだ。
魔力は生物や物質に干渉し、時にはその有様を大きく変容させることもある。
そして高密度の魔力が密集した場合、独自の意思が芽生えて精霊と化していく。
その一方でヒトを始めとする知的生命体は、魔力を活用する術を編み出した。
ただし、種族や個体によって魔力を蓄えられる器としての性質には大きな隔たりが生じていき、極めて稀ながら全く魔力を扱えない者も誕生してしまう。
つまるところサダューインは、この惑星には、愛されなかったのだ。
惑星の眷属たる精霊の"声"を聞くことが出来なかったのだ。
"魔導師"にも、魔法使いにも、魔術師にも、成れる筈がなかったのだ。
凡愚であれば、そのことすら気付かずに生きていけたかもしれない。
しかし彼は違った。彼は余りにも聡明で、数多の知識を蓄えてしまっていた。
彼は賢かった。だが同時に愚かでもあった。
器として不足なら、外からその一部を植え付けよう。
英雄ベルナルドに瓜二つの肉体……などという不出来な器は、切り捨てよう。
魔力を蓄えられる左掌を移植しよう。
魔力の流れを可視化する魔眼を移植しよう。
戦死した仲間達の意思と、"腕"を背負っていこう。
亡き母の理念と生き様を継承しよう。
そうして彼は、呪詛に塗れた左腕を切除して竜人種の腕を継ぎ接ぎした。
敗戦を経て失った右目の眼球を繰り抜いて、黄金の魔眼で補填した。
嘗ての部下達の亡骸より、厳選した"腕"を己の背中に張り付けた。
外科手術で脊椎と伝達器官を結合させて、自在に操れるよう鍛錬したのだ。
そこまでして、ようやくサダューインは初歩の魔術を扱えるようになった。
魔具を起動するための、最低限の魔力を操れるようになった。
魔術師未満の、魔具術師になることが出来た……。
その一方で、彼は生まれつきの美丈夫であることを最大限に扱い熟していた。
他者を誑し込む素養があるのなら、ヒトを惹き付ける魅力があるのなら、それを利用して支配しよう。協力させよう。傍に置いて守り抜こう。
どうせ英雄ベルナルドに似た不出来な器なのだから、極限まで切り売りしよう。
この事実を常人が知れば、大半の者は口を揃えて言うだろう。
「こんな愚かな遠回りをしてまで、母のようになりたいのか?」……と。
そう、サダューインは常人より遥かに賢かった。
だからこそ、愚かな路を平気で進む方法を確立することが出来てしまったのだ。
それも全ては、母を継ぐための、なけなしの手段。苦肉の策。
不出来な器を補う邪法にして、愚かな遠回りを実現するための禁断の術。
彼の肉体は、心は、魂の在り方は、既にヒトの路を大きく外れていた。
そういった忌むべき進化を果たした者達のことを、魔人という。
斯様な涙ぐましき歩みは、嗚呼……しかし海底都市よりやって来た無垢な貴人によって大きく狂わされる。
母のために、ヒトであることを辞めたというのに。
全てを守るために、悍ましく、穢れた化け物として生きると決めた筈なのに。
己とは住むべき世界が違う存在であると、一目で理解した筈なのに。
あの眩き蒼光を目にした途端、掌を伸ばしたくなってしまったのだ。
聡明にして愚劣なる遠回りを続けるサダューインが辿り着く先は、全てを呑み込んだ漆黒の彼方。守るべき者達のための天蓋にして楯。
それでも尚、己の掌の中に光を求めてしまう彼の実態を目にした者からは、いつしかこう呼ばれるようになっていた。
"堅き極夜"のようであると――
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[ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア 旧中央広場 ]
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「誰よりも民を守りたいと、救いたいと願って止まない彼こそを!
誰かが救ってあげないといけなかったのです……嗚呼、なんたる皮肉」
演奏の締め括りで、弦を弾く旅芸人の指が一層熱を帯びた。
恰も"堅き極夜"の肉体が発していた温もりを表現するかのように。
途端に市中に熱気が伝播していき、急速に偽りの彩が生まれていく。
「ですが皆様、ご安心ください。
彼が見出した蒼光! それは、きっと景星なのかもしれない!」
再び、熱の籠った指捌きで弦を爪弾いた。
「ただし蒼光は、彗星であるのかもしれません。
流れて、落ちる。そしてまた巡る……果たして"堅き極夜"の命運や如何に~」
黄昏時を経て、夜の帳が降り始めた時分。
頭上に輝く星の煌めきの下で、旅芸人の演目はまだまだ続くのであった。




