013話『そして濁り水は像を結んだ』(8)
※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。
改めて四人の軍人達の骸と鉄屑を洞穴の奥まで運び終えると、サダューインは手頃な大きさの装甲片に「この先、立ち入り禁止」と文字を刻んだ。
ご丁寧に旧イングレス語と公用語の二種類の言語を用いている。
それを洞穴の入口付近に突き立てて、即席の看板とした。
「一先ずは、これで良いだろう。
警告を無視する冒険者が立ち寄らないことを願うしかないが……」
『グロシュラス』より剥落した濁った翡翠をサンプルとして回収し、封魔布で厳重に包んでから雑嚢へと仕舞い込む。
そうして戦いの後始末が完了すると、彼は黒馬の傍へと歩いて行った。
「待たせたね、ラキリエル」
「いえ、他の方々への素晴らしいご配慮です」
「……君は優しいな」
黒馬の背に跨り、続いて馬上よりラキリエルに掌を差し出す。
彼女は躊躇なくサダューインの手を借りて補助用の鞍へと乗ってくれた。
手綱を引くまでもなく、賢い黒馬はゆっくりと山道を登り始めていた。
「まさか、こんなところで皇国海洋軍の精鋭と遭遇するとは思わなかったな」
「はい。しかも先程の証言通りでしたら、銀鉱山の事件にも関わっていますよね」
「十中八九、な。
しかし何故、此処に『負界』が堆積していると把握できたのだろう。
奴等には、それを調べる術があるというのか?」
だとしたら深刻な問題である。
そもそもグレミィル半島で『負界』を噴出させる理由すら不明なのだ。
現在のグレミィル半島はラナリア皇国に併呑された属領。
いわば自国内でわざわざ災害を起こしている。それも呪詛の苗床とするために。
「そういえば、ラキリエル。
……ああ、もし苦しければ答えなくて良いことなんだが」
「なんでしょうか?」
少し尋ね辛そうな素振りを見せながら、サダューインは慎重に言葉を紡いだ。
「……先刻、君の故郷が襲われた時の話をしてくれた際に
奴等の船は紫紺色の砲弾を撃ち込んだと言っていたな?」
「はい、ハルモレシアより少し高い海域から凄い速さで飛んできました……。
後からツェルナーに教えていただいたのですが、大砲……という武器だとか」
少しだけ声を震わせながら、記憶の淵にこびり付く絶望の光景を思い出す。
「辛い記憶を思い起こさせてしまって、済まないな。
その紫紺色の砲弾。もしかすると、それも『負界』である可能性を考えていた」
「……!!」
「直後に海底都市の民達が結晶化していった状況といい。
君の故郷を滅ぼした武器も、『負界』と『灰礬呪』ではないのかな?」
「……そ、それは。確かに言われてみれば」
「だとすれば君の故郷で起こった悲劇と、我が領土で起きている事変の数々は、
一本の線で繋がっている可能性が非常に高いと、俺は思う」
サダューインは軍人から聞き出した情報を交えて、じっくりと『灰礬呪』との因果関係を説明していった。
更に、エーデルダリアを始めとするグレミィル半島の一部の都市で、身体を結晶化させる者が続出していること。
サダューイン達の両親も同じ呪詛によって帰らぬヒトとなったこと。
それ等の事実を纏めてラキリエルに告げた。
「そんな……サダューイン様の御身内の方々も……」
「……いずれ折を見て話そうとは思っていた。
しかしまさか、このような形で繋がっていようとはね」
サダューインの眼差しは真剣そのものであった。
仮にその推察が正しければ、ラキリエルを保護することの意味合いは、より大きなものとなっていく筈なのだから。
「あの軍人が白状したエルベレーゼ・ボルグス・ボルトディクスという人物。
君の方で心当たりがあるのなら、教えてほしい」
「わかりました。わたくしの知識が少しでもお役に立てるのなら……」
それから山道を登るまでの間、ラキリエルは従者達から聞かされていたエルベレーゼの来歴について滔々と語っていった。
[ グラニアム地方 ~ ザンディナム銀鉱山 入口 ]
当初は東角の刻の辺りには宿場街の手前まで辿り着く予定であったが、軍人達と交戦したことにより、半刻ほど遅くなってしまった。
とはいえ陽が沈む前に山道を登り切れたのだから、大きな問題ではない。
「今日のところは、このまま宿場街で一泊して身体を休めよう。
救護院の様子見は……流石に今の状態で立ち寄るべきではないな」
「ですが、街には大量の負傷者が……」
「それはもう現地の治癒術師を信じるしかない。
君の治癒魔法はとても優れているが、これ以上は無理をするな。
繰り言になるが、君に倒れてもらっては俺も、姉上も困るからね」
当初は離れた場所から宿場街の様子を窺い、直ぐに引き返すつもりだった。
しかし『負界』が発生した原因が判明したことや、休息所の洞穴に安置した骸のことなどが重なり、街の有力者に掛け合う必要が出てきてしまったのだ。
「ラキリエル、君が教えてくれたエルベレーゼの件は
ヴィートボルグで姉上と面会した際に、必ず議題に挙げて対処する」
ラキリエルの瞳をじっと見詰めながら、諭すような口調で告げる。
「一連の騒動の発端が同じ人物によって引き起こされているのだとしたら
それを確実に止めないと君の故郷のハルモレシアや、
このザンディナムと同じような悲劇が繰り返されてしまうだろう」
「…………」
「君の知識と経験、或いは君自身が騒動を鎮める鍵になる筈だ。
だから目の前の負傷者を救いたいという気持ちは分かるが、今は堪えてくれ」
「サダューイン様……」
そこでラキリエルは気付いた。
冷静に語るサダューインもまた忸怩たる思いで言葉を紡いでいるのだと。
誰よりもグレミィル半島の民を守りたいと願う彼こそ、本当はザンディナム銀鉱山で負傷した者達のことを気に掛けているのだ。
故に、ラキリエルはそれ以上は何も言えなくなった。
「わかり……ました」
「ありがとう。
いつか必ず、君の力を頼りにさせてもらう時が来ると思う」
そうして二人を乗せた黒馬は更に山道を登っていき、やがて分岐路へと差し掛かった。左に進めば採掘場へ、右に進めば労働者達の宿場街へと到着するのだ。
「……ん、あれは?」
分岐路の近くの岩壁に何かが刺さっている。
目敏く見付けたサダューインは、黒馬に乗ったまま近寄り、左掌だけで器用に引き抜いてみせた。
「どうかしたのですか?」
「ああ、俺の部下が残したと思しき印を見付けた」
左掌を開いて、中身をラキリエルに見せる。
それは漆黒の縫い針のような代物だった。ただし、針孔の部分には緑柱石のような小さな宝石が埋め込まれている。
「……この黒針は、テジレアのものだな。
そうか、既に彼女がこの街に来ているのか」
右側の路へと視線を傾けながら、曰く有りげに呟く。
「ということは、他にも何か良からぬことが起きているのかもしれないな……」
優秀な部下が、主人であるサダューインに報告するより早く動いている。
その異常事態を察し、益々気を引き締めながら宿場街へ向かうのであった。
【Result】
・第13話の8節目をお読み下さり、ありがとうございました。
・次話では主人公の一人であるサダューインについて綴らせていただいた後に、再びノイシュリーベのパートを少し挟みたいと思います。




