↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/172

013話『そして濁り水は像を結んだ』(7)

※(2026.9.5) 本文の大幅な改稿を行いました。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をしながら荒い呼吸を繰り返すラキリエル。

 眼前の鉄屑を見詰める瞳からは、疲弊により一時的に恐怖の色が消えていた。



「(彼女の魔力量を以てしても、先程の古代魔法は莫大な消耗を強いるのか)

 (まあ直前で二回、防護魔法を行使していたしな)」


 冷静に分析しながら、サダューインは『グロシュラス』の破片の一つを拾い上げて検める。正面装甲の(ことごと)くが熔断されていた。




「お見事! あの魔具像(ゴリアテ)を粉砕するとは凄まじいものだ。

 ……だが、また君に負担を強いてしまったな」



「なにを仰るのです! サダューイン様こそ、こんなに怪我を重ねて!

 さあ傷口を診せてください。直ぐに治療を……」


 戦闘の緊張感から解放された直後の高揚感が作用してか、普段のラキリエルからは考えられないような迫力でサダューインに詰め寄った。


 実際に彼の左腕の袖からは血が滴っており、右掌に至っては痛々しい貫通痕が刻まれている。巨体を耐え抜いた全身の肉と骨もかなりの損傷を被っているだろう。



 ラキリエルが治癒魔法の詠唱句を唱えようとした途端、サダューインは彼女の眼前に右掌を突き出して制止する。



「いいや、これくらいの傷ならば手持ちの治療用の魔具(デミ・マギア)で対処できる。

 その気持ちだけ受け取っておくよ」



「ですが……明らかな深手じゃないですか!」



「大丈夫さ、これくらいなら日常茶飯事だよ。

 それより君には昨晩から立て続けに高度な古代魔法を唱えてもらっている。

 せめて宿場街で一息つくまでは、これ以上の行使は控えるべきだ」


 言うが早いか、革鞄の中より治癒魔術が刻印された包帯を取り出し、瞬く間に患部に巻き付けていく。

 グレキ村の救護院で用いられていたものよりも上等な造りをしていた。



「……ラキリエル。君の実力と慈悲深さは十分に信頼しているつもりだ。

 だがヴィートボルグに辿り着く前に、君が倒れてしまったら困る」



「…………」


 素早く治療を終えたばかりの掌を、ラキリエルの肩に軽く乗せた。



「先程の軍人達は君にとって様々な意味で苦しい存在なのだろう?

 だというのに、よく頑張って向き合ったね。

 先ずは落ち着いて深呼吸をしよう……全ては、それからだ」



「うっ、うぅ……」


 優しく語りかけられたところで、ラキリエルは一連の顛末を改めて自覚した。

 一時的な高揚感が解消され、平静に戻ったところで一挙に疲労と虚無感が押し寄せたのだ。


 血の海に沈む者。有り得ない方向に骨を砕かれた者達。

 そして鉄屑と化した『グロシュラス』と、散り散りになった濁った翡翠の残滓。


 その凄惨な現場に、血の臭いに、悍ましき呪詛の産物に。

 思わずラキリエルは、悲鳴を上げそうになってしまった……。



「さあ、一旦休憩しようか」


 滲んだ血を拭ったばかりの両腕を広げて、サダューインは彼女の身体を努めて優しく抱き締めた――






 それから十数分が経過した。


 洞穴の外でラキリエルを休ませている間、サダューインは最初に交戦した三人の軍人の骸を一箇所に固めて、彼等が纏っていた外套を被せてやった。

 『グロシュラス』を起動した四人目の軍人は、まだ息があったので最低限の止血を施した上で、気付け薬を無理やり口に注ぎ込んだ。



「ぐぉげぇぇっ! ……げほっ! げほっ!」


 サダューインが自ら調合した薬品であるらしく、その効果は絶大。

 小瓶に容れられていた程度の量にも関わらず、即座に軍人が意識を取り戻して、盛大に()せ返っていた。




「君には聞きたいことが幾つかある。拒否権などは無い……いいな?」



「くっ、誰が貴様達なんかに……!!」


 憎悪の籠もった視線を傾けながら、軍人が思い切り奥歯を噛み締めようとしたところでサダューインの左掌が彼の顎を鷲掴みにした。



「おっと、自決用の毒薬でも仕込んでいたか?

 流石は特殊部隊の一員だ……悪いが、それは封じさせてもらう」



「あががっ……があああああ!!」


 ゴキ! ボギッ! と、顎の骨が砕ける嫌な音が洞穴の一角で響き渡る。

 必要な情報を吐かせるだけなら、多少は滑舌が悪くなっても問題はない。




「自分の状況は理解したか?

 もし、これでも拒否するようならば、コレを使うとしよう」


 革鞄の中より厳重に封を施された瓶を取り出し、少しだけ栓を開けて中身の臭いを軍人に嗅がせた。

 その瞬間、彼の面貌は蒼白となり絶望に包まれたという。




「そ、それは……まさか魔精霊薬!?」



「そうだ」



「い、いやだ……それだけは、止めてくれ!

 死ぬのはいい、だが魂が巡らなくなるのだけは……!」



「では答えろ。君がヒトとして尊厳ある死を迎えたいのならな」


 冷徹な声色で肯定するサダューインに対し、軍人の方は恐慌しかけていた。

 この軍人もまた魔具術士(アーキテクト)であり、不幸にも眼前で示された薬品の悪辣さを知悉していたのである。


 これには流石の皇国海洋軍の精鋭といえど、口を割らざるを得なくなった。




「では一つ目。あの魔具像(ゴリアテ)……『グロシュラス』と言っていたな。

 『灰礬呪(かいばんじゅ)』の罹患者のような結晶体が生えているが

 呪詛そのものを搭載しているというのか?」



「……ああ。その通りだ」



「何のために?」



「そ、それは……」


 軍人の口が止まりかけたので、間髪入れず不気味な臭いのする薬品を近付けた。




「わ、わかった! 言う! 言うから、それ以上は近付けないでくれ!!」



「……」



「我々は、この地で『灰礬呪(かいばんじゅ)』を広めるという任務を……仰せつかっていた」



「誰の指示だ?」



「だ、第四艦隊司令……ボルトディクス提督、だ……。

 我々だけではなく、他にも幾つかの分隊が動いている」



「成程。ここ最近になって罹患者が急激に増えていたのは、そのせいか。

 では二つ目の質問だ。『灰礬呪(かいばんじゅ)』は凶悪だが伝染し難い呪詛の筈。

 君達はどうやって呪詛を撒いていた? 或いは、伝染させる条件は?」



「……『負界』だ」



「なんだと!?」



「『負界』により汚染した肉体なら『灰礬呪(かいばんじゅ)』がよく馴染む。

 だから我々は……作戦の第一段階で意図的に『負界』を噴出させている」


 思わず頭に血が上りそうになるのを必死に堪え、サダューインは鉄屑と化した『グロシュラス』の残骸を一瞥した。



「そうか、魔具像(ゴリアテ)を使って地面を掘削して『負界』を掘り起こしたのだな。

 更に魔具像(ゴリアテ)自体に呪詛を搭載しておけば、そのまま伝染させられる」



「…………」


 推論を並べた上で軍人を睨み据えると、彼は渋々ながら頷いた。




「三つ目。『灰礬呪(かいばんじゅ)』を撒く目的は?」



「それは……知らない。本当だ! 本当に知らされていないんだ!!」



「(まあ、確かに。わざわざ現場の兵士に詳細な理由までは伝えないか)」


 精鋭とはいえ彼等は、結局のところ一介の駒でしかない。

 艦隊司令官が黒幕なのだとしたら、わざわざ戦略目標が漏れるようなリスクは避けたいと考えるだろう。


 為政者として直属の部下や、紋章官を動かす立場にあるサダューインは、そのことをよく理解していた。




「良いだろう。目的の件は一旦、保留とする。

 では最後の質問だが……」


 問いを掛けようとした時、入り口の方からラキリエルが近寄ってきた。




「サダューイン様、今の話は……?」



「聞いていたのか、ラキリエル……。

 だが丁度良いところに来たね。こっちにおいで」


 軽く手招きをした上で、軍人にラキリエルを見るように促した。

 すると軍人は、はっと驚いた表情を浮かべて、彼女を入念に凝視し始める。




「貴様はまさか……海底都市の生き残りか?」



「……!」



「彼女のことを知っているのか? それを四つ目の質問としよう」


 ラキリエルを背後に控えさせて、静かに問う。




「……『灰礬呪(かいばんじゅ)』の件の他に、別の任務を与えられていた。

 その女を捕えて連れ帰るというものだ」



「それも第四艦隊の司令官とやらの指示か?」



「……ああ、ボルトディクス提督から直接言われた。

 女が持ち去った秘宝と一緒に連れて来い……とな」



「な、なんですって……!」


 その瞬間、ラキリエルは身体を強張らせ、サダューインは眉間に皺を寄せた。

 彼女の身柄だけでなく秘宝を求めているという点で、エペ街道で遭遇した悪漢達と共通していたのだ。



「ボルトディクス……一応、真名を聞いておこうか」


 ボルトディクスという家名は、ラナリア皇国に於ける三大公爵家の一角として知られている。故に、その一族の中には軍属の者も数多く存在するのだ。



「……エルベレーゼ・ボルグス・ボルトディクス様だ」



「エルベレーゼ……やはり、あの御方が……」


 その名を聞いて真っ先に反応を示したのはラキリエルだった。

 どうやら彼女は、ある程度の心当たりがあるらしい。




「ふむ、後で入念にその人物について調査する必要がありそうだな」


 頷き、サダューインは今後の方針を素早く定めた。

 そうした後に、左掌をめいっぱい開き、軍人の目元に掌底部分を当てるようにして鷲掴みにしたのだ。




「サ、サダューイン様……! なにを、なされるおつもりですか?!」



「疫病や呪詛を撒いていた者達を捕虜にしてはいけない。

 これは地上で生きる者達の鉄則だよ……彼も、そのことは理解している筈だ」



「……殺すなら、早くしろ」



「ふっ、最後に協力してくれたことだけは感謝しよう」



 ミシミシミシ……ゴ ギン。


 サダューインが左掌に力を込めると軍人の頭蓋が軋み、瞬く間に握り潰された。

 悲鳴を上げる時間すら与えない。或いは、それが精一杯の慈悲だろうか?

 ヒトとして死に絶えた軍人の表情は、どこか安堵していた。


 しかし眼前で行われた処刑の光景に、思わずラキリエルは目を逸らしてしまう。




「……嫌なものも見せてしまったかな。

 彼等の遺体と魔具像(ゴリアテ)の残骸は、このまま洞穴に留めて封鎖する。

 宿場街の役人に連絡して、然るべき者達に後処理をさせることになるだろう」



「は、はい……」


 ラキリエルは震えながら、辛うじて一言だけ返事をした。

 そして胸の高さで両掌を重ね、目を瞑って祈りを捧げ始める。



「せ、せめて……この者達の魂が、どうか正しく巡っていきますように……」


 敵として戦った軍人達。故郷を滅ぼした者達の仲間だった存在。

 悍ましき呪詛を撒いていた忌むべき元凶。


 にも関わらず、ラキリエルは彼等の死後の魂の行く末を律儀に案じていた。






【Result】

挿絵(By みてみん)


・第13話の7節目をお読み下さり、ありがとうございました。

・本文中でサダューインが持ち出した魔精霊薬というのは、脅しの材料としては中々に酷い代物だったりします。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。