013話『そして濁り水は像を結んだ』(6)
※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。
己を起動させた魔具術士……つまり四人目の軍人が倒れた後も、『グロシュラス』は矛を収める素振りを見せない。
予め敵の殲滅を最優先目標に設定していたのだろう、と同じ魔具術士のサダューインは推測していた。
「……危険だ、ラキリエル。奴は俺達を打ちのめすまで暴れ続けるぞ」
「だからこそです。これ以上、サダューイン様が怪我を負われたら……。
どんな手を使ってでも、一刻も早く止めないと!」
未だに肩を震わせながら。声と脚も震わせながら。
気丈にもラキリエルは自らの意思で前に進み、参戦を表明したのである。
ラナリア皇国海洋軍の軍人、そして悍ましき呪詛を搭載した『グロシュラス』。
彼女の全てを奪った者達を相手に、偽りの脚で踏み出したのだ――
ズゥン……。四メッテ弱の鋼鉄の巨人が、二人に向かって躙り寄る。
左腕部を水平に伸ばしながら豪快に振るい、纏めて薙ぎ払おうとした。
「……楚々たる大海の赤誠。空漠の招請賜りし蒼角の龍に希う。
いと尊き深海の揺り籠よ、儚き幻日の想世を赦し給え」
『グロシュラス』が再び動き出すのと同時、ラキリエルは凄まじい速度で古代魔法の詠唱句を紡ぎ始める。
震えて掠れた声ながら、長年の修練によって磨かれた祈りの所作は淀みない。
術式の構築が進むにつれて、彼女が纏う半透明状の布がふわりと舞った。
「(今からラキリエルを退がらせるのは得策ではないな)
(彼女が魔法を構築している間、敵の注意を惹き付けることに専念しよう)」
一方のサダューインは、左右に短いステップを踏むようにして回避行動を行いつつ、敢えて敵の懐へと飛び込んでみせた。
そうすることで一瞬だけ『グロシュラス』の動きが止まり、直ぐに状況に対応した行動選択を採り直した。
左腕部による水平薙ぎの照準がサダューイン単体へと変更され、彼はそれを難なく躱す。即座に『グロシュラス』の傍で牽制の前蹴りを二回、胴部に打ち込んだ。
ブゥン……。まるで蠅でも振り払うかのような、右腕部による打ち下ろしがサダューインの頭上に迫ったところで、ラキリエルの詠唱が完了した。
「『――叡理の蒼角よ、墓標を護れ』」
大気中の水分が急速に集い始め、サダューインと『グロシュラス』の間に渦潮の如き巨大な螺旋を象った。
直後に降り注ぐ巨大な右腕部。しかし渦潮による斥力場が、いとも容易く敵の攻撃を弾き飛ばした。
それだけではない、『グロシュラス』の巨体そのものを激しく後退させたのだ。
「あの重量を一手で弾くのか、大した防護魔法だ!」
自らの膂力で『グロシュラス』の巨体を押し返したサダューインだからこそ分かる。彼女が放った魔法の出力と性質が、如何に強大であるのかを。
「あの敵を……洞穴から押し出していきます……」
「成程な、了解した!」
ラキリエルの意図を理解したサダューインは、即座に必要な行動を執り始めた。
自らを囮にして細かく立ち回りつつ、徐々に後退。
それを『グロシュラス』が追い駆けている間に、ラキリエルは洞穴内を壁伝いに移動して奥部へと回り込んだのだ。
「『――叡理の蒼角よ、墓標を護れ』」
もう一度、同じ防護魔法を発動。
空中で垂直方向に展開された渦潮が、巨体を打ち弾いて完全に洞穴の外へと追いやることに成功した。
「よし、あと一発で山道から突き落とせそうだな。この調子で……」
ダメ押しとばかりにサダューインが全体重と脚力を乗せた後ろ蹴りを放つ。
追撃を行うと同時に『グロシュラス』の注意を、ラキリエルへ向けさせないようにするための手管である。
しかし、ここで敵の行動と形状に変化が生じ始めた。
「ガ……ガギギギ……」
錆びた歯車同士が回り始めたかのような異音が鳴り、『グロシュラス』の両脚部の装甲が展開して内側より巨大な刃が出現したのである。
片脚につき三本ずつ、猛禽類の鉤爪を彷彿とさせる刃を展開。
その脚で、地面を大きく踏み締めることで、鉤爪を食い込ませたのだ。
「弾き飛ばされるのを嫌って、鋭釘を打ち込んだというわけか。
これでは同じ戦法は通用し難いかもしれないな」
「あんな機能もあるなんて……!」
「此処からは少しずつ削っていくしかなさそうだ。
ラキリエル、ありがとう。君はもうリジルに乗って戦場から離れるんだ」
途中で放り捨てた杖を拾い上げ、サダューインは彼女を遠ざける決断をした。
ラキリエルの目が無ければ、全ての"腕"を解放して総力戦を仕掛けていくことが出来る。勿論、それだけ多大な危険が伴うということでもある。
「いいえ、まだ……わたくしにも打てる手があります。
サダューイン様、どうかあと数秒だけ敵を抑えてくださいませんか?」
両掌を重ね合わせて、懇願するように縋り付かれた。
これ以上サダューインに怪我を負ってほしくないという慈愛の心と、眼前の濁った翡翠に抗わなければならないという無意識の抵抗なのだろう。
「……分かった、だが一回だけだ。
それが失敗したら後は俺が一人でやる。いいな?」
「はい! 信じていただいて、ありがとうございます!」
サダューインは彼女の意気を尊重した。
それに加えて、ラキリエルが修めた古代魔法の真髄を見てみたいと思ったのだ。
「(彼女がここまで強固に訴えるのだから、相当の自信があるのだろう)
(こんな状況だが、お手並み拝見と行かせてもらおうか……)」
諸手で杖の柄を構えながら『グロシュラス』へと立ち向かった。
相手は鉤爪を打ち込みながら移動するようになった手前、機動力は落ちている。
冷静に動きを見て牽制に徹すれば、必要な働きは十分に果たせるだろう。
「さあ、踊ろうか……悍ましき木偶人形!」
『グロシュラス』が振るう右拳をなるべく引き付けてから躱し、杖を振るって先端の金属塊を鞭のようにしならせた。
その間、サダューインの後方ではラキリエルが新たな詠唱句を紡いでいた。
「楚々たる大海の赤誠。空漠の招請賜りし蒼角の龍に希う。
虚空を伝う悔恨の導。灰廃の燦礫に祷る、幻像の顎門を……」
凄まじい魔力が、ラキリエルの裡より迸り始めた。
精霊との交信を経て様々な現象を発現してもらう魔法に於いて、これ程の量の魔力……という名の供物を捧げることは、極めて稀だ。
「(この規模……確実に大魔法の位階に達している)」
巨体の周りで纏わり付くように立ち回りながら、サダューインは背後で起こる破壊の予兆を鋭敏に感じ取っていた。
ブゥン……ザンッ! 『グロシュラス』の方も異変を察し始めたのか、回し蹴りの要領で鉤爪を展開した左脚を振るい回し、強引にサダューインを屠ろうとした。
「……くっ、ここに来て行動パターンを変えてきたか!」
咄嗟にしゃがみ込み、そのまま地面を転がるようにして辛うじて回避。
あれだけの質量の刃が直撃すれば、如何にサダューインが屈強な肉体だとはいえ一薙ぎで真っ二つにされてしまう。
「ここだ!」
起き上がると同時に杖を振るう。伸ばした金属塊が『グロシュラス』の右脚……つまり軸足に絡み付かせた上で、力いっぱいに引っ張った。
ド シン……と、体勢を崩した巨体が縺れるようにして倒れ込む。
その頃にはラキリエルが発していた詠唱句も佳境を迎えており、全てのお膳立てが整った。
「『――叡理の蒼角よ、海鳴に煌き給え』!」
鍵語を発した瞬間、それまでに防護魔法で生み出した渦潮の残滓たる水滴が彼女の周囲に集い、新たな渦を成し、空中で二つの水塊を象った。
間髪入れずに両腕と、半透明状の布を前方へと押し出すように突き出す。
水塊が膨れ上がり、やがて堰を切ったかの如く、勢いよく撃ち出されたのだ。
ドドドドドド……!
例えるならば、双頭の砲門から放たれる洪水。
途方も無い水圧で万物を打ち砕き、最後には跡形もなく流してしまう暴威。
その力が、濁った翡翠を生やした鋼鉄の巨体を直撃したのである。
「ガ……ガギ ギギギ……」
悲鳴にも似た機械音を発しながら、徐々に装甲が割れていく。
しかし『グロシュラス』もまた、しぶとかった。
双発の水圧撃の脅威に晒されるや否や、再び両脚の鉤爪を地面に打ち込んで防御姿勢を執っていたのである。
途中から両腕を交差させて、盾代わりにすることで水圧撃を堪えていく。
「……拙いな、このままでは耐えられてしまう」
「まだです! ここから……」
蓄えた水塊を全て放出した直後、ラキリエルは更なる祈りを捧げた。
これぞ、この古代魔法の真髄。其は万物を灼き払うための――
キュィィ……―――― …ィン!!
耳を劈く甲高い音が、山道一帯に響き渡る。
ヒトの可聴域で辛うじて捉えられるような音階。
そして水圧撃によって敷かれた水の跡が激しく振動し、眩き蒼光を放ち始めた。
「グギュルルルァァ?!」
「ギャイン! ギャイン!!」
「ズィィィ……シャァァァァァ!!」
遠方より小動物や鳥類、魔物と思しき生き物達の慌てた鳴き声が谺する。
恐らくはナグス小山脈に棲息する者達で、不幸にも可聴域を大いに刺激してしまったのだろう。
「……撃ち抜きます!」
水の跡を辿る無慈悲な蒼光が、『グロシュラス』の装甲を貫いた。
内部にまで侵食し、あらゆる器盤や魔術経絡を灼き払っていく。
ラナリア皇国の技術を結集した魔具像が、ずたずたに粉砕されていく。
「この現象は……そうか!」
『火ではないのですが、魔法を用いて食材を加熱していました』
『海底に棲む同胞達……地上の皆さんがおっしゃるところの深海龍に学びまして、
彼等の吐息と同じ術理になりますね』
『ハルモアラァト様がおっしゃるには海中で……みずぶんし? というものを
激しく揺さ振ることで、熱を発生させるのだとか』
それは、麓でラキリエルと共に調理をしていた際の会話の一部。
海底都市で、どうやって加熱調理を行っていたかを説明してくれた時のことだ。
「深海龍の音子振動哮を再現する古代魔法だったのだな。
確かにこれなら、如何に強固な装甲材とて一堪りもない!」
サダューインが蒼光に魅入られながらも術理を理解した頃には、完全に機能停止した鉄屑と、悍ましき濁った翡翠の欠片が散乱していたという――
【Result】
・第13話の6節目を読んでくださり、ありがとうございます!
・ラキリエルの唱えた攻撃魔法は、最初の水圧撃だけでも相当の威力なのですが、
その水を媒介にした音子振動を起こして加熱する流れとなります。
ビームではなくフォノンメーザーのようなものだと思って頂ければ幸いです。




