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013話『そして濁り水は像を結んだ』(5)

※(2026.9.5) 本文の大幅な改稿を行いました。


「ッ!! ……サダューイン様、直ぐに傷を癒します!」


 土煙が晴れて露わとなった惨状にラキリエルは愕然としていた。


 彼女からすれば、一瞬の間に息絶えた三人の軍人の骸が転がっている。

 そして左腕と、右掌から血を流すサダューインの姿。


 目を背けたくなる光景だが、先ずは味方の治療を優先するべきと考えたのか急いで黒馬から降りようとする。



「まだだ、ラキリエル。奥にもう一人残っている」


「……!」


 左掌で、右掌に刺さった短剣を抜いて放り捨てる。途端に出血の勢いが増した。

 しかしサダューインは痛みを堪えて戦いを継続する姿勢を見せた。



魔具像(ゴリアテ)が動き始めている……出来れば起動前に叩きたかったな」


 血の滲む右掌で、左腕の腕甲(ガントレット)に刺さったままになっていた片刃斧の柄を掴んで引き抜き、そのまま活用することにした。

 更に、ミゲイルと呼ばれていた骸に絡み付いたままの金属塊を解いて杖を回収。左掌で握り締める。






「ば、馬鹿な! 隊長とあいつ等が三分足らずで全滅した……だと?」


 一方、四人目の軍人もまた大いに驚愕していた。

 その隣では魔術炉に火を灯した魔具像(ゴリアテ)が、地響きのような駆動音と振動を響かせながら、ゆっくりと動き始めていた。



「こうなったら、せめて貴様達だけでも! 行け、『グロシュラス』!」


 ズン……ズン……と重量感を感じさせる足取りで、休息所の奥の方から徐々に前進する四メッテ弱の巨体。


 薄暗い場所に居たためか最初はその全容が明らかではなかったが、入り口付近に近付くにつれて、その悍ましき威容をサダューイン達は目の当たりにする。




「ただの魔具像(ゴリアテ)ではないと思っていたが、これは……」



「ひぃっ! あ、あの手足や胴に生えている結晶!」


 緊迫した面持ちで冷や汗を零すサダューイン。

 ラキリエルに至っては顔面蒼白になりながら、思わず悲鳴を上げそうになった。


 それもその筈、なんと『グロシュラス』の全身には濁った翡翠色の鉱石のような結晶物が、びっしりと生えていたのである。

 まるで二本の脚で立つ針鼠、或いは穿山甲といったところか。




「あ、あぁ……どうして……あのようなものが……ここに」


 ラキリエルが軽い恐慌状態に陥る。つい先刻、悪夢で見たばかりの海底都市の同胞達の最期を想起してしまったのだ。

 それ程までに、あの濁った翡翠は彼女の心の深奥まで絶望として刻まれている。


 そして、それはサダューインも同じだった。

 奇しくも彼の両親を奪ったのは、同種の呪詛によるものなのだから。



「装甲から『灰礬呪(かいばんじゅ)』の結晶物が隆起している?

 いや、これは魔術炉自体に組み込まれた呪詛が表層化した影響か」




「……何故、貴様達が『灰礬呪(かいばんじゅ)』のことまで知っている!」


 『グロシュラス』を前進させながら、軍人は木製の長柄武器を取り出していた。

 杖と棍の中間といった形状。後方支援役の技術者に支給される護身武器である。



「(あの男も『エイリーク』の一員だとすれば、魔術(スペルアーツ)の腕前も一流の筈だ)

 (長引かせると危険だ、速やかに魔具像(ゴリアテ)を機能停止しなくては)」


 左腕の杖を振るい、金属塊を鞭の如く打ち込んだ。

 しかし『グロシュラス』はびくともしない。装甲表面の結晶物が、僅かに削れ落ちた程度の損害しか与えられなかった。



「……硬い」


 即座に左方向へ跳躍。頭上から振り下ろされた鋼鉄の拳を、寸前のところでサダューインは躱してみせた。

 その直後、軍人の持つ棍杖から放たれた炎の槍が飛来する。



「(ラナリア皇国式の汎用攻撃魔術だな)」


 背後のラキリエルと黒馬の位置を確認しながら着地すると、そのまま地面を転がるようにして身を沈めることで炎の槍をやり過ごした。

 ナグス小山脈の空の彼方へと、真紅の塊が飛んでいく……。



 ブゥゥン! と、唸るような風切り音を響かせながら質量物が横薙ぎに振るわれる。『グロシュラス』の巨大な右腕部が、鉤突き(フック)の要領でサダューインの左側面より襲い掛かったのだ。


 それも単発ではない。右腕、左腕、そしてまた右腕と連続して腕を振り回す。

 これに対して、身を起こしたサダューインは、摺り足で少しずつ後方へ退がりながら紙一重の距離で躱していく。防戦一方だ。



「ちょこまかと、逃げ足は大したものだ……『紅葬花(ロド・コングリュス)』!」


「くっ、詠唱句を省いてこの威力を維持できるとはな」


 更に軍人が同じ攻撃魔術を放ってくる。

 轟々と燃え盛る炎の槍は、一射でヒトを屠るには十分な火力を秘めていた。



「(だが、それでも戦闘経験そのものは先程の三人よりも劣るようだ)」


 冷静に『グロシュラス』の拳を避けつつ、左掌の杖で炎の槍を打ち払う。

 先端の金属塊に着弾させると同時に、左斜め後方へと腕を振るって魔術の軌道を逸らしたのだ。


 そしてサダューインは、躊躇なく己の杖を足元に放り捨てた。

 炎の槍と接触したことにより、瞬間的に高熱を帯びてしまったからである。




 ズ……ブォォン! 杖を失ったサダューイン目掛けて、右脚を振り上げた『グロシュラス』が思い切り踏み潰そうと狙っている。



「ぐぅぅ……しまった」


 咄嗟に、空いた左腕を頭上に掲げて巨大な脚を堰き止める。

 その衝撃でサダューインの足元の地面が僅かに陥没し、全身の肉と骨がミシミシと悲鳴を挙げるかのように軋みだした。




「隊長達の仇だ! 貴様は入念に吹き飛ばしてやる!

 閉じよ空景、満ちよ冥霧、我が()に緋堰の鍵を()べ……」


 長柄武器を水平に構え直した軍人は、今度は別の魔術を、それも(しっか)りと詠唱句を唱えての完全威力で行使しようとし始めた。



「『爆燈(ボルニア)』…………がふっ!」


 魔術を発動するための最後の手順、鍵語を口にしようとした瞬間。

 凄まじい回転を伴って飛来した片刃斧が軍人の右肩に突き刺さり、激しい痛みで発動が中断される。


 『グロシュラス』の右脚に抗いながら、サダューインが右掌で投擲したのだ。

 深手を負った軍人は、そのまま地面に倒れて自らの血溜まりの中で伏していた。




「馬鹿か! こんな山道の洞穴の中で……『爆燈禍(ボルニアス)』を唱えたら

 下手をすれば……山崩れが起きる……ぞ」


 渋面を浮かべながら、苦言を呈する。

 相手が発した詠唱句から、行使しようとした魔術の性質を類推していたらしい。



 ミシミシミシ……。更に骨が軋む。

 不安定な体勢で斧を投げたことにより、着実に窮地に立たされていた。

 それでも彼は、決して諦観に浸らない。



「おお……ぉぉおお!」


 空いた右腕も頭上に掲げて、自身の両腕の力を最大限に発揮させる。

 両脚で踏み締める大地は、サダューインが心より守りたいと願うグレミィル半島の土と岩。ならば、ここで(くずお)れる訳には行かないのだ!




「いい加減に、退け!」


 渾身の力で、超重量物を押し除けた。

 『グロシュラス』の右脚が弾かれただけでなく、その総体が大きく洞穴の奥の方へと押し戻される。


 全身の痛みを堪えながら、サダューインは動きを止めなかった。

 一挙に駆け出し、助走を付けて跳躍。『グロシュラス』の胸部を目掛けて飛び蹴りを放ったのである。



 ガッ ドォォン! という轟音が鳴り響き、胸部の装甲部分が大きく陥没。

 装甲表面の結晶物も盛大に剥落していった。




「ふぅ……ふぅ……これを叩き潰すのは、かなり骨が折れるな。

 俺の貧弱な魔術では到底、有効打には成り得ないだろうし」


 地面に着地すると、肩で息をしながら『グロシュラス』を睨み据える。

 これまでの怪我と全身への負荷から、直ぐに追撃を放つことが出来なかった。


 隠された"腕"を使えば押し切れるかもしれないが、それは最後の手段である。

 ……その時だった。




「サダューイン様! わたくしに……わたくしに、考えがあります」


 恐慌状態から己を取り戻したラキリエルに、背後から呼び掛けられた。






【Result】

挿絵(By みてみん)


・第13話の5節目を読んでくださり、ありがとうございました!

・本文中で軍人が使っていた二種類の魔術は、両方とも中位の汎用攻撃魔術です。

 詠唱句を省略すると大幅に威力が落ちるのですが、彼の場合はその状態でも十分な威力を発揮していました。

 この辺は最精鋭の特殊部隊員ならでは、といった感じですね。

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