013話『そして濁り水は像を結んだ』(4)
※(2026.9.5) 本文の大幅な改稿を行いました。
「貴様、死に急いだな」
「ですが隊長、あの男はテスカリオ馬を保有するほどの者です。
であれば裕福な貴族家か、それに所縁のある者と考えるのが妥当。
土人とはいえ、危害を加えては拙いのでは?」
「構わん。奴等は我々が皇国軍人であることを見抜いた。
馬の件と別に、目撃者は始末しなくてはならない」
杖を構えたサダューインに対して、軍人達は等間隔で散開しながら口頭で短い確認を済ませていた。
魔具像の傍で蹲っている者を除いた三人の動きはかなり機敏なものだった。
「念のため『グロシュラス』を稼働しろ」
「五分ください」
「……三分でやれ!」
隊長格の軍人が、魔具像の傍にいる者に指示を出す。
「(整備を担当する軍属の魔具術士といったところか)
(それにしても目の前のこの三人、相当の練度だな)」
油断なく杖を構えるサダューインの面貌が一際険しさを増した。
彼から見ても、この軍人達の動きは類稀な修練の賜物であると悟ったのだ。
「ラキリエル。そこから動かずに、じっとしているんだ」
「はい……」
彼女の不安を和らげるため、背後を振り向いてもう一度笑顔で語りかけたかったが、生憎とそんな余裕はない。それほどの相手なのだ。
「(ラキリエルにとって故郷を滅ぼした者達の仲間が眼前に現れたのだから)
(恐慌状態に陥ってもおかしくはない……そう考えれば、気丈なものだ)」
一歩、踏み出して横薙ぎに杖を振るう。
すると先端部の金属塊が鞭のように伸びて、軍人達の足元を薙ぎ払おうとした。
「チッ……全員、跳べぇ!」
「はっ!」
「面妖な武器だ、魔具か?」
特に危なげもなく後方へ跳び退いて初撃を回避。
着地と同時に三人の軍人達は、それぞれ腰に帯びていた片刃の斧を抜き放った。
片手剣と斧を組み合わせた独特の形状で、それでいて投擲にも適した設計だ。
「……皇国海洋軍で正式採用されている片刃斧だな。
だが、その形状と色は特殊部隊向けの上位版の筈だ」
「ほう、見ただけで分かるとはな」
「こいつ……只者じゃないですよ」
「属領とはいえ離れた土地に潜伏し、少人数で魔具像を運用する。
その条件に当て嵌まる部隊となると第四艦隊所属の『エイリーク』辺りか」
更にもう一度、サダューインは杖を振るう。
今度は縦に、向かって右端の軍人の頭部を狙って打ち据えようとした。
「くっ……これでは近寄れない」
「慌てるな、アダン。ただの牽制に過ぎない。大道芸に惑わされるな!」
「なら私が敵の側面から狙います」
アダンと呼ばれた右端の若い軍人が更に後退して金属塊を躱し、隊長格が片刃斧を投げて反撃を行う。
そして、もう一人の軍人は左方向から回り込むようにして距離を詰めていた。
その動き方からして、サダューインは彼等が特殊部隊の一員である可能性について確信を深めた。
「(……流石は皇国海洋軍でも屈指の精鋭部隊だ、魔物とは訳が違うな)
(個人の練度は『翠聖騎士団』の魔法騎士に匹敵する)」
咄嗟に身を捻って投擲された斧を避けると、続けて側面に回り込もうとした軍人へ左掌を向けて対処しようとした。
「きゃあ……!」
ブォン……と鈍い風切り音を鳴らして背後から戻ってきた斧が、ラキリエルの直ぐ傍を擦過した。彼女の黄金の髪が何本か切り裂かれ、宙を舞う。
そして隊長格は自ら投じた斧を、ブーメランの要領で器用に掴み取っていた。
「ラキリエルっ! ……『凍針よ、穿て』」
左掌から低位の魔術によって象った氷の短剣を発射。
同時に右掌で握り締める杖を水平に、右から左へと薙ぎ払う。
「こんな子供だましの魔術が通じるものか」
「また金属の鞭が来るぞ! 躱して、斧を投げて仕留めろ」
「はっ!」
左から回り込んできた軍人が氷の短剣を斧で捌き、前方の二名は難なく杖の先端から伸びる金属塊を回避してみせる。
然れど、サダューインの狙いは別にあった。
「……ぐあぁぁっ!」
鞭の如く唸る金属塊が、前方の二人を通り過ぎて左から迫る軍人の脚に着弾。
ゴギンッ! 痛々しい音が響き、そのまま彼は立ち上がれなくなった。
「あの金属の鞭……なんという破壊力だ」
「呆けている場合か、仕掛けるぞ!」
仲間がやられたことにより、前方の二名のうち若い方の軍人が僅かに動揺したものの、即座に隊長格が叱責する。
そうして彼等はサダューインが次手を打つ前に、揃って片刃斧を投げ付けた。
しかも片方はサダューインへ、もう片方はラキリエルへ……と抜け目ない。
「全く、手厳しいな……」
自身へ迫り来る斧を杖の柄で弾き飛ばし、ラキリエルへ飛来する斧に対しては咄嗟に左腕を伸ばし……自らの腕を盾の代わりとして差し出した。
「……ぐぅ、敵ながら良い鋼材を使っているな」
「さ、サダューイン様! わたくしなどのために……」
「大丈夫だ……一応、腕甲で受けたからね」
彼の言う通り、片刃斧は左腕の肘から下に装着していた防具に食い込むようにして刺さっていた。
内部の肉にまで刃が到達し、出血と共に激しい痛みが襲い掛かるが骨には到達していない。少なくとも、まだサダューインの左腕は動いてくれそうだ。
「しぶとい野郎だ、大した騎士サマもいたもんだな」
「……畳みかけるぞ」
「ならば、こうしよう」
前方の二名が予備の短剣を抜いて距離を詰める。
サダューインが杖を細かく振るい、脚の骨が折れた軍人の首へ金属塊を巻き付けた後に引き寄せる。人質兼、即席の盾としたのだ。
「……此方で対応する、お前が仕掛けろ」
「了解!」
仲間を盾にされたことにより隊長格と若い軍人……アダンは、前進する途中で左右に別れて挟撃の形へと移行する。
サダューインから見て左側に隊長格。右側にアダンといった具合だ。
「(隊長の方が仲間の救出に入ったか、ということは……)」
敢えて隊長格の眼前に拘束した軍人を突き出しながら、サダューインは杖の柄を左掌へと持ち替えて右掌を空けた。
「…………」
右から迫るアダンが、更に速度を上げて一挙に距離を詰めると、逆手に構えた短剣を水平に振るおうとした。
しかしサダューインは予めその動きを読んでいたのか、短剣を持つ相手の手首を掴むことで強引に斬撃を中断させ、そのまま握力の限りに握り締めた。
ミシミシ……と骨が軋む音が響いた直後に、容易く砕いてみせた。
「な、なんだと! ぐぇぇ!」
「我々と同じ純人種ではないのか?」
「……潰れろ」
相手の手首を掴んだまま、右腕を振り上げる。
軍人の身体が棒切れの如く宙に舞い、そのまま隊長格を目掛けて振り下ろした。
「アダン! ……くっ、済まん」
隊長格が部下の名を叫びながら、咄嗟に後方へと跳び退いて直撃を避ける。
一方、途方もない力で地面に叩き付けられた若い軍人の身体は、ぐちゃぐちゃに拉げてしまい、そのまま息絶えた。
まるで山の上から落下死したかのような、そんな惨状である。
凄まじい衝撃音が響き、地面が少し陥没。更に土煙が濛々と巻き起こった。
「オーガーやトロール並みの怪力。いや、それ以上だ」
「(……これで、やっと一人か。思った以上に厄介だな)」
動揺する隊長格を余所に、サダューインは静かに休息所の奥を一瞥した。
四人目の軍人が、魔具像の傍でずっと何かの作業を続けているのだ。
「(だが、決して悪くない状況だ)」
如何に怪力と博識ぶりを誇るサダューインといえど、本国の最精鋭の軍人達を一人で相手取るのは分が悪いと言わざるを得ない。
否、サダューインが持つ全ての力を解放すれば十二分に圧倒できる筈なのだが、生憎とラキリエルが見ている場では、その力を振るうことを躊躇っていた。
しかし土煙でお互いの視界が閉ざされ始めたことにより、彼の懸念事項は一時的に払拭したのである。
「ミゲイル、腕は動くか?」
「なん……とか……」
金属塊で首を拘束されている軍人が、隊長格の呼びかけに応じて動き出す。
拘束から抜け出すことを放棄して、逆にサダューインの左腕に組み付いてきたのである。捨て身の抵抗といったところか。
「よし、そのまま奴の片腕だけでも抑えていろ」
土煙の中を突っ切って隊長格がサダューインに迫り、鋭い刺突を繰り出した。
彼もまた、部下の救出を見送って難敵の排除に全力を注ぎ始めたのである。
「この決断力。腐っても『エイリーク』ということか!」
右掌で握っていた死骸の手首を放し、隊長格を迎え撃つべく魔術を放とうとしたが相手の動きの方が遥かに早かった。
瞬き一つの間に、短剣の刃先が喉元へと迫る。
サダューインは魔術の行使を中断し、右掌を突き出して短剣を無理やり止めた。
「……ッ!」
掌に深々と刃が突き刺さり、裏側まで貫通。
喉だけは守れた。即死だけは免れた。ならば十分であると割り切った。
しかしながらサダューインの両腕は封じられた形となってしまう。
「隊長、今です!」
「よくやった。散々、手を煩わせおって……動くな、死を受け容れろ」
食い止められた短剣から手を放し、別の短剣を素早く取り出す隊長格の軍人。
今度こそ喉を貫くべく、稲妻のような刺突を放ってきた。
「……イェルハルド、ニルス、使わせてもらうぞ」
絶体絶命のサダューインが、誰かの名前を呟いた直後のことだった。
漆黒の外套の裡から、彼自身のものではない二本の"腕"が飛び出した。
スゥ…… ガ シ ッ !!
出現した"腕"のうちの片方が、刺突を繰り出す隊長格の右腕をがっしりと掴む。
まるで時が止まったかのように、彼の身体はその場でぴたりと縫い止められた。
そしてもう片方の"腕"は、山なりの軌道を描いて上から彼の頭部を掴んだ。
「な、なんだ……この腕は!? 貴様、いったい何をした!」
異形の"腕"の掌底部分が目元に当たり、完全に視界が暗闇に閉ざされる。
各指は頭蓋を鷲掴みにしており、力を込めることでミシミシと骨が軋む音が鳴った。
常人であれば、とっくに発狂してもおかしくない状況だ。
「ロニー、ビョルン。お前達も力を貸してくれ」
更に追加で二本の"腕"が現れては、ぐんと伸びていった。
いずれもサダューインの意のままに操ることが出来るらしく、その操作精度は先程まで振るっていた金属塊よりも柔軟で、力強い。
「いったい、なにが……起こって……」
「ああ……ば、化け物!」
三本目の"腕"が、隊長格の左腕を掴み上げて完全に戦闘能力を奪う。
四本目の"腕"は最初に脚を折られた軍人の側頭部に近寄り、至近距離から氷の魔術を放って頭蓋を貫いた。
「それは褒め言葉として受け取っておくよ」
サダューインの外套の裡から現れた"腕"は、どう見ても彼本来のものではない。
一本目は焦げ茶色の皮膚に、燃え盛るような赤橙色の獣毛を生やした屈強な腕。 二本目は黄緑染みた皮膚の剛腕。三本目は色白でしなやかな細腕。
そして最も異質な四本目は、蟲の節のような歪な腕をしていた。
共通しているのは、全ての指に翠色の合金で造られた指輪が装着されていた点。
「あっ、ぐぅ……があああぁぁ!」
「『貴様、死に急いだな』と言っていたな。そっくり、そのまま返すとしよう」
ゴッ ボギン!
入念に"腕"に力を籠めさせて、隊長格の首を捩じ切る。
これにて四人の軍人のうち、三人の息の根を止めたことになる。
「……皆、ありがとう。だが直ぐに戻れ」
土埃が晴れていく。少しだけ慌てた様子で"腕"達に語りかけると、サダューインの号令に従って一斉に外套の裡へと格納されていく。
斯くして、そこには怪我を負った美丈夫のみが残された――
【Result】
・第13話の4節目を読んでくださり、いつもありがとうございます!
ちょっとした小ボス戦の開幕といったところでございます。
・何人かモブの名前が出て来たので軽く整理させていただきますと
アダン、ミゲイル → 隊長格と一緒に戦っていた皇国海洋軍の部下。
イェルハルド、ニルス、ロニー、ビョルン → サダューインの背中の"腕"の持ち主達。
……となります
・これから少しずつ明かしていくことになると思いますが、サダューインは保有魔力量の少なさを補うために自身の肉体に色々と仕込んでいたりします。
なお規格外の怪力は素のスペックです。特に強化用の魔具とか身体強化魔術などは使っていません(魔力が足りなくて使えません)。




