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014話『堅き極夜』

 サダューイン・エヌウィグス・エデルギウスは己の才能に絶望していた。


 賢く、慎ましく、目立つことなく、常に影からグレミィル半島の民を護り続けた母、ダュアンジーヌのような"魔導師(トライン)"になりたかった。

 彼女は"妖精の氏族"の氏族長を数多く輩出してきたフィグリス家の出身であったがために、英雄ベルナルドとの政略結婚の相手に指名された。

 然れど、一切の異を唱えることはなく、むしろ喜んで婚姻を受け入れたという。


 『慈愛の象徴』、『半島の真の防人』、『災いと悲しみを退ける者』などダュアンジーヌの功績を称える呼び名は多岐に渡り、二つの民を融和へと導いた立役者である彼女は、知る人ぞ知る英雄であった。


 『森の民』と『人の民』の交流が栄えだしてからは優れた頭脳と探求心を遺憾なく発揮し、ヴィートボルグを始めとする各都市の生活水準の向上に大きく貢献した。

 ラナリア皇国による侵攻以前より、苛烈に刻み続けられてきたグレミィル半島の傷痕を僅か数年の間で癒しつつも、次代に繋ぐ路を示してみせたのである。



 数多の魔法と魔術、そして錬金術に精通し、莫大な魔力量を誇る希代の"魔導師"であった彼女の才能は、しかしながらサダューインには一切与えられることはなかった。


 代わりに持って生まれた素質といえば"偉大なる騎士"と呼ばれた父、ベルナルド譲りの体格と膂力、そして武芸百般を修める器量。

 その反面、保有魔力量は純人種の平均をも遥かに下回る程度。これではまともに魔術を扱える筈もなく、魔法の行使に必要な精霊と交信する素質も皆無であった。


 母から受け継いだものといえば、明晰な頭脳とエルフ種特有の真珠のような銀輝の髪だけであり、それが呪いの如く彼を苦しめる要因と化したのだ……。



 ヒトは齢を重ねるにつれて自身が持って生まれたものを自覚し、受け入れながら人生を歩いていく。それは諦観であり運命の受容だが、確かな成長でもある。

 サダューインが不幸であったのは、憧れた存在と己の才能が真逆であったこと。運命を変えられる可能性を導き出せてしまうほどに優れた知性と頭脳を持ち合わせていたこと。

 そして……憧れに最も近い才能を持って生まれた双子の姉の存在が、常に傍に居たことであった。



 彼は賢かった、だが同時に愚かでもあった。愚直なまでに運命に抗おうと学問や研究に没頭し、"魔導師"ダュアンジーヌの後を継ごうとしたのだ。

 学べるものは貪るように学び、試せることは欲するままに試し、利用ができそうなものは分け隔てなく利用し尽くした。

 家柄も、富も、美貌も、身体も、ヒトの感情も、目指すべき頂へ僅かでも近付くことが適うのなら、須らく燃料として焚べてやったのだ。



 其の精神は愚かしいほど真っ直ぐだった。


 其の肉体は悍ましいほど歪に捻じ狂っていった。


 其の魂は極夜のように、能う限りを貪る漆黒で塗り潰されて……ほしかった。



 エデルギウス家のコネクションを最大限活用することで人脈を広げ、知り合った有力者達から知恵と技術を蒐集し、"妖精の氏族"の高位権限を利用することによりグラナーシュ大森林の特産物を搔き集めて『人の民』達に高額で売却、子供ながらに莫大な富を得る。


 美丈夫といって差し支えない程の肉体に成長すると世の女性達を誑かし、関係を築き、己を慕う者達の心を巧みに掌握して各町で駒を量産した。


 その一方で保有魔力量の乏しい父親譲りの肉体を疎み、軽んじていたがために、左掌と右目を切除して、代わりに魔力適正の高い亜人種の掌と瞳を置換移植することで最低限の魔術を行使する魔力(しかく)を獲得。

 更に置換移植で培った技術と成果を基にして、純粋な部位移植にも着手した。



 そうして手段を問わぬ邪道の数々を臆さず試みた果てに、低位ながら魔術の行使が可能となった。職人級の精度で魔具を自作できる知識と技術を習熟し、錬金術にも精通するに至る。

 生家に頼らずとも独立した財源を築き上げ、手足として動かせる駒は数知れず。グレミィル半島に巣食う地下組織の存在も掌握し、顔役と接触する手段も確保済。その手腕は実に手堅く、隙を見せない捕食者たる蜘蛛の如し。

 つまるところサダューインという男は、童子の如き憧憬を脳に灼きつけたまま身体と知性と野心と"腕"を、年齢相応以上に成長させて、増設し続けてしまった魔人なのである。


 故に、彼の表面的な部分しか知らぬ者達からは、畏怖を籠めてこう呼ばれている……『"樹腕"のサダューイン』と。




 グレミィル半島の安寧と繁栄を目指し、民を護りたいという想いこそ共通しているものの、双子の姉ノイシュリーベとはどこまでも対極であり真逆の路を歩んだ。

 幼きころは本当に仲の良い姉弟であった筈なのに、成長するにつれて互いが持ち得なかった素質を欲したがために、その心は限りなく離れていってしまった。

 嫉妬と羨望、憎悪と畏敬、相反する感情を懐きながらも彼等は歩み続けるしかなくなった。たとえその果てが、宿痾の清算へ繋がるのだとしても。



 敢えて語るならば彼の目指す頂は邪悪ではない。むしろ正反対の潔白さであった。漆黒だからこそ純白を切望するが如く、ただただ善良にして無垢な求道者。

 グレミィル半島を裏から牛耳るかのように己が"腕"を増やし、伸ばし続けながら暗躍するのは(ひとえ)に民を護ることを目的とした、天蓋まで聳える漆黒の防壁の如く在るためなのだ。

 母、ダュアンジーヌが悍ましき呪詛によって結晶化という最期を迎えてからは、より一層その想いは強固なものとなる。


 故に、彼を知悉する者は憐憫の念を含めこう呼ぶことにした……『堅き極夜』のようであると。




 憧憬と絶望、僅かな救いを起因とした現在のサダューインが形成されて久しくなったころ、グレミィル半島に亡命しようとする者が現れる。


 一通の便り。其は遥か海の底より腕を伸ばして這い上がろうとする貴人の来訪。故郷という基盤を喪い、降り立つ脚をも奪われた人魚姫との邂逅だ。


 亡命の便りを受け入れた当初はエデルギウス家の嫡子としての矜持と使命、そして海底都市から(もたら)される知見が半島の繁栄に繋がるという打算を経たものである。

 利用可能ならば稀有な駒として手元に残しておけば良い、その程度の思惑でしかなかった。



 然れど、エペ街道にて展開された亡命者の救出劇の最中、草木の茂みに身を隠し状況を伺っていた際に、初めて姿を見咎めた時は思わず目を奪われてしまった。

 其の貴人は、恰も無垢なる蒼光の輝きを秘めた瑠璃のように感じたのだ。


 己とはあらゆる意味で住むべき世界を違える異界の貴人。童話に記されるような儚き人魚の姫君、そんな印象を懐いた。



 救出を成し遂げた後に接してみると、傷付いた者を懸命に癒そうとする慈愛と贖罪の精神を垣間見せたばかりか、サダューインが心底より欲した莫大な魔力と、魔法の素養という輝きをも見せつけられた。


 だが、そこに嫉妬は感じなかった。

 なぜならば双子の姉という己の半身とは違い、遥か遠い存在であるが故に。

 ただただ憧憬(ダュアンジーヌ)に近しい、或いは重なりかけるほどに、輝いて見えてしまった。



 その貴人は今、サダューインとともに黒馬に乗って一時の間ながら同じ路を歩んでいる。奇しくも、濁った翡翠……『灰礬呪(かいばんじゅ)』によって大切な者を失った者同士、究明へ向けて進んでいくために――


・第14話を読んでくださてり、ありがとうございました!

 これが本作のもう一人の主人公、サダューインという男でございます。


 姉のノイシュリーベと合わせて、皆様に応援していただけるような主人公になってくれることを願うばかり。


・サダューインが背部に仕込んだ"樹腕"を全て展開させるとこうなります

挿絵(By みてみん)


・脊椎に直結する形で亜人種の腕を移植することで、自由自在に動かすことが可能

・普段は『縮小』の魔術が刻印された魔具(青い腕輪)の効力により上手いこと格納しています

・各指に嵌めてある緑色の指輪は魔力の貯蔵庫と魔術の触媒を兼ねた魔具です

 ちなみに"樹腕"以外にも彼は自分の身体を改造していたりします。

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