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013話『そして濁り水は像を結んだ』(6)


 これで四人組の軍人達の無力化は達成された。

 残るは先程やり過ごした『グロシュラス』のみとなり、サダューインは背後を振り返ってラキリエルに迫っていないかどうかを確かめた。



「……拙いな」


 すると案の定、三メッテの巨体は攻撃対象をサダューインからラキリエルへと変更したらしく、空振りした蹴り足をそのまま地に着けて前進し、巨大な拳を振り上げて彼女を打ち据えようとしている光景が視界に映った。



「逃げろ、ラキリエル!」




「……楚々たる大海の赤誠。空漠の招請賜りし蒼角の龍に希う。

 いと尊き深海の揺り籠よ、儚き幻日の想世を赦し給え。


 『――叡理の蒼角よ、(エテル)墓標を護れ(ナム)』」



 拳がラキリエルの秀麗な顔面に届く寸前、臆さず唱えた詠唱句による古代魔法の構築が間一髪のところで完了する。

 両者の間の空間に、海原の大渦の連想させる水塊が出現して強大なる防壁を形成したのだ。

 其は激しい渦の流れによって魔力由来の攻性効果のみならず物理的な衝撃力をも逸らして防ぐ非常に高度な術式であった。


 斯くして古代魔法の効果によって拳を逸らされただけでなく大きく、体勢を崩す『グロシュラス』。

 その隙を逃さず、安堵する暇もないとばかりにサダューインは軍人の魔力が込められた戦闘杖を魔具像の背面へ向けて投擲し、短い詠唱句を呟いた。



「『――燃え盛れ(ヒッツェ)!』」


 魔術と云うよりは魔力操作の訓練で用いられるような初歩的な発火の術式。然れど戦闘杖に籠められていた軍人の魔力を燃焼材代わりとして着火させたならば、然るべき熱爆発が期待できた。

 無論、先ほど軍人が唱えようとしていた『爆燈禍(ボルニアス)』と比較すれば遥かに見劣りする規模ではあるが、逆にいえば落岩の可能性を極力削いだ上で『グロシュラス』への牽制にはなるだろう。



 …ドォォン !


 目論見通り、直径 一メッテ程度の爆発が起きて『グロシュラス』の巨体を僅かに揺さ振る。装甲を傷付けることは難しいがラキリエルへの追撃を妨げる効果はあることだろう。




「すまない、危険に晒してしまった」



「大丈夫です。な、なんとか……間に合いましたから!」



「いや、心の底からほっとしたよ……しかし思った以上に硬い魔具像(ゴリアテ)だな。特別に鍛造された最高品質の魔鋼材でも用いられているのだろうか」


 局所的に発生させた爆炎と爆風が霧散すると、予想通り五体満足で佇む『グロシュラス』の姿が確認できた。

 装甲より生え渡る濁った翡翠こそ幾らか剝落していたものの目立った損傷は全く見受けられない。



「ガガガガ……」


 起動者である軍人を無力化させても『グロシュラス』は稼働し続けていた。予め指定された殲滅対象を処理し終えるまで動き続ける型なのであろう。

 ただの魔具像(ゴリアテ)であったならば山道の淵まで誘導して断崖下にでも突き落としてやれば済むのだが、この巨体の頑健さでは耐え抜く可能性が高い。

 中途半端に対処した結果、万が一にも落下先から暴れ散らかされては本末転倒である。



「思った以上に、厄介なものを持ち込んでくれたものだ」


 隊長の亡骸を忌々しく一瞥しながら駆け出す。その途中で倒れていた別の軍人の亡骸に突き刺さっている片手斧を拾い上げていた。

 そうして『グロシュラス』の側面に回り込み距離を詰めて間合いに捉えると同時に、右掌で握り締めた片手斧を右脚部の付け根へと叩き込んだ。




「――ショウゲキヲケンチ、カドウジョウタイニシショウナシ」


 鈍い音とともに体表の結晶物が砕け、幾分か剥落したものの装甲自体を砕くことは適わず。

 しかしサダューインの膂力から繰り出される打突の衝撃力は凄まじく、確実に巨体を揺るがしては動きを封じるくらいの成果は挙げていた。



「……有効打には成り得ないが、時間稼ぎくらいにはなりそうかな」


 更にもう一度、同じ個所目掛けて叩き込む、破壊はできないまでも三メッテの巨体を大きく吹き飛ばすことには成功した。



「キョウイハンテイ……『 B 』ニ シュウセイ、ユウセンハイジョタイショウ ニ シテイ」


 己が巨体を揺るがすほどの剛腕を発揮するサダューインを最優先で排除すべき高脅威対象と認識したのか、巨体に似付かわしくない速度で急旋回しつつ

右腕による豪快なるバックハンドブローを繰り出してきた。



「ッ! ……しまった」


 咄嗟にその場に伏せて躱そうとした矢先、軍人達との交戦中に負った右腕と肩の傷口より激しい痛痒が襲い掛かる。

 これにより、一瞬なれど痛みでサダューイン動きが精彩さを欠いてしまい回避行動が間に合わなくなってしまう。


 迫る巨腕。動かぬ身体。苦肉の策とばかりに片手斧を盾代わりとして『グロシュラス』の拳を受け停めようとした。



 ズガァァン…!


 直撃。質量の暴力によって片手斧は粉々に叩き割られてしまい、サダューインもまた後方へと激しく吹き飛ばされてしまった。

 岩肌の地面の上を何度も転がり、断崖まで後僅かといったところで、辛うじて停まる。位置が悪ければ危うく落下していたかもしれない。



「ぐぉっ! ……がっ、ぐぅぅ!」


 どうにか意識は保てているものの右腕が言うことを効いてくれない。骨が折れたのだろう。

 健在な左掌で握り締めたままとなっていた自前の魔具杖を支えにして起き上がるころには、三メッテの巨体が確実にこちらの息の根を止めようと悠然と迫ってきていた。



「サダューイン様! どうかそのまま、僅かな間だけ堪えてください!」


 叫ぶラキリエルの足元では水が渦巻いていた。先ほどの古代魔法で産み出した防壁の残滓を搔き集めているのだろう。

 意図を察したサダューインは左掌で魔具杖を振るい、先端部を変形させた触手を操って眼前の巨体を牽制。その間に詠唱句を唄う玲瓏(れいろう)なる声が戦場に響き渡った。



「楚々たる大海の赤誠。空漠の招請賜りし蒼角の龍に希う。

 虚空を伝う悔恨の祈祷が(しるべ)を成し、灰廃の燦礫を幻像せしめん……」


 詠唱句の進行にともない新たに水塊が生み出され、防壁の残滓と合わさることでラキリエルの足元で渦巻く水量が嵩ましていく。

 これまで唱えてきた魔法とは一線を画す魔力と水塊が蠢いていた――




「『――叡理の蒼角よ、(ディエス)海鳴に()煌き給え(イレ)』!」




 鍵語まで唄い終えると渦巻く水塊が二つの支流に別たれて、逆流する瀑布の如く空中へと昇る。

 其は水で象られし双龍。天高く飛翔した後に縦に一回転しながら顎門(あぎと)を開き、『グロシュラス』へ向けて凄まじい勢いで飛び込んでいった。



「……ガァァァァ!!」


 水塊で象られた双龍が『グロシュラス』へ直撃した。

 瞬間的な一撃ではなく断続的に放たれ続ける水圧には、さしもの三メッテの巨体とて成す術もなく、途方もない力で空中へと無理やり押し上げられたのだ。

 体表の結晶物は粉々に砕かれながら大地へと剥落しており、遂には双龍が本体へと到達して尚も衝撃を与え続けていく。


 しかしながら本体の装甲は幾分か(ひしゃ)げることはあっても、巨体の四肢を引き千切るまでには至らず。双龍による猛撃をも耐え切ってしまいそうであった。



「あの古代魔法にも耐え得るというのか? この魔具像(ゴリアテ)……『グロシュラス』と呼ばれていたが、規格外にもほどがある」


 射線より跳び退きつつ、眼前で繰り広げられる光景に瞠目するサダューイン。

 それもその筈で、ラキリエルの放った攻撃魔法の威力たるや軍艦の装甲や城壁すら打ち破るほどの圧縮水撃であったのだ。にも拘わらず『グロシュラス』は耐え切ろうとしている、その不条理とも呼べる硬度に心の底から唸ったのだ。


 やがて古代魔法によって生み出された水を全て放ち尽くすと、双龍を象っていた水塊は勢いを失って霧散する。

 後には空中に打ち上げられた三メッテの巨体と、帯状に伸びた水滴群が戦場に残るのみ……。



「(やはり攻めきれなかったか……いう、違うな)」


 未だ古代魔法の効力が完遂されていないことを察したサダューインの耳朶にキィーーーン! と鳴り響く不快な音が届いた。



「グギュルルルァァ?!」

「ギャイン!  ギャイン!!」

「ズィィィ……シャァァァァァ!!」


 戦闘が行われている避難所の近くに潜んでいた様々な野生動物や爬虫類の悲鳴じみた鳴き声が一斉に響き渡り、我先にと付近より離れていく気配がした。

 ヒトであるサダューインの可聴域ですら不快に感じる音が木霊したのだ。彼等(?)にとってはもはや世の終わりに等しい音だったのだろう。


 そんな周囲の変化など意に介することなく……或いは気にしている余裕のないラキリエルは両腕に纏っていた半透明状の布を前方へと突き出した。

 すると布の先端を起点として眩き蒼光が輝き始め、膨大なる魔力が充填される。次いで水塊で象った双龍だったモノが激しく蠢き、振動し、ある種の導火線の如く変貌したのだ。



「……穿ちます!」


 震える水塊の残滓、正確には水の中で振動する音響量子が熱を生み、蒼光と化した後に『グロシュラス』を目掛けて光に近い速度で急速に伸びていく。



 キュィィ……―――― …ィン!!


 尋常ならざる熱量が、『グロシュラス』の四肢と胴部へと再度狙い、着弾と同時に装甲を焦がす。

 さすらば、まるでバターが溶けるかの如く灼け爛れ、更に胴内に浸水した水塊を伝って蒼光が侵入。内側からも喰い破るべく内部機構を一挙に焼却せしめたのだ。



 サダューインは数秒の間、いったい何が起きたのか分からず立ち尽くすしかなかったが、やがて麓でラキリエルと料理を嗜んだ際の会話を思い出した。




『火ではないのですが、魔法を用いて食材を加熱しておりました』

『海底に棲む同胞達……地上の皆さんがおっしゃるところの深海龍が扱う吐息と同じ術理でして、ハルモアラァト様が仰るには海中のみずぶんし? というものを激しく揺さ振ることで熱を発生させるのだとか』



『はい、滅多に唱えることはありませんが護身用としても活用できるそうなので先代の巫女より教わっております』




「……そうか! これがあの時に話していた音子振動哮(ドラゴンブレス)を模した魔法なのか」


 最初に放った水塊の双龍は、陸地で効果的に音子振動を発生させるための導火線の代わりといったところだろう。

 勿論、水撃自体の破壊力だけでも目を見張るものがある。現代の魔法や魔術の基準で査定したとしても、高位の攻撃魔法ないしは魔術に比肩し得る。



「(最初の水撃を躱すなり防ぐなりすれば動きを制限される)

 (しかし対処を怠れば甚大な被害を被る……そこに真打となる音子振動哮(ドラゴンブレス)が到来する二段構えの術式か、凄まじいものだな)」


 そうして蒼光の輝きが収まるころには、あれ程の硬度を誇っていた『グロシュラス』は四肢を捥がれ、胴部を貫かれ、見るも無残な屑鉄へと変貌していた。


・第13話の6節目を読んでくださり、ありがとうございます!

・ラキリエルの唱えた攻撃魔法は、平たく言えばハイドロポンプ×2からのフォノンメーザー砲みたいなものだと捉えていただければ幸いです。

 最初の水撃だけでも相当の威力なのですが、そこへ更にダメ押しの音子振動が加わる感じになります。

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