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012話『蒼穹の真下にて』(5)

※(2026.9.5) 本文の大幅な改稿を行いました。

※グラント=キログラム、グントー=グラム


 手頃な岩の上に布を敷き、二人で作った料理を盛った皿を並べていく。

 木製の平皿と深皿を二つずつ、計四つ。そして木杯も二つ配置した。


 更に村で購入しておいた薄焼きのライ麦パンを追加してやれば、青空の下での食事としては中々のものである。




「野外なので凝った仕上がりではないが、これはこれで風情があって良いな」


 木杯には小川の水を沸騰させた湯が注がれていた。

 水筒には飲料用の水がまだ残っていたのだが、これから山道を登っていくことになるので、なるべく現地で汲んだ水を利用した方が良い。




「むー、そうですねぇ」



「ははっ……本当にすまなかった」


 調理中にからかわれたことを少し根に持っているのか、拗ねたような返事を返すラキリエル。まるで十代前半の少女のような反応だ。



「君の手際の良さに嬉しくなってしまってつい、ね。

 先刻も言ったが、誰かと共に料理をすることなど久しぶりだったんだ」


 苦笑しながら木製のナイフ、フォーク、スプーンなどを取り出していた。

 年季を感じさせる代物で、エデルギウス家とは異なる家紋が刻まれている。

 一方のラキリエルの側には、グレキ村の食堂で融通してもらったカトラリー一式を並べて食事の支度を整えた。



「……いえ、別に嫌なわけではなかったんですけど?

 ちょっと、びっくりしちゃっただけです」


 熱を払うように、軽く頭を左右に振って気持ちを刷新する。

 そしてラキリエルは眼前に並べられた食器類を見渡して、興味を覚えた。



「サダューイン様の、その食事用のフォークやスプーン。それにお皿なども。

 かなり使い込まれておられるみたいですね」



「ああ、これは母上の実家……フィグリス家から譲り受けたものでね。

 それなりの年代物だが、軽くて頑丈なので愛用している。

 千年樫を削り出して造られた、"妖精の氏族"の工芸品でもあるんだよ」



「"妖精の氏族"……『森の民』の、メルテリア地方を治めておられる方々ですね」



「その通り、以前に教えたことを覚えていてくれて嬉しいよ」


 サダューインの父親であるベルナルドは、グラニアム地方出身の純人種。

 母親のダュアンジーヌはエルフ種の古い王族の血筋。所謂、ハイエルフだ。



「(今までなんとなく聞かされておりましたけど)

 (大領主様とサダューイン様は、『人の民』と『森の民』の双方の血を継ぐ)

 (ハーフエルフ……なのですね)」


 目に見える範囲でのサダューインの身体的特徴は純人種にしか見えない。

 きっと父親の血の方が色濃く表れているのだろう、と今更ながらラキリエルは察した。




「まあ、俺の家柄や食器の話はこのくらいにしておこう。

 それよりも冷めないうちに料理を食べてしまおうか」


「はい!」


 改めて野外で広げられた食卓に目を落とした。


 鳥肉の香草パン粉焼き。イェルフィンバとグラネスラのスープ。

 ライ麦パンと湯冷まし。そして余った実を食後の口直し用に添えている。


 ナグルラゴプスはやや癖のある臭いなのだが、炙ったディレクトオーバによって適度に中和されており、純粋な肉の香ばしさが引き出されていた。


 尚、余った部位や葉屑などは、黒馬の餌として与えていた。

 長距離を旅するために馬用の枯草も携行しているが節約できるのなら、それに越したことはない。




「海神龍様の思し召しと、我らの糧となる生命達に心より感謝いたします。

 どうか蒼角の果てで新たに常世へと巡り、還らんことを……」


 合掌しながら目を瞑り、食材となった野鳥や野草、岩塩など自然の恵みに感謝の祈りを捧げる。



「(グレキ村でも目にしたが、彼女の祈り方はやはり根本から異なる……だが)

 (地上に住む者達が、"(トーラー)"が司る魂の循環を称えているのに対して)

 (海底都市の民はハルモアラァトがその役目を担っていると考えているのか)」


 多くの者達は、大陸の管轄者である"(トーラー)"を信奉する『コーデリオ教団』の教えを元にした価値観と常識を、生活の一部として取り入れている。

 それは教団の影響力が皆無に等しいラナリア皇国の民ですら例外ではなかった。



「(神々が駆逐された常世の常識と、海神龍を奉じる海底都市の常識……)

 (魂が循環して巡っていくという点では共通している、これは偶然か?)」


 ラキリエルが祈り終えるまでの間、そのような考察を巡らせていた。

 同時に、それはサダューインが祈らない者であるという証左。



 彼は魂が循環するという常識を、信じてはいないのだ。






「お待たせいたしました。

 それでは、お相伴にあずからせていただきます!」



「とんでもない、君も採取から調理まで協力してくれたんだ。

 相伴などと言わず、堂々と味わってほしい」


 そうして二人は、自らが手掛けた料理に手を付け始めた。



「このお肉……思っていたよりも食べやすいですね。

 あっさりとしていますが、食べ応えもあります!」



「ふふっ、ナグルラゴプスは脂身の少ない淡泊な肉質だからね。

 パン粉をまぶしてラプス油で焼いたことで、上手く食感を補えたようだ」


 針葉樹の芽を好む鳥種であるため、肉質は硬く、松ヤニのような臭いを発するので癖があるのだが、そこは香草で十分に補えている。



「スープ用に作ったイェルフィンバのペーストの余りを付けてみるといい。

 また違った味わいになる筈だよ」



「あっ、本当ですね! 酸味が加わって、後味が軽くなった気がします」


 付け合わせの実と併せて、肉を食べているというのに全く胃が重くならない。

 ラキリエルは、油断すると思わず幾らでも食べてしまいそうになるくらい、匙が進んだ。




「こちらのスープも、ほどほどの脂と酸味が合わさって丁度いいですね。

 それにグラネスラの茎も外側はトロトロなのに……中心はしゃっきりしていて、

 とても不思議な感じがします」



「ふむ、全体的にイェルフィンバの味と酸味の主張が強くなってしまったが

 たしかにグラネスラは良いアクセントになってくれているな」


 ラキリエルの言うように茎の外側はとろみがあり、単調になりがちだったスープそのものを僅かに変えてくれている。


 上記の料理を口にしつつ、合間に少しだけ炙ったライ麦パンを挟むことで、二人はあっという間に完食してしまった。




「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」



「それは良かった。

 野外でも、こうしてゆっくりと食事を摂るのも悪くないな」


 木杯に注いだ湯冷ましを最後に飲み干しながら、満足そうに頷いた。


 街中ならまだしも、サダューインにとって野外での食事は栄養補給に過ぎない。

 それなりに調理には拘るが口に入れる段階では、普段は淡々と済ませていた。




「しかし……まだまだ食べ足りない。

 これなら、もう二、三羽くらい捕っておけば良かったかもしれないな」



「えっ、けっこうな量でしたけど!?」


 ナグルラゴプスの可食部は、凡そ三百グントー。

 二人で分けたとしてもパン粉焼きで嵩を増し、スープやライ麦パンが加わるのだから一飯分として申し分ない量の筈だ。



「恥ずかしながら昔から燃費の悪い身体なのでね。

 その気になれば、あと五羽くらいは余裕で腹に入ると思うよ」



「そんなに……」


 言われてからラキリエルは思い出した。

 グレキ村の食堂で、彼は涼しい顔で何皿かおかわりをしていたことを。


 そしてサダューインの身体は、一見すると細身だが相当の膂力を秘めている。


 なにせ、あのグレイウルフを一撃で粉砕してしまえる程なのだ。

 肉体を維持するために必要な栄養価や食事量は、常人とは桁外れに違いない。




「それと欲を言えば鳥肉を焼く際には、やはり香辛料がほしかったな。

 そうすれば更なる味わいへと至れるのだが、旅先では贅沢な悩みというやつか」



「これ以上、おいしくなるというのですか?

 その香辛料というのは、いったいどのような代物なのでしょう」



「そうか、君が過ごしてきた海底では縁がなかったのだな。

 だったらヴィートボルグの城館に着いたら味わってみるといい。

 恐らく、歓待のための晩餐会が開かれると思う」



「まあ……! それは楽しみです」



「エーデルダリアほどではないが、ヴィートボルグにも多くの品が流通している。

 今まで知らなかったものを探したり、学ぶ分には良い都市だよ」


 現在はザンディナム銀鉱山の宿場街に向かうという寄り道をしている最中だが、本来の目的地は城塞都市ヴィートボルグである。

 そして当面の間、ラキリエルが生活を送ることになる場所なのだ。



「ヴィートボルグ……きっと素敵な場所なのですね……」



「ああ、それは保証するよ。このグレミィル半島の中枢、首府というやつだ。

 俺や姉上の本拠地にして、母上が築き上げた尊重すべき境界線……」


 現在地より北西の方角……つまりヴィートボルグが存在する丘陵地帯の方を振り向きながら、サダューインは遠い目をしながら静かに語るのだった。






 その後、二人は食器類を一固めにして、小川で軽く水洗いを行った。



「必要以上に川を汚してはいけない。

 鍋から先に洗ってから水を張り、これを水盤の代わりにしよう」


「わかりました」


 旅先では、水洗いと布で汚れを拭き取るのが精々といったところだ。

 本格的な洗浄や手入れは、立ち寄った町や旅籠屋(はたごや)で台所を借りるしかない。




「まあ、姉上だったら浄化に特化した風魔法で簡単にやってのけるのだがな」


 食器を洗う最中に、自嘲気味にサダューインが何気なく(うそぶ)いた。



「……それは凄いことだと思いますけど。

 サダューイン様だって、こうしてきちんと必要なことをやっておられます」



「ふっ、そう言ってくれるなら少しだけ救われるかな」


 入念に布で皿を拭き取りつつ、サダューインは何やら考え事をし始めた。



「…………」


「サダューイン様?」




「……ああ、いや。

 君にならば、もう話してしまって良いかと考えていてね」


 彼にしては淀んだ口調。何かを決めかねているかのような素振りであった。



「それは……もしかして、街道でおっしゃっていたことですか?」



「その通りだ。あの時は「いずれ必ず話す」などとは口にしたが、

 何だか勿体ぶるものでもないような気がしてきてね……ははっ」


 少し自嘲気味に微笑みながら、ラキリエルの瞳を見詰めてきた。


 今までのサダューインとは異なり、その眼差しはどこか純粋なものであるような雰囲気を醸し出している。少なくとも彼女をからかうような気はなさそうだ。




「サダューイン様がよろしいのでしたら、謹んでお聞きします」



「ありがとう。じゃあ、これも君の知識の一つとして覚えてくれたら嬉しい」


 それは彼が、ラキリエルに対して心を開き始めた証だった。

 懸命に新しい物事を覚えようとする姿勢。言葉、土地、食材、調理法など……サダューインが発した知識を真摯に受け止めようとしてみせた、その人柄。


 だからこそ、ここで明かしても良いと考えを改めるに至ったのだ。






「この食器のことを話していた時に少し触れたと思うが

 俺の母方の家系は、"妖精の氏族"出身のハイエルフでね……」



「はい、覚えております」


 今、正にその食器類を水洗いしながら、サダューインは静かに語り始めた。




「我が母、ダュアンジーヌはハイエルフの中でも特に優れた魔力と知識を誇り、

 "魔導師(トライン)"の称号を与えられていたんだ」



「……すみません、"魔導師(トライン)"とは?」



魔法(スペリオル)魔術(スペルアーツ)錬金術(キュメイア)の全てを極めて高い水準で修めた上で、

 救国に値する偉業を成し遂げたとされる者のことだよ。

 大陸の管轄者である"(トーラー)"が、直々に選定するんだ」



「それでは……条件を満たすのはかなり難しそうですね」



「ああ、このラナリキリュート大陸には五人。

 いや、母上を欠いたので現在は四人しか存在しない筈だ」



「……!」



「"魔導師(トライン)"の存在は、保有する国の価値そのものを左右する。

 つまり政治的価値や影響力が非常に高い称号なんだ。

 だが、そのことは一旦置いておこう」


 汚れを落とした木皿を持ち上げて、布で水気を拭っていく。

 そこには蔓で編まれた王冠をモチーフとした紋章が刻まれている。




「だが母上は自身が"魔導師(トライン)"であることに驕ることはなかった。

 むしろグレミィル半島の安寧のために己の存在を捧げ続けたんだ」


 豊富な知識は氏族だけでなく、時として旧イングレス王国の要人にも頼られた。

 ラナリア皇国に併呑されてからは、皇王府から書簡が届くこともしばしば……。


 治世の相談、呪具の処理、怒れる精霊との交渉、魔術の指南、農作物の改良。

 様々な分野で貢献し、しかし本人は決して表舞台に立つことはない。


 英雄ベルナルドとの婚姻も、二つの民の諍いを鎮めるための遠大なる計略。

 勿論、これはベルナルドとの合意の上で成したことなのだが……。




「母上の目的と理念は明確だ。それは争いのない領土を築き上げること。

 このグレミィル半島で暮らす、全ての民達が不自由なく暮らしていけるように。

 その為に、自身の能力や称号など、使えるものは惜しみなく使い潰していた」



「そ、それは……サダューイン様の理念と同じ?」



「ああ、その通りだ。

 言ってしまえば俺は、志半ばで潰えた母上の理念を継いだ形となる。

 だからこそ……"魔導師(トライン)"になる必要があったんだ」


 しかし現実は、その過程の一つである魔術すら満足に扱うことが出来ない。

 どれほど知識を蓄えても、母のように陰ながらグレミィル半島のために尽くそうとしても、サダューインが望む偶像を象ることは不可能なのだ。



「ですが理念を遂げるのであれば、今のままでも十分ではないでしょうか。

 サダューイン様は、既に立派に領民の方々のことを想って行動されています!」



「……想いだけでは足りないものもある」



「それなら! お母上とは違う方法や、違う路を歩めばよろしいでしょう!」



「ふっ、君の言う通りだな。

 足りないのなら、己にその資格がないのなら、別の手段を模索する。

 正に今の俺は、それを求めて足掻いている最中なのかもしれない……」


 吹き終わった食器類を岩の上に整列させて、天日干しにする。

 今日は陽射しが強いので、半刻も経てば乾いてくれることだろう。




「ありがとう、ラキリエル。

 話を聞いてくれただけでなく、真剣に訴えてくれて。

 それだけでも、君に話して良かったと感じているよ」



「サダューイン様……」



「ザンディナムの件が片付いたら、一日でも早くヴィートボルグを目指そう。

 あの都市こそ"魔導師(トライン)"ダュアンジーヌの理念が形となった誇るべき場所。

 これからの君の人生にとって、きっと安息の地となっていく筈さ」



「(サダューイン様は、とてもお母上のことを尊敬なさっているのですね)

 (ですが、お話を聞いている限りですと……これではまるで……)」


 畏敬というよりは、崇拝に近い。


 そうラキリエルは感じ取ったのだが、この場で指摘することは避けた。

 安易に踏み込み過ぎてはならないと漠然と察したからだ。




「さあ、後片付けも終わったし少しだけ休憩しようか。

 馬での移動とはいえ、食べたばかりで山道を登るのは辛いだろうからね」



「はい……」



「改めて、感謝するよ。君との食事は本当に楽しい。

 ヴィートボルグに着いた後も、良ければ共に食卓を囲みたいな」



「わたくしもです。是非、その時はご一緒させてください」



「ああ、約束するよ」


 そうして最後は互いに笑顔を浮かべ合って昼食を終えた。

 ラキリエルとしては少し引っかかる部分もあったが、それでもサダューインという男と関わり続けていくことに不安は感じない。


 それどころか、ますます彼のことを知りたいという思いが強くなっていく。



「(今は、サダューイン様の全てを理解することは出来ないかもしれませんが)

 (いつか、きっと彼が裡に抱えていらっしゃるものを受け容れたい……)」


 夏前の青空が照らしつける陽光を浴びながら、彼女は静かに決意した。


 それから昼下がりの心地よい眠気が押し寄せ、微睡の中に意識が沈み始める。

 海峡より漂う懐かしき潮の香と、漣の音に包まれるように――






【Result】

挿絵(By みてみん)


・第12話の5節目を読んでくださり、ありがとうございました。

 箸休めはこれにて一旦終了し、次話では少々ハードな展開になっていくと思います。

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― 新着の感想 ―
料理メインの話なのに主人公の実家の説明や目的にまで繋げていく一連の流れが綺麗でした ヒロインの子とのフラグも順調に進んでいていいですね
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