012話『蒼穹の真下にて』(4)
※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。
「とても鮮やかです……。
貴族の方々は、自ら料理する機会はほとんどないと聞いておりましたのに」
どんどん仕上がりつつある料理を眺めながら、ラキリエルは目を輝かせた。
「いやいや、普段から家庭を守る世の母親方には遠く及ばない。
俺の場合は、単独で領内の僻地を渡り歩くことが多かったからね。
野営を行う機会が多かったのと、動植物を調べているうちに自然と身に付いた」
新たに木製の杓子を用意して、着々と調理を進めていく。
「(たくさんの知識を得ていく間に鍛え上げられたのですね)」
「君の言う通り、普通の貴族なら随伴する従者や家臣に任せるのが一般的だ。
もしくは携行食などで凌ぐのだろう」
貴族の間では、料理は下賤な者達が請け負う仕事と考えている者が大半だ。
為政者としての面子を保ち、庶民との境界線を誇示するためでもある。
「サダューイン様は普段から、お一人で行動されておられるのですか?」
大領主の弟が単独で亡命者を救助し、本拠地へ連れていくという状況だ。
普通に考えれば、極めて奇妙で、危険な行いと咎められてもおかしくはない。
決して従者を雇えないほど、困窮しているわけでもないだろう。
「……直属の部下達と行動することなら、稀にある。
しかし今は皆、別件の任務で出払っているので今回は俺一人で動いていた。
まあ、総合的に見れば一人で活動することの方が多いかな?」
いずれにせよ、彼が従者を連れることはないようだ。
「役職上、なるべく目立たないようにしたいんだ。
それに誰かの人生を縛るのは、俺が掲げる理念とは程遠い。
まあ、姉上のおかげで好き勝手にやらせて貰えているという面もあるがね」
火加減を見極めながら杓子で鳥肉を裏返し、再び岩塩を振りかける。
姉上、つまりノイシュリーベのことを話題に挙げた瞬間だけ、話し声が硬くなったことをラキリエルは聞き逃さなかった。
「……サダューイン様の理念とは、どういったものなのですか?」
「決して目立つことなく、このグレミィル半島のために尽くすことだ。
人知れず領民を守り、彼等が不自由なく暮らしていける土地にする。
生まれの差や、身分で人生を決められることなく生きてほしいからね」
「そのためにサダューイン様は、お一人で歩まれておられると?」
「まあ、時には部下達に助けてもらうこともあるがね。
だが立場が許す限りは、こうして自分の腕と脚で行動したいのさ。
そして自分の目で現実を視る。そうでなければ、誰も救えやしない」
「すごく立派なお考えだとは思います! けど、どうしてそこまで……」
サダューインの信念は揺るぎないものであるようだ。
だからこそ彼がここまで己の生き方を定めた、その根源が気になった。
「……それも、いつか必ず君に話すよ」
鳥肉の焦げ目を見極めて、適度に時間を置いて杓子でひっくり返す。
視線は鍋に落としたまま、吟味しながらラキリエルの問いに返事をした。
「(もしや、サダューイン様が目指しておられるものと関係が……?)」
ナグス小山脈に立ち寄る少し前、ノールエペ街道で魔物の群れを撃破した際に聞かされた、魔術師の更に上の存在のことを思い出す。
とはいえ折を見て話すというのであれば、今この場で無理に追及することもないだろう。ラキリエルはそう弁えた。
「そんなわけで、こうして誰かと話しながら食材を採ったり、
料理を作るというのは新鮮に感じているよ。
君のように物覚えの良い娘となら、特に楽しい」
「はい、わたくしも様々なものを教えていただいて嬉しく思っております」
「ふふっ、そろそろ良い具合だな。木皿に移してもらえるかな?」
「こ、こう……ですか?」
木製の杓子を渡される。どうにか鍋の端を利用して、鳥肉を一つずつ掬い上げるようにして木皿に移していった。
「ありがとう。次は鍋に残った鳥の油でグラネスラの茎を軽く炒めてみてほしい。
適度に杓子で転がすようにして火を通すんだ」
「はい!」
言われた通りに茎を投入し、杓子を操り焼け焦げないよう慎重に様子を窺う。
その間にサダューインは、木皿に移された鳥肉に炙ったディレクトオーバの葉を添えていった。
「そろそろ良い具合だな、それも木皿に移してほしい」
ラキリエルがやや苦労しながら茎を掬い上げて鳥肉の隣に移し終えると、次は葉の部分と赤橙のペーストを鍋に入れ、更に水を加えていく。
すると肉の油を木の実の酸味が程よく中和していき、柔らかく食欲をそそる香りへと変貌させていった。簡単な即席スープの完成だ。
「あとはゆっくりと様子を見て掻き混ぜていくんだ。
そうそう、塊が残らないようにね……うん、上手だよ」
赤橙のペーストを解すように、溶け込ませるように。
丁重に杓子を操るラキリエルの隣で優しく微笑みながら指示を出す。
「見た目に反してペースト状のイェルフィンバはかなりの弾力と粘り気がある。
水を加えただけでは簡単に薄まることはない」
「はい!」
溶け具合を確認するためにサダューインが少し身を屈めると、丁度ラキリエルと顔の高さが同じになった。発した言葉と吐息が、彼女の髪を微かに揺らしていく。
やがて赤橙から薄く淡い橙色の液体へと変貌していき、その中を緑色の葉が泳ぐような光景が鍋の中で描かれていた。
しかしラキリエルの心境は、それどころではなくなっていた。
「あの、えっと……そんなに近付かれると……困ってしまうのですが……」
イェルフィンバの実よりも朱く頬と耳を染め上げながら、ラキリエルはしどろもどろになりながら必死に抗議の言葉を紡いだ。
「おっと、初めてにしては、卒がないなと感心してしまったものでね。
……つい見惚れてしまった、君の掌に」
この場合の見惚れてしまったとは、瞠目していたという意味でしかないのだが、敢えて含ませるような言い回しをしてからかってみた。
ますますラキリエルの頬が朱色に染まる。
「その調子で葉が、芯より柔らかくなるまで煮ていこう。
そうすれば多少の棘が残っていたとしても気にならなくなる筈さ」
「……!!」
杓子を操るラキリエルの掌に自らの掌を……といっても漆黒の手袋越しではあるが、互いの掌を重ねて軽く握り、鍋を掻き混ぜるのを手伝った。
男性の大きな掌に急に握られて、ラキリエルは今度こそ言葉を失ってしまう。
「(このヒト、もしかしてわざとやっておられるのでしょうか?!)」
ラキリエルは、物心ついたころより海底都市の巫女として過ごしてきた。
限られた区画内で、顔を合わせる者も毎日同じ。だからこそ、こういった異性から受ける刺激には全く免疫がないのだ。
「うぅ……」
すっかり黙り込んでしまったラキリエルを余所に、スープは着々と完成に近付いていく。程々にとろみのついた液体は、あたかも餡掛け汁のような仕上がりだ。
「これで完成だ、手伝ってくれてありがとう。君の方こそ手際が良い。
この分だと俺が知っている料理くらいなら、すぐに全て覚えられるだろう」
駄目押しとばかりに、間近で爽やかな笑顔を浮かべてみせた。
サダューインとしては、素直な反応を見せるラキリエルのことが少し面白くなっているのかもしれない。
「~~~~!!」
「ふふっ、後は俺がやっておくよ」
ラキリエルを労う素振りで杓子を取り、木製の深皿に二人分のスープを注いだ。
・第12話の4節目を読んでいただき、ありがとうございました。
・わたしたちは、いったい、なにみせられているんだ!?
……すみません、次節はちょっと大事な回になりますので、このまま読み進めていただければ幸いです。




