012話『蒼穹の真下にて』(3)
※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。
採取を始めて四半刻ほどが経ち、それなりの量を搔き集めることが出来た。
最初は慣れない作業の一つ一つに慎重さを滲ませながら取り組んでいたラキリエルであったが、徐々に動きが軽快になっていく。
「(実践してから要領を掴むまでがとても早く、丁寧さも損なわれない)
(故郷を喪った悲しみを乗り越えたいという想いが寄与しているのだろう)」
改めてサダューインは、ラキリエルの学習意欲と集中力の高さに瞠目した。
あまりにも飲み込みが早かったので途中から採取を彼女に任せて、なにやら岩場の傍で別の作業を行っていた。
「これは凄いな、幹を傷付けることなく実をこうも綺麗に摘むとは。
グラネスラの可食部の見極めも申し分ない。
慣れている者でも、棘を恐れて茎を残したまま葉を落としてしまうというのに」
折り畳み式の小型の木籠いっぱいに詰め込まれた赤橙の小さな実と、葉と茎部を切り分けられた野草。
そして僅かに採取できた扇状の野草の束を目にして、称賛の言葉を送った。
三種ともに清流で水洗いを済ませており、特にグラネスラは表面の目立つ棘を入念に洗い落としていた。
「(ラキリエルは、巫女としての使命を帯びた日々の中で)
(決められたことを、確実に熟す生活を強いられていたのだろう)
(だからこその手際の良さ……といったところかな)」
「ありがとうございます!
サダューイン様に丁寧にご指導していただいたからですよ」
「いや謙遜することはない。これほど器用に熟せるのなら、
俺の工房で魔具造りの手伝いをしてほしいくらいだよ」
「サダューイン様の工房ですか。是非とも拝見したいです」
「ならヴィートボルグの城館区内に着いたら最初に案内しよう。
……さて、そろそろ調理を始めていこうかな」
「よろしくお願いします!」
短剣でグラネスラの茎を一口大の大きさに切って一旦隅に置いておく。
そして周辺で拾い集めておいた枯れ枝を竈の中で組み、燧石で着火。
何度か息を吹きかけて火種が安定してきたのを確認した後に、水を入れた鉄製の鍋を竈の上に置いた。
沸騰するまでの間にディレクトオーバの葉を火で炙っておく。僅かな刺激を感じさせる爽快な匂いが漂い始めた。
「魔法の心得のある君ならば、火精と交信すれば簡単に着火できるのだろう。
時間ばかり掛けてしまって済まないね」
「いいえ! むしろ大いに勉強になります。
海底都市では火を使って料理を行うことはありませんでしたので……」
「そう言ってくれると助かるな。
だが火を使わないのなら、君の故郷ではどのような調理をしていたんだ?」
海藻類と魔物の肉が主食であるという話であったが、生食では味気ない食文化になりそうである。
しかし旅籠屋やグレキ村で食事を共にした限りでは、ラキリエルは加熱した料理に対して特に驚くことなく口に入れていた。
「火ではないのですが、魔法を用いて食材を加熱していました。
海底に棲む同胞達……地上の皆さんがおっしゃるところの深海龍に学びまして、
彼等の吐息と同じ術理になりますね」
「ほう、それは興味深い」
「ハルモアラァト様がおっしゃるには海中で……みずぶんし? というものを
激しく揺さ振ることで、熱を発生させるのだとか」
「……成程、深海に棲まう龍達の音子振動哮か!
それを極小規模に落とし込めば、たしかに海中で肉を焼くことも出来そうだ」
「た、たぶん……そのような感じだと思います!」
持ち前の豊富な知識で、彼女が言わんとしていたことを察するサダューイン。
それに比べてラキリエルは、いまいち判然としていない。それが普通なのだ。
竜種の中には顎門から強力な純魔力哮を放出する種族が存在するのだが、棲息する地域によっては、その性質を大きく違えている。
キーリメルベス大山脈などに棲息するエアドラゴンなら荷電粒子哮。
アルドナ内海の深海龍ならば音子振動哮……といった具合だ。
「では君も、その手の魔法を習得しているということかな?」
「はい、護身用として活用できるそうなので先代の巫女より教わっております。
ただ……あの日の夜のように大勢に取り囲まれた状況や、
素早く動き回る魔物が相手では、詠唱している暇はありませんでした」
「……そうか、あの悪漢達はいずれも手練れだった上に迅速だった。
真っ先に従者殿が襲われて、君一人となってしまったからには無理のない話だ」
エペ街道に陣取っていた『ベルガンクス』の面々は、サダューインの実力を以てしても単身では迂闊に手が出せない強者揃い。
『翠聖騎士団』の奇襲で乱戦になるまで、救出できなかったほどだ。
ラキリエルが魔法で反撃を試みることができなかったのも、至極当然である。
「グレイウルフの時も下手に刺激をすると君が狙われていたし、善い判断だよ。
話が逸れてしまったな……調理の続きをしていこうか」
丁度、鍋に張った水が沸騰し始めていた。
サダューインの指示で沸かした湯を水筒に移した後、ラキリエルは摘み取ったイェルフィンバの実の七割近くを小鉢で摺り潰し、ペースト状にしていった。
そして鳥肉を食べやすい大きさに切り分けていると、サダューインが拳ほどの大きさで半透明な橙色の石を砕き始める。
「あっ、それはたしか……先ほどイェルフィンバを採っていた時に
岩の塊から削り出していたものですよね?」
「よく見ているじゃないか。この辺りでたまに採れる岩塩だよ。
手持ちの塩の小瓶はあるが、街に着くまでは温存しておきたいからね」
ナグファルルス海峡と隣接するザントル山道では、長い年月をかけて流れ込んだ海水によって形成された岩塩が随所に眠っている。
その特徴としては、通常のものより橙の色味が入っており、ザント岩塩と呼ばれることもあるが、安定した採取は難しいので流通はしていない。
現地を訪れる旅人や冒険者達が、手持ちの塩を温存するために採取することがあるくらいだ……というサダューインの説明が入った。
「勉強になります。この辺りは海の香りが漂っていますものね」
「ああ、少し東に歩いた先に海峡が拡がっているからその影響だろう。
天気の良い日なら、対岸の南イングレスの陸地が視えることもある。
食事の休憩も兼ねて立ち寄ってみようか」
「それは楽しみですね!
やっぱり海を感じられる場所は落ち着きます」
談笑を交えながら砕いた岩塩を少しずつ削り、鳥肉に振りかけていく。
本当はスパイスもほしいところだが、生憎と手持ちがなかった。
下処理を済ませたところで、鍋の中に切り分けた鳥肉を並べていく。
次に携行食として持参していた硬く焼かれたライ麦パンを一切れだけ手で千切って荒く砕き、鳥肉にまぶした後にラプス油を少量垂らしてから、再び火を点けた。
「(本当に手馴れておられますね)
(きっと普段から、こうして行く先々で調理をされてきたのでしょう)」
相変わらずサダューインの動きには一切の淀みがない。油断していると見逃しそうになってしまうため、ラキリエルは懸命に見守り続けた。
じゅわっと、油が弾ける小気味よい音が鳴り響く。
鳥肉が焼ける香ばしい匂いと煙が漂うと、一気に空腹感が増していった。
・第12話の3節目を読んでくださり、ありがとうございます!
本文中にありましたドラゴンブレスに関しましては、深海龍以外にも飛空竜や火竜などといった種別の違いでブレスの性質が大きく異なってきます。
おそらく第2章以降で詳しく綴らせていただく機会が出てきます!




