012話『蒼穹の真下にて』(2)
※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。
※今話では鳥肉を解体するシーンを軽く描いています。
苦手な御方は次話まで進んでいただければ幸いでございます。
「僅かでも目を背けたくなったら、決して無理はしないことだ」
平たい岩の上に野鳥を寝かせながら、腰に下げた雑嚢袋より使い込まれた縄と調理用の短剣などを取り出す。
ラキリエルが見たことのあるエデルギウス家の紋章入りの短剣とは別物だった。
「(あの袋や鞄の中には、どれだけの物が入っているのでしょう)」
サダューインは、腰に三本のベルトを帯びている。
一つ目は、試験管や提燈などの小物を納めるホルダーが連なるベルト。
二つ目は、愛用の杖などの大きな武器を保持するためのベルト。
そして三つ目は、雑嚢袋や革鞄といった収納物を吊り下げるためのベルトである。
特にこの中の雑嚢の容量は凄まじく、実に様々な物が納められている。
いったい、どれほどの重量になるのかと、ラキリエルは大いに気になった。
そんなラキリエルの視線を余所に、サダューインは慣れた手付きで野鳥の両足を縛り上げていく。
そして野鳥の首筋に刃を入れて、ダンッ! と一挙に首を斬り落とした。
「……っ!」
思わず目を瞑るラキリエル。新鮮な血の匂いが辺りに漂い始めた。
サダューインは直ぐに縄の端を掴んで野鳥だった肉塊を持ち上げ、切り口を真下へと傾ける。
すると垂直に吊るされた肉塊より、小さな滝の如く鮮血が滴り落ちた。
「(高度な治癒魔法の遣い手で、怪我をした同胞達の血を見てきていると思うが)
(このような、あからさまに首を落とされた生き物を見るのは初めてなのか)」
全身を震わせながらもラキリエルが瞼を開くころには、血抜きがあらかた完了しており、再び肉塊が岩の上へと横たわっていた。
「すみません……学びたいと申した端から……」
「皆、最初はそんなものだ。
徐々に慣れていけばいいし、無理だと思うなら他の者を頼っていけばいい。
こういったことは、向き不向きがあるからね」
「はい……」
「それよりも血抜きの後は羽毛を毟らないといけない。一緒にやろう」
手本とばかりに肉塊に生え揃った羽を一枚掴み、すっと引き抜いてみせた。
「こんな感じで一枚ずつ抜いていく。地味で根気のいる作業だよ。
世の料理人や猟師達が、如何に素晴らしい存在であるか思い知らされる工程だ」
「が、がんばります!」
教えられた通り、ラキリエルも羽を掴んで引き抜く。最初はぎこちない手付きであったが十枚ほども毟るころには要領を掴んだようだ。
それ以降は黙々と、単調で根気のいる作業に没頭していく。
ナグルラゴプスは野鳥の中では、そこそこの大きさの種類である。
小振りの個体とはいえ、羽毛の数は相応に多い。
しかしラキリエルが作業中に音を上げるようなことは一切なかった。
「(一度、なにかに集中し出すと、延々と没頭していられる手合いか)」
途中からサダューインは手を止めて、ラキリエルの様子を観察していた。
拙い取り除き方をしていないかどうかを確認していたのだが、いつの間にか彼女がどういった人物であるかに着目していたのだ。
完全に羽毛を取り除き終えたころに、ようやく彼女はサダューインの視線に気付いたが、特に気にする様子もなく「終わりました!」と元気よく伝えてきた。
「ありがとう。初めてでここまで出来るのなら大したものだ。
大雑把な者がやると羽の芯が残っていたりするからね」
軽く肉塊を撫でながら、満足そうに頷く。
既に、精肉屋で保管されているような鳥肉の形状に近付いていた。
「次は解体だが、今回は一連の流れを見ていてくれれば良い。
どのような工程なのかだけ、理解できれば十分だ」
両掌で肉塊の腿と手羽の付け根を揉み、硬直を解す。
そうしてから短剣で油つぼを切除。裏返して背に刃を入れて、臀部から首筋にかけて一文字に切れ込みを入れる。
続けて両腿の付け根にも刃を入れて切断。
首筋に刃を入れて首皮を外し、胴骨の合間に刃を入れて筋を切り、肩甲骨に刃を入れて手羽まで外してみせた。
「……? ……??」
サダューインの持つ短剣の動きには一切の淀みがなく、流れるように解体作業が進行していく。本職の料理人も顔負けなほど手馴れているようだ。
更に手羽先の関節を外し、脛骨も外し、表面に残った筋や軟骨も取り除く。
ここまで来ると、すっかり店に並ぶ食肉の姿へと変貌していた。
「とまあ、こんな感じの作業になるかな」
「早すぎです! 目で追うのがやっとでした」
「おっと……それは失礼した。
普段は、時間を意識して素材の解体をしていたからかな?
ゆっくりやると、かえって手元が狂いそうになってしまうんだ」
「そういうものですか」
「一人で行動していると、どうしても効率を求めてしまう。
さて、ラキリエル。後の細かい処理や片付けをやっておくから
この解体した肉塊を、そこの小川で軽く洗ってきてくれないか?」
「かしこまりました。それなら今のわたくしでもできる筈です!」
任せられたのが嬉しいのか、両掌で持てるだけの肉塊を抱え込んで潺の音のする方角へと歩いて行った。
その間にサダューインは残った内臓の処理を進めていく。
視覚的な刺激が強いので、今のラキリエルには見せられないという配慮から遠ざけたのだが、他にも気掛かりな点があったのだ。
淡々と胴部の食道や各器官を取り除き、臓腑を検めた。
「……ふむ、銀鉱山の頂から逃れてきたのなら
『負界』の影響を受けているかもしれないと危惧していたが、杞憂だったか」
体表の色は異常がなく、内臓もまた『負界』の特徴である紫紺色に爛れている形跡は見当たらない。
「ついでに『灰礬呪』の影響も見当たらない。
これなら口に入れても問題はなさそう……か」
万が一の可能性を徹底的に潰していき、食材たり得ると判断を下した。
様々な知識と情報を網羅しているサダューインだからこそ、一つ一つの要因を警戒する癖が身に付いているのだ。
「ともあれ、普通に処理してしまって大丈夫そうだ」
続けて近くの土を掘り、取り出した内臓を浅く埋める。
後はこの地に棲息する生き物達が掘り返して糧とするだろう。羽毛と骨は魔具の素材に転用できるので、雑嚢袋から取り出した麻袋に仕舞っておいた。
「お待たせいたしました! 水洗いを済ませてきましたよ」
「ありがとう、こちらも後処理は済んだよ。
鳥肉だけでは少し寂しいから、次は木の実と野草を採りにいこうか」
「はい! お願いします。
ですが、この辺りに食べられるものが生えていたりするのですか?」
純粋な疑問を投げかける。ここは銀鉱山に繋がる岩山の山道。
苔こそ大量に繁茂しているものの、他の植物の数はそう多くは見当たらない。
一見して果物が実るような樹木が自生しているようには思えなかった。
ましてや海底育ちのラキリエルに見分けられる筈もない。
「ああ、例えばあの木を見てごらん」
「……! 枝の裏側に、小さなものがくっ付いています」
少し離れた岩と岩の隙間より生えている細長い木を指差す。
よくよく目を凝らしてみると橙色もしくはやや赤色に近い、小さな粒のようなものが枝に沿って生えていた。
「あれはイェルフィンバという実でね。
酸味が強く、弾力があって独特の歯応えのする木の実なんだ。
幹の栄養が実に集約するから、食した時の栄養価がとても高い」
元々はイェルズール地方に原生していた植物であったが、二つの民が争っていた時期に"黄昏の氏族"の者達によって持ち込まれた。
そして長い年月を経てこの辺りまで繁殖域を広げている、と説明を付け加える。
「(ということは、"黄昏の氏族"の人々はこの辺りまで攻め込んでいたのですね)」
或いは、もっと南側の地方にまで純人種を捕らえに向かった可能性もある。
思わぬ形でラキリエルは凄惨な過去の歴史の一端を垣間見た。
「それから足元をよく見てみるといい。苔類に混ざって細い棘の生えた葉や、
小さな扇状の葉が生えているだろう?」
「そういえば……山道に入ってから、たまに見掛けたような気がしますね」
「前者はグラネスラといって、茎の部分が可食部となる。
葉は食べられなくもないが歯応えや彩りを楽しめる程度で、
どちらかといえば錬金術や薬剤の素材として使うかな」
「ふむふむ」
「後者はディレクトオーバという、大陸南部によく自生している植物だ。
軽く燻せば香草として利用できる……少々、ピリッと感じる香りだけどね」
「なるほど、見渡せば食べられるものはたくさん存在するのですね!」
「自然の恵みの数々と、食を求めた先人達の探求心には頭が下がるばかりだ。
では説明した三種類の植物を中心に採取していこうか。
グラネスラは棘があるので、これを使うといい」
雑嚢袋より薄い生地ながら丈夫な造りの手袋を幾つか取り出し、比較的ラキリエルの掌に近いサイズのものを選んで手渡した。
「サダューイン様は、なんでも持ち歩かれているのですね!」
「なるべく厳選して道具を備えるようにはしているがね。
まあ……それでも、ついつい荷が嵩んでしまうのは俺の悪い癖かな」
はぐらかすように言葉を返し、二人で木の実と野草の採取を始めた。
・第12話の2節目をお読みくださり、ありがとうございました。
本文中に登場したナグルラゴプスは雷鳥のようなものだと捉えていただければ幸いです。




