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012話『蒼穹の真下にて』(4)


「鮮やかです……地上の貴族の方々は自ら料理する機会はほとんどないと伺っておりましたのに」



「いやいや、普段から家庭を守る世の母親方には遠く及ばないさ。

 俺の場合は単独で領地を渡り歩く中で野営することが多かったからね。

 自然と出来るようになっただけさ。君が言うように普通の貴族なら随伴する従者や家臣に任せるか携行食で凌ぐのだろう」


 貴族の間では料理は下賤な者達が請け負う仕事と考えている者が大半である。為政者としての面子を保つためや、庶民との境界線を誇示するという意味もあった。



「サダューイン様は普段から、お一人で行動されておられるのですか?」


 考えてみれば、貴族家の嫡子が単独で亡命者を救助して本拠地へ連れていくという現状は極めて奇妙なものであった。

 実質的な権限を持たない傍系の者であったり、妾腹の子であるならばともかく、サダューインは家督こそ姉に譲ったが曲りなりにもエデルギウス家の直系である。

 ましてや従者を雇えぬほど困窮しているというわけでもないだろう。



「……俺はこういう生き方が性に合っているんだ。普段から従者を連れ添ったり、目立つ振舞いは好きじゃないし目指している理想の姿でもない。

 まあ、姉上のおかげで好き勝手にやらせて貰えているという面もあるがね」


 火加減を見極めながら杓子で鳥肉を裏返し、同様に岩塩を振りかける。

 姉上……即ちノイシュリーベのことを話題に出した瞬間だけ、声色が微かに硬くなっていたことをラキリエルは聞き逃さなかった。



「少し前にも話したが俺の理想は母上のように、目立つことなくグレミィル半島のために尽くすこと。そしてこの腕で直接、領民達を護り抜くことだ。

 直属の家臣や従者なら俺も持っているし頼ることもあるが、基本的には立場が許す限りはこうして自分の腕と足で行動したいのさ」


 機動力が高すぎて普通の従者が随伴することができないがために、結果的に単独行動となるノイシュリーベとは異なり彼は自ら率先して独りで動く。

 それは亡き母の如く影ながら領民を護りたいという思惑か、或いは他人に見られたくないような邪道を平気で歩むが故の線引きなのか……。



「だからこうして誰かと話しながら食材を採ったり、料理を嗜むというのは新鮮に感じているよ。特に君のように物覚えの良い娘となら尚更 楽しい。

 ……さて、そろそろ良い焼き加減だな。木皿に移してもらえるかな?」



「はい、わたくしもサダューイン様から様々なものを教えていただいて嬉しく思っております。こ、こう……ですか?」


 木製の杓子を渡されて、慣れないながらも鍋の端を利用して鳥肉を一つずつ掬い上げるようにして木皿に移していった。



「ありがとう。次は鍋に残った鳥の油でグラネスラの茎を軽く炒めてみてほしい、適度に杓子で転がすようにして火を通すんだ」



「はい!」


 言われた通りに茎を投入し、杓子を操り焼け焦げないよう慎重に様子を伺う。

 その間にサダューインは採取したイェルフィンバの実の一部を摺り潰してペースト状にしていた。



「そろそろ良い具合だな、それも木皿に移してほしい」



 ラキリエルがやや苦労しながら茎を掬い上げて鳥肉の隣に移し終えると、次は葉の部分と赤橙のペーストを鍋に入れ、更に水を加えていく。

 おそらく簡易的なスープでも作るのだろう。肉の油を、木の実の酸味が程よく中和するかのようにして柔らかく食欲をそそる香りへと変貌させていった。



「あとはゆっくりと様子を見て掻き混ぜていくんだ。そうそう、塊が残らないようにね……うん、上手だよ」


 赤橙のペーストを解すように、溶け込ませるように、丁重に杓子を操るラキリエルの隣で優しく微笑みながら指示を出すサダューイン。


 見た目に反してペースト状のイェルフィンバはかなりの弾力と粘り気があるらしく、水を加えただけでは簡単に薄まる気配はない。

 溶け具合を子細に確認するために少し身を屈めると丁度ラキリエルと顔の高さが同じになり、発した言葉と吐息が彼女の髪を微かに揺らした。

 やがて赤橙から薄く淡い橙色の液体へと変貌していき、その中を緑色の葉が泳ぐような光景が鍋の中で描かれていたが、ラキリエルの心境はそれどころではなかった。



「あの、えっと……そんなに近付かれると……困ってしまうのですが……」


 イェルフィンバの実よりも朱く頬と耳を染め上げながら、どのような抗議をすれば良いものかと思案した末に、ラキリエルはしろどもどろになりながら言葉を紡ぐ。



「おっと、すまない。初めてにしては卒がないなと感心してしまったものでね……つい見惚れてしまった、君の掌に」


 特に悪びれる様子もなく淡々と思ったことだけを口にする。

 この場合の見惚れてしまったとは瞠目していたという意味でしかないのだが、敢えて含ませるような言い回しをしてからかってみた。ますますラキリエルの頬が朱色に染まる。



「その調子で葉が、芯より柔らかくなるまで煮ていこう。そうすれば多少の棘が残っていたとしても気にならなくなる筈さ」



「……!!」


 木ベラを操るラキリエルの掌に、自らの掌……といっても漆黒の手袋越しではあるが、互いの掌を重ねて軽く握り、鍋を掻き混ぜるのを手伝った。

 男性の大きな掌に急に握られて、ラキリエルは今度こそ言葉を失った。


 一見すると細身に見えるサダューインではあるが、実際には無駄なく細部まで鍛え上げられて引き締まった肉体構造をしており、特に内側の筋肉の密度は尋常ではない。

 魔術や魔具術を修める過程で培われた論理的な観点で自らで確立した鍛錬法に基づき、練り上げた総身は並の騎士の肉体を遥かに凌駕する精強さであろう。


 傍に居るだけで密集した筋肉が(もたら)す体熱が伝播して来るのだ。掌を重ねられたとあらば、その美貌と相俟って いよいよ以て熱さで浮かされそうになるのも無理は話である。

 特にラキリエルは物心ついたころより海底都市の巫女として一定の区画間でしか過ごしてこなかったのだから尚更であった。


 すっかり黙り込んでしまったラキリエルを他所に、スープは着々と完成に近付いていく。程よく独特のとろみのついた液体は、あたかも餡掛け汁のような仕上がりだ。



「これで完成だ、手伝ってくれてありがとう。君のほうこそ手際が良い。この分だと俺が知っている料理くらいなら、すぐにでも覚えてくれることだろうね」



「~~~~!!」


 駄目押しとばかりに今一度、邪気の無さそうな微笑みを浮かべてラキリエルを労いながら杓子を取り、ある程度の深さがある木製の深皿へと二人分のスープをよそっていった。


・第12話の4節目を読んでいただき、ありがとうございました。

・おかげ様で累計PV数が1000を越えていまして感無量でございます!

 このまま引き続きコツコツと書いていきたいと思いますので、これからよろしくお願いいたします!。

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