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012話『蒼穹の真下にて』(2)

・今話では鳥肉を解体するシーンを軽く描いています。

 苦手な御方は次話まで進んでいただければ幸いでございます。


「だが僅かでも目を背けたくなったのなら、無理はしないことだ」


 優しい声色で諭しながら腰のベルトに吊り下げている革鞄より使い込まれた縄と調理用の短剣を取り出すと、平べったい岩の上に寝かせたナグルラゴプスの両足を縄で縛り、次いで首筋に刃を入れて一挙に首を落とした。



「……っ!」


 思わず目を瞑るラキリエル。新鮮な血の匂いが辺りに漂い始める前に、サダューインが縄を掴んで野鳥だった肉塊を持ち上げ、切り口を真下へと傾けた。

 垂直に吊るされた肉塊より、付近の地面へと小さな滝の如く鮮血が滴り落ちる。


 高度な治癒魔法の遣い手であり、実際に多くの患者を診てきた経験もあるので血や切断面を目にする機会は当然あるのだが調理のために自ら生物の首を落とすとなれば話は別である。

 全身を強張らせながら、ラキリエルがおそるおそる閉じた瞼を開くころには血抜きがあらかた完了しており、再び肉塊が岩の上へと横たわっていた。



「す、すみません……学びたいと申した端から……」



「いや、最初は皆そんなものさ。徐々に慣れていけばいいし、どうしても慣れそうにないなら他の者を頼っていけばいい。

 それよりも血抜きの後は羽毛を毟らないといけない。一緒にやろう」


 手本とばかりに肉塊に生え渡る羽を1枚掴み、すっと引き抜いてみせた。



「こんな感じで一枚ずつ抜いていく。地味で根気のいる作業だ、世の料理人や猟師達が如何に素晴らしいか思い知らされる工程だな」



「が、がんばります!」


 教えられた通り、ラキリエルも羽を掴んで引き抜く。最初はぎこちない手付きであったが十枚ほども毟るころには要領を掴んだようだ。

 それ以降は黙々と単調で根気のいる作業に没頭していく。小振りの個体とはいえナグルラゴプスはそこそこの大きさの野鳥であり羽毛も相応の数が生えていたが彼女が作業中に音を上げるような素振りは終ぞ見受けられなかった。



「(一度、なにかに集中し出すと延々と没頭していられる手合いか……成程な)」


 途中から手を停めてラキリエルの様子を観察し、彼女がどういった人物であるかを少しずつ理解しようとしていた。

 完全に羽毛を取り除いたころに、そんなサダューインの視線に気付いて「終わりました!」と元気よく伝えてくる。



「ありがとう。初めてでここまで出来るのなら大したものだ。大雑把な者がやると羽の芯が残っていたりするからね。

 次は解体だが、最初は一連の流れを見てどのようなものかを知ってくれるだけでいい」


 精肉屋で保管されているような鳥肉の形状に近付いた肉塊を目にして労いの言葉を述べた後に、両掌で肉塊の腿と手羽の付け根を揉んでみせた。

 そうして硬直した肉を(ほぐ)した後に、短剣で油つぼを切除。裏返して背に刃を入れて臀部から首筋にかけて一文字に切れ込みを入れる。


 続けて両腿の付け根にも刃を入れて切断。首筋に刃を入れて首皮を外し、胴骨の合間に刃を入れて筋を切り、肩甲骨に刃を入れて手羽まで外す。

 サダューインの持つ短剣の動きには一切の淀みがなく、流れるように解体作業が進行していく様子から相当に手馴れていることが伺えた。


 更に手羽先の関節を外し、脛骨も外し、表面に残った筋や軟骨も取り除いていくと、すっかりお店に並ぶ食肉の姿へと変貌していた。



「……とまあ、こんな感じの作業になるかな」



「早ぎです! 目で追うのがやっとでした」



「はははっ、よく言われるよ。

 普段から時間を意識して素材の解体を嗜んでいるからね、ゆっくりやるとかえって手元が狂いそうになってしまうんだ。

 さて、ラキリエル。後の処理はやっておくから、この解体した肉塊をそこの小川で軽く洗ってきてくれないか?」



「かしこまりました。それなら今のわたくしでもできる筈です!」


 任せられたのが嬉しいのか、両掌で持てるだけの肉塊を抱えて(せせらぎ)の音のする方角へと歩いて行った。その間にサダューインは残った内臓の処理を進めていく。

 胴部の食道や各器官を取り除き臓腑を検める。流石にこれは刺激が強いので今のラキリエルには見せられないという配慮なのだが、他にもなにやら気掛かりなことがあったらしく、この場より彼女を一旦遠ざけたのだ。



「……ふむ。銀鉱山の頂から逃れてきたのなら『負界』の影響を受けているかもしれないと危惧していたが、杞憂だったようだな」


 体表の色は異常がなく、内臓もまた『負界』の特徴である紫紺色に爛れている形跡は見当たらない。



「ついでに『灰礬呪』の影響も見当たらない。

 これなら口に入れても問題はなさそう……か」


 万が一の可能性を徹底的に潰していき、食材足り得ると判断を下した。様々な知識と情報を網羅しているサダューインだからこそ、一つ一つの要因を警戒する癖が身に付いているのだ。

 続けて近くの土を掘り、取り出した内臓を浅く埋める。後はこの地に棲息する生き物達が掘り返して糧とするだろう。羽毛と骨は魔具の素材に転用できるので、革鞄から取り出した麻袋に仕舞っておいた。


 そうこうしている間に、水洗いを済ませたラキリエルが戻って来る。



「お待たせいたしました!」



「ありがとう、こちらも後処理は済んだよ。

 鳥肉だけでは少し寂しいから次は木の実と野草を採りにいこうか」



「はい! ですが、この辺りに食べられるものが生えていたりするのですか?」


 純粋な疑問を投げかける。ここは銀鉱山に繋がる岩山の山道。繁茂した苔こそ大量にあれど他の植物の数はそう多くは見当たらず、一見して果物が実るような樹木が自生しているようには思えなかった。ましてや海底育ちのラキリエルに見分けられる筈もない。



「ああ、例えばあの木を見てごらん」


 少し離れた岩と岩の隙間より生えている細長い木を指差す。いわゆる果実といったものが実っている様子は見受けられなかったが、目を凝らしてみると橙色もしくはやや赤色に近い、小さな粒のようなものが枝に沿って生え渡っていた。



「あれはイェルフィンバという実でね。酸味が強く、弾力があって独特の歯応えのする木の実なんだ。幹の栄養が実に集約するから食した時の栄養価がとても高い」


 元々はイェルズール地方に原生していた植物であったが二つの民が争っていた時期に"黄昏の氏族"の者によって持ち込まれ、長い年月を経てこの辺りまで繁殖域を広げている。と説明を付け加えた。



「それから足元をよく見てみるといい。

 雑草……といっても雑草という名の植物などは存在しないが、その中に細い棘の生えた葉や、小さな扇状の葉が混じっているだろう?」



「そういえば……山道に入ってから結構見掛けたような気がしますね」


「前者はグラネスラといって茎の部分が可食部となる。葉は食べられなくもないが歯応えや彩りを楽しめる程度で、どちらかといえば錬金術や薬剤の素材とて使うかな。

 後者はディレクトオーバという、大陸南部によく自生している植物で軽く燻ればハーブの代わりになってくれる」



「なるほど、見渡せば食べられるものはたくさん存在するのですね!」



「自然の恵みの数々と、食を求めた先人達の探求成果には頭が下がるばかりだ。では説明した三種類の植物を中心に採取していこうか。

 グラネスラは棘があるので、これを使うといい」


 革鞄より薄い生地ながらも丈夫な造りの手袋を幾つか取り出し、比較的ラキリエルの掌に近いサイズのものを選んで手渡した。

 この男は、いったいどれだけの道具を携行しているのだろうか?



「サダューイン様のその鞄、なんでも入っているのですね!」



「なるべく厳選して道具を備えるようにはしているがね。

 独りで領地を巡り続けるうちに培った経験さ」


 はぐらかすように言葉を返し、二人で木の実と野草の採取に取り掛かった。


・第12話の2節目をお読みくださり、ありがとうございました。

 本文中に登場したナグルラゴプスは雷鳥のようなものだと捉えていただければ幸いです。

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