011話『魔具術士のエチュード』(4)
※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。
「この者達の魂が、どうか正しく巡っていきますように……」
一塊りに纏められた魔物達の骸の前で、短い送魂の祈りを捧げるラキリエル。
胸の高さで両掌を重ね、軽くお辞儀をする。
馬上から行うために略式となるが、彼女の生命に対する接し方は一貫していた。
「(従者へ祈りを捧げていた時にも思ったが、彼女の所作は少し独特だな)
(だが洗練されている。長い年月をかけて身に付けてきたのだろう)」
同じく黒馬に乗って骸を見据えるサダューインは、しかしながらラキリエルの祈り方に注目していた。
「(死者の魂が正しく回廊を巡ることを願うのは、大陸各地で共通しているが)
(その多くは『コーデリオ教団』の慣習と所作の影響を受けている……)
(やはり海底都市の文化は、我々とは異なるのだろうな)」
などと冷静に分析しているが、彼は一向に祈りを捧げる様子を見せなかった。
この大陸では破落戸や悪漢ですら、大なり小なり魂の循環を願うというのに。
「お時間を取らせてしまって、すみません」
「いいや、誰かの祈りの時間を邪魔するような真似はしないさ」
面を上げて、背後を振り返るラキリエルに対して優しく微笑んだ。
そして手綱を軽く振るって黒馬を前進させ、再び街道を北上することにした。
「ところでサダューイン様、お加減の方はいかがですか?」
「ああ、一息ついたからね。頭痛や吐き気は収まったよ。
魔力が戻るまでの間、魔術は使えないが……まあ、大した違いはない」
心配そうな表情で見詰めてくるラキリエルの視線を笑顔で躱す。
グレイウルフとの戦いの後、彼女は治癒魔法の施術を申し出ていたのだが、サダューインは頑なにそれを断っていたのだ。
頭痛や吐き気程度で、負担をかけるわけにはいかない……という理由を付けて。
「しかし、改めてこの魔物達には気の毒なことだったな。
棲み処を追われなければ、銀鉱山の近くで静かに暮らせていただろうに」
革鞄から液体の入った小瓶を取り出し、さっと飲み干しながら呟いた。
「被害の大きさを実感いたしますね」
「そうだな。この分だと、他にも山を降った魔物が居てもおかしくない」
「(おや……?)」
話しながら街道を進んでいる最中、ふとラキリエルはサダューインの身体に起こり始めた小さな変化に気が付いた。
「サダューイン様、少しだけ魔力が蘇り始めていらっしゃいますけど
先程、口にされていた液体は、魔力を回復させる薬品だったのでしょうか?」
「ふふっ、よく見ているじゃないか。
その通りだ、俺が自分で調合した魔力活性剤の一種だよ。
服用することで肉体が魔力を蓄える時間を早めることが出来る」
「まあ……! 薬学の知識もお有りなのですね!」
「どちらかといえば、錬金術師や魔具術士の技術が近いけどね」
それはラキリエルが過ごしてきた環境では聞き馴染みのない職業だった。
「あの、錬金術師はなんとなく想像できるのですけれど。
魔具術士とは、いったいどういった方々なのでしょうか……」
「ふむ、高度な古代魔法を自在に操る海底都市の住人だった君ならば
魔具自体が不要で、馴染みのない代物だったのかもしれないな」
恐る恐る、訊ねてきたラキリエルへ優しい笑みを浮かべながら、なるべく簡潔に説明しようと脳内で言葉を厳選していた。
「先ずは魔具についてだが、これは大丈夫かな?」
「はい、何度か実物を目にしております。
わたくしを追っていた者達が持っていた提燈や、救護院の包帯など……」
「その通り。主に特定の物質に、魔術の術式を刻印した代物だ。
魔力を伝達すれば、誰でも均一にその効果を発揮することが出来る」
提燈ならば光球や着火に類する、光源を発生させる初歩の魔術。
包帯ならば、肉体を治療する魔術などが刻印されていた。
「魔具を用いて疑似的に魔術を行使することを魔具術と呼ぶ。
ただし、大抵の場合は魔術師が扱う魔術の劣化版となってしまうがね」
「全く同じ効果でしたら、魔術師の皆さんが失職していそうです……」
「ははっ、確かにその通りだ!」
破顔一笑。そしてベルトのホルダーに差していた愛用の杖を取り出した。
「魔具は様々な形で我々の生活に浸透している。
この杖のような武器や、俺が纏っている外套もその一つだよ」
「そういえば、先程の戦いで杖の先端がまるで生き物のように動いていました!」
「まあ、この杖は魔具の中でも少々、特殊な部類に入るが
多くの場合は、純粋な武器としての性能に加えて
疑似的に攻撃魔術を扱えるように調整を施すのが主流となっている」
「な、なるほど……!」
ラキリエルの脳裏に浮かんだのは、あの嵐の夜にノイシュリーベと一騎打ちを演じていた悪漢達の首魁……バランガロンの大戦斧であった。
あの時は、大戦斧の刀身から凄まじい吹雪が巻き起こっていた。
「そして、こういった魔具を造り出す者のことを『魔具術士』という。
もしくは魔具術を主体に戦う者のことを指す場合もあるかな」
「魔術師とは……また別物なのですね」
「そうだ。言ってしまえば魔術師の成り損ないのようなものだよ。
魔力量が乏しく、まともに魔術を扱えない者が辿り着く落伍者の烙印だ」
サダューインの声色の節々から、暗い影のようなものが見え隠れし始めた。
「正式な手順を踏んで魔術を行使できるのなら、
わざわざ劣化版である魔具術などに頼る必要はない」
「そ、それは……」
「君なら先程の俺の戦い方を見て、既に気付いているのだろう?
俺には魔術師としての才能など、無いことを」
低位の魔術を行使しただけで底を突く魔力量。
それを補うために魔具を活用して立ち回っていたこと。
「最後に投じた試験管も、俺が自作した簡易型の魔具だ」
「ですが御自身の持てる手札を活用した、無駄のない戦い方でした!」
「ありがとう。だが、その言葉は俺にとって不出来さの証明だよ」
決して憤怒しているわけでも、悲観に暮れているわけでもない。
現実を受け容れて、抗い続ける者が発する淡々とした声色だった。
「そう、俺は魔術師に成れなかった、魔具術士だ。
尤も……本当に目指していたのは魔術師の更に上だがね」
「更に上? サダューイン様は、いったい何に成ろうとされたのですか?」
「…………」
珍しく言葉を詰まらせて逡巡する。
その沈黙の間はラキリエルにとっても、いたたまれなさを感じるものであった。
そして暫しの後に、サダューインはゆっくりと口を開き始める。
「いずれ腰を据えて君に教えると約束しよう。
ともあれ魔具術士とはそういうもので、技術者と捉えてくれれば良い。
……随分と話を脱線させてしまって、済まなかったね」
「い、いえ! 丁寧に説明してくれて、ありがとうございました。
それにサダューイン様は立派な御方だと思います!
領民のことを心から考えておられて、御自身に出来ることを頑張っていて……」
「ふふっ、そう思ってくれているのなら嬉しく思うよ」
一時の暗い口調は払拭され、いつものサダューインの雰囲気が戻ってきた。
しかしラキリエルは、今の会話の中で彼が魔具術士に成らざるを得なかったことについて快く思っていないことを理解した。
同時に、サダューインにとっての劣等感を刺激する要因であることも……。
「(今後は、もう少し慎重に質問をしないといけませんね)
(でも……知りたい、もっと彼のことを……)」
そのようにラキリエルが胸中で誓いと願望を反芻させていると、街道を進んでいた黒馬の脚が急にぴたりと停止した。
サダューインが手綱を引いて、歩みを止めさせたのだ。
「どうかなされたのですか?」
「いや、急に済まない。
先程の魔物の群れのことを考えていたら、どうしても気になってしまってね」
南東の方角、ザンディナム銀鉱山のある辺りを振り向いた。
やはり為政者側の人間としては『負界』による災害や、その影響を受けた魔物達による二次被害が気掛かりなのだろう。
「わたくしのことでしたら、お気になさらず。
どうかサダューイン様の好いようになさってください」
「……良いのか? かなりの遠回りをすることになる」
「はい! 繰り言になりますけど、貴方は立派な御方です。
領民の皆さんの生活のことを、ご心配なさっておられるのですよね?
でしたら、わたくし一人のためにその行動を捻じ曲げてほしくありません」
「ありがとう、では銀鉱山の近くの宿場街の様子を確認しに向かわせてほしい。
勿論、君の身に危険が及ぶと判断したら直ぐに引き返すよ」
手綱を横に大きく引き絞って、黒馬を反転させる。
そうして彼等は元来た道を引き返して、ザンディナム銀鉱山に至るためのザントル山道を目指すのであった。
【Result】
・第11話の4節目を読んでくださり、ありがとうございました!
・これでもかというほどのルビ祭でしたが、もし魔具術士といった読み方が煩わしいと感じられたなら普通に魔具術士と読んでくださっても大丈夫でございます。
雰囲気で読み進めてOK!
・さて、次話より描かれるのはザンディナム銀鉱山へ向かうまでの山道を行く二人旅。箸休めのような感覚で読んでいただければ幸いです。




