011話『魔具術士のエチュード』(3)
※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。
※グラント=キログラム、グントー = グラム
「サダューイン様、あちらを……」
「ああ、院長が言っていた魔物がこの辺りにまで逃れてきたのだろう」
街道を進んでいたサダューイン達の眼前に、複数の不穏な影が立ちはだかった。
頭部に鋭い角を生やした巨大な狼といった風貌で、見えている範囲だけでも七、八頭ほど屯していた。
「グレイウルフ……ザンディナム銀鉱山付近に棲息する狼型の魔物だな。
捕食対象の動物や人間だけでなく鉱物や魔晶材をも貪ることから
体内に余剰魔力を備蓄し、その影響で皮膚や体毛が硬質化している」
「魔晶材というのは、どういった代物ですか?」
「簡単に言えば、大量の魔力を内包して変質した鉱石の類だよ。
主に魔具の素材として重宝されている。有名なところだと『焔水晶』だな」
「な、なるほど。ありがとうございます」
グレミィル半島で採取できる素材や、棲息する魔物の情報をサダューインは一通り頭に叩き込んでいるのだろう。
相変わらずの知識量で解説が始まったが、先程までよりは控えめにしてくれた。
「グレイウルフの群れにしては数が少ない。
『負界』が噴出した際に、慌てて山を下りた個体がここで集結しているのか」
「心なしか、疲れて臥せっている子もいます。
あの魔物達も……棲み処を追われて逃げてきたのですね」
「だが、このまま街道に居座られると旅人や商人達に被害が出てしまう。
不憫に思うが、速やかに処理しておこう」
棲み処を追われたということは、気が立っているということだ。
手練れの冒険者ならまだしも戦いに不慣れな者が通り掛かれば目も当てられない惨状となることは明白である。
為政者側として決断するサダューインを止める術を、ラキリエルは持ち合わせていなかった。
「ラキリエル、本来なら君を安全に保護して送り届けることを優先するべきだが。
少しばかり危険に晒してしまうことを、どうか許してほしい」
「サダューイン様……お一人で魔物の群れに挑むおつもりなのですか!」
「何とかしてみせるさ。
グレイウルフの堅牢な体毛には斬撃や刺突、それに弓矢などは通用し難いが、
鎚や棍による打突や、攻撃魔術なら有効だ」
魔物の群れから五十メッテほど離れた位置で手綱を引き、黒馬の脚を停めた。
そしてサダューインのみ飛び降りて、鞍に括り付けていた杖のような武器を手に取った。
「どうか、ご無理をなさらずに」
「ありがとう、ここで大人しく待っていてくれ。
リジル! ラキリエルのことを、くれぐれも頼んだぞ」
「ヒィィン!」
黒馬の頭を軽く撫でてから、右掌で杖を握り締めて魔物の群れに近付いた。
サダューインは黒尽くめ装束で全身を覆い、同じ色の外套を纏っている。
手足にはそれぞれ暗い銀色の腕甲と脚甲を装着しているが、右掌の杖と合わせた姿は魔術師を連想させる出で立ちである。
「(そういえば、サダューイン様が戦われる御姿を目にするのは)
(これが初めてになりますね……)」
馬上で掌を合わせて無事を祈る最中、ふとした興味をラキリエルは懐いた。
生命のやり取りを肯定することは出来ないが、それでもサダューインという男が如何なる戦い方を身に付けているのか気になった。
「(大領主様は全身甲冑を纏って、馬に乗り、堂々と突撃されておられました)
(長い柄の武器という点では同じですけども)」
黒馬に相乗りしている間、背をサダューインの上半身に密着させていたラキリエルは、一見すると細身に見える彼が、実は相当の筋肉質であることを察していた。
サダューインの接近を察知した魔物達が一斉に振り向く。
臥せっていた個体も立ち上がり、一瞬で臨戦態勢へ移った。
対するサダューインは、止まることなく悠然と歩を詰めていくばかり。
「グルルウ…」
「グゥオオオオオン!」
魔物が咆哮を上げて動き出した。最寄りの四頭が一直線に駆け出し、後続の四頭はサダューインを取り囲むように左右に分かれて挟み撃ちにしようとした。
「(あ、危ない……!)」
ラキリエルが悲鳴を挙げそうになった瞬間、戦場では変化が起こっていた。
サダューインがその場で左腕を振り被り、急に四頭の魔物の脚が停まる。
よくよく目を凝らしてみると、魔物の脚部には透明な短剣のようなものが突き刺さっていることにラキリエルは気付いた。
「あ、あれは……氷の魔術でしょうか?」
更にサダューインが左腕を振り、同じように透明な氷の短剣が射出される。
狙いは彼から見て左側に展開した後続の二頭。
魔物の脚を的確に穿つことで、地面に縫い付けて動きを封じてみせたのだ。
瞬く間に合計六頭の魔物を止めたサダューインは、残る二頭へと向き直った。
「ふぅ……ふぅ……後は右側だけだな。集団での狩りに慣れている動きだ」
額から垂れる汗を拭う。それは疲労の現れ。
たったあれだけの魔術の行使で、彼の魔力は早くも底を突きかけていたのだ。
「グルァァ!」
「(魔術を撃てるのは、良くてあと一発か二発……ならば!)」
右側から迫る魔物のうち、一頭が顎門を開いて飛び掛かって来た。
今度は氷の短剣を放つことはなく、正面から杖で迎え撃つ。
ドゴォ! ……ゴギン! と骨が砕かれる痛々しい音が鳴り響き、魔物の頭部が粉砕された。或いは、破裂したと表現するべきだろうか。
杖の先端部に設えた金属塊は、相当な硬度であるらしい。
二頭目に対しても同じように頭部を打ち据えて、容易く粉砕してみせた。
「な、なんという凄まじい力!」
魔物とはいえ生物の頭蓋が拉げる凄惨な光景を直視してしまい、ラキリエルは思わず両掌で目を覆ってしまった。本能的な恐怖を感じたのだ。
「(筋力強化の付与術式などを行使された形跡はありませんでした)
(ということは、これが素のサダューイン様の膂力……)」
魔術と魔法という違いはあるが、ラキリエルは魔力を扱う術に熟達している。
だからこそ彼が何かしらの術式を構築すれば、その時点で察知できた筈なのだ。
ラキリエルの視界の先で、次々に魔物の生命が散っていく……。
サダューインから見て左側の二頭。脚を縫い付けられた状態で無慈悲な殴打が頭蓋を砕く。いずれも一撃だった。
「…………」
最初に縫い留めた四頭へ向けて、黒尽くめの装束の男が歩き出す。
「……ッ! ルォォン」
「キャイン! キャイン!」
「グルァァ……グルァ!」
魔物達の間で恐怖が伝播し、唸り声を挙げることしかできない。
しかし残った四頭のうち、その一頭だけは自身の肉体を何度も揺さ振ることで脚に突き刺さった氷の短剣を無理やり外すことに成功していた。
「グルルォォォ……!」
怒りと恐怖に満ちた双眸を滾らせながら、サダューインに向けて突進する。
狼を一回り大きくした身体構造から繰り出される疾走は凄まじいものであり、常人であれば、そのまま牙を突き立てられて、それでお仕舞いだ。
だが、サダューインが動じることはなかった。
「ふっ、姉上の吶喊戦術に比べれば止まって見える」
左掌を突き出し、体内に残ったなけなしの魔力を搔き集め始める。
「『凍針よ、穿て』」
左腕を振り被る。瞬く間に三本の氷の短剣を放った。
それは魔術師を志した者が最初に習うであろう、子供でも修得できるくらい簡単な低位の攻撃魔術。
「ギャイン!」
氷の短剣が両目と眉間に突き刺さり、魔物が悲鳴を挙げる。
だが疾走の勢いは急には止まらず、そのままサダューインへと突っ込んでいく。
「サダューイン様! 危ない!!」
「いや、問題ないよ」
後方から響く悲鳴を余所に、サダューインは至極冷静。
砲弾の如く迫り来る魔物の頭蓋に狙いを定め、杖の先端で打ち据えた。
ドゴォォン! 垂直に振り下ろされた金属塊が直撃し、頭部が破裂すると共に魔物の身体が地面へと叩き付けられる。突進の勢いごと刈り取ったのだ。
また一頭、処理を終えたサダューインはそのまま残りの三頭へと躙り寄る。
ここまで来ると、もはや魔物達に抵抗の意志は感じられなくなっていた。
「怖がらせてしまって済まないな、これで終わりにさせてもらう」
三メッテほどの距離まで近寄ると、その場で杖を振り被る。
すると彼の腕の動きに連動するかのように先端の金属塊が動き出し、まるで触手のように伸びていった。
「(えっ、あの武器は……いったい?)」
ラキリエルは驚愕した。触手の如く伸びた金属塊が魔物の胴部を絡め捕り、そのまま空高く持ち上げてしまったのだ。
勿論、それを操っているのはサダューインである。
杖を振るう腕の動きと、触手の動きは完全に連動していた。
「(残った三頭の魔物が、あんなに高く……何をする気なのでしょう)」
高さにして十メッテほど。纏めて空中に放り投げてから、サダューインは腰に帯びたベルトのホルダーに仕込んであった試験管のようなものを取り出していた。
「『燃え盛れ』!」
試験管を放り投げると同時に、着火用の低位の魔術を行使する。
…… ドォォォン!
火が灯り、容器の裡に納められていた液体が一挙に爆炎を巻き起こした。
これにより空中にあった三頭の魔物は纏めて消し飛ぶこととなる。
街道の直ぐ隣の地面の上に、四散した肉塊が降り注いだ……。
「これで全て片付いたかな。
……まあ、死骸の処理は街道を巡回する警邏隊に任せるしかないが」
杖をベルトのホルダーに差してから、サダューインは後処理に取り掛かった。
頭蓋を砕いた魔物を担ぎ上げて、街道の脇まで運んで一塊にしたのである。
街道の上に放置していては、それこそ旅人や商隊の邪魔になるだろう。
「(あの巨体を軽々と……)」
グレイウルフの大きさは、凡そ三メッテから五メッテ弱。
硬い体毛や皮膚の重量を鑑みれば、一頭につき四百グラント近くの重さとなる。
だというのに、相変わらずサダューインは麦俵でも担ぐかのように淡々と運んで行った。
「時間を掛けてしまって、申し訳ない」
「そ、そんな……ご無事でなにより…………です」
全ての作業を片付けて、黒馬とラキリエルの傍までサダューインが戻ってきた。
傷一つ負わずに生還を果たした彼に対して、ラキリエルは思わず上擦った声を挙げて身体を震わせてしまう。
あれだけの暴威を見せ付けられたのだから、恐怖するなという方が酷だろうか。
しかしながら、ラキリエルはサダューインの顔色が優れないことに気付く。
否、優れないどころか土気色をしていたのだ。
「サダューイン様、もしかして……魔力枯渇の症状が?」
「やはり君には分かってしまうか。恥ずかしい話だが、その通りだよ」
冴えない表情ながら、精一杯の微笑みを浮かべて返事をする。
今のサダューインからは、普段のような余裕は見られなかった。
「(体内の魔力を限界以上に消耗すると、激しい嘔吐や眩暈に襲われます)
(サダューイン様が唱えていらっしゃった魔術は、初歩の初歩だった筈……)」
年端もいかない子供でも、学習すれば簡単に使える類の術式。
だというのに、たった数回の行使でサダューインの肉体からは魔力が干乾びていたのである。
「(まさか、これがサダューイン様が扱える魔術の限界……?)」
この程度で枯渇する魔力量であれば、中位以上の魔術など扱える筈もない。
サダューインが散々披露した膂力とは真逆の意味で、ラキリエルは驚愕を禁じ得なかった。
【Result】
・第11話の3節目を読んでくださり、ありがとうございました。
・もう1人の主人公であるノイシュリーベとは全く異なる戦い方をするサダューインですが、如何でしたでしょうか。
少しでも、この男に興味を持っていただけましたら感無量でございます。




