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012話『蒼穹の真下にて』(1)


 [ グラニアム地方 ~ ザントル山道 ]


 街道よりザンディナム銀鉱山に近付くにつれて徐々に岩肌の地面が見え始めると、やがて緩やかな傾斜がついた山々が視界に映り始めた。


 平野とは異なり、明らかに樹木を目にする頻度が目減りした代わりに、至る箇所にて繁茂した苔類が散見された。

 そして東側の方角に隣接するナグファルルス海峡より微かな潮の香りと波の音が漂ってくる。無機質な岩山と海峡が隣り合った独特の風情を感じる土地であった。



「ラキリエル、ここから山道を登って宿場街に辿り着くには暫く時間が掛かる。この辺りで食事を採っておこうか」


 山の麓に差し掛かり、自然によるものではなくヒトの手で造られたと思しき小石を積み上げた簡易な即席竈の前で馬の足を停めた。

 これまで幾人もの旅人や商人、冒険者といった者達の往来によって築かれた、ささやかな野営地跡といったところである。

 付近には海峡へと延びる小さな川が存在し、一休みするにはもってこいの場所だといえた。



「そうですね。お日様も高くなってまいりましたし、お腹も空いてきました」


 黒馬の手綱を操るサダューインに微かに体重を預けながら額に手を当てて、日光の直視を避けつつ眩しそうに頭上で輝く太陽を見上げる。

 何気ない仕草であったが、海の底で過ごしてきた彼女にとっては頭上から降り注ぐ太陽の光というものは未だに新鮮極まる体験なのだろう。


 追手から逃れるために必死に逃亡生活を送っていた時は、地上の風情を楽しむ余裕などなかった筈だ。

 そう思えばこそ城塞都市ヴィートボルグへ送り届けるまでの間とはいえ、ラキリエルには地上に在るあらゆる自然物を堪能させてあげたいとサダューインは密かに願った。



「よし、それではここで竈を借りよう。グレキ村を発つ時に幾らか保存食を都合してもらったが、念のためにそれは温存しておく」


 『負界』が噴出した鉱山近くの宿場街では流通が滞っている可能性がある。数日の間、寄り道することを想定するのであれば、手持ちの食料の消費は最小限に留めておきたかった。



「君はなにか苦手な食材などはあるか? 海底都市と地上とでは食べ物も異なることだろう」



「いいえ、特にこれといって食べられないものはございません。

 ハルモレシアでは栽培した海藻類や、都市に近寄った大型の水棲の魔物を捕らえて調理することが一般的でした。

 ですが地上に出て初めて木の実や、鳥や鹿といった生き物のお肉を口する機会がありましたけど意外と抵抗なく味わうことができたのです」


 海神龍ハルモアラァトを信奉するラキリエル達は竜の眷属、即ち竜人種である筈だ。

 ヒトと竜の双方の特性や器官を合わせ持つのであれば、確かに肉食を身体が拒むということはないのだろう。特に、古代魔法に効力によって地上で暮らす純人種と同等の姿を成しているのであれば尚更のことである……とサダューインは推察した。



「ただ……お魚さんだけは、やはり抵抗を感じてしまいます。

 わたくし達にとって日常を共にする、常に傍らを泳いでいる(トモガラ)なのです」


 地上の街で暮らす者の感覚で例えるのであれば、飼い犬や飼い猫に近しい存在なのだろう。



「成程、では魚は避けて野兎でも探してみるとするか……うん?」


 頭上に影が差し、その方角を見上げると数羽の野鳥が回遊するかのように飛び回る姿が視界に入った。



「あれはナグルラゴプスか、この時期に見掛けるとはね」



「珍しい鳥なのですか?」


 飛んでいる鳥を見る機会が乏しかったラキリエルは、当然ながら鳥種を判別する知識を持ち合わせていない。



「いや、冬が近付けばグレミィル半島ではそれなりに目にする野生の鳥だ。

 本来はもっと北側の国々で広く生息する鳥種だが、キーリメルベス大山脈の頂から降る下降気流……いわゆる大山脈颪に乗じて迷い込んで来るのさ。

 サマヨイドリと揶揄されることもある。ただこの時期は、鉱山や一部の山頂で巣作りに専念することが多いので、麓まで飛んでくるのは珍しいと思ってね」


 夏から秋に跨る時期に半島へと迷い込み、冬に備えて新天地で巣を作る。そして冬が来れば餌を探して飛び回り、巣に運ぶ。そんな生態なのだ。

 故に冬の空の風物詩として知られており、然るべき手順を踏まえれば食用にも適するため、狩人達の獲物とされることも多かった。



「さすがです! 本当になんでも知っておられるのですね!」


 資料を見ることなく、すらすらと知識を披露するサダューインの博識ぶりに改めてラキリエルは感心した。



「そう言ってもらえるなら嬉しいが叡智を書物に記した偉大な先人達の手柄さ、彼らには頭が上がらないな。

 ……ふむ、麓の空を飛んでいることが気掛かりだが丁度いい。あれを捕ろう」


 肩を竦めて謙遜を示すと、さっと黒馬より飛び降りながら魔具杖を引き抜いた。

 黒光りする金属製の柄を片手で握り締め、杖の先端を足元から頭上へと勢いよく振り上げる。するとグレイウルフ戦で見せた時のように、銀色に光る先端部が触手の如く伸長して空へと延びていき、直上を飛ぶナグルラゴプスのうちの一羽を捕らえた。



「(まるでクラーケンが足を使って獲物を捕食するかのような光景ですね)」


 深海近くに棲息する生き物を想起するほどに、彼の持つ魔具杖は異様な造形と機能を成していた。



「キケェェェェ!!」


 突如、得体の知れないモノが身体に巻き付き、一切の抵抗もできないほど強力な力で地上に引き摺り込まれた野鳥が悲痛な鳴き声を挙げる。周囲でともに飛翔していた同胞の野鳥達は、明らかな危地を察して一目散に逃げ散っていった。



「こんなところか。小振りだが二人で別けても一飯分は充分にあるだろう」


 触手で捕縛したまま、調理台代わりとして見繕った平べったい岩の上に置きながら調理方法と献立を考えていると、ラキリエルも黒馬から降りてきてナグルラゴプスと魔具杖を物珍しそうに眺め始めた。



「改めて見ると、すごい杖ですね……」



「ああ、扱い方にかなり癖があるが、魔力を節約したい時にはなにかと便利だ。

 これもウォーラフ商会の会長殿から譲り受けた代物の一つで、元々は彼の仲間が使っていた魔具杖なのだそうだ。

 その人が冒険者を引退し、巡り巡って俺の元へと渡ってきたというわけさ」



「そうだったのですね、

 見れば見るほどすごい……ただの金属じゃないですよね?」



「……傍目で視ていただけで、そこまで看破できるのか。凄いのは君のほうだな」


 魔法の才能に長けたラキリエルだからこそ解る。この杖を構成する素材は尋常ではない魔力を含んでいるのだと。

 それも自然界には絶対に存在し得ない、高度な技術で複雑に練り込まれた人工物の気配を感じ取ったのだ。



「察しの通り、この杖の先端部は北方の大国マッキリーの軍事技術を結集して編み出された複層魔鋼材(マキリアダイト)が使われているらしい。

 通常の魔具とは一線を画する代物だ。この杖を入手することができたのは本当に運が良かった……」


 そのまま触手による拘束を強め、糧となる生命をこれ以上苦しめぬよう一挙に首を絞め落とした。

 咄嗟にラキリエルは両目を瞑り、相掌しながら己が奉じる海神龍へ生命の循環を希うための祈りを捧げた。



「下処理は俺のほうでやっておこう。君は……そうだな、付近の散策も兼ねて木の実や野草を採ってきてくれないか?」


 今まで実物の鳥をほとんど見たことすらない生活を送ってきたのなら、調理の下処理を任せるなど到底無理な話である。

 それを言ってしまえば貴族であり本来なら料理をする必要がないサダューインが会得しているのもまた奇妙なことではあるのだが。



「いいえ、サダューイン様。しばらく貴家でお世話になる身ですので、地上の生活で必要なことは一つでも多く覚えていきたいと考えています。

 無学な上に勝手もわからぬ未熟者であることは承知しておりますが、どうか学びの機会をお与えください!」



「そうか……なら手伝ってもらおうかな」


 両掌を握り締めて顔を近付けながら訴えかけるラキリエルと視線が重なり、真剣さと意気込みを十二分に感じたところで根負けした。


・第12話の1節目を読んでくださり、ありがとうございました!

 第12話ではスローペース気味に山道での一時を描いていきます。

 嵐の前のなんとやら……というやつですね。

・もし良ければブックマーク登録や感想、評価などをいただけましたら励みとなります!

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