011話『魔具術士のエチュード』(4)
「この者達の魂が、どうか正しく巡っていきますように……。
お見事でした、サダューイン様」
一塊にされた魔物達の骸の前で、短い送魂の祈りを捧げるラキリエル。
その所作はこの大陸で最も多く信徒を抱えるコーデリオ教の様式とは大きく異なるものの、長年に渡り実践してきた者特有の洗練さと無駄のなさが垣間見えた。
次いで戦いを終えたサダューインへ労いの言葉を掛ける。
「(おや……?)」
見たところ彼は戦闘中に怪我を負った様子こそなかったものの、幾分か顔色が悪くなっていた。それは魔力が枯渇する寸前の者に顕れる症状である。
「ふぅぅ……ありがとう、長引く前に片付けることができて良かったよ。
とはいえ、この魔物達も棲み処を追われさえしなければ静かに暮らしていただろうに、気の毒ではあったな」
魔物とてグレミィル半島に生きる者の一員。後々のために討伐せざるを得なかったサダューインは、同情する胸中を吐露しながらも革鞄の中より一本の小瓶を取り出し、一挙に飲み干した。
すると途端に顔色が戻る。どうやら小瓶の中身は消耗した魔力を補填する薬品かなにかが容れられていたようだ。
軽度の魔力の枯渇であれば時間経過で自然解消はするのだが、そもそも並程度の実力がある魔術師であれば低位魔術を行使したくらいで陥ることはない。
即ち、サダューインの魔術師としての素質……保有魔力量が如何に矮小であるのかを物語っていた。これでは到底、魔術師を名乗るのは憚られることであろう。
「取り合えず、これで街道を往来する者達にとっての脅威は払拭できた筈だ。
討伐したグレイウルフの死骸に関しては次に立ち寄った村で対処して貰えるよう話を付けるとして……」
肉や毛皮、牙や角などの採取の自由を条件に交渉すれば断る者はそう多くはない。魔物から採れる部位というのは、どんな時代でも貴重な財産と成り得るのだ。
話しながら黒馬リジルに跨り、手綱を操って再び街道を進み出したサダューインは、少しばかり言葉尻を濁した。
「……? どうかなされたのですか」
「……いや、見苦しい戦い方を披露してしまったと思ってね。
君なら既に気付いていると思うが戦いの最中に放った、ちっぽけなあの氷針が俺が撃てる最大の魔術だったんだ」
「やはり、そうでしたか……意外には感じましたけど、とても効果的な使い方をされていたと思います。
それに決定打となった爆炎は見事なコントロールでしたし」
「爆炎に関しては予め自作しておいた使い捨ての魔具を起爆させたに過ぎないが、君にそう言って貰えるのなら少しだけ救われるかな」
可燃物を凝縮した爆弾のような魔具。着火だけは低位の発火魔術を用いることで起爆のタイミングと範囲を精緻に調整していたようだ。
「つまり俺は、現代の基準で判別するなら高度に魔術を唱える魔術師ではなく、
魔具術を駆使して戦う魔具術士に分類されるというわけだ」
魔具術とは、物質に簡易魔術を刻印した代物を指す総称であり、戦いのための武器から便利に使える生活用品に至るまで、幅広い種類が産み出されている。
そして魔具を駆使して疑似的な魔術効果を再現する戦闘方法のことを魔具術と呼ぶ。
保有魔力量の乏しい者や、激しい戦闘の最中で詠唱句を唱えている暇がない時など、疑似的に魔術を使いたい場面で用いられるのだが、いずれにせよ純粋な魔術よりも数段階見劣りする効果しか再現できない。
故に魔具術を駆使して戦う者、或いは魔具を専門的に制作する者のことを指す魔具術士は、魔術師よりも格下と見なされているのだ。
「サダューイン様は、魔術師を目指しておられるですか?」
口振りから察するに、彼は魔具術士に甘んじている現状に不満を懐いている様子が滲み出ていた。
「いいや、理想は更にその上だよ。母上のような"魔導師"になりたかったんだ」
「"魔導師"……ですか。たしか魔法と魔術と錬金術を全て高い水準で修めた上で、救国に値する実績を遂げた者にのみ与えられる称号でしたっけ」
「その通り、ラナリア皇国どころか現在のラナリキリュート大陸中を見渡しても五人も存在しないがね。
母上はその一人として名を連ねていたが、表舞台に立つのではなく常に歴史の影から領民達のために尽くしておられた」
かつてグレミィル半島の翳として暗躍し、あらゆる難事を解決に導いてきた希代の"魔導師"ダュアンジーヌ。
ラナリア皇国による侵略の脅威や、『人の民』と『森の民』の争いの激化に晒された際にも人知れず、たった独りで唄い続けようとした女傑。
"偉大なる騎士"ベルナルドと結託してからは、更に歴史の闇に溶け込むようにして領民達のために持てる技術を費やし、そして無惨な最期を遂げた……。
誰にも称えられることのない、もう一人の英雄こそがサダューインの理想であり、憧憬の像であったのだ。
「だが現実はこの有様だ。"魔導師"どころか、俺の魔力量では魔術師にすらなれないらしい。魔法に至っては、精霊と交信するどころか声を聞くことすら適わない」
「…………」
高度な古代魔法を習得し、魔力を扱う技術と感性に長けたラキリエルには分かってしまう。
低位の魔術を放っただけで魔力が枯渇し掛けるのであれば、それはもう魔具術士としてすら危うい素質でしかないのだと。
「あの……たとえサダューイン様の魔力が人と比べて優れていなかったとしても、先ほどの戦い方からはご領地のことを考え抜かれておられるご様子が伺えました」
少し街道を進んだ頃合いにてラキリエルは慎重に言葉を選びながら、ぽつりと零した。
「貴方は既に立派な御方だと思います……"魔導師"に拘らなくても、目指す理想へ辿り着く方法は他にもあるのではないでしょうか……」
「……うん、それも何度か考えはしたよ。
だが母上から託されたものを継いでいくには、やはり人並み以上の魔力は必須であり"魔導師"の称号も必要だと痛感した」
"魔導師"の称号を持つ者は、国家の垣根を越えて様々な界隈に強い発言力を発揮し得る。
魔法使い、魔術師、錬金術師、魔具術士といった術者毎の組合だけでなく純粋な学究機関や教育団体、冒険者統括機構、"主"を信奉する宗教団体に至るまで"魔導師"というだけで無条件で一目置かれるのだ。
時には、自国にどれだけの数の"魔導師"を保有しているかが国家のステータスと成り得ることもある。政治的価値としての側面も非常に強い称号なのである。
姉弟の母ダュアンジーヌは公には秘匿された存在ではあったが、それでも知る者達には知られており、大戦期以降のグレミィル半島が独立した自治権を獲得できたのも彼女の存在が影響を及ぼしていた。
「姉上なら……きっと"魔導師"になることは然程、難しくはないのだろう。
しかし本人が父上のような"偉大なる騎士"を目指してしまったからには、俺がなるしかないんだ……この半島の将来のためにもね」
強い眼差しで前方を見据えながら、ゆっくりとサダューインが己の胸中を言葉にする。
勿論、他にも様々な思惑や願望はあるのだろうが、自領と領民達の将来を第一とする想いに偽りは感じられなかった。
「サダューイン様……どうか貴方のことを、もっと詳しく教えてください。
わたくしも、能う限りこの身のことを貴方に知っていただきたいと思っております」
そう告げながら重心を少し後ろに傾けて、背後で手綱を握るサダューインの胸元へ己の身体を預けた。
現時点のラキリエルではサダューインが抱えているものの全貌を見渡すことはできない。故に、この件に関して安易な言葉を返してはいけないと悟り、まずは互いのことを深く理解する必要があると感じたのだ。
「君さえかまわないのなら是非、ヴィートボルグに着くまでの間にお互いのことを知れたら嬉しく思うよ。
……ところで済まないが、少し寄り道をすることになっても良いだろうか?」
「ザンディナム銀鉱山に立ち寄られるのですね?」
「ああ、ウォーラフ商会長殿が動いているという話だったが、先ほどのように逸れの魔物が何頭も街道まで彷徨い出て来たとなれば、やはり自分の目で現地の状態を見定めておいたほうが良い気がしてきてね」
棲み処を追われて街道に出没した魔物が一頭や二頭程度であれば大きな問題にはならないだろう。
しかし群れとして再集結していたとなれば話は別。領地の安寧のために手を打つのであれば、踵を返してでも検めに赴くというのは有用な選択肢である。
「わかりました。もちろん貴方の判断に従います。
サダューイン様が成されたいことのためにも、御身の信条をどうか優先してくださいませ」
「ありがとう、ラキリエル。ヴィートボルグへは予定より確実に到着が遅くなってしまうが……現在の己に出来る限りのことはしておきたいんだ」
こうして北西へ伸びる街道を引き返して十字路まで戻り、二人を乗せた黒馬は北東に位置するザンディナム銀鉱山へ続く路へと改めて進み出した。
・第11話の4節目を読んでくださり、ありがとうございました!
・これでもかというほどのルビ祭でしたが、もし魔具術士といった読み方が煩わしいと感じられたなら普通に魔具術士と読んでくださっても大丈夫でございます。
・さて、次話より描かれるのはザンディナム銀鉱山へ向かうまでの山道を行く二人旅。箸休めのような感覚で読んでいただければ幸いです。