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011話『魔具術士のエチュード』(3)


「サダューイン様、あちらを……」



「ああ、昨日 話題に挙げた逸れの魔物達がこの辺りまで逃れてきたのだろう」


 街道を塞いでいた者達の正体は狼……にしては聊か巨大で、頭部に鋭い角を生やした生き物であった。



「グレイウルフ……ザンディナム銀鉱山付近に棲息する狼型の魔物だな。

 捕食対象の動物や人間だけでなく鉱物や魔晶材(マテリアル)をも貪ることから体内に魔力を備蓄し、その影響で皮膚や体毛が硬質化している」


 相変わらずの知識量で淀みなく解説してみせる。グレミィル半島に棲息する魔物の情報は、一通り頭に叩き込んでいるのだろう。



「斬撃や刺突、それに弓矢は通用し難いが鎚などによる打突や攻撃魔術は有効だ。

 一頭だけなら並の冒険者でも徒党を組んで挑めば討伐はそう難しくないが、群れると厄介さが跳ね上がる」



「いち、に、さん……全部で八頭もいますね」



「群れにしては数が少ない、棲み処を追われて散り散りになった後に再結集している最中といったところか。

 このまま放置して数が増えたところに、運悪く一般の商隊や経験の浅い冒険者などがやって来たら目も当てられないな」



「それは……とてつもない悲劇となってしまうでしょうね……」


 眼前の魔物達は棲み処を追い出されたことによって明らかに苛立っていた。

 そんな状態の魔物に、もし駆け出しの冒険者などが遭遇しようものなら万に一つも生き延びられる可能性はないだろう。



「ラキリエル、本来なら君を安全に保護して送り届けることを優先するべきだが……申し訳ない。少しばかり危険に晒してしまうことを、どうか許してほしい」



「はい、サダューイン様がご領地の平穏と民の安全を願われてのことであれば、わたくしが異を唱える理由はございません。

 以前も申しましたが貴方の好いようになさってください」



「ありがとう、それじゃあ少しだけそこで待っていてくれ。

 リジル! くれぐれも彼女のことを頼んだぞ」


 魔物達から五十メッテほど離れた地点でサダューインは黒馬から一人だけ降り、愛馬の頭を撫でながらラキリエルの身の安全を託す。

 そうして悠然とグレイウルフの群れへと近寄りながら腰のベルトのホルダー部分に納めていた魔具杖を右掌で引き抜き、強く握り締めた。



「(サダューイン様が戦われる御姿を拝見するのはこれが初めてとなりますね)

 (数日前に、わたくしを連れ去ろうとした追手から救ってくださった時は、奇襲を掛けて鮮やかに昏倒させるに留めておられましたし……)」


 馬上より、ラキリエルは一瞬も目を離さず戦いの趨勢を見届けようとしていた。

 それは(ひとえ)にサダューインの身の安全を願う想いと同時に、彼が一体どのような戦い方をするのだろうという純粋なる興味の顕れ。


 姉であるノイシュリーベは多数の家臣を引き連れながらも先陣を切って自ら戦場を駆け抜ける、堂々とした騎士であった。


 では弟のサダューインは? 彼は自身の肉体を鍛え上げてはいるようだが魔術師が羽織るような外套を纏い、掌には特注品と思しき魔具杖を携えている。

 更に、凄まじい量の知識を蓄えていることを鑑みれば、魔法や魔術を駆使して戦う後方支援型と推察するのが妥当な線であろう。



「(お一人で挑まれたからには、充分な勝算がお有りなのだとは思いますが……)」


 斯くして黒尽くめの装束を纏った長身の人間……正確にはハーフエルフなのだが、彼の接近を察した魔物達が一斉に警戒交じりの唸り声を零し始める。

 一部の個体に至っては威嚇と号令を兼ねた遠吠えを挙げ……ようとしたところで、サダューインがなにかを呟きながら目にも止まらぬ速さで左腕を動した。



 ヒュン……  ザシュゥ! ザシュゥ! ザシュゥ!


 透明な何かが静かに投じられたと思った瞬間だった。遠吠えのために大きく顎門(あぎと)を開いた数頭のグレイウルフの喉首に刃が突き刺さっており、発声を封じられていたことをラキリエルは理解した。



「(あれは初歩的な氷の魔術……ですよね)」


 彼女の見立て通り、サダューインが放ったであろう魔術は最も簡易な氷針を飛ばす術式であった。

 魔術(スペルアーツ)に興味と探求心を懐いた者であれば、児童ですら習得できるくらいの低位に位置する。



「『――凍針よ、穿て(ブラオ・シュテルン)』」


 僅か二節の短い詠唱で完遂する低位魔術。一定以上の力を付けた魔術師であれば詠唱を全て省略し、所作のみで適当に発動させるところをサダューインは馬鹿丁寧に様式を守って手順通りに術式を構築していく。


 然れど、速さと正確さと数は常軌を逸していた。彼が一度(ひとたび)左手を振り被ると、横一列に等間隔で五十本以上もの氷針が出現したのだ。


 そして左掌を前方へ突き出すことで氷針を左端から鶴瓶撃ちに斉射。

 各グレイウルフの脚部へ寸分違わぬ精度で命中させ、硬い毛皮を貫通し、脚と大地を縫い留めることで今度は機動力を封じてみせたのだ。



「グルルル……」



「ギャイン! ギャイン!」



「グルルォォォ……!」


 

 発声を封じられていなかった個体達が各々に呻く最中、八頭の群れのうちの奥のほうに居座っていた二頭が、反撃に転じるべく勢いよく駆け出し始めた。

 どうやらサダューインの立つ位置から相応の距離があったために、脚に突き刺さった氷針が完全には貫通していなかったようだ。



「サダューイン様、お気を付けください!」


 疾走する魔物の迫力を目の当たりにし、思わず叫んでしまったラキリエルに対してサダューインは背後を振り返ることなく至極 落ち着いた様子で対応していく。



「ふっ、姉上の吶喊に比べれば……止まって見えるさ」


 一瞬で距離を詰め、疾走の勢いのまま牙を突き立てようと跳び込んで来た魔物の動きを完全に見切っているのか、上体を僅かに逸らすだけで難なく躱してのける。

 そして回避と同時に魔具杖を諸手で構え直し、深く腰を落としながら襲い掛かってきた魔物の腹部目掛けて鋭く突き出した。



 ドゴッ……! バキ バキ バキィィ…。


 杖の先端部を激突させた鈍い打突音。次いで複数の骨が圧し折れる怪音が鳴り響くとともに、魔物の総体が凄まじい勢いで吹き飛ばされていった。



「……ッ!!」


 接近してきたもう一頭の魔物が、獣ながらに驚愕の表情を浮かべつつもサダューインが明確な脅威であることを悟り、魔具杖による二撃目を繰り出される前に喉首を噛み千切るべく大きく顎門(あぎと)を開いて跳び掛かって来た。

 多少の個体差はあれどグレイウルフの体格は通常の狼と比べて三~四倍もの大きさがあり、体重は軽く百グラントを越える。顎の力も非常に強力であり、もし常人が噛まれようものなら抗う術なく絶命は免れない。



「……止まって見えると言った!」


 一頭目とは別の方角から迫る脅威に対し、サダューインは諸手で握る魔具杖の柄を押し当て、敢えて噛ませることで牙の到達を凌ごうとした。



「悪いが、この杖はマッキリー製の特殊な合金で出来ている。そう簡単には砕けはしないよ」


 魔物が全力で顎門(あぎと)を閉じようとするも彼の言葉通り、魔具杖は途方もない硬度を誇っているらしく罅一つ入る様子を見せない。

 そのままサダューインは両脚で大地を踏み締め、丹田を経由して両腕へと効率良く力を伝達させた後に、膂力にものを言わせてグレイウルフの巨体を強引に押し飛ばしてみせた。



「『――凍針よ、穿て(ブラオ・シュテルン)』」


 二頭を押し返したところで、空かさず先程と同じ氷針を飛ばす低位魔術を唱射。

 今度こそ脚部を貫いて大地へと縫い留め、動きを封じることに成功した。



「(な、なんて凄まじい怪力……!)

 (ですが変ですね。サダューイン様ほどの知識量と判断力がお有りなら最初からもっと強力な魔術を放っていれば接近されることなく倒せていた筈です)」



 簡易な手札と膂力で次々とグレイウルフの咆哮と機動力を封じ、戦闘力を削ぎ落していくサダューインの戦いぶりを目にしたラキリエルは違和感を覚えた。


 サダューインの魔術師然とした衣装、知識量、詠唱の正確さ、術式への理解と展開の速さ、そして合理的な判断力を兼ね備えているのなら、わざわざこんな回りくどい戦い方を選択する必然性はない。

 にもかかわらず、彼が放った魔術は初歩の初歩であり、それも別段 魔力を練り上げて補強されていたわけでもない。

 速さと手数こそ人並外れているが、単発の威力は並の魔術師が放つ同種の魔術と比べても、むしろ見劣りする程度。故に不自然だと感じたのだ。



「(まさか……これがサダューイン様の扱える魔術の限界?)」


 魔力を温存するために、わざと威力を弱めたり、低位魔術だけで立ち回ろうとした可能性はある。

 だが硬い体毛を備える上に機敏に動き回るグレイウルフ八頭を相手に一人で立ち向かう以上、なるべく少ない手数で確実に仕留めるのが定石。この場面で敢えて温存策を採る利点は無いに等しいのだ。


 更に、よくよく観察してみればサダューインは一度の術式構築で五十本の氷針を生み出したわけではなかった。

 ただ単に五十回、同じ魔術を愚直に繰り返して構築して数を揃えたに過ぎないのだ。……それはそれで人並外れた芸当ではあるのだが。



 この地上世界に於ける魔術(スペルアーツ)の強さと、扱える術式の位階とは術者本人の保有魔力量に大きく依存する。

 大量の魔力を蓄えられる者であれば、より高位の魔術を行使できる権利を得られるし、低位魔術であっても追加で魔力を注ぎ込むことで威力を増大させたり、

複製式を取り入れることで一度の詠唱で同じ魔術効果を複数同時に発現させることもできる。


 五十本の氷針をただ放つだけであれば、保有魔力量の多い者であれば大した苦労をせずにやってのけるのだ。

 無論、放った氷針を対象に命中させるには別の素養や技術が必要にはなってくるだろう。



「『――燃え盛れ(ヒッツェ)』!」


 ラキリエルが考察を巡らせている間、サダューインは魔物達を地面に縫い留めたことを確認した直後にベルトのホルダーに納めていた試験管を一本取り出し、至極短い詠唱で魔力を付与してから、それを投げた。




 ドッ  …ゴォォォン!!


 投じられた試験管がグレイウルフの群れの頭上に到達した瞬間、それなりの規模の爆炎が巻き起こる。

 どうやら彼が投げ込んだのは予め凝縮した可燃物を詰め込んだ一種の魔具のような代物といったところか。


 発声を軸とする獣の咆哮(ハウリング)を封じられ、動きを制限され、逃れる術を失った魔物達は無惨にも直撃を受けて散り散りに吹き飛ぶしかなく、その殆どは息絶える。

 特筆すべきは精緻に計算された爆炎の範囲。魔物の大半を討伐したにも関わらず街道に敷かれた石畳みの地面には、些かの損傷も見当たらなかった。



「(街道が破損して後に往来される方々の旅路に支障が出ないように、爆発の効果範囲を完全に見極めていらっしゃいますね)」


 魔物を殲滅するだけならば適当に群れの中心に可燃物を放り投げれば済む話である。

 巧妙を尽くして過分な地形被害を避けてようとしているのは、彼がグレミィル半島を治める為政者の一族であることを強く自覚しているからこそ。


 とはいえ街道の保全を優先したためか爆炎を浴びて尚も何頭かの魔物は生き残ってしまい、怒りに呻きながら立ち上がろうとしていた。



「流石は硬さに定評のあるグレイウルフだ……しかし!」


 生き残った魔物の群れへと跳び込みながら魔具杖を大仰に振り被る。すると杖の先端が変形して触手のように伸び、凄まじい速度で魔物の胴体へ忍び寄った。

 間髪入れずにサダューインが右腕を振り上げると、その動きに合わせて杖から伸びた触手が魔物に絡み付き総体を天高く持ち上げる。



「……これで仕舞いだ」


 宣言とともに右腕を振り下ろすと、触手もまた連動して魔物を垂直に落下させて街道脇の草地へと激しく叩き付けた。今度こそ絶命は免れない。

 他にも生き残った魔物達に対して同様の手管で確実に息の根を止めて回り、ついでに魔物の死骸を街道脇に除けておくことで往来の邪魔にならないよう心配りも忘れない。


 群れると非常に危険な存在として知られるグレイウルフであったが、サダューインとの戦いに於いてはついにその脅威を見せ付ける暇もなく一方的に討伐されてしまった。


・第11話の3節目を読んでくださり、ありがとうございました。

・本文中に度々、出て来る単位なのですが

 メッテ = 1メートル

 グラント = 1キログラム

 グントー = 1グラム

 といった具合になっております。

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