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009話『二人の旅路』

※(2026.9.5) 本文の改稿を行いました。


 [ グラニアム地方 ~ エニズマ平野 ]


 昼過ぎに旅籠屋(はたごや)を発った二人と一頭は、そのままエペ街道を道なりに突き進みグラニアム地方を北上していた。



「(今のところ追手の気配は感じられない)

 (姉上と『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』の騎士達が、上手く捌いてくれたようだな)」


 サダューインの駆る黒馬の速度は、ノイシュリーベの愛馬には及ばない。

 しかし静かな歩みに加えて、特に持久力に優れている。


 二人の人間を乗せ、荷物まで積んでいるのに、その足取りは実に安定していた。




「乗り心地はどうかな?」



「はい、思っていたよりも……揺れが少なくて、助かります」



「それは良かった。リジルで駆け付けて正解だったな」


 手綱を操るサダューインの前方に補助用の鞍が追加され、ラキリエルは横乗りの状態で、彼と身体を密着させながら相乗りしている。


 乗り心地は上々。移り変わる地方の景色を眺める余裕すらあった。




 夏前の程好い陽気を浴びながら、街道を進み続けること数刻。

 やがて黄昏時へと至り、橙色に染まる草花はどこか哀愁と儚さを滲ませる。


 海底都市で生まれ育ったラキリエルにとっては、陸の上で目にするもの全てが新鮮に感じているのだろう。飽きることなく周囲を見渡し続けていた。



「綺麗ですね……。

 優雅でいて、誰のものでもない厳しさを兼ねた美しさを感じます」


 微風に揺れる草花、点在する樹木、飛び交う小さな虫。

 遠方には雄大な山々が並び、見上げた空の先……ナーペリア海側には城のような積乱雲が漂っている。


 その一つ一つに対して、ラキリエルは感嘆の溜息とともに微笑み続けた。



「ふふっ、そう感じてもらえるなら嬉しいよ。

 大領主となった姉上も、きっと誇らしく思うことだろうね」



「あの時 わたくしを助けに来てくださった騎士様達を率いておられたのが

 サダューイン様のお姉様だったのですよね」



「ああ、その通りだよ」



「大領主様が自ら駆け付けてくださるなんて……。

 後で、なんとお礼を申し上げれば良いのでしょう」



「姉上は、昔から自分が率先して動かないと気が済まない性分だった。

 俺を含めて、いつも周囲の者は度肝を抜かされていたよ」



「まあ……!」



「それもこれも、"偉大なる騎士"……とか云われている

 父上のような存在になりたいと願っておられるせいなのだが」


 父親に対して何か思うところがあるのか、或いは認められない部分があるのか。サダューインの言葉が僅かに淀んだことを、ラキリエルは聞き逃さなかった。


 

「勿論、大領主が自ら危険に身を晒すことを訝しむ声は多い。俺も同じ意見だ。

 しかし姉上としては、自分の信念と理想を曲げられないのだろうな」



「……」



「姉上が大領主の座を継いで、まだ数年の身だ。

 騎士や兵士達と共に現場に駆け付けることで、領民に顔を覚えてもらったり

 親近感を懐かせたいという狙いもあるのだろう……それは立派なことだよ」


 姉のことを語るサダューインの面貌はどこか誇らしく、同時に寂し気な雰囲気を漂わせていた。



「大領主様と仲がよろしいのですね」



「……いいや。最近は言葉を交わすどころか、顔を合わせる機会すらなくてね。

 実際に会ったとしても、その度に口論になるばかりだ」


 遠い目をしながら語りつつ、鞄から魔具(デミ・マギア)製の提灯(ランタン)を取り出した。

 いつの間にか日が暮れて、空には宵闇の帳が垂れている。


 ぱぁっと、温かい光が灯り、二人が進むべき道を照らしてくれた。



 サダューインの言葉の節々には、姉に対する尊敬と同時に、ある種の諦観のようなものが見え隠れしていた。

 並々ならぬ因縁と確執が姉弟の間で熟成されているのかもしれない。



「そうでしたか……何も知らずに不躾なことを申してしまいました」



「気にしないでくれ! 俺達が少々、拗らせ過ぎているだけの問題だからね。

 それよりも、このまま北上していけばこの辺りで一番大きな農村が見えてくる。

 充分な数の宿泊所があった筈だから、今日はそこで一泊しよう」



「お気遣い、ありがとうございます。

 すべてサダューイン様のご判断に委ねます、好いようになさってください」




「(悪漢達が追走してくる可能性を考慮して、昼過ぎから強行軍を強いていた)

 (なるべく早く、ヴィートボルグに辿り着きたいところだが)

 (ラキリエルの体力を考えるなら、適度に休息を挟んでいかないとな)」


 そうして陽が落ちた後も歩を進め、小さな集落を幾つか通り過ぎていく。

 すると、次第に大規模なライ麦畑が視界に映り始めた。

 



「これが全部、畑なのですね」



「この地方の主要産業の一つだよ。……さあ、見えてきた!」


 広大なライ麦畑を越えると、立派な木柵で囲われた農村の入口へと辿り着く。

 水堀とまではいかないものの、それなりの深さの小川が張られていた。


 入り口には篝火が焚かれており、槍と革鎧で武装した見張りの番兵の姿も確認できる。農村にしては中々の厳重さだ。



「ご苦労。日没後の来訪で済まないが、"私"はエデルギウス家の遣いの者だ」


 懐より、紋章が刻印された鞘入りの短剣を取り出し、番兵達に見せた。

 黄金の樹木と騎士剣をモチーフとした、エデルギウス家の家紋である。


 つまりサダューインは、この場では大領主の弟ではなくエデルギウス家に仕える密使の一人と偽って農村に入ろうとしている。



「訳有って、この付近に立ち寄る使命を仰せつかっていた。

 出入りを止める時刻だと承知しているが、こちらで宿泊させてほしい」 



「!? これはこれは……お使者様とあらば、喜んで」


「開門だ! 直ちに開門!」


 大きな農村を守る番兵だからこそ、密使が身分を明かすことの重要性を理解している。僅かな間のみ門が開き、二人を乗せた黒馬は悠々と村内に入っていく。




「お使者様の村内での行動に口出しする気はございませんが、

 どうか中央の建物……この村の救護院には、今はあまり近寄らないでください」


「……実は数日前に北東の銀鉱山で謎の瘴気が噴き出したのです。

 それが原因で落盤が起こり、炭鉱夫などの負傷者が運び込まれました」




「ほう? 詳しく話してくれ」



「なんでも落盤による直接の怪我に加えて、噴き出した瘴気の影響で

 皮膚の一部が紫色に変色する、奇妙な症状が顕れたのだとか」


「患者達は真っ先に、宿場街の救護院で治療を受けることになりました。

 しかし人数が多くて収容しきれなくなり、仕方なく一部がこの村に……」




「……緊急事態ということか」



「はい。突然の状況で、農村を管理する立場の方々も困っておられます」


「この村に運び込まれた患者の中にも皮膚が変色した者がいました。

 お使者様の身の安全のためにも、不用意に近寄らない方が賢明かと」

 


「分かった、報せてくれてありがとう。

 ささやかだが、これは礼だ。他に何かあったら都度よろしく頼む」


 短剣を懐に仕舞い、代わりに取り出したエディン硬貨を番兵達に手渡した。

 情報料と心付け。そして、次に変事が起きた際に優先して情報を伝えてほしいという意味が込められていた。


 そうして密使に扮したサダューインは、努めて冷静に村内を闊歩していった。





 [ グラニアム地方 ~ グレキ村『ミルカの匙亭』 ]


 宿泊所に辿り着き、馬舎に黒馬を停めて、宿泊の手続きを一通り済ませる。

 食堂で遅めの夕食を注文し終えたころで、ラキリエルが躊躇いつつ口を開いた。



「あの、サダューイン様……先ほどのお話なのですが」



「ああ、落盤事故の件だね。

 ここより北東の宿場街といえば、ザンディナム銀鉱山の傍のことだろう」


 料理を待っている間に鞄から地図を取り出して、テーブルの上に広げた。

 そして銀鉱山と宿場街の位置を指し示した。




「東側のナグファルスス海峡、西側のナグス小山脈によって挟まれた鉱山地帯。

 その土地柄から、採掘した鉱石が海峡経由の水路で運搬されることで有名でね。

 グレミィル半島の内外に資源を届けている街なんだよ」


 そしてグラニアム地方の重要な財源の一つ、と補足を入れた。



「(落ち着いて話してくださっていますけど、少しお声が硬いような気がします)

 (サダューイン様……もしかして焦っておられるのでしょうか?)」

 


「この辺りは魔物が多く棲息しているが、常に一定数の警備の者も駐在している。

 炭鉱夫を含めた定住者を相手に売買する商人や、その護衛の冒険者も多い。

 つまり救護院と、治癒術師もかなりの数が揃っている筈なんだが……」



「それでも患者が溢れてしまったのですね」



「……ああ、相当の規模の事故というわけだ」


 と、ここで急いで温め直してくれたであろう料理の数々が届く。


 ライ麦パンに豆と鶏肉のシチュー、そしてセルボワーズのセットという、この辺りの農村部の宿で提供される定番メニューといった組み合わせである。


 セルボワーズはどろっとして濁った液体で、いわゆるエールの原型であり酒精よりも原材料の麦類の香りが強く漂ってくる。

 栄養価が豊富で、日中に過酷な肉体労働に勤しむ者が多いザンディナム周辺では昔からよく愛飲されていた。




「ありがとう、美味しくいただかせてもらうよ」


 料理を運んでくれた若い女性の給仕に笑顔を傾け、手当が入った麻袋を手渡す。

 農村部では、サダューインのような美丈夫は珍しいのだろう。

 笑顔の直射を浴びた給仕は、軽く燥ぎながら厨房の方へと戻っていった。


 


「手慣れておられますね」



「エデルギウス家の一員として、真っ当に働く領民はなるべく労ってやりたい。

 ……どうかしたかな?」



「いいえ、何でもございません!」



「ふむ」



「……それよりも先程の話ですけど、もし癒し手が足りないというのであれば、

 微力ですがお役に立てるかもしれません」



「治癒魔法ないしは魔術の心得があるのか?」



「はい、これでも故郷では海神龍様の御力とご威光を示すべく

 癒しの秘術を用いて、同胞達の救済を担っておりました」


 胸元に掌を添えて、自信に満ちた瞳と声で告げた。



「それは心強いし、ありがたい申し出だ。

 しかしラキリエル、今の君に無理をさせてしまうのは忍びない」



「大丈夫です! 日中はずっとリジルさんに乗せてもらっていましたから。

 昨日に比べて幾らか余裕があります」



「(やけに積極的だな……何か思うところでもあるのか?)」



「わたくしの体調のことなら、どうかお気になさらず」



「そうか……実のところ番兵が言っていた患者の症状も気掛かりだったし、

 近寄るなとは言われたが、後で様子を見に足を運ぼうかと考えていたんだ」


 役職柄、貪欲に知識を欲するサダューインにとって実に興味深いことであった。





「じゃあ、これを食べ終えたら一緒に行ってくれるかな?」



「喜んでお供いたします!」


 元気よく答えると、ラキリエルは合掌しながら今晩の食事にありつけることに対する感謝の祈りを捧げ始めた。




「海神龍様の思し召しと、糧となりて巡る生命達に心より感謝いたします。

 どうか蒼角の果てで新たに常世へと巡り、還らんことを……」



「(我々の文化とは異なる、独特の祈りの所作だな)

 (彼女が修めた治癒魔法というのも、かなり毛色が異なるのだろうか)」


 その後、幾らかの談笑を交えながら食事を共にした。

 旅で疲れた肉体に、幾許かの活力が蘇っていくことを実感する。



 ライ麦パンは素朴で雑味が強く、粗めの粉のせいか ぼそぼそとした食感が気になってしまうが、この地方のライ麦自体の質が良いため滋養を感じられる。

 それをシチューにたっぷりと浸しながら時間をかけて平らげつつ、セルボワーズで流し込んでいくのだ。

 


「こほっ……こほっ……。この飲み物、思っていたよりも喉に詰まりますね」



「ああ、作り手や地方の風習によって粒度がまるで異なるからね。

 ふむ……これは飲み物というより固形物を溶かした代物といったところか。

 口に合わないようなら残してくれていい」



「いえ! 予想外の口当たりだったので少し驚いてしまいましたけど、

 これはこれで海底都市では味わえなかった新鮮な体験で楽しいのです!」



「なら良かった。

 ヴィートボルグまでは幾つかの村に立ち寄ることになると思うから

 行く先々の料理を少しでも楽しんでくれたら嬉しく思うよ」


 片やグレミィル侯爵の身内の者、片や海底都市で高位の神職に就いていた者。


 二人とも高い身分にある者同士だったが、庶民と同じ食べ物を口にすることへの抵抗は、全くといっていいほど感じていない様子であった。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第9話を読んで下さり、いつもありがとうございます。

・サダューインという男がどういった人物であるのか、じっくりと描いていきたいと考えていますので、ヒロインであるラキリエルとともに見守っていただけると嬉しく思います。

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