008話 幕間『貴き白夜』
※(2026.9.5) 本文の大幅な改稿を行いました。
※今回は本編の進行には直接影響しない特殊回です。
ノイシュリーベの来歴に纏わる描写が中心となります。
[ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア 旧中央広場 ]
「さあさあ! 皆様、ここで少しばかりの間奏曲をご披露いたしましょう」
~~~♪
狸人の旅芸人が奏でる旋律が、より静かに、より澄んだものへと移り変わる。
彼の周囲に人影は見当たらない。
だが、彼の唄と演奏を聴く者達は確実に存在していた――
「これより紡がれますのは、ここグレミィル半島を治めた大領主の物語。
英雄の意志を継ごうとした、儚くも麗しき白夜の唄でございます」
~~~♪
真夏の熱気に晒されて、旅芸人の額からは滝のような汗が滴っていた。
それでも彼は奏で続ける。大切な友人達の足跡をなぞるかの如く。
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「私は、お父様のような"偉大なる騎士"として歩んで生きたかった」
大領主の座を継いだノイシュリーベは、己の才能の無さを自覚する。
否、騎士を目指した最初の年から嫌というほどに思い知らされていた。
それでも懸命に抗い続け、非力な身で出来る限りの努力を積み重ねた。
父のようになりたいという、ただ一つの想いを拠り所にして……。
これはノイシュリーベ・ファル・エデルギウス・グレミィルという傑物の物語。
彼女を構築する人生の一端と、其の起源を綴る幕間にして幻創の記述である。
ノイシュリーベに最も影響を与えた人物。彼女の父親、英雄ベルナルド。
英雄ベルナルドは、その高潔なる心と生き様で、多くの者達を惹き付けた。
彼の下に集った騎士や戦士、或いは傭兵。盗賊に旅芸人、ただの町娘に至るまでベルナルドの熱気に充てられて大炎を育み、やがて太陽の如きヒトの輪を築く。
激しい動乱の時代にて彼が指揮したイングレス南域の防衛戦線は、『炎の壁』と称される程に大いに燃え盛った。
その中核たる彼は、畏怖を籠めて"太陽の槍"という二つ名で呼ばれていた。
"太陽の槍"ベルナルドの根幹を成していたのは、純人種離れした屈強な肉体。
武人として理想とされる長身。凄まじい膂力。無尽蔵の体力。
何事にも動じない胆力。鍛錬と実戦を経て磨き上げた技と戦術眼。
天賦の才を持つ者が弛まぬ努力を積み重ねた上に、戦火の中を駆け抜け続けたことでヒトの限界を飛び越えていた。
侵略者であるラナリア皇国軍にとって畏怖の象徴であった"太陽の槍"は、いつしか"偉大なる騎士"と称えられるまでに至っていたという。
そんなベルナルドの肉体面での非凡さは、しかしながらノイシュリーベには一切受け継がれることがなかった。
代わりに持って生まれた素質といえば、ハイエルフの母親、ダュアンジーヌ譲りの莫大なる魔力と『妖精眼』。そして魔法使いとしての類稀なる才能……。
つまるところ、騎士としての素質を何一つとして持ち合わせていなかったのだ。
ノイシュリーベは、エルフ種の肉体的特徴を強く宿している。
細くしなやかな四肢は頼りなく、槍どころか騎士剣を構えることすら苦労した。
運動能力そのものは決して悪くないし、むしろグラナーシュ大森林を容易く走破する脚力と身軽さを持ち合わせていた。
だが最前線で戦う戦士や騎士に求められる膂力と体重、豪胆さが致命的なまでに不足していたのである。
野伏のような俊敏さを活かした立ち回り方や、弓矢や魔法を用いた遠距離の攻防であれば人並み以上の活躍が約束されるだろう。
然れど、"偉大なる騎士"のように常に最前線に立ち、如何なる攻撃にも怯まずに槍を振るい続けるような戦い方は、彼女の華奢な肉体では無謀の極であった。
ベルナルドから受け継いだものといえば、彼の理想とエデルギウス家の家督。
グレミィル侯爵としての地位、そして父の代から仕える家臣達と領民。
たとえ騎士としての才能に恵まれずとも。為政者としての胆力が足りずとも。
それでも父の跡を継ぎ、果てなき路を歩み続けると決めたのだ。
そのためにノイシュリーベは、潔白さと愚直さという二つの砥石によって己の人格を徹底的に研磨していったのである。
大領主として相応しき人格を。"偉大なる騎士"を継ぐ者としての振る舞いを。
『人の民』と『森の民』を束ねるに値する、偶像に成ろうとした――
彼女にとって不幸だったことは、英雄ベルナルドの天賦の才を余さず受け継いだ双子の弟……サダューインという存在。
望んでも決して手に入らぬ理想の肉体。性別。そして他者を蕩かす魅力と胆力。
サダューインは、ノイシュリーベが渇望した才能の全てを兼ね備えていたのだ。
もしもサダューインがベルナルドの理想を継ぎ、騎士を目指していたならば、きっと今頃は大陸史に名を刻むほどの英雄になっていたかもしれない。
ラナリア皇国内であれば、皇族専属の近衛騎士に抜擢されていただろう。
そうであれば、ノイシュリーベとて諦めがついたのかもしれない。
理想と家督を弟に託し、別の形でグレミィル半島のために尽くしていた……。
そもそも男尊女卑の慣習が根強く残る大陸中央部の国々では、女性が騎士になること自体が当時は極めて難しかったのである。
ラナリア皇国に併呑される前のグレミィル半島は、旧イングレス王国の一部であり、当然ながらその影響を強く受けている。
更にノイシュリーベが騎士修行に赴いた南イングレス領の角都グリーヴァスロという都市では、殊更にその傾向が強かったのだ。
女性の身で騎士を目指したノイシュリーベに対する扱いは、常軌を逸するほどの過酷さであり、それまでに積み上げた価値観や、自尊心の全てが打ち砕かれた。
騎士としては不出来な肉体、豪胆さとはほど遠い繊細な本性。
あらゆるものが逆風と化す環境……それでもノイシュリーベは耐え忍んだ。
"偉大なる騎士"、英雄ベルナルドのようになりたいという一心で。
彼女は清廉であった、だが同時に強情でもあった。
愚直なまでに憧れた存在を追い求め、己の肉体だけでは辿り着けないと悟ると、欠落しているものを補うべく外殻と仮面を纏うことにした。
エルフ種の禁忌を破り、金属製の甲冑を着込んだ。
扱う魔法は身体能力を補う術式を主軸に据えて、只管に研鑽を重ねた。
彼女が身に纏う、白く輝く全身甲冑こそ、父を象るための姿。
不出来な肉体を補う外殻にして、繊細な心を覆い隠すための仮面。
憧憬が結実した成果にして、偶像化した姿なのだ。
何事にも動じない、"偉大なる騎士"のように最前線に立ち続けるために。
斯様な涙ぐましき歩みは、嗚呼……しかし悍ましき呪詛によって穢される。
二年前の冬。彼女の父は、業火に拠って灰と化した。
ノイシュリーベの心は、灰色と銀の回廊を彷徨い、やがて新たな路を得る。
灰と化した父を纏い、白粉にしようとした。
彼女が身に纏う、白く輝く全身甲冑こそ、灰を塗りたくった姿。
停まり掛けた脚を無理やり動かす外殻にして、涙を覆い隠すための仮面。
グレミィル侯爵という偶像を象るための、白粉なのだ。
清廉潔白な偶像として、愚直なまでに茨の路を突き進もうとするノイシュリーベの姿を知悉する者達からは、いつしかこう呼ばれるようになっていた。
"貴き白夜"のようであると――
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[ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア 旧中央広場 ]
~♪
「…………」
演奏の途中で、ふと弦を弾く旅芸人の指が止まる。
途端に市中は静寂を取り戻し、急速に彩が失われていった。
「あ、いや……すみません。ちょいと目に埃が入っちゃいましてね!
直ぐに再開しますんで、少しだけ待っててくださいな」
慌てた様子で目元を拭い、再び弦に指を添えた。
「さあさあ、仕切り直しでございます!
次は如何なる唄を奏でましょうかね~!」
陽光が傾き始めた昼下がり、旅芸人の演目はまだまだ続くのであった。
・第8話を読んで下さり、ありがとうございます。
今回は本作の主人公の一人、ノイシュリーベの来歴について綴らせていただいた回となります。
少しでも皆様の印象に残るような人物になれれば感無量でございます。
・次なる第9話からは、もう一人の主人公であるサダューインとメインヒロインのラキリエルのお話。
投稿時間は再び7:10頃を予定しておりますので、是非読んでいただけると嬉しく思います。
・おまけ
白夜の甲冑を装備したノイシュリーベのラフイメージです。
正式なデザインはまた後日改めて描いていきたいと思います。
甲冑の至る箇所に風魔法で産み出した尖風を放出する噴射口を設けており、
特に肩と腰の草刷り部分はノイシュリーベの意思を乗せた魔力操作によって自在に動かすことにより、噴射口の位置や向きを変えることが出来るので、あらゆる方向への急速移動が可能となります。
これによりノイシュリーベの膂力でも、甲冑を着込んだまま通常の騎士を凌駕する戦闘機動を行えるようになっています。
また、草刷り部分の噴射口を全て後方に集約させることで、爆発的な加速力で吶喊することができます。
設定的には甲冑型の魔具に分類され、防具というよりパワードスーツといったほうが良いのかもしれません。
ちなみに彼女の愛用の武器である斧槍は、グリュングリントという銘が付けられています。




