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008話『貴き白夜』


 ノイシュリーベ・ファル・シドラ・エデルギウス・グレミィルは己の才能に絶望していた。


 力強く、公平で、常に最前線に身を投じ続けたことでグレミィル半島を含む旧イングレス王国の民を守り続けた父、ベルナルドのような"偉大なる騎士"に憧れを懐いた。

『太陽の槍』、『王国の善なる防人』、『勝利と喜びを引き寄せる騎士』……と、ベルナルドの功績を称えた呼び名は多岐に渡り、崇拝にも近しい想いはノイシュリーベにとって生涯を歩んでいく上での絶対的な道標と成った。


 かつて侵略を繰り返していたラナリナ皇国陸軍を相手に、一歩も退くことなく戦線を維持した大戦期の英雄、ベルナルド。

 弛まぬ努力と鍛錬の果てに磨き挙げた武芸の冴え、戦場を一目で看破する視野の広さと分析力、そして然るべき戦術眼をも兼ね備えていた。


 更に貴族の出身なれど傲ることなく平民や亜人種に対しても分け隔てなく接し、関わる相手の主張を正面から受け止めては真摯に応え続けた。

 一時は敵対していた者であったとしても、歩む路が交われば遺恨を捨て去り新たな同胞として迎え入れる器量を持ち合わせていたのだ。


 故に彼に惹き付けられた者達が自然と集まり、輪を成すことで産み出される士気と熱量は恰も太陽の如し。圧倒的な戦力差であった南イングレスの防衛線に於いて侵略者達を追い返す原動力と成り得たのだ。

 斯様な功績により、戦後グレミィル半島の大領主に封じられて政の最前線に立つようになってからも、ベルナルドの在り方は変わることはなかった。


 

 彼の偉業の根幹を成していたのは、純人種離れした屈強な肉体。武人として理想とされた長身に凄まじい膂力。無尽蔵の体力。何事にも動じない胆力。

 そんな恵まれた天賦の才の数々は、しかしながら子であるノイシュリーベには一切受け継がれることはなかった。

 代わりに持って生まれた素質はといえば、"魔導師"であった母ダュアンジーヌ譲りの莫大なる魔力。そして魔法使いとしての類稀なる才能……即ち、精霊との交信能力のみ。


 エルフ種としての肉体的特徴を強く受け継いだが為に、細くしなやかな四肢は頼りなく、槍どころか騎士剣を振るうことにも苦労するほどだ。

 グラナーシュ大森林を走破する脚力こそ持ち合わせていたものの、最前線で戦う戦士や騎士としては致命的に膂力と体重、豪胆さが不足していた。


 盗賊や野伏のように敏捷さを活かした立ち回り方や、弓矢や魔法を用いた遠距離の攻防であれば実戦でも人並み以上に振る舞えることだろう。

 然れど、"偉大なる騎士"のように常に最前線に立ち、何者の攻撃にも怯まずに槍を振るい続けるような戦い方は、ノイシュリーベの肉体では余りにも無謀と悟ほどに華奢を窮めていた。



 父ベルナルドから受け継いだものといえば、エデルギウス家の当主の座とグレミィル侯爵としての地位、そして父の代から仕える家臣達。

 "偉大なる騎士"を目指す者としては非力な身で、地位や家臣、民を背負って歩むことを決めたノイシュリーベの人格は潔白さと愚直さという二つの砥石によって研磨されていったのである。

 



 彼女にとって不幸だったことは、父ベルナルドの天賦の才を余さず受け継いだ双子の弟……サダューインという存在であった。


 望んでも決して手に入らぬ理想の肉体。そして性別。サダューインは、ノイシュリーベが渇望したものを全て兼ね備えていた。



 旧イングレス王国は"騎士の国"として知られ、伝承に記される高名な騎士を数多く輩出してきた誉れ高き地であると同時に男尊女卑の慣習が長らく続いていた。

 女性が騎士として振る舞うことなど言語道断。護身の為に武芸を嗜むことはあっても叙勲は認められない。

 その慣習はラナリア皇国に併呑された現在でも根強く残っており、南イングレス領の角都グリーヴァスロへ騎士見習いとして修業に赴いたノイシュリーベは、凄まじい逆風に晒された。


 現在でこそ無事に騎士叙勲を賜り、一廉の騎士として成立することが適ったのだが、これは奇跡に等しい成果なのである。

 両親が病に伏したという報せを受けたノイシュリーベが直ぐにグレミィル半島へ帰郷できなかったのもこれが理由である。もし私情を優先したならば叙勲(きせき)は容易く取り上げられる可能性があったのだ。



 英雄として称えられたベルナルドの子供だからこそ特例的に騎士見習いとして居座ることが許されただけであり、そこから先の厳しい修行時代は想像を絶する艱難辛苦の連続であった。

 故に騎士として恵まれた素質を全て備えているにも関わらず、騎士ではなく"魔導師"を目指したばかりか、邪法にまで手を染めた弟に対し、彼女は嫉妬と羨望、憎悪と畏敬という相反する感情を、年月の経過とともに募らせていき、己が理想へ向けて突き進む原動力の一つとしていったのだ。




 彼女は清廉であった、だが同時に強情でもあった。


 愚直なまでに憧れた存在を追い求め、己の肉体だけではその資格がないという現実を直視させられると、欠落しているものを補うべく特注の武具や魔法の開発に勤しんだ。


 エルフ種の禁忌を破り金属製の装具を身に纏うことも厭わない。扱う魔法は身体能力を補う術式を主軸に据えて只管に研鑽を重ねた。




 白く輝く全身甲冑こそ彼女の理想。


 何事にも動じない"偉大なる騎士"として最前線に立つという憧憬が結実した成果にして、偶像。




 ノイシュリーベ・ファル・シドラ・エデルギウス・グレミィルは元来、肉体面はいうに及ばず精神面でも決して強者ではなかった。

 時には己の非才さや背負うべきものの重責により、独りで涙を零したことも両手の指では数えきれないほどであった。

 それでも大領主としての仮面を被り、白く輝く甲冑を纏い、"偉大なる騎士"としての外殻を形成していったのだ。



 其の精神は愚かしいほど真っ直ぐだった。


 其の肉体は茨の路を歩み続ける為に涙を流さぬ外殻で覆われた。


 其の魂は白夜の如き純白で染め上げようとした。




 ノイシュリーベにとって数少ない救いがあるのだとすれば、それは友人の存在。


 双子の弟と袂を別ち始めたころ、骨拾いの狸人と出会いエデルギウス家に迎え入れた。

 その者は何も持たない貧者であり底辺に湧く泥芥、路傍の石のようですらあった。しかし懸命なる努力と赤誠の忠誠を示し、自らの境遇を塗り替えてみせた。やがては自らの脚で大陸各地を行脚するほどの実力と処世術を会得するまでに至る。


 一廉の実力を獲得して自立して尚も彼はエデルギウス家に尽くすことを是としており、特にノイシュリーベに対しては家臣であり気心の知れた友人として振る舞ってくれた。

 大領主となったノイシュリーベの脇を固めるかのように、常に支え続けてくれる友人の存在は、仮面と甲冑を纏い続ける彼女にとっての安息となる。




  "偉大なる騎士"を目指す彼女は高潔にして純白。不要なものを削ぎ落し、必要なものを白粉の如く塗り固めた偶像。

 然れど、英雄ベルナルドが歩んだ道程は血と炎に塗れた闘争の痕跡であり、欺瞞と汚泥に晒された政治の史跡。本質的に純白とは相容れないのである。


 彼女はそれを理解していた、理解して尚も、純白な偶像(ノイシュリーベ)こそ己が騎士として振舞える唯一の方法であることを覚悟した。

 血と炎が相容れないというのならば、己が理想を燃やし尽くした先の灰を纏おう。


 白き灰を白粉に、白粉を石膏の如く塗り固め、漆黒の夜すら塗り替えるべく憧憬の果てを目指して歩むのだ。

 さすらば灰色と銀の回廊を踏破せし理想は、いつしか幻創へと至ることもあるだろう。


 故に彼女を知悉する者は是認の意を含めてこう呼ぶことにした……『貴き白夜』のようであると。


・第8話を読んで下さり、ありがとうございます。

 今回は本作の主人公の一人、ノイシュリーベの来歴について綴らせていただいた回となります。

 少しでも皆様の印象に残るような人物になれれば感無量でございます。

・次なる第9話からは、もう一人の主人公であるサダューインとメインヒロインのラキリエルのお話。

 投稿時間は再び7:10頃を予定しておりますので、是非読んでいただけると嬉しく思います。


・おまけ

挿絵(By みてみん)

白夜の甲冑ナハト・ダュアンジーヌを装備したノイシュリーベのラフイメージです。

正式なデザインはまた後日改めて描いていきたいと思います。


甲冑の至る箇所に風魔法で産み出した尖風を放出する噴射口を設けており、

特に肩と腰の草刷り部分はノイシュリーベの意思を乗せた魔力操作によって自在に動かすことにより、噴射口の位置や向きを変えることが出来るので、あらゆる方向への急速移動が可能となります。


これによりノイシュリーベの膂力でも、甲冑を着込んだまま通常の騎士を凌駕する戦闘機動を行えるようになっています。

また、草刷り部分の噴射口を全て後方に集約させることで、爆発的な加速力で吶喊することができます。


設定的には甲冑型の魔具に分類され、防具というよりパワードスーツといったほうが良いのかもしれません。


ちなみに彼女の愛用の武器である斧槍は、グリュングリントという銘が付けられています。

挿絵(By みてみん)

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