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007話『裏拍-其は足元に這い寄る濁り水』(4)


「まったく、ヒトが感傷に耽りかけていたんだから空気くらい読みなさい」



 臆する様子もなく立ち上がったノイシュリーベは、背後を振り返りながら声を掛けてきた者達を睨み据えた。そこには下卑た表情を浮かべながら薄ら笑いを浮かべる三人組の男性が佇んでおり。破落戸(ごろつき)よりは幾らか上等な身形をしていた。



「うっ……こいつ、ただのボンボンじゃねーな」


 フードこそ被っているものの、騎士として鍛え抜いた眼光は相対する者を貫くような鋭さを宿しており、三人組のうちの一人は思わず身を竦ませてしまう。



「つーかよ、もしかして ここの市長が捉えろって言ってた奴じゃねえの?

 ノイシュなんとかっていう……」



「ああ、確かに。背丈とか目の色が情報通りだ。

 ということはフードと外套(マント)の中身はエルフの女ってことか」


 それぞれが所感を語り合い、偶然にも彼等が足取りを辿っていた人物なのではないか、という考えに至ったようだ。

 おまけに薄暗い貧民街を独りで歩き回っているエルフの女……若き秀麗な異性とあらば、彼等が下卑た笑みを禁じ得ないのは必然である。



「市長、か……本当に、絵に描いたような能無しの屑ね」


 昨日の今日どころか、先刻の今とばかりに来訪した大領主を捉えようとするとは、どこまで短絡的なのか。

 確かに面会の席ではノイシュリーベもセオドラ卿を煽るような詰問を何度も行ったかもしれないが、それにしたとて考え無しが過ぎるというものだ。

 そして、それを本人の前で容易く漏らした三人組に対しても、侮蔑を通り越して憐憫の情すら感じてしまう。或いはそのようなやり取りが許されてきたほどに、彼等はこの街で好き放題に生きてきたということなのだろうか。



「ねぇ、立って走れる?」


 蹲ったまま怯える少年に問い掛ける。少年は震えながら首を横に振り、己の足……結晶化した部位を指差した。



「わかった。じゃあ少し荒事になるから、なるべく離れた場所に逃れていなさい」


 三人組……おそらく身形からして冒険者崩れの悪漢、に自ら近寄り少しでも少年に被害が及ばないように心配りをする。

 それを見た悪漢の一人、先頭を歩いていた黒髪の男が腰に帯びていた蛮刀を抜き放ち、下卑た笑みのまま言葉を投げてくる。



「本当にノイシュなんとかって奴なのなら、うちのお頭も行方を追おうとしてたんだっけか。

 ここでとっ捕まえりゃ市長とお頭の二人からたっぷりとご褒美が貰えるって寸法よ!」



「まずは面を拝ませてもらうぜ~。無駄な抵抗はしないほうが身の為だ」



「黙りなさい、下郎!」


 フードを捲ろうと伸ばしてきた腕を、ばしん! と平手で叩いて祓うと、そのまま細剣の柄へと掌を添えた。



「はんっ! やろうってのかよ?」



「知ってるぜ、お前さんは騎士としちゃ まあまあやるって話だが、それは馬と鎧と槍が揃っていればの話なんだってな」



「丸腰なら貧弱なエルフそのものだって市長から聞いてるぜぇ?」


 後ろの悪漢二人もそれぞれの得物を抜き放つ。片手斧と短剣、蛮刀を構える黒髪もそうだが、全員がそれなりに取り回しの良い武器を好んでいる。

無駄な装飾は見当たらず、実用性を重要視しての選択なのだろう。態度と頭は残念だが実力と場数の豊富さだけは確かなようであった。



「御託はいいわ。そろそろ耳障りだし、正統な反撃行為としてその舌を切り裂いてあげる」


 細剣を抜き放つ。然れど、其れは鋼鉄の刃に非ず。薄く透き通った宝石の如き結晶を研いだかのような代物であった。

数合と打ち合えば容易く砕けてしまいそうな、儚くも美しい結晶刃……実戦用ではなく儀礼や儀式の場で用いる刀剣といった風情である。



「ぎゃははは! そんな見た目だけの剣でやり合おうっていうのかよ」



「こいつはとんだ馬鹿貴族もいたもんだぜ! もしかして、あの市長よりもボンクラなのかもな!」



「だが高く売れそうだ。身柄はお頭か市長に突き出すとして、あの剣は戦利品として俺達の物にしちまおうぜ」


 口々に好き勝手なことを言い合いながら哄笑する悪漢達だが目元だけは笑っていない。罵倒しながらも眼前の細剣の真価を測り兼ねているのであろう。

 例えば刀剣型の魔具である可能性だ。彼等が「お頭」と呼ぶ者も、そういった得物を振るっているだけに彼等はその恐ろしさを熟知していた。



「(黙って武器だけ振るっていれば、それなりの武人ではあるのでしょうに……)」


 右掌で細剣を握り締め、右脚を前に出して半身に構える。重心は身体の中央で維持したまま、仮に三方に別れて襲撃されたとしても対応できるように備えた。

 同時に、隙あらばいつでも相手の喉首を貫けるよう細剣の穂先と視線による牽制も欠かさない。その構えは猫科の猛獣を彷彿とさせる。


 数の不利にも動じる素振りを見せないノイシュリーベに対して、悪漢達は哄笑を止めて頭を切り替え、それぞれが臨戦態勢へと入っていく。



「一丁前に構えやがって、生意気な女だぜ」


 最初に動いたのは黒髪の悪漢。手にした蛮刀を諸手で握り、一旦 肩で担ぐようにして構えながら無造作に距離を詰めつつ横薙ぎに大きく振り被る。

 膂力は十二分、当たれば並の肉体であれば骨ごと断ち切られることだろう。華奢な上に甲冑を着ていないノイシュリーベならば万に一つとて耐えられる筈もない。


 だが、鈍い。大振りである分を加味したとしても、武芸の鍛錬を積んだ者同士の戦いであれば容易く太刀筋を読まれて避けられる程度の粗雑さだ。

 わざわざ打ち合う必要もないとばかりにノイシュリーベは軽く後方に身を引くことで、避けて対処しようとした。しかし蛮刀の刃が空を切る直前にて、

なんと太刀筋が拡張したのだった。



「……ッ!」


 異変に気付くと同時に深く身を屈め、予想外に伸びてきた蛮刀を寸前のところで避ける。

 その代償として纏っていた外套がズタズタに引き裂かれてしまい、衆目を惹いて余りある美しき面貌と、エルフ種の中でも高貴な血筋の者のみが持つ真珠の如き銀輝の髪が露わとなった。



「……へっ、ボンボンにしてはやるじゃねえか」



「おいおいアッシュよぅ! なーに躱されてやがんだ。クロッカス姐さんが今のを見てたら後でみっちりとオシオキされるぞ」



「だが……こりゃ思ってたより上玉だぜ。お頭達にそのまま渡してちゃ勿体ない。死なない程度に痛めつけてから、お楽しみと洒落込もうぜ!」


 必殺の一刀を初見で躱されて唸る黒髪。そんな彼を煽る片手斧の悪漢。ノイシュリーベの容姿を目にして改めて下卑た笑みを浮かべる短剣を持つ悪漢。

 三者三様に反応はバラバラであったが、今の攻防を経て彼等の放つ雰囲気からは相手を舐めて掛かる気配が完全に消え失せていた。



「二度目の偶然は起きねえぜ! いくぞ、お前ら!」


 再び黒髪が蛮刀を横薙ぎに振るい、短剣を持つ悪漢が素早くノイシュリーベの右側面へと移動しながら得物を投擲。

 片手斧の悪漢だけはその場を動かなかったが、彼の役割は後詰として一拍置く形で待機しているに過ぎない。



「『――纏え、尖風(フェル・ヴィンタル)』!」


 視線だけで悪漢達の動きを追いつつ、至極短い詠唱にて風魔法を唱えた。

 すると何処からともなく激しい勢いで風が流れ込み、細剣に纏わり付かせることで刀身が小さな竜巻と化す。



「ていっ!」


 眼前の黒髪に対して一歩踏み出し、細剣による鋭い刺突を繰り出す。さすらば横薙ぎに振るわれた蛮刀と十字を描くように交差して克ち合う形となる。


 双方の質量と膂力を鑑みれば、比べるまでもなくノイシュリーベの細剣の方が圧し折られるのが道理。

 然れど、刀身に纏った竜巻によって蛮刀の質量に圧されることはなく、そればかりか逆に風の齎す反発力が相手の得物を弾き飛ばしてしまったのだ。


 続けて、即座に細剣を引き戻しては右側面から飛来する短剣を打ち払う。こちらも結晶状の儚い刀身には一切触れさせることはなく、短剣のみを明後日の方角へと吹き飛ばした。



「チッ、魔具というわけじゃなさそうだが、魔法をこんなに簡単に唱えやがるのかよ……これだからエルフってやつは!」


 丸腰となり、悪態を吐いた黒髪へ歩を詰めて刺突を繰り出す。狙いは心臓、一突きで仕留める算段であったが相手も場慣れしている為か、咄嗟に左腕を突き出して即死を免れようとした。



「うぎゃあああ!!」


 細剣が黒髪の左腕を貫き、続けて刀身に纏わせていた竜巻による螺旋の刃が、腕の血肉を無残にも磨り潰し、削ぎ落していく。

 これには流石の場慣れした悪漢とて堪らず悲鳴を挙げて蹲り、戦意を失った。



「手前ぇ!!」


 ここでようやく、片手斧を持って後詰として控えていた悪漢が迫り、仲間を救出するべく首筋狙いの袈裟懸けの一打を繰り出してきた。生かしたまま捕えるという当初の目的と余裕は既に失っている。


 全身のバネを駆使して刺突を繰り出した直後であったがために、ノイシュリーベは直ぐに迎え撃つことが出来ない。

 故に真向からは打ち合わず、総身を左斜め後方へ捻らせつつ、その場で旋回。迫り来る悪漢の軸足へ鋭い後ろ回し蹴りを放って体勢を崩すことで、片手斧の太刀筋を狂わせることでやり過ごした。



「(……普通の騎士だったら、今の蹴りで脚の骨の一つでも砕けてるんでしょうけどね)」


 矮躯に加えて致命的に膂力と体重が足りないノイシュリーベの体術では、幾ら素晴らしき技の冴えであったとしても先刻のように体勢を崩すのが関の山なのである。

 これまでの人生で嫌というほどに味わってきた、己に足りないものを噛みしめながら若き大領主は細剣を振るう。


 袈裟懸けに一閃。刀身ではなく纏った竜巻によって片手斧を振るった悪漢の胸部が容赦なく斬り裂かれ、叫び声を挙げる間も無くその場に頽れる。

 それを見咎めた黒髪と、短剣を放った悪漢達は互いに目配せしながら、細く狭い路地の一角へと退散しようとしていた。



「クソがっ! 覚えておけよ!!」



「畜生、あのブタ市長め! 女 一人とっ捕まえて報酬が五百エディンなんて話が美味すぎると思ったわけだぜ。とんだ化け物じゃねーか」


 如何にもな捨て台詞とともに短剣を投擲してきた悪漢が姿を消し、次いで黒髪のほうも竜巻で抉り割かれた左腕に手持ちの布を巻き付けて応急処置を施しながら

路地を伝って何処かへと逃げ果す。

 追走するという選択肢もあったが、どう考えても地の利は向こう側にある。闇雲に追い駆けているうちに増援を呼ばれて取り囲まれる可能性を危惧した。



「……また賊徒を獲り逃すなんて、最近は冴えない戦果ばかりね」


 不慣れな場所で装備は不十分、おまけに昨晩から戦い続けて疲弊している。そんな状態でも怪我することなく撃退に成功した上に、想定外の情報も獲得したのだから決して悪い結果ではない。

 しかしながらノイシュリーベにとってはあくまで不出来な戦果だと感じていた。


 父ベルナルドであれば、このような悪漢を取り逃す失態は有り得ないだろうという、ある種の崇拝に近い想いがどうしても付き纏ってしまうのだ。


・第7話の4節目を読んで下さり、ありがとうございました!

・メインウェポンが斧槍(ハルバード)のノイシュリーベが細剣で戦う貴重な回となります。

 本文中にもありますが今回使った細剣は儀礼用または儀式用の代物で、

 武器として見るなら剣というよりは短杖に近い性質となっています。

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