約束は、ここに果たされた。
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手を重ねた二人がまばゆい光に包まれてから。
レンが目を開くと、そこはどこまでも白い世界が広がっていた。
真っ白な光は、レンが誕生する前に包まれたのとほとんど同じ光だ。
光を見回すレンが顔を向けた先には光球が浮かび、その中にはリシアの姿がある。光の中で身体を丸めて浮かんだリシアの胸を、光の魔剣が貫いている。剣がまるで、リシアをこの世界に封じているかのようだった。
「ここは――――リシアの魔石の世界?」
歩きはじめたレンが口にした。
ここはレンの波動で白の聖女の力を追い詰めて、ようやくたどり着けた場所なのだろうか。
白の聖女という力が最後の最後に生み出した、リシアを押しとどめるための檻。その実態は、リシアの体内に宿る魔石そのものに思えてならない。
リシアの肌を見れば天使化こそ抑えられてはいるようだが、まだ彼女を取り戻すことはできていないように感じる。
歩を進めるうちにもレンは思った。
「ノクウェスの繭なんて、七英雄の伝説ではなかったはずなのに」
当然、気を失う前にも考えていたのだが、七英雄の伝説における白の聖女の惨劇の際、ノクウェスの繭を連想させる光などなかった。この世界にその光が存在してしまった理由を考えたレンは、いま答えに手を伸ばした。
「……そうか。イェルククゥのときと、ローゼス・カイタスのときのことが」
七英雄の伝説と違い、リシアの魔石はある種の覚醒に近い影響を二度も受けていた。はじめは光の魔剣と呼称する剣を召喚したときで、ローゼス・カイタスでは天使化したリシアと言葉を交わしたときだ。
様々な違いはあっても、この二つが特に大きいであろうことはレンにも想像がつく。
故にリシアの天使化は、さらなる局面にすら至っていた。
それはきっと、七英雄の伝説のときと比べて遥かに強大にだった。
「大きな覚醒に近づいた白の聖女の力が、エルフェンの涙の本当の光を呼び起こした――――」
だから白の聖女の天使化が訪れただけでなく、ノクウェスの繭や光が生じたのかもしれない。
だが、雫の力だけが魔王教に対して何らかの役割を持っていたともいまは思えない。天使化を遂げたリシアを思えば、彼女も何か役目を負わされていたとしか考えられなかった。
それだけではなかった。
レンはアーヴェルとの戦いで意識を失いかけていた際、リシアとアーヴェルが話す声を聞いた。
白の聖女の力が、レンの何かを許さなかったのだろうという言葉を。
レンは歩きながらそれを思い出し、口にする。
「どうして俺が……って思ったけど、いまならわかる」
以前、レンが見た光景の中でイヴは言っていた。
『弱かったあなたは選べなかった。あなたは罪深い人ね、レン・アシュトン』
『でも────あなたは、その血筋に翻弄されちゃってる』
セシル・アシュトンのものか、あるいは蝕み姫か。いずれかの血が白の聖女に何かの縁をもたらしているのだと。血筋が何故という疑問は残されていたが、あの言葉が意味することへとようやく繋がった。
一方で、何故この日だったのだろうという疑問。
リシアの心身が成長したことに限ったことではない。
彼女がレンに向ける恋慕の念が一定以上に高まったこと、それがどうして影響したのかということを、いずれもレンには知る由もなかった。
「ローゼス・カイタスで天使化した理由も、やっとわかった」
もし、レンが一つの要素としてあるのなら、彼がリシアの傍を離れてしまえばいい。
そんな考えはレンの心が否定した。
何故なのかはわからないが、それは誤りである気がしてならず、リシアと出会ってからのいままでを否定することもできなかった。
だから、天使化という現象を引き起こす原因をねじ伏せるのだと、ようやく光球の前に立ったレンは意識した。
まるで強固な殻のようにリシアを包む光を見つめ、レンは言う。
「魔石を破壊しないと、白の聖女は止まらない」
魔石の破壊はリシアの死。
彼女を包む光の殻を破れたとしても、魔石を破壊することはできない。権能ノ剣で神性を抑えられても、白の聖女の魔石には手を出せなかった。
ミスリルの魔剣はこの世界に来たときから手にしていたが、それを振り上げることは……。
「……違う」
レンはさっき見たはずだ。
白の聖女の力の根源は、レンが知るリシアそのものだった。彼女の魔石が完全なる悪であるとは言えない。
「……白の聖女の魔石は、リシア自身でもあるんだ」
天使化も、リシアが持ち合わせていた可能性のある力だ。
ただ、何らかの意思が介在し、彼女に命じていた。魔王教を、レンを、殺せと。そして自らの元へ来いと告げていたようだった。
それなら、介在することを許さなければいい。
『効果的なのはその強制力に抗いつづけて自我を保つことだ。負けたら自我を失い力が好き勝手に暴れまわる。単純だろう』
『耐えきったとして、二度目がない保証はありますか?』
『負けないで抗いつづけたら、個人を成立させるすべての要素が順応し、成長する。恐らくこれが、求める答えに近いんじゃないか?』
レンがエウペハイムではじめてラグナに出会ったときに交わした会話が、再びレンの脳裏を駆け巡る。
同時にレンは、いまからすべきことを心に定めた。
「桁違いの神性が、白の聖女をもう一度暴走させた」
白の聖女、そして彼女の魔石に影響をもたらす存在との間にある、目に見えない縁。
それを消し去り、彼女の魔石を彼女だけのものにするために。
「だったら俺は、断つだけだ」
レンの目は、光の魔剣に向いた。
あれだ。あれがリシアを囚われの身にしている。
レンが近づくと光の殻が明滅を繰り返す。剣に近寄るなと告げると同時に、彼の身体を押しのけようと強烈な圧を放っていた。
「あの剣を作った存在が、リシアを自分のものにしようとしていたから」
各地で聖骸現象が発生したように、レンとリシアがどこにいてもこの日を迎えることになっていただろう。
故にそれは運命ではなく、宿命。
「はじめから避けられなかった、世界の望み」
声に続き、レンをこの世界から弾き出そうとする圧が全方位から押し寄せてきた。
その際、彼の手に温かな魔力が浮かんだ。触れるだけで涙が出てきそうになる、純粋な想いが混じった美しい魔力だった。
「これって――――」
力を貸してくれている。
黒の巫女がきっと、この世界の外側から。
彼女もいま、すぐ傍にいてくれているのだ。
「――――ありがとうございます」
もう、光がいくら拒絶しようともレンの足は止まらなかった。
“触れるな”
光がレンに命じた。
強烈な声が彼の脳内に響き渡り、凄絶な痛みをもたらした。
七英雄の伝説のものと思しき景色を見せつけられたときに感じるより、ずっと強い。普段なら瞬く間に気を失っていたはずの痛みだったが、いまは表情一つ変わらない。
痛いだけならどうということもなかったし、意にも介さなかった。
“触れるな”
「繰り返したところで、恐れると思ったのか」
ミスリルの魔剣が波動を纏う。
漆黒が色濃く浮かび、白銀が浮かんだ。
二色の波動はこれまで以上に澄みきった魔力で構築されていた。それは先ほどまでリシアが放った魔力より、さらに純で尊いもの。
“触れるな”
「だったら、手を下してみろ」
とうとうレンは、光の殻に向けて迷うことなく魔剣を振り上げた。
間もなく、神性の否定により光が纏う最大級の防御を斬り伏せる。
光の殻は薄氷が割れるような音を奏で、砕け散る。破片は宙を舞い、リシアの身体を浮かせたまま取り囲んでみせた。
ミスリルの魔剣が光に耐えられず砕けてしまうと、レンはそのまま手を伸ばした。
リシアの胸を貫く光の魔剣を、その手で掴み取る。
「――――っ」
すると、いままでになく強烈な痛みが全身に押し寄せた。
それは世界の創始にも及ぶであろう、人知を超越した開闢の魔力によるもの。漆黒の長剣を抜いたときとは比較できなかった。
“触れるな”
剣が光を介して、絶えず命じて抗う。
しかし、レンの手は離れない。
地上から生じた光の柱が彼らを包み、天を穿つ。輝く白銀を纏い、凝縮された神性が悲鳴にも似た轟音を奏でた。
「それがどうした」
迸った。
止めどなく溢れ出た神性が、天地開闢にも等しい激烈な波動へと変わって。
すべてが一人の少年を包み込み嵐のように螺旋を描いた。また、光がリシアの肌を再び白く染め上げはじめても彼の手は離れない。
“触れるな”
何かの意思が強大な強制力で命じようとも、今度は彼女を取り戻してみせる。
光の魔剣が放つ輝きが、少しずつレンの腕輪に囚われた。
「もう、絶対に敗けない」
レンは剣に告げた。
彼が光を剣ごと簒奪していくにつれ、腕輪に魔力が流れ込んでいく。光がもう二度とその声を響かせなくなろうと、それでも彼は言い放つ。
「気に入らないのなら……俺に手を下せ!」
白の世界は大きく揺らぎ、轟音と共に周囲に大きなひびが浮かび上がる。それはこの世界いっぱいに広がり、レンとリシアの周囲を満たそうとしていた。
しかし――――リシアの胸から抜き去られたとき、世界は崩れ去る。
神の剣は、屈した。
「世界の物語をねじ伏せる黒幕は――――ここにいる!」
いつか交わされた言葉。
約束は、ここに果たされた。




