その世界の物語へと。
8章はエピローグなど含めて来週末頃までつづきますので、引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。
また原作最新刊、コミカライズ最新刊などと一緒に、どうぞよろしくお願いいたします……!
レンがリシアの言葉を思い返す。
また、先ほど彼女が見せた反応を何度も考えた。
レンが持つ波動、その力があれば……。魔石をどうにかできたら、と思った矢先、
「……ン……」
白磁に染まったリシアから、声がした。
口元もいまだ白磁に覆われていたが、微かに。
「ッ――――リシア!?」
だが、もう聞こえてくる様子はない。
それでも聞き間違いではなかった。間違いなくリシア自身の声で、レンを呼び求めていたのだと彼は感じた。
数秒と経たぬうちにリシアは何事もなかったかのように身構えてしまう。
けれど、希望はまだそこにあった。
「そこに……いてくれた」
何もできないなんてことはない。
リシアを、取り戻すことができるかもしれないのだ。
“……”
「もう少しだけ、待っていてください」
必ず、取り戻してみせますから。
権能ノ剣でリシアの魔石に影響を与える。諦めずに繰り返したら、より強くリシアの意識が戻ってくるかもしれない。
それがわかっただけで、十分だった。
「何度だって、繰り返してみせる」
光とリシアの剣戟を受け止めたことにより、身体中に傷を負い、魔力の消耗も激しすぎる。
それでも何度も立ち向かい、試行を繰り返した。
神性を帯びた剣とリシアの権能ノ剣に対し、何度も……何度も。
腕を斬りつけられ、剣圧に押され。
動けることが不思議なくらいにまで追い詰められていたが、リシアを取り戻せる。その可能性があるだけで、心が彼を突き動かしつづけた。
「くっ……!」
苦しげな声がまた。
「リシアの権能ノ剣もある……けど!」
届きさえすれば。
絶対にリシアを取り戻せる。
だが――――もう一度リシアの眼前へ迫ろうとしたとき、レンの心は打ち砕かれかけた。
“――――”
リシアの声なんていまもないのに、いまはっきりと告げられた気がする。
その剣は届かない、と。リシアの剣は最初のように光を生じさせ、剣身をまばゆい輝きで纏い尽くした。
何度もなんて使えないだろうけれど、リシアの魔石がより強くリシアを掌握しているからなのか、さっきよりもずっと強烈な光だった。
もはや、レンがイェルククゥに放ったときと比較にすらならない。
その光を目の当たりにして、レンは言った。
「……本当に」
理不尽だ。
けれど、瞳を光に照らされたレンは……笑った。
「絶望なんて、いらない」
諦めたのではなく、覚悟を声にした。
輝く剣で天を穿つように構えたリシアを見て、レンもまた相対すべく意識した。
そのとき、宙に広がった光は確かに彼女の声を伴い、大講堂に響かせた。
“――――て”
それだけじゃない。
白磁に染まった目元から、涙が流れているのをレンは見た。
“――――逃げ、て”
レンの波動により微かに取り戻せた意識なのだろうか。それでも声を発することはできず、光へと少しだけ声を乗せただけ。
だが、リシアの心からの懇願への答えは昔と同じだ。
「イェルククゥと戦ったときも言いました」
あのときと、レンの返事は変わらない。
『俺はリシア様を置いて逃げる気はありません』
「俺はリシアを置いて逃げる気はありません」
リシアが儚くも想いを届けながら、彼女の光は冷酷だ。
強烈に輝く魔力が嵐のよう。レンを光の粒子に還すべく、膨大な魔力を生み出しつづけていた。
閃光。雷光。
嵐の如き白風が桁外れの魔力を介し、これよりレンに神罰を下す。
それらを纏う光芒は、レンを貫くための一筋の光。レンは視界を光で満たされながら、彼女と同じように高々と魔剣を構える。
白の聖女はレンを見据えた。
“――――お願、い”
また、声が光に乗って。
レンの答えは、はじめて会ったときから変わらない優しい笑み。
白の聖女の願いは届かず、白の聖女の光が解き放たれた。
音は消え、世界はどこまでも遅くなった。まばたきよりもずっと速いはずなのに、レンは迫る光を確かに見つめることができた。
白銀と漆黒の波動は、いままでになく色濃く広がった。
恐ろしいほどの神性を秘めた光と、二色の波動を纏ったレン。
「ああああああああああああああぁぁぁぁ!」
それらの距離がゼロに近づいた瞬間、レンは叫びにも近い咆哮を上げた。
それは音の消えた世界に響き渡り、波動と光は激突。
威を示し合うそれぞれの魔力は、この帝都に存在していてはならないほどの代物だ。
音が戻ると同時に炸裂した膨大な魔力により、大講堂の中は止めどない圧と破壊の力、さらには光に満ち満ちた。
まるで神話の戦いだ。
ただひたすら恐ろしい、人間の領域にない命の奪い合い。
しかし、それは確かに『聖戦』だった。
一人の少年が、一人の少女を守るために存在を賭す。介在する意地と意地、譲れないむき出しの想いを真正面からぶつけ合う。
ただそのためだけに、この戦いは存在していた。
悲しむべきは――――
「っ……さっきより、ずっと……!」
少年の足が、徐々に後退させられていたこと。
ただ、それだけで済んでいたことはむしろ奇跡だった。そのくらい白の聖女が放つ光は強力で、相手に有無を言わせぬ一方的な魔力の押し付け。
ミスリルの魔剣に限界が近づき、大きくひびが入りだした。
……急いで再召喚――――!?
……駄目だ! そんな暇なんてない!
魔剣がない間に浄化される。
それも、一瞬で。
そうならないためにも、どうにかこのまま耐えきる。
だけど、耐えきれなかったら。そんな考えも感情も、ここに立つレンの心に生じるはずがなかった。
「死ぬことなんて――――もうずっと前から恐れてない」
ぽつりと、声にして。
思えば過去にも同じ言葉を口にした気がする。確か、ローゼス・カイタスで剣魔と戦ったときだ。
何故こんなことが気になったのだろう。疑問を抱きながら、死力を尽くしていたレンが、
『どうして……俺の力じゃ……!』
「絶対に、俺の力で……!」
自分が口にしたことのないはずの科白を微かに頭の中で聞き、相反した声を発した。
“もう――――駄目なの”
対する波動からは、リシアの声を聞く。
『駄目だ――――リシア様!』
「駄目じゃない――――リシア!」
剣を下ろし、レンに向けて絶えず光を押し出しつづけるリシアの頬を、彼女の意思が生んだ涙が伝う。
彼に死を届けようとしているのが自分であること。
“ごめんなさい”
それを考えるだけで死にたくなるほどに辛く、胸が張り裂けそう。流れ出た気持ちをせき止められなかった。
“ずっとずっと、ごめんなさい”
遂に彼女は、今日までのすべてを否定するかのように懺悔した。
“レン……私”
終わりを、別れを。
最期の時を、受け入れるべきなのに。
心は、叫びつづけた。
“私――――レンと会っちゃ、ダメだったのかな”
自分のすべてを否定できてしまう切なさ。
心が砕け散るような、考えたこともない悲痛。異変が生じる前に二人が交わした言葉の数々が、再び回顧されてゆく。
「もう二度と、そんな言葉は言わせない」
迷いなく、力強く、光と相対しながらレンは言った。
彼はリシアが思う一切を抱きかかえたのである。
「命を賭してイェルククゥと戦って、剣魔と生死を分けた! マシェリアとも存在を懸けて戦った! だけど俺は……一度だって後悔したことはない!」
何があろうと、あんなに近くにいたのだ。
一緒に剣を振り、背を預け、そこにしかない時間を過ごしてきた。
それを否定なんて、させてやらない。
“――――ばか。そんなこと、言わないで”
彼に、手を伸ばしてしまいそうになるから。
だが、彼は彼女の心を繋ぎとめた
さらに一歩、レンの足は前へ動いた。
強大な光を押し付けられ、気を抜けば一瞬で浄化されてしまうというのに、それはさらに圧倒的な光へと進化していたというのに。
「俺は……リシアと出会えたからここにいるんだ!」
それでもなお、彼が前へ進むという矛盾が生じた。
“あなたはいつもそうして……! だから私は……っ!”
心の叫び。
避けて、逃げて。
リシアは、大講堂の中央に立ったレンと視線を交わした。
「後悔なんていらない! だから……俺の手を取れ! リシア!」
“っ……けど!”
躊躇し、逡巡し、心を殺そうとした。
でも――――レン・アシュトンは前へ。彼は自らの心を押し付けた。
光に抗い、白風を押しのけ、世界のシナリオに抗いつづけ前へ進んだ。
さっきの言葉なんて、忘れさせる。
ここで死ぬべきなのだと世界が運命づけていたリシア・クラウゼルが見る景色は、徐々に鮮明になっていく。
すべてを浄化する光の波動は、それまでを遥かに凌駕する魔力を孕む。神が如き力がさらなる威を示しつづけた。
しかし。
たった一言……リシア・クラウゼルは言葉を思い浮かべた。
口にしてはいけない言葉だ。言ってしまったら、レン・アシュトンはいままでよりも止まらなくなる。
だけど――――。
白の聖女の顔を覆った白磁が、僅かに砕けた。
リシア・クラウゼルは、願った。
「……たい」
白磁が、もう一度砕けた。
震える手で白銀の剣を握りしめた少女の心。
それが……決壊。
「……二人と、一緒に」
彼女の心が叫んだ。
「一緒に……帰りたい!」
その声が響いたとき――――光はレン・アシュトンに斬り伏せられ、ことごとくが輝く粒子へと還った。
白銀と漆黒の波動と、ダイヤモンドダストを想起させる光り輝く波動。
二人が近づけばそれらが出会い、彼らを包み込む。
「俺の手を取れ! リシア・クラウゼル!」
「っ――――レン!」
世界は止まった。
「俺は――――約束したんだ!」
それは――――。
遠いところ、そのどこかで。
『もう、絶対に敗けませんから』
『ええ。レンならきっと大丈夫』
リシア・クラウゼルが、レン・アシュトンが、交わした言葉。
白の聖女の指先は解かれ、白銀の剣が落ちた。
拠り所を失った光は瞬く間に膨張をはじめ、彼らの視界をまばゆさで覆う。
強烈な圧がレンの全身を襲い、消し去ろうとしたけれど、彼はそれすらも耐えて手を伸ばした
光だけの世界が、すべてを奪い去ろうとする間際。
レン・アシュトンと、リシア・クラウゼル。
二人の手が、重なった。




