白の聖女。
原作8巻の発売まで一か月ほど、また、コミックス9巻の発売までおよそ一週間となりました!
どちらも予約受付中となりますので、ぜひぜひ書籍版もどうぞよろしくお願いいたします!
天空大陸に唯一存在する国、シェルガド皇国。
世界を見渡せる天空城、その謁見の間に雷帝はいた。
雷を思わせる金髪に、鋭く切れ上がった目元。彫像にも見える顔立ちの彼は若き皇帝にして、剣王序列第四位に坐する剣士だった。
つい先ほど、レオメル帝国で妙な魔力の動きが観測されたという報告が届き、彼はつづく報告を待っていた。
玉座に肘をつき、もの憂げに窓の外に顔を向けていたが、不意に様子が変わる。
彼は唐突に目を大きく開け、謁見の間にいた騎士や文官たちの注目を集めた。
「陛下、何か」
「……」
「何かお気づきのことが?」
誰しもが疑問を抱いて話しかけてきたが、彼は返事をしなかった。
彼の側近である女性も様子を気にしていたけれど、彼女に限っては他の者たちと違い、雷帝が何に異変を感じたのか察していた。彼女もまた、それを感じ取れていたからだ。
雷帝は玉座を立つ。
彼は謁見の間を離れるとバルコニーに出て、その視界には映らなくとも、レオメルの方角へと顔を向けた。
あくまで平静で、落ち着いた足取り。
「何者だ、そなた」
虚空へと剣王が問う。
答えなどない。いつかは得られるかもしれないと思っていたけれど、いまはなくても構わなかった。
玉座へと手を伸ばそうとする者が、産声を上げた。
五人の王に挑む権利を得た存在が、この世界に。
◇ ◇ ◇ ◇
光の魔剣は、神剣に限りなく近いものである。
と、レンは光芒を見てからそう思った。
目を凝らしてみると、その威容はアスタリテの手帳に描かれていたものとも少しだけ違いがある。
だが、その性質は紛れもなく伝承の神剣に等しい。どことなく、神剣の試作品という表現が思い浮かんだ。
それか、何かが欠けていたせいで完全体ではないという推測も。
……だとしても、どうしてリシアがそれを持ってるんだ。
大講堂の隅へと吹き飛ばされていたレンが、苦痛の中でそれらを一瞬のうちに思い浮かべた。
視界が霞み、言語に絶する痛みが全身を襲う。
壁に衝突した際の衝撃に抗い、懸命に立ち上がろうとしていた。
“――――”
声などない。
それでもレンには、いまの彼女の考えが手に取るようにわかった。
「俺が生きてたことを、不思議に思ってるのか」
“――――”
レンの声に応えるかのように、遠く離れたリシアは再び剣を振り上げた。
さっきはミスリルの魔剣で真正面から受け止めざるを得ず、それだけに全力を賭した。一瞬でも反応が遅れていたら、レンはいまここにはいなかった。
だが、結果としてたった一撃……。
放たれた光を一度受け止めただけで戦闘不能に陥りかけた。間一髪の生還を遂げられたというのは奇跡ですらあった。
……にもかかわらず、相手は再び剣を構えている。
光がリシアの剣を満たしていく。
「リシア」
それでも、彼女の名を口にして立ち上がった。
どれほど人間の領域を超越した魔法があろうと、
「まだ、はじまったばっかりです」
あの光が現れるより先にリシアの懐へと入り、彼女が手にした剣をどうにかしないと。
でも、それからどうするというのか。
どうすれば完全に天使化したであろうリシアを戻せるというのか。
「絶対に――――終わらせない!」
いくら考えても答えは出ず、胸の中がすっと冷たくなった。
しかし、その程度で諦めるならレンはここにはいない。
……俺は、何のために強くなったんだ!
これほどの消耗なのに、レンは自分でも驚くほどの速度でリシアの眼前へ。
天使化し、両翼を広げたリシアを見ていると、心が痛くてたまらなかった。けれど心と身体の奥底から力が湧いてくる。
ミスリルの魔剣をリシアに突き付けたが、
“――――”
彼女はレンの上を行く疾さで剣を振り、レンの突きを容易くそらしてみせた。
愚かな、と言われている気にさせられた。
顔もすべて白磁に覆われたいま、リシアの表情はそこには存在していない。怖いくらいの無表情と目が合ったレンは寒気を覚えた。
「……リシア」
“――――”
「リシア!」
取り戻したくて、何度も名を呼んだ。
しかし、呼びかけたところで返事はない。
代わりに無慈悲な剣閃がレンの首筋に肉薄した。レンが避けるべきは刃に限らず、剣身に浮かんだ輝く波動そのものもだ。
波動はさっきまでの光と違った存在だった。
それはリシアがいたことを証明する、剣聖の証。
ダイヤモンドダストを想起させる光り輝く波動が乱舞して――――。
幾度かの鬩ぎ合いを経て、再び挑みながらもレンは言った。
「ここで、リシアのそれと戦うことになるなんて」
あの波動こそ、権能ノ剣。
クルシェラにおいて剣聖に至ったリシアも使えるようになった戦技だが、彼女だけの特性はまだわかっていなかった。
あの波動まで纏われて、レンの頬に苦々しい笑みが浮かぶ。
……わからない。リシアが使う権能ノ剣の異能は――――!?
見定めなくてはならない。
権能ノ剣はその破壊力に加え、使用者によって様々なもう一つの効力を持つ。七英雄の伝説ではそれが、主人公たちを大きく苦しめる特徴だったのだ。
攻撃に特化したものか、はたまた別の独特な効力なのか。
答えをレンは、身をもって体感する。
「くっ……」
ミスリルの魔剣がリシアの頬を掠めたとき、リシアの剣もまたレンの頬を掠める。
突如、レンの全身に異変が巡った。
体内に宿る魔力が僅かに傷口から漏れ出し、白銀の光に変貌して消えていく。
“――――”
無表情のリシアに顔を向けられて、レンが言った。
「……浄化して、吸収された?」
一瞬、魔力が消えたような感覚だった。
さらには浄化した魔力があの波動に触れて、同じ性質へと変わる。白銀の魔力となりリシアの身体を満たしていった。
レンは推測を立てた。
あの波動が持つのは破壊力と、神聖魔法の神髄とも言える異能。
魔力を浄化して、自らのものとし、さらに身体を癒やす。
それほどの力が存在していていいのか。
その二つを両立して戦えるなんてどれほど強力なのか、レンはほとんど想像せずともすぐさま脅威を感じた。
「だからって……俺は!」
風を置き去りにした剣戟、リシアがレンの首筋へと切っ先を突き付けた。
皮一枚を裂かれながら、決して引くことを知らないレンは敢えて前へ。睫毛を数えられそうなほどの距離に届いた際、彼の動きはリシアに勝った。
これなら、まだ抗える。
“……!”
「あの光は、何度も使えるわけじゃない!」
見当違いではないはず。
いままでのレンには、確かな隙があった。
それなのに光が放たれないなんてことがあるだろうか。もしあるとするならば、それができない理由があるからだ。
リシアの動きは凄まじく疾い。
けれど、
“――――!?”
「返させない!」
何百、何千。
あるいはもっと多く訓練の中で繰り返してきた動き。常にレンの動きが勝り、リシアが胸元に剣を突き付けられるはずの過去。
だが、彼女はそれまでの彼女ではない。
「な……!?」
旋転。
くるりと俊敏に身体を回転させることでリシアはミスリルの魔剣を躱し、勢いを殺すことなく振り向きながら剣で横薙ぎ。
突然、視点をずらされたレン。
視界の端に見えた白銀の剣へと、ミスリルの魔剣を振り上げた。
強烈な金属音が耳を劈く中、
……さっき、リシアが使った権能ノ剣の影響か。
僅かな綻びの原因は、リシアが使った権能ノ剣によるもの。
膂力に身のこなし、足さばきさえも違う。
レンの傷口から生じた魔力を浄化して、自らのものとしたリシアの纏い。それが、いままでより鮮烈に彼女の強さを際立たせた。
瞬く間に交わされた剣戟を経て、二人の間に生じた十数メイルの物理的距離。
壇上のリシアを見上げるレンの身体は、たった数秒のうちに大きく消耗していた。
「神剣に似た剣と、リシアの力」
想像するだけで苦々しい表情が浮かびそうになるけれど、避けられない。
避ける気もなかったからレンは心を保ちつづけられた。
……リシアの権能ノ剣は、俺にとって相性が悪すぎる。
まるで、天敵。
それほどまでの存在へと変わったリシアを止める。
レンは剣と剣の衝突に再び身を投じ、彼女のすべてを見透かそうとした。神剣によく似たそれを意識した。
あれをどうにかしなければ、リシアを止めるなんて夢でしかない。
なら。
「迷ってる暇なんてない!」
彼の首筋へと剣が迫っていたけれど、躊躇せず。
一切怯まず、怖じけず、ミスリルの魔剣を振り上げた。
剣聖、レン。
白銀と漆黒の波動を纏った剣に全神経を集中させ、リシアに刃を届けることにすべてを賭した。
彼の覚悟が作り出した一瞬は、リシアの一振りより微かに速い。リシアはそれでも身体をひねることで躱そうとしたのだが……。
リシアのたった一瞬の反応の乱れが、二色の波動をその肌に届けさせた。
“――――!?”
レンにとって想定外の出来事は、その瞬間に生じた。
二色の波動はリシアの鎖骨を掠めた。
リシアは体勢を整えながら離れると、レンと一定の距離を保ったまま胸元に両手を当て、僅かに背中を丸める。
「……苦しんでる?」
見間違いなんかじゃない。
思わず声を漏らしたレンが見たのは、リシアがはじめて何かを堪えているように見える姿。
神性の否定。
オルフィデと戦うまでわかっていなかった、レンの権能ノ剣の特性。
だが、レンは先ほども権能ノ剣を行使していた。それなのに、どうして今回は違ったのだろうかと彼は頭を働かせた。
逡巡の果てにあったのは、ある推測だ。
「……魔石だ」
リシアの魔石にレンの波動が影響をもたらした。
波動が触れた肌が、限りなく魔石に近かったからこその手がかりだ。
「リシアの……魔石」
ローゼス・カイタスでのことだ。
あのとき意識を失ったリシアは、レンの声で呼び戻されたと言っていたが、
『……勝手に人の魔石に命令しないでよ。ばか』
彼女自身、そうとしか表現できなかったと語っていた。




