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物語の黒幕に転生して~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~(Web版)  作者: 俺2号/結城 涼
八章・白磁の神型

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白磁の神型。

 音色が、大講堂のすぐ外に響いた。

 ローゼス・カイタスでリシア・クラウゼルが聴いた、美しい音が周囲を満たしていく。聖い白銀の霧がより輝いた。

 司教を前に、白の聖女が声を発した。

 彼女はさらに強固な神聖魔法でレンを守り、何歩か前に進む。



「時間さえ稼げれば、どうだってよかったのよ」



 本来、今頃は大霊廟で手に入れるべき品を手に入れ、すでに帝都を脱していたはず。

 想像の余地すらなかったこの状況の中、アーヴェルは冷静に見定めた。

 何歩か進み、しかしそれ以上リシアに近づくことはできなかった。本能がそれを躊躇し、彼の意識もまたそれを拒んだのだ。



「白の聖女、君のその姿は」


「どうだっていいでしょ。いま必要なのは、貴方がもう勝てないって事実だけなんだから」



 本能と意識が拒んだのは、リシアの姿を目の当たりにしたせいだろう。

 白磁器に似た肌が広がりすぎている。リシアの肌の色が止まることなく変貌していくのを見ながら、それにつれて彼女の魔力が遥か強大に高まっていくのをアーヴェルは感じた。

 このまま高まりつづけたらすぐにアーヴェルの本気をも優に超え、最後には――――。



「君は、何故」



 問いかけると同時にだった。



 片翼――――。

 白銀の光を纏い、リシアの背中から突如現れた。

 光を浴びたクリスタルのように輝く威容が、アーヴェルの目と意識を引く。

 あれこそがアーヴェルが抱いた懸念の正体だ。得体の知れない恐るべき力で、極まった神性が不気味でならない。



 一方、リシアはいまの問いに答えることなく勝気に笑う。健気にも儚げにも見えたが、気高さは消えることなくそこにあった。



「白の聖女が聖なる魔力の動きくらい読めないと思う? 感じたことのない勢いは最初だけ。もう消え入るようじゃない」



 いくら不規則で不安定だろうと、神性に関わるものをリシアが感じ取るのは容易だ。



「だから言ったでしょ。時間さえ稼げれば、どうだってよかったのよ」


「やはりわからない。どうしてそうまでして彼を守る」


「気になる? どうせ、貴方には理解できないのに」



 はっきり、力強く。



「ただヒトを知ろうとするふりをしてるだけの貴方には、私たちを理解できない。だから勝てなかったのよ」


「勝てなかった、だって?」


「ええ。あなたがレンに止められた時点でね」



 アーヴェルはリシアという少女を理解しようと思いながら、いまだこの先に勝利が待っているのだと確信していた。

 しかし、終焉は彼の望むものではなかった。



「だけど私はもう、私の意思で使える力(、、、、、、、、、)をほとんど使い果たしてる」


「では」


「ええ。貴方なら、いくらでもやりようがあるってことは想像できる。さっきの魔法を使って大部分の力を使い果たしていたとしても、レンの剣で深手を負っていてもね」



 知っていても、つづく言葉は変わらない。

 これほどまでに凛と強く、美しい少女をアーヴェルは見たことがなかった。



「でも、前提が間違ってることを貴方は知らない」



 故に、敗北はない。

 故に、勝利もない。

 アーヴェルは少女の声に気を奪われた。

 虚勢を張るだけと一蹴できようものならしたかったが、リシアがそうさせなかった。



「先ほどから、君は何を――――」



 彼が言い終えるより先に、リシアが言い放つ。



「司教……いいえ、魔王教(あなたたち)は私たちに勝てなかった」



 白銀の世界を隔てる壁を貫いて、



「私は、私の想いと同じくらい信じてる」



 絶対零度が訪れる。

 氷刃が、光の中に舞った。



「黒の巫女(あの子)なら、絶対に来てくれるって」



 不意を衝かれた司教。

 刹那に周囲に迫っていた氷刃に彼は目を見開き、眉を寄せた。

 時を揃えて光の霧が波のように舞い、一人の影が躍った。



「これほどの魔法を――――まさか、クロノア・ハイランドが?」



 人が歴史を刻みはじめてから存在したすべての魔法使いにとって、非現実的なほどの精度と練度。

 あまりに膨大な魔力を以て、たった一つの魔法とする御業。

 周囲に現れた氷は、属性の極致へと迫ろうとするほどに美しかった(強大だった)。

 しかし、アーヴェルは氷刃の動きを予知してことごとく躱すと、後方に現れた少女を振り向きその声を聞いた。



「こんなことに、なっていたんですね」



 フィオナはレンとリシアの様子を交互に見て、声を絞り出した。血を流しすぎているレンもそうだが、リシアの肌を一目見て口を強く結ぶ。



 そんなフィオナの様子も普段と違っていた。

 片腕が特に顕著だったのだが、全身のいたるところに傷があること。制服はところどころ破れ、ここに来るまでに何があったのかを感じさせた。



「聖遺物を犠牲に来たわけではないのなら、彼女自身の力でここまで来たのか」



 アーヴェルが平静を保ったまま言った。

 白の聖女の力がエルフェンの涙に影響を受けて発現した、ノクウェスの繭という概念にも近い空間を打ち破るだなんて。



「なるほど、君がフィオナ・イグナートか」



 彼女であれば、あれほどの魔法を行使できた理由も理解できる。

 リシアとレンの様子のどちらにも気を取られていたフィオナだが、落ち着いて話すには状況が悪すぎた。

 しかし、アーヴェルにとってはさらに悪い。

 確実な勝利が得られるはずだった全知(アレム・フォルネ)は、レンという異常(イレギュラー)に覆されている。



 アーヴェルに残された時間もさらに短くなっていた。たった一秒のうちに考えを巡らせたその男の視線の先で――――


 

 前触れなく、閃光が駆けた。

 先ほどリシアが口にした通り、彼女の力はあまり言うことを聞いてくれていなかった。しかし、彼女が放った一突きは、アーヴェルにまばたき一度きりのずれを生じさせた。



「っ……フィオナ!」



 白の聖女の咄嗟の呼び捨てに、黒の巫女が応じた。



「ええ! 私の氷で!」



 この光の空間へと飛び込むために傷を負い、ひどく消耗していたフィオナだが、氷魔法の冴えは司教に再び目を疑わせた。



 白銀と蒼が重なり合い、アーヴェルの周囲を埋め尽くす。

 特に苛烈さを高めていたのは圧倒的なまでの冷気だ。アーヴェルが武器を召喚すれば瞬く間に氷の刃が相対し、氷の領域を数秒と経たぬうちに展開。

 リシアの剣もそうだが、彼女の様子が変わっていくにつれて白の聖女が放つ力が高まった。



 宿る魔大陸に魔力にもより強く作用し、司教の力をより抑えつける。

 空を斬り裂く音に、空気そのものすら凍り付かせていそうな音。

 氷を操る黒の姫君と、司教の視線が交錯したとき。



「凍てつきなさい!」



 三人の遥か頭上に展開された、極大の氷華。

 花弁が大きく広がるや、蒼く澄んだ輝きが一つ、柔らかな光芒を伴って舞い降りる。蒼が激しく螺旋を描きながら、咲いた。

 押し寄せる圧倒的な冷気を見たアーヴェルは腑に落ちる。



「彼女たちは――――はじめからこれを」



 前方には白の聖女。

 後方には黒の巫女。



 いつもならこの少女たちを殺せる。

 それも、いとも簡単に。

 だが、いまだけは殺せないし、先へも進めない。

 この一瞬に至る直前、アーヴェルは深手を負わされるだけでなく、隠されていた聖遺物を破壊された。



 さらに、自身の力がより制限されたような感覚の正体。

 彼は膝をつき意識を失ったレンに一度目を向け、眉根を寄せた。



「あの一振りで、詰まされていた」



 最後に使われた戦技は、権能ノ剣。

 ただの一振りは深手を負わせ、聖遺物を奪っただけではない。深く刻まれた傷からさらに奥深くへと、剛剣の本質たる相手をねじ伏せる力が到達していた。



 たとえ千度相まみえようと、アーヴェルが千度勝利するだろう。

 それが司教であり、司祭と隔絶された力の持ち主の証明なのだ。

 だが、その先。

 千一度目に待っていたのは、アーヴェルが紡ぐ物語にいてはならない存在。フィオナ・イグナート。



 設計されていた結末。

 司教が何もできずに迎えるという、存在してはならなかった終焉……。

 それが訪れることは確定してしまった。



「このような感情ははじめてだ」



 数ある条件をたった一点に向けて掛け合わせ、この時に向けて繋ぎ合わせる。そうしてようやく生まれた終末はもう目の前にある。

 もはやそれは、覆せるかどうかもわからない奇跡の連続。

 常軌を逸した速度で脳を働かせていたアーヴェルだが、



「教主のお言葉には、背けない」



 結論を自らの口で、自らに言い聞かせるが如く。

 氷と白銀を防ぎきったときの、彼がふぅ、と落ち着きはらった吐息。レンによる深手を無視できる時間も、もうなかった。

 少女たちから距離を取ったアーヴェルは、姿を消そうとする前に足を止めた。



「エルフェンの涙が真価を発揮した理由に確信が持てた。君と、君の傍にいる彼の影響だったんだ」



 レンを見て言い、改めてリシアを一瞥。



「どうして彼なのかはわからないが、昔、教主の妹君が仰っていたことを思い出した」



 やがてリシアに背を向け、彼女という存在にその言葉を残す。



「白磁の神型(、、、、、)、とある運命のかたちなのだと」



 遠くの空を見て、彼は言う。

 やがて彼は、現れたときと同じように忽然とその姿を消す。

 一方、リシアが放つ魔力により、大霊廟の魔道具は予期せぬ動作を繰り返す。魔王教の手は、大霊廟の最深部にまで届くことはなかった。



 リシアの目はすぐに倒れたレンに向けられ、目を細めた。

 これほど悲哀に満ちた微笑はない。目を閉じたレンの頬に一度だけ触れると、それっきり背を向けてしまう。

 フィオナはリシアへと顔を向けた。リシアがふらふらと歩いて向かうのは大講堂の扉で、それを開けながら足を止めない。

 レンを横たわらせたまま、彼から離れようとしているように見える足取りだった。



「っ……リシア様! 待って!」



 フィオナがすぐにそう大声を発した。

 しかし、白の聖女は足を止めない。

 それどころか、より懸命に足を動かしだした。大きく身体をふらつかせながら、何か譲れない意思に従って。



 白の聖女が抱く思い、彼女はそれに突き動かされ歩を進めつづけた。

 フィオナが駆け寄ってくるのにつれて、心の奥底から湧き出る感情と安らぎがあった。

 微笑しながらたどり着いた答え、それは。



「……そういうことだったのね」



 以前、レンがウィンデアへ向かう前にもあったのだが、リシアはフィオナに触れられた際に、妙に心が落ち着くことがあった。さらに二人で戦いだしたときから、天使化が進行する速度が若干落ちているように感じる。

 それはきっと、彼女が生まれ持った黒の巫女の力によるものなのだ。

 腑に落ちた白の聖女は、とうとうフィオナに話しかけた。



「止まって」



 銀の魔力が風のように吹き、フィオナの足取りを何度か遮った。

 フィオナが諦めることなく前へと進んだときには、白の聖女が壇上へつづく階段に足をかけたところだった。



 一段、二段と進み、ついに壇上に達する。

 決して足を止めないフィオナへ、リシアはもう一度告げた。



「こっちに来ないで、フィオナ様」



 か細くても、強い。

 けれど、フィオナを振り向くことなく。

 壇上に注がれる光に照らされた白の聖女が神々しく、天使のよう。いまにも天空へと飛び去って行ってしまいそうな神秘的な姿。

 肌は、先ほどよりも白に侵食されていた。



「あのね、私の中の白の聖女が、もう言うことを聞いてくれないの」


「……どういう、ことなんですか」


「あいつが言ってたでしょ。きっと、そういうこと」



 距離が近かったということもある。

 しかし、白の聖女が大講堂を進むことを選んだのには、さらに理由があった。



 ……ここなら、時間を稼げる。



 帝国士官学院はただの学び舎ではない。

 防衛のために魔道具も潤沢で、たとえば上位貴族の屋敷以上に堅牢な建物。強固な城のような存在だったし、大講堂はその最たる場だ。

 有事の際に帝都の民を守れるよう、ミリム・アルティアの魔道具も置かれた希少な空間だ。

 白の聖女はそれを理解したうえでこの場を選んだ。

 


 ……私をここに、閉じ込めてしまえばいい。

 


 いずれクロノアやルトレーシェたちも戻るだろう。彼女たちなら、あとのことくらいどうにかしてくれるはずだ。



 白の聖女の脳裏に、ローゼス・カイタスで天使化が発現したときのことがよぎる。

 もう、わかってしまっていた。

 自分が自分でなくなっていく感覚が高まりつづけ、気を抜くとあの二人に対して光を放ってしまいそうなことにも。



「ここまで付き合わせちゃって、ごめんなさい」



 リシアはようやくフィオナを振り向いた。

 壇上から十メイルと少しの距離を空けて立ったフィオナは、切なさを極めた笑みを浮かべたリシアを見上げて、さらなる言葉を紡ごうとした。

 それなのに、いかなる声も出てこなかった。



「それと……昨日もごめんなさい」



 放課後、リシアがレンと話していたときのことだ。



「あのときの足音、フィオナ様よね」



 リシアの声は微かに震えていた。レンへの想いとフィオナへの思いに挟まれて、心が砕け散ってしまいそうだ。



「そんなの、関係ありません」


「ううん。関係なくなんかない」



 間を置くことなく言ったリシアはフィオナの澄みきった心に、彼女がどれほどきれいなのかを改めて理解させられた。



「だって私、フィオナ様のことも好きなのに」


「っ……だったら!」



 もう、お別れのようなことを言わないで。

 黒の巫女が口にしたかった言葉は、白の聖女の「聞いて」という声に遮られる。

 白の聖女の頬に一筋の涙が伝う。もう彼女は、レンの隣に立っている自分の姿を想像することができなくなっていた。



 経験したことのない悲痛が胸を抉る。

 だけど、黒の巫女になら。




「レンのこと、大事にしなくちゃダメなんだからね」




 最後に一度だけ、笑みを向けて。

 白の聖女は輝くクリスタルの両翼を生み、大きく広げた。その気高さと神々しさは、人の言葉で言い表すことができない。

 光に溢れて。

 恐ろしいほどの光を帯びて。



「っ……ダメ! リシア、様……っ!」



 黒の巫女が白の聖女に向けて懸命に手を伸ばしたが、掴めるものはない。



「――――ごめんね」



 白の聖女の唇がそう動いたとき、解き放たれた白銀の魔力がフィオナを押しのける。

 彼女は大講堂の外へと追いやられ、レンの傍へと吹き飛ばされた。



 大講堂は何よりも理不尽な力、白銀の魔力で蓋をされた。

 訪れた静けさが、白の聖女の魔石が奏でる不規則な鼓動を鮮明にする。



「白磁の神型って、何よ」



 リシアはそれを最後に唇を緩め、壇上の前に広がる光景をゆっくりと眺める。

 入学式の際、レンと二人で立った場所に目を奪われた。あのときの自分は、どんな表情を浮かべていただろうか。



「……私に、神になれとでも言ってるの?」



 くだらない。

 白の聖女の声に返る声は、もうそこにはない。



 場所は変わり、大講堂の外で――――。

 フィオナは白銀の魔力でできた蓋に何度も魔法を放ったが、変化はなかった。逆に白の聖女の魔力が襲い掛かり、彼女の腕や脚に新たな傷を刻みこんでいた。

 消耗により地べたに腰をつかされると、彼女は近くで倒れるレンへと力ない動きで縋り付いた。



「……レン君」



 目を覚まして――――と。

 いまの彼にそんなことを告げたくなかった。

 できればこのまま眠っていてほしい。自然に目が覚めるまで、ただ身体を休めていてほしいと願っていた。



 でも、止められなかった。

 全身がぼろぼろになって、身体中が痛くてたまらなくても。



「レン君……お願い」



 縋って、縋って……。

 何度も、何度も、何度も――――何度も縋って。



 涙を流して、レンの頬に両手を添えた。

 弱々しい声を繰り返して、彼と額を擦り合わせてより近くで語りかけた。

 そうしている間にも、フィオナの腕から血が滴る。



「……ごめんなさい。私だけじゃ……届かないんです」



 それは昔、バルドル山脈でそうだったように――――レンの身体へと触れ、黒い魔力を生みだした。

 レンの身体の奥底へと、フィオナの声とともに。



「……私、どんなことだってします」



 なりふり構わず、



「だから――――」



 ただ懸命に。



「――――私の大切な人(リシア様)を、助けて」




 ◇ ◇ ◇ ◇ 




 夢の中ではなかった。

 レンがそう思えたのは、過去にも足を運んだことのある空間だったからだ。

 いつの間にか立たされていたそこで、彼は声を響かせた。



「ここは……」



 アンデッドと化したアスヴァルと戦い、気を失ってから迷い込んだときと同じ。

 広大な回廊は黒い大理石の床が敷き詰められていた。左右の壁はステンドグラスが等間隔に張られ、外は景色がわからないほど昏い。

 レンが歩く回廊を、高い天井に設けられたシャンデリアが照らしていた。

 何一つ、あのときと変わらない。



『……ごめんなさい。私だけじゃ……届かないんです』



 フィオナの声だ。レンが彼女の声を耳にしながら進んだ先に待っていたのは、複雑な彫刻が施された巨大な扉である。



『――――私の大切な人(リシア様)を、助けて』



 もう一度フィオナの声が響き、扉が開かれる。

 バルドル山脈でのときと同じ状況がつづき、レンは迷うことなく先へと進んだ。

 はじめは記憶が曖昧で、自分は何をしていたんだろうと思ってやまなかったけれど、彼は歩を進めるごとに思い出していく。


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