リシア・クラウゼル[Ⅲ]
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■原作8巻 11月17日発売
■コミックス9巻 10月23日発売
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レンがミスリルの魔剣の切っ先をアーヴェルに向けてから息を吸った。
「どうして、大霊廟を狙うんだ」
そこまでたどり着くとは、という驚きがアーヴェルの頭に浮かんだのだが、敢えて口にするような無粋はしない。
「必要なことだからだ」
「……そのために、帝都をこんな光で覆ったっていうの?」
「君は勘違いしている。自覚はないようだが、この光はさっきも言った通りだ」
教団の目的を果たすため、残された時間はもうない。
「白の聖女、この光はすべて君がはじまりだ」
空が変わった。
再び多くの武器が召喚されたとき、リシアはまた同じ魔法が来ると思った。
しかし、レンは違う。
彼はアーヴェルがさらなる魔力を注ぎだしたことを悟ると、ミスリルの魔剣を石畳に突き立て、炎の魔剣を召喚した。
剣身に浮かぶ炎が、これではまったく頼りない。
「まだだ! こんなんじゃないだろ!」
剣はレンの声に応え、炎剣アスヴァルへとすぐさま覚醒を遂げる。覚醒の条件はわかっていないが、このときは間を置くことなく変貌した。
レンがそれを力の限り横に凪げば、迫る武器の数々が瞬く間に炎に灼かれる。
見たこともない炎が顕現したことに驚くアーヴェルを炎の先に見据えながら、リシアはすべてに自らの責を感じていた。
白銀に光る障壁を生み出し戦い、彼女は呟く。
「どうして、こんなことになっちゃったのかな」
悲痛で、切ない声だった。
懸命に白焉を振り、魔法を駆使しながら、抑えられずに口を飛び出してしまった。
数ある武器が迫り、白銀に光る障壁を貫く。
宙を飛び交う武器は、リシアが気づいたときには眼前に迫っていた。白焉を振り上げようとしたとき、リシアは彼女と迫る魔法の間に少年が立つのを見た。
「どうしてなのかは、俺にもわかりません」
レンはリシアに普段と変わらぬ声音で語りかけ、仕方なさそうに笑っていた。
「だけど、俺が必ず貴女を守る」
イェルククゥを相手に、最初の死闘を繰り広げたときと変わらなかった。
アーヴェルが召喚した武器を炎が灼き尽くす。そのうちの一本が肩を掠めただけで深い傷を負うも、レンは顔色一つ変えずそこにいた。
「っ……レン!? 傷が……っ!」
「――――大丈夫です。リシアのおかげで、こんなのなんともないですから」
召喚された武器がとうとう一本残らず消えたとき、
「そんなんじゃ、俺は死なない」
レンは剣の切っ先でアーヴェルを見据え、不敵に言い放つことで自らを鼓舞。
彼に寄り添いつづけるリシアの姿。
美しくも健気で、儚さすら内包した二人の姿だったが、司教には響かない。
「君にとって、そうまでして白の聖女は守るべき存在なのか」
「その問答に意味なんてない。俺がどう言ったって、お前には理解できないはずだ」
アーヴェルがそういう存在だということだって、覚えているのだ。
「ヒトは何故、理外ばかりを追い求める」
どうなろうと、理解が及ばない。
「君の言葉の涯にあるのは、空虚だ」
進む道の先に光などない。
それなのに、何故歩みを止めない。
アーヴェルはその答えを、レンとリシアの姿から得られそうだった。
アーヴェルが手をかざす。
彼は武器を再召喚。弾丸が放たれたような音を伴い風を切り、縦横無尽に飛び交った。一瞬でも気を抜けば死を迎える超高速の剣戟を再開しながら、アーヴェルは新たな問いを抱いた。
「立ち去ればよかったはずだとは思わないのか? そうすれば、君だけは日常に戻れた」
アーヴェルがレンに向けた言葉に、リシアが苦しげに微笑を浮かべて答えた。
「私たちを理解できないなんて言ってたけど、意外とわかってるじゃない」
「何を――――」
「逃げれば助かるのにって、説得しようとしたでしょ? 人の感情を利用しようとしたってこと、自分じゃわからなかった?」
言いようのない感情がアーヴェルの心に入り乱れ、彼の声が途切れた。
「貴方はまるで、人を知ろうとするふりをしてるだけみたい」
腑に落ちるような、しかしやはり理解できないという感情の板挟みになるが、同時に心に湧き上がる熱が彼を笑わせる。
「まるでミューディのような言葉だ、白の聖女」
いまのアーヴェルが生み出せる力は彼にとっての脆弱を極めようとしていたが、彼はそれでも司教だ。七英雄の伝説Ⅱではヴェインたちを限界まで苦しめ、運が絡まなければ勝てなかった敵だ。
レンはリシアと目を合わせると、吐息のような声で告げた。
「聖遺物の魔力、いまはどのくらい感じますか」
「……少し前より、ずっと弱くなってるみたい」
「よかった。それならどうにかできます」
やがて、この時間と空間にも終わりが訪れるはずだ。時間を稼げば、この空間からも脱することができる。
レンとリシアは確信したが、リシアは心に不安を残した。
聖遺物の力は弱まってるのに落ち着かなかった。
……レンのことを考えてると、魔石が痛くなる。
……私の身体、もう私のものじゃないみたいに変になってる。
白磁に染まる肌が元に戻っていくことはなく、徐々に広がりつづける。
だが、それよりも彼女の心を痛めつけていたのは、彼女の魔法が必ずしも彼女の意思に基づいて行使されているわけではない気がしてならなかったことだ。
“許すな”
魔石の拍動が、そうリシアに命じるのだ。
白の聖女に攻撃的衝動をもたらそうとして……ずっと。
心を締め付けられる彼女を嘲笑うように、司教は制限されているとは思えないほど強烈な攻撃を重ねつづけた。
「妙な気分だ。はじめて会う相手に、こうも攻撃を見透かされる経験はない」
「嫌ならそのまま引き下がれ! 俺だってこんな戦いをする気分じゃない!」
「そのようだということは理解できる。だけどオレも譲れない。君が何故こうも動けるのかは気になるが、別の話だ」
アーヴェルには枷が存在している。
ミリム・アルティアの魔道具が完全に再起動してしまうまでの時間的制約と、その魔道具の効果範囲にいることで実力を制限されるという制約の二つだ。
司教がレンとリシアを相手にしはじめてから、まだ十数分程度。
濃密すぎる短時間の中で、レンとリシアはアーヴェルにとっての時間的制約が訪れることを一つの終着点としていた。
命の奪い合いをつづけながら動きつづけ、三人はいつしか校門を離れ学院の敷地の奥へと近づいていた。
春に執り行われる入学式では、多くの人々が歩く道だ。
レンとリシアも花々に囲まれて通ったその道の先には、大講堂がある。
ふとした瞬間、彼我の距離を十数メイルも開けて三人が足を止めた。
「レン・アシュトン、君は本当に素晴らしい」
男ははじめてレンの名を呼び、優雅に嗤った。
対するレンは「その言葉……」と面倒くさそうに言い、アーヴェルの様子が変わったことに気づいてリシアを振り向いた。
リシアも感じ取れている。
このときになって、アーヴェルが新たな魔法を行使しようとしていたということを。
「今度の魔法はきっと、まだ俺にしか相手ができません」
止まることのない天使化による影響で大粒の汗も浮かべ、息を荒らげるリシアがレンに返す。
彼の言葉の真意を聞けるだけの余裕もなかった。
「……レ、ン?」
「俺の背中だけ見ていてください」
「っ……ねぇ! レン! 何をするつもり!?」
レンは腕を伸ばして彼女をそっと後ろに押しのけた。
リシアは驚きながら神聖魔法を使おうとしたが、天使化の進行により彼女の意思で行使することは難を極めていた。
アーヴェルの様子が変わってからは特にそうで、司教がすでに何らかの魔法を用いだしていることを理解させられる。
「絶対、大丈夫ですから」
「っ……待って! レン!」
彼女を守るために、盾の魔剣が虚空から召喚された。
だけど、これを使ったところで数秒ももたないだろうとレンは思った。それでもレンは、いままでになく強力な魔力の壁で二人を隔てた。
前へ踏み出したレンが、アーヴェルを見据えた。
「誇りを抱き、眠ってくれるだけでいい」
司教は宣告する。
「これは宿命だ。恐れず、怖がらず、ただ受け入れて自らの意思で目を閉じてくれ」
アーヴェルが手のひらを見せながらレンに手を伸ばしたとき、どこまでも昏い漆黒が周囲を天地ごと侵食し、二人はその領域に包まれた。
魔力の輝きが星屑のよう。遥か遠くの宇宙に放り出されたような錯覚がレンとリシアをそれぞれ支配し、唯一、アーヴェルだけが黄金の魔力を帯びる。
レンの魔剣は魔力の粒子へと変わりはじめ、彼の意思に反して消えていく。
かろうじて残された纏いも希薄だったが、炎剣アスヴァルが生む神代の炎だけが僅かに抗えた。
「これがオレの、最高の魔法」
七英雄の伝説Ⅱにおいても存在した、アーヴェルが用いる魔法。その中に一つだけ、絶対に躱せない魔法がある。
彼にとっては基本魔法でもあったが、最高の魔法でもある。
圧倒的強者は、決して相手を侮らない。
準備ができたのなら、もう行使するだけ。
レンはその発動を目の前にして、アーヴェルの声を聞いた。
「全知」
光の霧すら見えない、夜空のような黒が全方位を覆い尽くした空間。
輝く魔力の波紋が、アーヴェルの足元から穏やかに揺れながら周囲に広がっていく。レンとリシアは足元の感覚も手元の感覚も消え、ぐらぐらと視界が揺れた。
瞬く間に五感が失われ、あるのは何もかもが自分のものではなくなるような感覚のみ。
五感と魔法、魔剣の力が意思に逆らい消えていく。
傍にいるはずのレンにも手が届かない。リシアは声を発したはずが、アーヴェルの魔法で声すらかき消された。
もう、何も感じることができない。
(……全知)
勇者が持つ抵抗力がなければ、何一つ抗えないはずの魔法。
一切の行動と魔法の発動が封じられ、五感すら奪われる。ただそれだけの、言葉にしてみればシンプルなものである。
だが、これほどまでに人を容易に殺せる魔法が世界にいくつ存在しているのか。
「もう聞こえていないだろうが、君たちは誇っていいんだ」
アーヴェルの周囲に再び多くの武器が召喚され、それらは波紋と同じ黄金色に彩られた。
数ある武器がレンを狙いすまして飛ぶ。
召喚された武器は、それまでとはまったくの別物。
幾本かは残る炎に焼き尽くされたものの、炎がかき消された合間を縫って幾本かがレンに届こうとしていた。
五感が消え、炎剣アスヴァルの炎以外には何も使えなかったというのに。
レンは一歩も引かず、凛と構えた。
「それだけの炎だろうと、もう届かない」
アーヴェルが、一瞬とも言えない短い時で勝利を思った。
「届かせるよ、必ず」
「な――――!?」
聞こえないはずの声がレンには聞こえていたという事実に、アーヴェルはいままで見せることのなかった大きな驚きを示す。
炎は全知がレンに届ききるのをほんの微かに遮り、僅かながら五感を残していたのだ。
「素晴らしい。本当に」
一方、レンは魔剣をもう新たに生み出せない。
見事な業火を放つ剣だって、いまにも消え去る直前だ。
「君はどこまでも素晴らしかった」
アーヴェルが召喚した武器が放たれ、空を裂く。
残る魔剣は炎剣アスヴァル、ただ一本。
それすらも徐々に魔力の粒へと還されつつある中、残された魔力でレンは耐えた。
「レン――――!」
叫び、すぐに消えたリシアの声。
彼女は目を開けていても何も見えず、指先の感触を得られなくとも、盾の魔剣による障壁に身を押し付けることでレンに近寄ろうとしていた。
その間、とうとうレンの腕がアーヴェルの攻撃を受けて貫かれる。
身体は不規則に揺すられ、次なる武器の一撃がかろうじて肌を抉るだけで突き抜けた。もう、一秒もしないうちに彼の全身が貫かれるはず。
けれどレンは、信じた。
「まだ、炎は消えてない」
傍にいるリシアをどうすれば一番に守れるのかを思いながら。
「いいや、もう消えてしまう」
「それでも、いまじゃない――――!」
レンは残された力で炎剣アスヴァルを振り、最後に生じた業火で道を切り開く。
業火はまばたきの間にもアーヴェルの目前にまで迫ったのだが、それすらも予測されていた。
彼は一切の慢心や過信を持ち合わせておらず、あくまで冷静に身体を横に動かして躱すことを意識する。
レンには視界に映るものなんてもうほとんどない。
おびただしい量の血が流れ、無残にも腕を貫かれ、死は目の前。
それなのに、彼は変わらなかった。
「――――このために、信じつづけた」
その一瞬をレンは欲していた。
「俺の剣を……届かせるために!」
炎剣アスヴァルが消えたとき、リシアの力が宿る、彼女から贈られた短剣をレンは抜き去った。
短剣に宿るリシアの魔力が、全知からもたらされる数々の圧倒的な異能を微かに弾くことでできた、一秒にも満たない時間。
五感のほとんどが奪われていても、アーヴェルがすることはわかる。
たった数歩、彼我の距離を詰められばそれでよかった。
たとえ、よろめいても。
たとえ、死を目の前にしても。
歯を食いしばって、無理やりにでも腕を大きく振り上げる。
足を動かして、腕を動かして。
すべてをたった一瞬、その一振りに。
「はぁあああああああああああああ!」
権能ノ剣が空を裂き、剣圧がアーヴェルの避けた先に駆ける。
アーヴェルにしてみれば躱しきれて当然だったはずなのに、僅かに身体を動かした先へとその圧が届いた。
一連の動作を終えた先の、微かな硬直。呼吸と呼吸の隙間。
それらすべてが重なった瞬間を狙いすました一振りは、アーヴェルが懐に忍ばせていた最後の聖遺物をも砕く。
対して、その音を聞いたレンの肩口――――。
黄金に輝く刃が、無慈悲にもそこを貫いた。
「君は最初から、これだけを……!?」
全知の先を行き、逆に動く先を読んだというのか。
だが、レンの剛剣技が届いたのは、聖遺物に対してだけじゃない。
最高の一振りが生み出した剛剣の波動が、司教の身体にたどり着いた。
「く――――っ」
アーヴェルの首筋もまた大きく貫かれ、鮮血が舞った。
それを見たレンは、ミスリルの魔剣より鋭い視線で司教を射貫く。
全知が解除されたのはまさにその瞬間であり、同じく重傷を負ったレンはそれを見ながら膝をつく。
光の霧が再び周囲に漂う中、五感が戻って間もないリシアの目には何があったのかわからない。それでも霞む視界の中で手探りでレンに近寄り、彼の肌に触れることができた。
大粒の涙をたくさん流し、彼の頬に両手を添え、唇を震わせた。
「……ここに、いてくれたのね」
「……はい。だから、もう泣かないでください」
嗚咽が混じる少女の声に答える、少年の温かさ。
それをアーヴェルが驚きの声で遮った。
「……レン・アシュトン、何故――――」
「何故、こんなことをって?」
強烈な痛みだろうに、レンは笑っていた。
「……全知を使えないなんて、わかりきってた。それでも無理に使うとしたら、お前が自分に課した枷を外さないといけないときだけだ」
そのときは、必ず訪れる。
「お前は驕らない。そんなのは最初から知ってた」
圧倒的強者として油断はおろか、司教として一切の驕りを抱いたつもりもない。脇の甘さなど指摘されるはずもなかった。
故に、これはそうした範疇の話ではない。
「枷を外した一瞬、最高の魔法で実力を示すだろうって」
制限された彼としてではなく、七英雄の伝説Ⅱにおいて、最後の敵として立ちはだかった彼として。
それも、一度きりの命懸けとして。
「俺を確実に殺せる動きを絶対に選ぶって、信じた」
「君は……夢物語のような一撃だけを狙いすましていたというのか」
「けど、届いたんだ――――アーヴェル」
それはアーヴェルにとっては敗北に等しく、あり得ないはずの出来事だった。
ヒトを理解できないと公言してはばからないアーヴェルにとって、レンの存在は異常だった。
「彼女の存在が、君を……」
隠していた聖遺物の力を自らのものとしたアーヴェルには、その数秒に限っては帝都の外と同じように動けたという決定的な自覚があった。
レンとリシアを絶対に殺せる。そう確信した瞬間を見間違えたわけがない。しかし、あの数秒が成した意味はもう変えられない。
全知を覆され、訪れるはずだった結末をはねのけられた。
レン・アシュトンは、七英雄の伝説Ⅱにおける最後の敵を相手に、数秒に満たない命の奪い合いにおいて限りなく勝利に近い終わりを得た。
たった数秒。
けれどあの数秒は、司教が本来の力を発揮した数秒だ。
「君は、オレと」
刺し違えるためだけではなく、リシアを守れる唯一の可能性のため。
そこに、存在を賭した。
勇者の力がなければその先へ至れるか疑問が生じるだけの魔法に対し、レンは自らの権能ノ剣と、積み上げた力、さらに七英雄の伝説の知識を駆使することで無理やり突き抜けた。
生じたのは、いたずらに時間が過ぎれば死を迎えるほどの深手。
「あの状況から、彼女を守るために」
もしも自分が息絶えようと、リシアは負けない。
「ああ……俺は、何度だって……っ」
レンは血を流しすぎたからか、膝をついたまま必死に呼吸を繰り返す。
そのままの姿勢で無理やり意識を保ちつづける彼に、リシアは迷うことなく神聖魔法を絶えず行使している。
彼の傷に手をそっと当て、温かな光を届ける。自身も天使化の影響で身体が落ち着かないというのに、リシアはアーヴェルを睨みつけた。
アーヴェルは不思議とリシアに手を出そうとせず、じっと立ち尽くす。
「彼女の力は――――」
何故なら、そうせざるを得ない理由をリシアから感じ、二の足を踏まされていたからだ。
また、周囲に氷の魔力を感じ取り眉をひそめた。
アーヴェルのように、聖遺物の力を利用してこの空間へ入ろうとする存在は感じない。
しかし、外から純粋な氷の魔力が飛び込んでこようとしていた。
「どうして、私を殺したいの」
リシアがレンに寄り添いながら声を発すれば、アーヴェルが繰り返すように告げた。
「すべてのはじまりは君だ。エルフェンの涙は君という存在に反応した。君の何かを許さず、君に役目を果たすよう命令している」
彼は途絶えることなく言葉を紡いだ。
「聖地の最深部……いや、これではまるでノクウェスの繭のようだ。だが、この領域が生まれたのはすべて君が原因だ。オレと彼が戦ったのは、彼が君を守ろうとしたからでしかない」
「……何よ、それ」
「君の何が許されていないのかはわからない。いずれにせよ白の聖女という力が許さなかったんだ。我々を、そこにいる彼の何かを」
馬鹿馬鹿しい話だが、リシアがレンに視線を下ろしたとき、胸の奥がまた痛んだ。
「オレたちが陛下の復活を願い動くことを、主がもたらした力は許さなかったんだろう。だが、それだけじゃない」
意識を保てていることが不思議なくらいのレンの双眸には、揺るがぬ強さが宿ったまま。
「彼という存在は君にとって特別なのかもしれない。それだけでしかないというのに、彼に宿る何を許さなかったのだろう」
リシアはレンを想うたびにそれを許されていない気がしていた。
突拍子もなく、また愚かしくも感じるが、こんな少女の恋心を許さないだなんて……そんなことがあり得るのだろうか。
だが、エルフェンの涙がリシアの何かに反応したということが事実だとしたら。
リシアがレンを想うたび、白の聖女の魔石がそれを許さないと言わんばかりに反応を示す。
それによってこの空間が作り出され、リシアに再び天使化をもたらしているという事実からは逃れられない。
魔王教を許すなと、そういう意味だったのかもしれない。
同時に、レンに対してのリシアの想いも許されていないということだったのだろうか。
そもそも、白の聖女が強力な神性で天使化という現象に見舞われることも変だ。
だが、根底にあるのはリシアとレンの間の何かだということを、リシアは自らの想いにより確信していた。
何の説得力もない少女の気持ちだけがそれを証明づけていたが、
「だったら、これが私の宿命だったってことね」
上等だ。
彼へ抱く感情が許されないというのなら、そのときはたとえ相手が主神エルフェンだろうと剣を向けよう。
そして答える。
これこそが自らの証明であるのだと。
結果として刺し違えてしまうことがあろうと、後悔なんてない。
「素晴らしかったのは君もだ、白の聖女」
「どうでいいわ。貴方の言葉なんて」
神聖魔法を強く使うたびに肌が白磁に染まっていく。
肘までだったはずがもう肩まで広がっていたし、片方の脚に至っては腹部から白磁が下がり、スカートの裾近くまで肌が変貌していた。
リシアのリシアらしさが、神聖魔法を使えば使うほど奪われる。
対価を支払わされているようだったが、リシアには神聖魔法を使わないという選択肢なんてなかった。
自分らしさの喪失は怖くてたまらなかったけれど、もっと怖いことがある。
「レン、すぐに治してあげるから」
レンがこの世からいなくなってしまうことより怖いものはない。
それに比べれば、以前の天使化以上の変異に見舞われようと関係なかった。
彼の傷口がさらに塞がっていく。
いくらリシアであろうとも、普段はこれほどの速度と効力での治癒などできやしない。
ローゼス・カイタスで天使化した際にも似ていたが、リシアはレンの傷が癒えたのを見て安堵した。
自分が自分でなくなっていくのを見て心が痛みを感じたが、どうしようもなかった。
「リシ……ア……」
「私の力、レンにあげる」
切なさを極めたリシアの表情を見て、レンは遂に意識を失った。
リシアはこれ以上ないほど聖女らしく、清らかにレンへと微笑んで――――
「本当はね、伝えたいことがあったの」
そのために一緒にいた。
「だけどね、もう諦めちゃった」
守ってくれて、ありがと。
彼の髪を撫でて、頬の汚れを手で拭う。
膝から彼の頭を下ろしたリシアが静かに立ち上がったとき、
りぃん、りぃん────
何度目かの音をリシアが聞いた。
でも、もうどうだっていい。
戦いは限りなく終わりに近づいていて、少なくともレンだけは助かることはわかりきっている。
ふと、光の霧の表面にひびが入るという、いままでにない異変が生じた。
「もう終わりよ、司教」
エルフェンの涙がもたらした影響は、もう間もなく消え去る。
白の聖女の異変を、そのままに。




