アスタリテのメモ帳と、夏休みが明けて。
原作、コミックスの予約に引き続き、原作グッズの情報がカドストさんで公開されました!
また詳細は改めてと思いつつ、書籍版、グッズ共にどうぞよろしくお願いいたします……!
七英雄の伝説における晩夏の頃だった。
帝都で大々的に行われた催しにて、第一皇子が皇太子に任ぜられる。
だがそれは、主人公たちが魔王教を追うイベントと並行して行われていただけ。見る者によってはただのストーリー上の流れの一つという認識でしかなかった。
それでも、新たな皇太子の誕生に帝都は賑わっていたし、派閥争いにおいても新たな動きが見られそうな出来事だった。
その催しが行われる帝都の中、
『ただの偶然にしては妙だ』
勇者の末裔、ヴェインがリオハルド英爵邸で仲間たちと話していた。
聖骸現象が発生してから間もない。
だが、彼らがつい一週間ほど前まで滞在していたアルティア領でもそれが発生したという連絡が届き、英爵家の全員が違和感を覚えていた。
『それに、魔王教も急に動きが鈍くなってきた感じがする』
『おう。いきなり何の痕跡も見せなくなってきたし、俺たちも何か動かねーとな。いっそ、あいつらの根城でも見つけて一撃で終わらせられたら楽なんだが』
『そうね、それができたら簡単に終わるでしょうけど』
カイトと同じくヴェインの一歳年上の少女が言った。
少女の名をシャーロット・ロフェリア。
その年齢に似つかわしくない艶と、異性の目を惹きつけてやまない肢体。夏らしい私服の袖から覗く白い腕はこのときもまぶしかった。
偉大な弓使いを祖先に持ち、彼女もまた弓の達人として名を馳せる少女だ。
『二人とも、そんなの論外よ。論外』
シャーロットの隣に座るセーラがため息交じりの、仕方なさそうな声で。
『はいはい。一応、私も無理だろうとは思ってるわよ』
『ほんとに? シャロってたまに突拍子もないこと言うし』
『そういうのを言う相手は選んでるわよ。たとえばセーラとか』
選ばれたところで光栄でも嬉しくもないわけで、セーラはもう一度ため息をついた。
皆が話していたところへと、聖者の末裔が足を運んで告げる。
『ローゼス・カイタス近郊で、魔大陸の魔力が感知されました』
六人にそう告げたのはスコール・メルデーグ。
今年一年次に入学したばかりの少年で、線が細く中性的な容姿をしていた。仲間たちを守る強力な白魔法の使い手だ。
『先日、アルティア領で戦った司祭と同じものです』
その言葉は、皆に衝撃をもたらした。けれど、それは前座にも満たない些末事でしかなかったことを、七人はまだ知らない。
それから間もなく、レンも驚く惨劇があった。
白の聖女が命を奪われた、あの出来事だ。
◇ ◇ ◇ ◇
レンがそれらのことを頭の中で整理したのは、今朝、エレンディルを発つ前だった。
夏休みを終えてからの催しと、その際にあった戦いについて考えてみたのは、あの物語の裏に存在していたのが白の聖女の惨劇だからに他ならない。
そしていま、レンはあの惨劇に先立っての騒動について話していた。
「――――ということですの」
獅子聖庁の執務室で、レンの前で得意げに語り終えたのはアスタリテだ。
エステルの仲介を経てこの日が設けられ、レンは聖骸現象に関する研究の成果を聞くことができたばかりだった。
「恐らく、聖骸現象は魔石の変異による強制的な進化のような概念かと。ですけど、自我によるものではありませんから、浄化の工程が含まれることで神性に性質が偏るのでしょう」
「浄化の工程、ですか?」
「世界の自浄作用ですわ。たとえば、水と風が眠る場所・ウィンデアはご存じ? ああいった地がするように、世界に還った魔力は一度原初の清らかさに浄化されますのよ」
ある種の自然現象がもたらす自浄作用であり、それが途中で含まれることで性質ごと特異に進化する。
聖骸現象に対して、アスタリテが至った理論だ。
「浄化され終えた魔力って、厳密には一切の属性を持たないんですよね?」
「あら、勤勉ですのね」
ウィンデアを漂う間は水や風の属性に染まるが、その先に至ればということ。
アスタリテがにこりと笑った。
「仰る通り無垢な魔力です。神学や創世神話曰く、創造神アリスが一人でいたところの泉は同じ性質の魔力が漂っていたそうですわよ。一説によると、神はその魔力に包まれて生まれてくるのだとか」
神学の分野では、その魔力が漂う空間をこう言った。
「その空間をノクウェスの繭と呼びます。世界が誕生した際に一つだけあった大陸ノクウェス、その名前を掲げておりますのよ。光に満ちたその空間には、浄化されたものに近い性質の魔力が漂うという記述がございます」
レンは静かに耳を傾けた。
「すると聖骸現象も、神性に大きく関わる現象の一つなのかもしれませんわね」
「む、難しいですね」
「結局は前触れもなく突然発生する現象ですから、原因はいまだ不明です。体外から魔石に影響を与えるほど大きな事柄が存在するのは確かでしょうけれども」
「ありがとうございます。難しいですけど、参考になりました」
「いいんですのよ。こういう話に興味を持っていただけることは滅多にありませんし」
含みを持たせたアスタリテ。
彼女はちらりとエステルを見て、じとっとした視線を送った。
「そこにいるエステルなんかは、特にそうですわね」
「人の執務室に来ておいて、いきなり私を標的にするんじゃない。そもそもなんでここなんだ」
話をする場に選ばれたのは獅子聖庁、それもエステルの執務室だ。
アスタリテがここに足を運ぶことは滅多になかったからか、午前中の執務室には珍しい空気が漂っていた。
「ちょうどいいじゃありませんか。私も仕事でこの辺りにはよく来ますから、足を運びやすいですし。まさか城の敷地内で会えと言っているわけではありませんよね?」
「……筋が通っていないわけでもないから、妙に反論しづらいな」
「もし反論されてしまっていたら、私もし返さないといけませんでしたわ」
微笑する近衛魔法師団長を前に、エステルが肩を揺らした。
「さっきまでの話、文官たちにももう話しているんだろう?」
「もちろんですわ。あんなに珍しい現象でしたから、彼らのほうから私に聞きに来ましたわよ。神秘庁で現役の研究員より、私のほうが聖骸現象には詳しいですから」
そこまで言うと、アスタリテがレンを見る。
「そうでした。研究員といったら、ラグナと懇意なんですって?」
「はい、よくしていただいてます。この前エステル様から聞いたんですが、アスタリテ様はラグナさんの元上官だったんですよね」
「相違ありませんわ。……研究者は常に情熱に満ち、詩的に生きなければなりません。その点、あの子はロマンを知るよき研究者の卵でした」
「その女の言うことを真面目に聞かなくていいぞ、レン。妙なことを言い出すのはいつものことなんだ」
「まぁひどい。せっかく獅子聖庁に来て差し上げましたのに」
「そのことは感謝しているさ。私も、レンも」
「はぁ……普段から素直なほうがエステルは可愛らしいですわよ」
エステルがいまの台詞に頬を引き攣らせている横で、レンはアスタリテから一冊の大きな手帳を手渡された。
「最後にこちらをお貸しいたしましょう」
「これは?」
「私が前に書いたものですわ。聖骸現象を研究する際に神性に関する資料も読み漁りまして、メモとして纏めてあります。あのミューディの絵なんかも写してありますから、読み物としても楽しめますわよ」
「ありがとうございます。でも、そんな品をお借りしていいんですか?」
「エステルが気にかけていらっしゃる子ですし、構いませんわ。気が向いたら返しに来てくださいまし」
ときには棘のある態度で接している彼女たちだが、根底にあるのは親愛なのだろう。もしその言葉を口にすれば、エステルが嫌そうな顔を浮かべるだろうけれど。
◇ ◇ ◇ ◇
話を終えたレンはどこへ寄るわけでもなく、早足で魔導列車に乗った。
しばらくの間、移り行く景色を眺めながら聖骸現象ばかり考えた。やがてリシアと過ごした昨日を思い出し、すぐに昨晩のことで頭の中がいっぱいにした。
そうしているうちにも列車はエレンディルの空中庭園……地上階へと到着すると、ホームに降りて改札を通る。
レンが屋敷に着くと、給仕が彼を迎えた。
「お嬢様は広間でご休憩されておりますよ。それに先ほど、イグナート様もいらしてくださいまして」
「そうですよね。朝、空中庭園でフィオナ様と会って話せてたので」
話を終えるとレンはすぐさま広間へと向かい、中に入ってソファに座るリシアとフィオナの姿を視界に入れた。
リシアの様子を見て、レンは柔らかく頬を緩める。
「もう動いて大丈夫なんですか?」
「朝も言ったけど、もう平気。昨日は驚かせちゃってごめんなさい」
「レン君、リシア様はずっとこう言ってるんですけど、昨晩はどんなご様子だったんでしょうか」
ことの発端は昨晩、レンとリシアが屋敷に帰ろうと歩きだしてすぐだった。
「リシアが少し体調を崩したので、俺がエスコートして帰ってきたんです。帰ってすぐは大丈夫みたいだったんですけど……」
「それでお風呂に入ってから、またふらっとしちゃったんですね?」
「……二人とも、そんなに改めて確認しなくてもよくない?」
二人はリシアの言葉を無視して話していた。
リシアが湯を浴びてすぐは給仕が異変に気付いたから大丈夫だったが、微熱が今朝までつづいていたそう。
それらも含めてレンが改めて話せば、フィオナの手がリシアの額に伸びた。
「もう熱はなさそうですね」
「その測り方、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「気にしてる場合かどうか、一応ちゃんとお話ししましょうか?」
「……ううん、やめとく」
クルシェラで過ごした際よりさらに打ち解けていたせいか、フィオナの言葉により遠慮がない。
優美な笑みに圧を内包したフィオナの声に対抗できず、リシアが苦々しく笑いながらそっぽを向いた。
フィオナの手が額から離れたとき、リシアは何かを不思議に思って顔の向きを戻す。
「いまの、もう一回してもらってもいい?」
「手をリシア様の額にですか?」
「うん」
問いを返しながらもフィオナが再びリシアの額に触れれば、リシアは何度かまばたきを繰り返す。
「何か気になってしまいましたか?」
「そういうのじゃないんだけど、さっき氷の魔法を使ってくれた?」
「ええ、ほんの少しだけ」
「そうよね。一瞬、身体が楽になった気がしたから。あっ、いま身体が重いとかじゃなくて、もっと軽くって意味だから!」
「ふふっ、わかってます」
冷たくて気持ちがよかったことは事実なのだが、心の中まですっとしたようだった。それが本当に、氷魔法だけの影響かどうかは別として。
……私、ほんとはまだ火照ったままだったのかな。
白の聖女は黒の巫女の愛らしい笑みを見ながら、少しだけそう考えてしまった。
しかし、最近どうして何度も体調を崩してしまっているのだろう。
聖骸現象の後で一度医者に診てもらったし、レンとレザードの強い勧めもあって高価なポーションも継続して飲んでいる。
体調がすぐれないのは前回も今回も丸一日程度だったから、夏風邪のような感覚だ。神聖魔法の調子も悪かったが、診たところ異常は認められていない。
魔法の調子は体調にも左右される。
幼い頃、イェルククゥに攫われる前に体調を崩したときもそうだったように、意識して使いづらくなることもあるし……。
ただ当時は、リシアがまだ神聖魔法をうまく使えていなかったのもあるのだが。
「剣聖になって、纏いも変わったからかしら」
最近の大きな変化もあって、悩むリシアに密やかな声を口にさせた。
昼を過ぎ、夕方が近づいてきた頃にフィオナが席を立った。
「私、そろそろ寮に帰りますね」
「今日は来てくれてありがと。エウペハイムから帰ってきたばっかりなのに」
「気にしないでください。エウペハイムに帰省したのだって、クルシェラのことで心配してくださった方々へのご挨拶だけでしたし」
フィオナを送るためにレンも立ち上がり、リシアもつづこうとした。しかしリシアは二人に制止されたため、申し訳なさそうに笑って受け入れる。
屋敷を出て、空中庭園へと向かう途中でフィオナが言った。
「お見舞いに来てから、クラウゼル子爵ともお話しさせていただいたんです」
「ユリシス様から何か連絡があったとかですか?」
「ええ。クラウゼル子爵にも間もなく連絡が届くはずなのですが、一足先にお伝えできればと思って」
周囲に二人の話し声を聞けるような者の姿はなかったのだが、フィオナはそれでも少しだけ表現を濁した。
「第三皇子殿下の件、夏休みが終わる前にレオメル全土へ知らされるみたいです」
すでに多くの帝都貴族が知るところだ。英雄派筆頭の七大英爵家に至っては、リオハルド英爵が特に早く皇帝からの手紙を受け取っている。
レオメル史に新たなページが刻まれるまで、もう間もなく。
ページをめくった先にある物語は、きっと――――。
◇ ◇ ◇ ◇
朝、学院の最寄り駅で降りてからのこと。
レンは急に視界が揺らいだような錯覚を覚えると同時に、表現のしようのない不思議な既視感に見舞われた。
だが、通学路なのだから既視感があって当たり前なのだ。
レンは夏の暑さにでもやられたのだろうかと思って、深く考えるようなことはしなかった。
「……大丈夫?」
レンが急に足を止めたのを見て、リシアが心配した様子で彼の顔を見上げる。笑みを浮かべた彼が申し訳なさそうな表情をリシアに向けた。
「ちょっと目眩がして。でも、一瞬だったのでもう平気です」
「……うん。それならいいんだけど……」
しかしリシアは納得しきれていないのか、指先をレンの腕に伸ばして神聖魔法の光を届けた。
一度足を止めた二人だったがすぐに歩を進め、徐々に帝国士官学院が見えてきた。
夏休み明けの校門の様子は、補習で訪れたときとどこか違う。長期休みを経て再会した生徒同士の姿などが多くみられた。
校門を背にしていた、黒髪の少女。
「おはようございます。リシア様、体調はもう大丈夫ですか?」
フィオナがリシアを気にして二人を待っていた。
黒の巫女が白の聖女を見舞ってから何日も経っていたけれど、夏休み明けということもあって気にかけてくれていたのだろう。
「うん、あれ以来何もないから平気。心配かけちゃってごめんなさい」
三人で歩きはじめ校門をくぐり、何ということもない話を繰り返した。
夏休みが終わる前に三人で学院の図書館へ行って課題をこなしたことや、これからの授業についてだったり……。
話しながら歩いていたら、三人の視線の先に見知った少年少女の姿が見えた。
彼らは三人がやってきたことに気付き、こちらに笑顔を向けて近づいた。
「おはよ、三人とも」
そう言ったセーラに加え、ネムとカイトの姿もあった。
「……」
レンたちも簡単に朝の挨拶を返したのだが、リシアが唐突にまばたきを繰り返し、黙りこくってしまう。
それはレンとフィオナですら気にならないほどの一瞬で、リシアはすぐ会話に戻った。
「ねぇ、今日はセーラたちだけ?」
「ヴェインは朝から議事堂よ。前の騒動のことで貴族との会合に出席するからって。あたしたちも行くつもりだったんだけど、短時間だから大丈夫ってことみたい」
「こないだは皇帝陛下とも謁見してなかった?」
「それとは別件。それに皇帝陛下たちは大霊廟でのご公務もあるから、最近はすごくお忙しいみたい」
「そういえば、しないといけない儀式があるのよね」
「そ。第三皇子殿下が皇太子になるでしょ? 皇太子になった方は獅子王の墓前にご挨拶に行くならわしなんですって」
皇太子という存在ができるのが数十年に一度ある程度のことだから、授業で触れたりしなければ
知らぬままの人も多いだろう。
ふわぁ、とセーラが不意に欠伸を漏らす。
「眠そうね、セーラ」
「まだ夏休み気分が抜けなくて。でも、リシアはそんなことなさそう」
「私……ううん。レンもだけど、夏休みも普段と変わらなかったからかも」
「そうなの?」
「ええ。屋敷でお父様の仕事を手伝ったり、獅子聖庁で剣の訓練をするくらいだったから――――」
少女たちの間で話が膨らみだした横で、カイトがレンの肩を抱く。
どこかの世界線とは違い、親しみのある仕草で。
「アシュトンは夏休み中、前に会ってから何かしたりしなかったのか?」
「クルシェラから帰ってきてからは、俺もリシアとほとんど同じでしたね。あとは補習のときにレオナール先輩たちとご飯に行ったくらいかも」
「ははっ、アシュトンらしいな」
リシアが言ったように仕事を手伝い、獅子聖庁で剣の訓練をつづけた。もちろん聖骸現象をはじめとした出来事もあったのだが、とレンは思い返す。
するとレンは、
……このやり取り、前にもしたような――――。
既視感を覚え、足を止めた。
「アシュトン? おーい、アシュトーン?」
「……すみません。ちょっと考え事をしちゃってて」
「お、おう。それならいいんだけどよ」
そのときレンを誰より気にしたのがリシアとフィオナである。
「レン、やっぱり何かあったの?」
「……大丈夫ですか?」
重なった。
いま、レンの視界いっぱいに広がっている光景が、マシェリアと戦ったときに見たそれと。違うこともある。あのときはいなかったフィオナが存在していることだ。世界は同じようで違っていたのだ。
一方、リシアはレンが何を思うのかなど知らずに。
……私、どうしていまの話が気になったのかしら。
迷宮に放り込まれたような感覚に心と頭を支配されるリシアの横で、レンはいつも通りの声音で話していた。
リシアはじっと彼の様子を見ながら沈思を繰り返し、既視感の正体を探る。
わからない。レンに抱く気持ちがより育まれてからというもの、何故か不思議な感覚を抱くことが多い。
「レン君、この前のリシア様みたいに体調がすぐれないとかじゃ……」
「いえいえ! ただ忘れ物をしてきた気がしただけで……!」
言い繕うレンは一つ勘違いしてしまう。リシアが向けてくる視線がまるでフィオナと同じく案じてくれたように感じ、心配させまいと彼女にも顔を向けた。
「だから大丈夫ですよ、リシア」
誰にとっても自然なやり取りだった。
レンがリシアを呼び捨てにするようになったのは獅子王大祭が終わってすぐ、もう一年近くも前からなのだ。
しかし、リシアだけが小さな驚きを胸にした。
……別に、いつもと同じ呼び方じゃない。
……なんでいまさら、呼び捨てだったことに驚いたの?
心の内で思い、驚いている自分に驚いていた。
『え? いつもリシアって呼んでるじゃないですか』
聞いたことのないはずのレンの声が頭に浮かんだけれど、それもよくわからない。
数秒の硬直を経て、リシアはぎこちなく笑った。
「ええ、何もなかったのならいいの」
妙な感覚を振り払おうと、彼女は話題を変える。
「今朝はびっくりしちゃった。帝都が急に賑わってるんだもの」
「あ~……ここ数日はすごいから。そうよね、ネム」
「だねー。立太子の儀は国中がすごいお祭りだろうって、お父様たちも言ってたし。来賓も獅子王大祭のときより多いんじゃないかな」
その儀はラディウスがレンに話していた大霊廟でする儀式のことだ。
夏休み中のフィオナがレンに告げたように、ラディウスが皇太子になることはすでに周知の事実。
帝都はその日に向けてどこより大きな賑わいに包まれていくだろう。昨年の獅子王大祭にも勝ることもいまから想像できる。
立太子の儀が行われる日は、七英雄の伝説のときより少し早い。
ラディウスが時期皇太子として先立って動きつづけていたこともあり、七英雄の伝説と違って関連した事柄が順調に進んでいたからだろう。
教室へと向かう途中、ネムは一行から離れた。
「ではでは、ネムは午前中の授業は休みなので! 図書館であの生成法のために調べ事をしてるから、何かあったら来てね~!」
彼女はひらひらと手を振りながら図書館へ向かった。




