男子四人で。
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帝城、最初の庭園。
朝の光を帯びて淡く光るその一角に、皇帝はいた。
「聖宮騎士団はなんと」
「不可解なことに違いはなく、持ち帰った試料を元に調査をつづけると。神秘庁とも連携し、早急に検証を進めております」
昨日、自身もその光景を目の当たりにしたガルレオンが皇帝に告げれば、皇帝はしばらく考えたのちに口を開いた。
「疾く、一日でも早く収めなければならない」
「はっ。立太子の儀までには、何としても」
周囲の花々や木々の緑を眺めていた皇帝だが、ふとガルレオンに顔を向けた。
「あの者はどうだった」
「レン・アシュトンのことでしょうか」
「ああ」と皇帝が簡潔に言い、頷いた。
「飛竜に異変が生じた際、あの者も傍にいたと聞く」
「それでしたら、聞きしに勝る腕前でございました。獅子聖庁の者たちが声高に語っていた理由も、この目でしかと。派閥を問わず、貴族らが目を向けているのも頷けます」
「それだけか?」
「特筆すべき点は他にないかと。何か気にかかることが?」
皇帝は、普段通り冷静沈着な態度を崩さなかった。
「いいや、何でもない」
彼は間髪容れずにそう返すと、ガルレオンを伴い歩きはじめた。
庭園を出て、城内を歩いてこの日の公務へ向かう。
その途中、彼らは学院へ向かう途中のラディウスと鉢合わせる。ラディウスの隣には補佐官のミレイの姿もあった。
「陛下、アヴレオ法域の件はその後いかがですか」
「気にかけることはない。収束に向けてガルレオンを筆頭に多くの人員を派遣し、今朝方、全域の調査が終わった」
「まさか、ガルレオンをはじめとした近衛まで大規模に動かすとは」
「その理由がわからぬそなたとは思えないが」
「無論、存じ上げておりますが、それでもです」
父としてか、皇帝としてか。
あるいはそのどちらともによる言葉か、ノトスははっきりと言った。
「次期皇太子として、獅子王へ何一つ恥じることのないよう務めよ」
「承知しております。陛下」
ラディウスが去る様子を皇帝はほとんど気にかけず、自らも公務をすべく再び足を動かした。
彼はその途中でも、傍を歩くガルレオンへと声を届けた。
「立太子の儀が近いということに勘付いた貴族も多い。市井に知らせるまで、不要な憶測や騒ぎは避けねばならない」
「はっ。我らも為すべきことを」
即答したガルレオン。
彼ががならば、と。
「しかしながら、それに関してはやはりイグナート侯爵へも協力を仰ぐべきでは――――」
ノトスは僅かに声を落とし、遠くを見ながら言う。
「あれから何年経とうと意味はない。いまさら余に、ユリシスヘ如何様に声をかけろと申すのだ」
「ならば、我らに命じてくだされば――――」
「余を侮辱するつもりなのであれば、これよりその先を話しても構わぬが」
「……失礼いたしました」
皇帝はしばらく何も言わず、ガルレオンを伴い城内を歩く。そこに漂う静寂が打ち破られたのは、皇帝が窓の前で足を止めたときだった。
「ラディウスの件、正式に貴族へ伝える時期が訪れたと思い見た」
執務室へ近づいたところで、皇帝は窓の外を見た。
「リオハルド英爵へ文を送る」
七英雄の伝説Ⅱ・三章『壇上で貫いて』
その物語へと、ここにはいないレンも足を踏み入れる。
◇ ◇ ◇ ◇
午前で補習授業が終わる日の昼下がりに、学院の廊下でレンが風を浴びていた。
窓の外からは、生徒たちの声や木々の葉擦れなどの穏やかな音が耳に届く。レンがそれらの音を耳にしながら思うのは、アヴレオ法域であったすべてのことだ。
……あんな聖骸現象なんて、なかったはずなのに。
あのときの事象はすでに各所に共有されているが、レンにはあの飛竜が動きだしたことと同等か、それ以上に気にかかることがあった。
飛竜がまるで、レンを狙っているようだったことである。
誰より前に立って戦ったのがレンだからというわけではない。
相対したレンには、あの魔物がまっすぐレンを狙いすましていたような、不思議な感覚がいまでも残っている。
明確にレンを狙った理由は何だろう。
あの場の誰より殺すべき敵と意識した?
すでに自我がないはずの魔物にそんなことができるだろうか。本能的に力量を見定めた結果、レンを狙ったということならわかるのだが。
「……何もわかんない」
もし、七英雄の伝説Ⅱを何度も周回できていたらわかったのだろうか。
いまさら考えたところでどうしようもないのだが、答えが得られずにいたレンはもうしばらく頭を悩ませた。
数分が過ぎたとき、
「――――ン」
レンの耳に聞きなれた声が届いた。
彼が顔を向けた先にあったのは、級友の姿だ。
「あれ、ヴェイン?」
「ああ、さっきの授業ぶり」
彼の名をヴェイン。
七英雄の一人、勇者ルインの末裔として知られる少年にして、七英雄の伝説では主人公として物語の中心にいた少年だ。
優しげな顔立ちでありながら、芯の強さを感じさせる凛々しさは磨かれている。昨年、レンと共に入学してきた頃にも増して大人びてきているようだった。
その彼がレンの近くに足を運んできた。
「レンは窓の前でどうしたんだ?」
「俺は別に、風が涼しかったから何となくってだけだよ」
レンは微笑を浮かべて返事を誤魔化した。
いまも聖骸現象のことが脳裏に焼き付いて消えず、補習があった今日も考える時間がつづいている。
今朝、屋敷の庭で剣を振っていたときだってそうだった。いつもなら雑念を抱くことなく研鑽を積めるというのに、どうしても聖骸現象のことを考えさせられてしまったのだ。
しかしレンは、それらをおくびにも出さず声を交わした。
「最近もずっと暑かったしね」
「まぁ、レンの気持ちはわかるけどさ」
二人はそのまま昇降口へと足を運んでいく。
この日は補習を受けに来る生徒の数が少なく、廊下を歩く者の姿はこの二人以外にはなかった。
だが、レンはこの光景を観たことがある。
『レンは最近どうしてる?』
『レザード様の公務を手伝わせてもらってるくらいかな』
それは取り留めのない一場面だ。
七英雄の伝説Ⅱにおいては、補習が行われたこの日帰る途中の出来事だった。
一般クラスの補習を終えたレン・アシュトンと出会ったヴェインが話す、日常の一コマだ。
ここでは互いに特待クラスなことをはじめとして違いは多いが、被るような景色には小さな笑みが浮かぶ。
「レンはクルシェラで戦ってからどうして――――っていう話は、もうセーラたちとしてるよな」
「この前の補習のときに話したかも。ヴェインが帰ってきてから忙しそうってのも、そのときに聞いたっけ。いろんな人から声をかけられてるからって」
「……確かに声をかけてもらってたけど、ほとんどの人は俺と話したいってわけでもないしな」
勇者の末裔という言葉はそれ自体が強すぎて、邪なことを考える人も近寄ってきてしまう。
彼らはヴェインではなく勇者の末裔という言葉に興味があるから、ヴェインなりに思うことがあっても無理はない。
「勇者の末裔ってだけじゃなくて、ちゃんとヴェインのことを見てくれてる人はいるよ」
「……なんか、獅子王大祭のときみたいかも、いまのレン」
「闘技場で話したときのこと?」
「ああ。レンって急に鋭くなるからさ」
「どうだろ、そんなことないと思うけどね」
何とも言えずに笑ったレンは返事を濁した。
校舎を出たレンは、校門へ向かう庭園の途中でラディウスを見つけた。彼の隣にはカイトの姿もある。三年次の特待クラスに所属する二人も補習が終わり、帰る途中だったのだろう。
カイトとラディウスという、珍しい二人組をレンが気にしながら近づいたら、
「どうせ、珍しい組み合わせだと思っていたのだろう」
ラディウスがレンを見て言った。
レンはヴェインと共に珍しい二人組の傍に立ち、口を開いた。
「珍しいというか、あんまり見たことない気がしただけだよ」
「似たようなものだろうに」
二人が話したあとで、カイトがレンに話しかけた。
「よっ、アシュトン! クルシェラ以来だな!」
カイト・レオナールが白い歯を見せて笑った。
彼は七英雄の末裔の一人であり、レンの一歳年上にあたる少年だ。
背が高く、引き締まった体格。頼りがいのある性格も相まって、兄貴肌の上級生として慕われていた。
「レオナール先輩もすっかり元気そうですね」
「まーな。けど、やっと落ち着いたと思ってたら補習だろ? なんだろうな、気が付いたら夏休みが終わってそうな気がするんだ」
「夏休みがはじまってから、しばらく経ってますしね」
「だろ? ……ま、しょーがねーか。で、さっきまで殿下とはクルシェラのこととか、聖骸現象のことも話してたんだ。帰ってきたと思ったらまた妙なことになってるだろ?」
ちょうどいい機会だし、レンは朧げに覚えている七英雄の伝説Ⅱのことも話したかった。
彼がそう思う傍で、ラディウスが口を開く。
「レオナール、直接聞けて助かった。二人を待たせてしまうし、つづきはまたにしよう」
「いえ、こちらこそ時間をいただきありがとうございました。……けど、二人は別にこのまま話してても大丈夫だよな?」
異を唱えるはずもなく、レンとヴェインが首肯。
しかし、夏の日にわざわざ外で立ち止まって話すというのも好ましくない。風が涼しい日でも日照りは厳しいのだし。
それを思い、レンがカイトに提案した。
「学食に行ってみます?」
「飯に行くってのは賛成なんだが、学食、改修工事とかで今日は開いてないぜ」
「それじゃ、どこかのお店にしますか。ラディウスも大丈夫?」
恐らくラディウスは迎えが来ているはずだし、午後から公務があるとしたら難しい。しかしこの日は幸いにも時間の余裕があった。
「ああ。同席させてもらおう」
ラディウスは最近の状況を自分の耳で聞きたいようで、迎えの者たちには休憩していてもらうと言った。
先日、連載開始から5周年となっておりました!
いつもたくさんの応援を本当にありがとうございます……! 今回の章もまだまだつづきますので、ぜひぜひ最後までお楽しみくださいね!




