物語が進んでいき。
原作、コミックスの最新刊が予約受付中です!
■原作8巻 11月17日発売
■コミックス9巻 10月23日発売
書籍版もどうぞよろしくお願いいたします……!
一人で上級生の教室へ向かっていきながら、レンはあることを思い出す。
蝕み姫という昔話があった。
レオメル帝国において、その昔話を知る人はあまりいない。帝城において、幼い皇族に語り聞かされていた昔話という認識でしかなかったからだ。
これは、ラディウスがレンにはじめて蝕み姫のことを語ったときの内容。
『やがて、一人の男が現れる。その男は蝕み姫の力の影響を受けなかったらしい。男は蝕み姫の力を抑えるために必要な三つの宝物を集め、蝕み姫に求婚した』
それとは別で、ラグナが独自に調べ上げた情報もある。
レンがエウペハイム近郊の旧市街を訪れた際、開かずの扉に守られていたジェノ院で見つかったのは古い手紙が導いてくれた。
『ジェノという院長の妹こそ、蝕み姫その人だと俺は考えている。そしてもう濁す必要はないな。手紙の主は冒険家アシュトンと呼ばれる存在だ。いくつかの逸話を参考にすれば、これ以外の答えは思い付かない』
蝕み姫は昔話の中だけの存在ではない、ラグナはそう断言した。
レンはすぐにその話を知らされ、彼はリシアとフィオナにもすぐに共有した。彼はそれ以前から二人に先祖のことを話していたから、より話を深められたようなものだった。
冒険家アシュトンと、蝕み姫。
つまりその二人がレンの祖先であるという話を知る人物は、いまも少なかった。
気になることはまだある。
……蝕み姫のために、ミリム・アルティアが冒険家アシュトンと協力してたって話もか。
冒険家アシュトンとミリム・アルティアの間に、何らかの交流があったということはもうわかっている。
『俺が送った龍食花の種を植えずに研究所に渡したことは許すことにしたよ。あれは確かに俺が悪かったかもしれない。でも珍しい花だから、大事にしてよ。それと、こないだマーテル大陸でミリム・アルティアと会えた。他の六人に内緒で会っていろいろと作ってもらえたよ。これでそっちに帰ることができる』
旧市街のジェノ院で見つかったセシル・アシュトンが書いた手紙に、こう書かれていたからだ。
こうした様々なことをレンが考えてしまったのは、ネムと話した内容の影響だ。
ミリム・アルティアが作ろうとしていたというものに必要な三つの素材と、蝕み姫が求めたという三つの宝物。
ただの偶然とは思えず、レンとリシアは先ほどの話に強い印象を覚えていたのだ。
ネムが見つけた生成法というのは、蝕み姫にも関係するものだったのではないだろうか。
考え事をしている間にも、レンはフィオナが所属する四年次特待クラスの教室を目の前に臨む。
「……あれ? お前」
いま教室から出てきたばかりの男子生徒が、何かに気づいた様子でレンを見た。
同じようにレンもその男子生徒を見て、二人がほとんど同時に気づく。
「お久しぶりです。っていう挨拶で正しいでしょうか」
「……そうかもな。こっちは妹からお前の話は聞いてたけど、直接はもう何年も前になるんだし」
レンがその男子生徒とはじめて顔を合わせたのは、かのバルドル山脈における騒動のときだ。
特待クラスの最終試験が魔王教の関与によりバルドル山脈で行われることになり、緊急事態に陥った受験生たちが下山するのを、当時クラウゼルで暮らしていたレンが手助けした過去がある。
男子生徒はその際、吊り橋の前で冒険者を相手に強がっていた少年だった。
「俺の護衛もまた会いたがってた。今度機会があれば話してやってくれ」
「護衛……ああ! あのときの冒険者の方ですよね」
「そうだよ、お前と一緒にいたな」
頷いた男子生徒がレンに道を空けた。
「イグナートさんだろ? 窓の傍の席だ」
「ありがとうございます。――――でも」
まるで教室の中に入れと言っているような口ぶりだったが、レンは上級生の教室へと足を踏み入れてよいものだろうかと一瞬迷った。
しかし、開いた扉からレンが見るとフィオナが声に出す。
「レン君?」
彼女は鞄を手にして立ち上がると、軽い足取りでレンの傍に足を運んだ。
そんな彼女の背に、教室に残っていた数人の女子生徒が応援の眼差しを向けていた。
「レン君たちも補習が終わったんですね。でも、どうしてこっちの教室に?」
「この前いただいた手紙の返事を持ってきたんです。いつもみたいにお願いしてもいいですか?」
「ふふっ、お任せください。お父様もレン君たちのことをすごく心配してましたから」
持ってきた手紙は、レンが改めて個人的に礼を認めただけのものだ
フィオナが手紙を鞄にしまったのを見たレンが本題に触れた。
「このあと、よかったら一緒にお昼に行きませんか?」
「っ――――は、はい! 是非!」
「じゃあ、みんなは先に行ってるので俺たちも行きましょう」
みんな、と聞いたフィオナがだいたいの事情を理解した。
一瞬、二人だけかと思ったこともあり、
「……ええ。そうですよね」
少し残念そう。
しかし食堂へ向かう途中、こうして二人で歩けているだけでもうれしく感じて、彼女は自身がどれほど単純なのだろうかと思う。
そんな感情に浸る自分を再確認させられながら、フィオナは隣を歩くレンを見上げる。
その視線に気づいたわけではないが、彼は思い出したように言った。
「さっき予想外のところから、冒険家アシュトンと蝕み姫のことらしい話が出てきたんです」
「え? 学院でですか?」
「はい。アルティアさんの屋敷で見つかったものがあって」
教室でのことを事細かに話しながら、同時にレンの脳裏に浮かんだ話もある。
レンが生まれ過ごした村がイェルククゥに襲撃され、アシュトン家の屋敷が燃え尽きる前までは、冒険家アシュトンの逸話が本になって残されていた。
レンはその本の内容を、父のロイから聞いている。
逸話の内容はロイ曰く、
『ご先祖様はその龍の翁と戦ったらしい。どうしてもその龍の角が欲しくて、欠片だけでも譲ってくれって頭を下げたんだとよ』
蝕み姫は三つの宝物を冒険家アシュトンに求めたという。レンたちはこれまでこの話をしなかったわけではないが、改めて考えさせられた。
また、旧市街の一件のあと、レンが剣聖に至る前後にラグナが調べ上げた情報の存在もある。
『ここで手紙に書いてあった彼女、という存在が気になる。手紙の主はその彼女のために天空大陸へ向かい、不死鳥の素材を手に入れたような文面だった』
これで三つの品のうち、ほぼ確定と言えるのは二つだ。
「最後の一つが何なのかも、だいぶ前から考えてみてはいるんですが」
「そうですよね。レン君、ずっと前から蝕み姫たちのお話を調べてましたから」
蝕み姫が求めた三つの宝物とは、
龍王の角の欠片。
天空大陸を統べし不死鳥の血。
残る一品がいかなるものか、それはまだわからない。
仮にネムが見つけた生成法が蝕み姫にも関係するものだった際、解析が進めば三つ目の品が何なのかもわかるかもしれない。
「この話とか、あとクルシェラでのこともクロノアさんと話したかったんですが……」
「……クロノア様、まだしばらくお戻りにならなさそうですものね」
二人がため息を重ねた。
クルシェラであったことなど話しておきたかったことは多いが、神の朧という概念が飛び出してきた時点で、クロノアが足を運ばないほうがあり得ないだろう。ネムが言っていたように、ルトレーシェが行くのだってそうだ。
都市丸ごと、かの亡国のように奈落へ沈みかけたのだし当然だ。
食堂を訪れた二人は今日の昼食を選んでいる最中のリシアたちを見つけ、彼女たちの傍へと足を運んだ。
リシアとフィオナが話している様子が、セーラたちの目には一瞬自然なことに見えた。
「夏休み前とメニューが変わってるんですね」
「そうみたい。フィオナ様は何にする?」
「私はこれにします。今年の夏だけのメニューみたいですよ」
「なら、私もそれにしようかしら」
だが、何かがおかしい。
会話が自然すぎたせいで一度は流しかけたのだが、リシアがセーラたちと話すようにこんなにも砕けた口調だったため気を取られた。
直接尋ねようにも迷いが生じ、セーラがレンの隣に歩を進めた。
「ねぇ、リシアって夏休み前からあんな感じだった? たまにあんな口調でイグナート様と話してるのは見たことあるけど……」
「きっと、クルシェラでもいろいろあったからだと思います」
「……はぁ。剣聖のこととか、リシアにもいろいろありすぎよ」
詳細はレンも聞けていないが、二人がより打ち解けられたということはレンにも汲むことができていた。
――――昼食を終えてからはネムの提案で、寄り道を楽しむという夏休みらしい時間も過ごせた。
いつしか日が傾き、空の色が変わっていった。
薄暮から夜へと移り変わりはじめた頃、エレンディルへと帰るべく駅へと向かっていたレンとリシア。
ふと足を止めたレンが驚いた様子の表情を浮かべていたことに、リシアが小首を傾げた。
「レン、急にどうしたの?」
しかし彼女もすぐにレンが驚いていた理由を理解した。二人が進む先の大通りに、普段は帝都で見られない者たちの姿を見てしまったのだ。
ある事件をきっかけにその者たちに苦手意識を持っていたリシアだったが、いまの彼女には怯えなどはなく、レンと同じで驚きと疑問を覚えているように見えた。
「どうして、聖宮騎士団が帝都に」
レンは短く呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
先の騒動から何週間も経ったわけではないのに、学院からエレンディルへ帰るというだけで日常を取り戻せた感覚が高まる。
そうした感情を覚えながら屋敷に帰ったレンとリシアは、共に執務室に足を運んだ。
「ご当主様、お二人は聖宮騎士団をすでに目にしているご様子です」
ヴァイスがそう言えばレザードは頷き、一通の手紙をレンに差し出した。
「レン、詳しくはこれを」
「その手紙って、聖宮騎士団からレザード様にですか?」
「私にもだが、城にも同じ連絡をしていると聞く」
レンはレザードから手渡された手紙を開き、リシアはそれを隣から見た。
そうしている間にもレザードは二人に話しかけ、数十分前にエレンディルを訪ねたという聖宮騎士たちのことを口にしだした。
「場所はエレンディルから魔導船でそう遠くないところだ。ローゼス・カイタスの近くと言えばわかりやすいだろうか」
ローゼス・カイタスは、帝都やエレンディルから魔導船で一時間もかからずに足を運べる地だ。
古き時代にはエルフェン教徒たちがその地に並ぶ巨大な神像へと参拝していたが、魔王軍の将の手が帝都近郊にまで届く。将とその軍勢を浄化するため、一帯は神の聖遺物を媒体として長きにわたり封印されていた。
だが、獅子王大祭の頃にレンとリシアが迷い込み、魔王軍の将……剣魔を斃したのちに封印が消えたという隠された物語があった。
レザードが口にした地は、そのローゼス・カイタスから馬で数時間の距離にあった。
その地における魔物の不審死こそ、聖宮騎士団がレオメルを訪れた理由。
「――――聖骸現象」
レンが口にした言葉のつづきを、リシアが読み上げる。
「魔物の身体が純白の陶器のように変わり、一切の生体反応を失う。体内に残された魔力は、白魔法などとほぼ同一の性質へと瞬く間に変貌する――――ですって」
七英雄が魔王を討伐して以降、稀有とはいえ世界中で観測されるようになった現象だ。
聖骸現象に陥った魔物は息を吹き返すことなく、風化するまでその姿を保つ。
一度その現象が生じると、周辺で繰り返し発現することがある。生態系に影響を与える可能性があり、無視すべきことではなかった。
通常、レオメルでは神秘庁を主軸に調査が行われ、騎士や文官がそれに同行する。
今回のように聖宮騎士団が関わってくることは異例だったが、ローゼス・カイタスに近かったことから、彼らも無視できなかったのだろう。
「レンは聞いたことある?」
「……何かの本で読んだことがある気がします」
手紙に記された文言に目を通しながらも、レンの心中は穏やかさを欠きはじめていた。
この時期、聖骸現象のことから――――どこか懐かしいような、それでいてはじめてのような。
言葉に言い表せない感情が心に押し寄せてきた理由に、レン自身心当たりがあった。
聖骸現象は、七英雄の伝説Ⅱでも登場していた。
その騒動をきっかけに、主人公のヴェインたちがⅡの最後の敵、
……司教。
その存在へと近づく、きっかけの一つでもあったはず。直接的に司教と繋がっているようには思えなかったが、実際にどうだったのかはわからない。
またレンにとっては、何より無視できない出来事……あの惨劇へと繋がる物語の存在もある。
「――――レン?」
白の聖女がレン・アシュトンを見上げ、覗き込むように。
レン・アシュトンはなんでもないと返す代わりに微笑む。
リシア・クラウゼルはその笑みを見ているだけで不思議と心が痛んだ。だが、それが何故なのかはわからない。
彼女のそんな様子を知る由もなく、レンたちは話しつづけた。
「当家からも近隣に騎士を派遣することにしている。先ほどまで、ヴァイスと人員の選定をしていたのだ。あの付近は我々も無関係とは言えないからな」
獅子王大祭が行われた際、レンはレザードから、エレンディルとローゼス・カイタス付近を繋ぐ古い街道を新たに整備しなおすという数年がかりの計画を聞いた。
近隣に騎士を派遣するのは義務だ。
クラウゼル領で村を預かるレンの父が、命懸けで村を守ろうとしたのと同じように。
聖骸現象の調査を進めたら、司教たちが動き出すイベントにもつづいたはずだ。
この先に待っているはずの展開を想起して、レンは心に決めた。
確かヴェインたちも様子を見に周辺の散策をしに行くはずだし、自分も黙ってなどいられない。
「俺にも様子を見に行かせてください」
「そう言いそうな顔をしていると思っていた。少しだけ、バルドル山脈のときを思い出してしまったよ」
「で、ですけど、あのときとは違いますから!」
「わかっているとも。ただ、なんだろうな。レンはいつもレンなのだなって思うと、心強く感じただけさ」
レザードはそう言うと、肩をすくめてみせた。
一方、彼らの傍にいたリシア。
レンへ手を伸ばした彼女は、慣れた様子で神聖魔法を使おうとしていたのだが、
「――――え?」
神聖魔法の調子が悪く、思っていたように光が生じなかった。
昨日の違和感が尾を引いているのだろうかと不思議に思ったが、今朝起きたらもう元通りだったのだ。
いまも調子が悪かったのは一瞬で、すぐにいつもと変わらない神聖魔法の光がレンに触れた。
やっぱり気のせいなのだと、彼女は笑みを浮かべた。
「また明日もしてあげる」
「ありがとうございます。それと、どうして驚いてたんですか?」
「ううん、なんでもないの。……あと! いつも言ってるけど無茶したらダメなんだからね!」
「でも、俺に無理するつもりがないことは信じてもらえてますよね?」
「信じてても、心配するのは別の話だと思わない?」
リシアは指先を伸ばし、レンの鎖骨に軽く触れた際に頬を綻ばせる。
「ね、そう思うでしょ?」




