重鎮たち。
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アスタリテの言葉にエステルが返した。
「生成法? アルティア家なのに、ポーションか何かのためだとでも言うのか?」
「さぁ? それらしくも見えたし、魔道具の設計図にも見えたということですわ。一応申し上げておきますけれど、これだけなら機密というわけではありませんので、エステルもどうかご安心を」
かといって、みだりに外で話していいというわけでもないが。
彼女たちの声に耳を傾けながらも、レンは心の内で考えた。
……やっぱりあれのことだったんだ。
……七英雄の伝説Ⅱで手に入った不思議な設計図、ここでも出てくるなんて。
本来、夏休みに入ってアルティア領で過ごすエピソードの最後に得られた重要アイテムだった。
しかし、重要といっても、
『魔道具やポーションの生成法だろうか。記された全てはアルティア家の令嬢にも読み取れない』
こんな説明が存在したのみ。
七英雄の伝説Ⅱを一周しかできていないレンには情報を集めるための時間はなかったため、先ほどアスタリテが言ったような印象しか抱けていない。
アルティア家がどうして、アスタリテに声をかけるに至ったのかだが。
「アスタリテの知恵を求めたわけか。元神秘庁長官の肩書は相変わらず影響力が強い」
「そうは言っても、昔の話ですのに」
「だとしても研究はつづけているじゃないか。それで帝城の敷地内に私的な研究室まで用意して……陛下がよくご許可をくださったものだ」
「神秘庁時代の功績がありますもの。それに、ここは昔から目をつけていましたのよ。こんなにロマンと情緒溢れる建物はほかにありませんわ」
神秘庁の元長官という言葉からすでにだったのだが、ロマン、という単語がレンの脳裏にとある研究者の姿を思い浮かべさせた
「たとえば蝕み姫の話はご存じ? ここって、かの姫君がいた場所みたいでしょう?」
「知っているし理解もできる。あれはどこが舞台かもしれない御伽噺でしかないがな」
蝕み姫と、彼女を囚われの身から解放した男の話。
だがただの御伽噺ではなく、蝕み姫も、蝕み姫を外に連れ出した男こと冒険家アシュトンも、確かに実在した。
蝕み姫の話が史実であるということを知る人物は、レンをはじめごく僅かだ。エステルとアスタリテは史実であることを知らない。
「ほんっと、興味深い品を拝見しに行ったのに、急に魔王教が現れたから面倒でしたわ」
息を吐いたアスタリテが言った。
「だが、小競り合い程度なのだし、奴らの対処も問題なかったのだろう?」
「馬鹿にしているわけではないでしょうけれど、私が後塵を拝すると思って?」
アスタリテは横顔を夏の日差しに照らされながら声にした。
「私を圧倒した存在は過去に一人だけ。クロノア・ハイランドだけですのに」
「言いたいことはわかるが、クロノアを例に出すのは極端すぎないか」
「そんなことはありませんわ。彼女は属性の極致に到達した数少ない個人。私と比較するのなら、彼女のような存在を例に出さなければなりません」
彼女はそう、迷うことなく言い放った。
話を終え、レンはエステルの後について外に出た。
来たときの道を今度は反対に歩き、城門の外へと向けて歩を進めた。
「……相変わらず、アスタリテは苦手だ」
「そんな感じには見えませんでしたけど」
「まぁ……一応、友人ではあるからな。一応」
二度言わなくても、と思いながらレンが苦笑い。
「腐れ縁だ。私が剣聖になる以前からのな。互いに軍に籍を置くようになった時期も近く、何度か任務も共にした」
「そのとき、エステル様が叱られてばっかりだったとかですか」
エステルがうぐっ、と短く呻いたところを見るに図星のようだ。
「アスタリテが細かいだけだ。神秘庁に行ったと思ったらまた戻ってきて、いまでは度々小言を言われている」
「でもエステル様、嫌そうには見えなかったですよ」
「さっきも言ったが、一応、友人だしな」
エステルらしい口ぶりに、レンは素直じゃないなと思った。
「けど、軍属なのに神秘庁に行ってたってことは、研究のほうが専門なんですか?」
「いいや、むしろアスタリテは、小国同士の戦なら単身で止められるだけの戦力だ」
驚くレンをよそにエステルが言うには、神秘庁が特殊だからという話だった。
「あそこがただ研究をするだけの機関ではないが故、時折こうした人事もある。当時、アスタリテはラグナ殿の上司だったはずだぞ」
「……ああ、道理でロマンっていう言葉を使ってたんですね」
きっと、ラグナの口癖が生まれるきっかけの人物だったのだろう。
雑談を交えながら帰る途中――――。
二人の耳に聞きなれた声が届いたのは、さらに数分も歩いてからだった。
『陛下はどこにいるのかと聞いている』
『し、しかし殿下! ただいまお客人がいらしておりますので、少々お待ちを!』
『それを聞けて安心した。どうやらその客人にも会う必要があるようだ』
『ですが――――!』
近衛騎士と少年のやり取りが徐々に近づいてくるのを聞きながら、思わずエステルと顔を見合わせたレンが、
「城を空けてるって話じゃなかったでしたっけ」
と尋ねた。
「急いでお帰りになられたようだ。陛下が急にレンを招待したからだろうさ」
それから間もなく、二人が進む先の曲がり角からラディウスと近衛騎士が姿を見せた。
近衛騎士はそこにエステルの姿を見つけ、席を外す。
「っ……レン!」
「うん。一週間くらいぶり」
「一週間ぶりなどと簡単に……はぁ、まぁいい。むしろ安心した」
「安心って?」
「父が妙なことを話していたらと思っただけだ。その様子では、少なくとも面倒事はなかったように見える」
「大丈夫。お茶をいただきながら少し話しただけだから」
「そのようなことが通常あり得ないということ、レンも理解してくれていると思うのだが」
第三皇子が何度目かのため息を漏らした。
ラディウス・ヴィン。レオメル。
涼しげな切れ長の目元と、清らかな名剣を思わせる銀の髪。
次期皇太子として、夏休みも息をつく暇もないほど忙しく過ごしている少年だった。
「話したいことが山ほどあるが、立ち話で終わらせられる気がしない」
「なら今度、落ち着いて話せるとき――――とか?」
「そうさせてくれるとありがたい。……しかし今回は驚いた。エウペハイムにいたら、いきなり斯様な話を聞かされたのだからな」
「あれ。夏休み前に行くところがあるって言ってたけど、エウペハイムのことだったんだ」
「――――ああ。いくつかすべきことがあったんだ」
第三皇子は言葉を濁した。
けれど、どこまでも自然に見える仕草だったからか、レンの目には公務で忙しそうにしているようにしか見えなかった。
「エステル、陛下はどこにおられる?」
「最初の庭園におられるかと。もし向かわれるのでしたら、私も同行を」
「不要だ。陛下が招待した客人に対し、見送りの一つもなしということのほうが問題だろう」
話をしているうちに、やや遅れてミレイ・アークハイセがこの場へ姿を見せた。
伯爵家の令嬢にして、ケットシーと人間の混血。この春には、帝国士官学院を首席で卒業したばかりの才媛だ。
現在はラディウスの補佐官として、また学院の図書館へも籍を置いている少女だった。
「ニャ? その様子では何事もなかったようですニャ」
「そのようだ。ミレイはこのまま私の供をしてくれると助かる」
「かしこまりましたニャ。ですが、レン殿はこれからどうなさるんですかニャ?」
「俺はもう帰ります。馬車を用意してくださるって言われてたんですけど、皇家の馬車はさすがに緊張しちゃいますから」
それに、どうせ魔導列車に乗ってエレンディルに帰るのだ。
「では殿下、私はレンを見送ってから獅子聖庁へ戻ります」
「わかった。それではレン、また落ち着いたときに」
「うん。楽しみにしとく」
徐々に遠ざかっていくレンの背を、ラディウスは見えなくなるまで眺めていた。
ラディウスにとっては見慣れた城内の景色なのだが、ここで親友の姿を見るというだけでも新鮮だった。
やがてラディウスは、隣に立つミレイに顔を向けた。
「帰って早々付き合わせてしまっているな」
「ニャハハ、お任せくださいニャ」
歩きはじめた二人が向かうのは、少し前にレンが皇帝と語らうために足を運んだ庭園である。
そこへと歩を進めていたら、ミレイがラディウスに問いかけた。
「ラグナ殿とお話しされていたことって、結局どうなったんですかニャ」
「知っての通り、最後まではできていない。あの男が何かを意図的に隠していたこと、その喉元へと私の剣が届きかけたはずなのだが、結果はこの通りだ」
神秘庁の研究員にして、いまではレンとも縁の深い存在――――ラグナ。
七英雄の伝説では鞄の旅人と呼ばれていて、運良く出会えると希少なアイテムを買うことのできた重要人物だった。
この世界線でもそれは同じで、レンは鞄の旅人としてのラグナとも冒険をしたことがある。
その彼が、今春から何か隠すように調査をつづけている。
そこにはレンのことや、レンの祖先である冒険家アシュトンたちのことが深く関係していそうだとラディウスは気づいた。
先日、エウペハイムにある神秘庁でラグナを問い詰めたのはそのためだ。
しかし、そんな折に皇帝がレンを帝城に呼び出したという連絡が届く。
落ち着いて話せなくなったため、途中で解散してしまったという経緯だった。
「近いうちに、今度は帝都で会うことになろう」
それでも、改めて話せる日はそう遠くなかった。
ややあって、最初の庭園の奥。
皇帝がいる場所へ向かうための階段をラディウスは進んだ。
「父上」
そこには、皇帝と第三皇子だけ。
皇帝は第三皇子の声を聞いたとき、外周の手すりを背にして風を浴びていた。目を伏せて考え事に耽っていたところ、いまの声で目を開けたのだ。
風が二人の間を吹き抜けた。
皇帝が手にしていた、古びた一冊の本。
彼はそれを懐にしまい、第三皇子に声をかけた。
「エウペハイムに行ったと聞いていたが」
「先ほど帰りました。父上、そのようなことより――――」
皇帝が歩きはじめ、第三皇子とすれ違いざまに。
「あの者と二人だけで語らいたかった。ここ以上にそれにふさわしい場はない」
「しかし!」
「第三皇子」
皇帝の静かな、心身の奥底へと響く声。
「大霊廟での儀を終えればそなたは皇太子。まだすべきことばかりであろう」
「私は為すべきことを怠ったことなど一度もありません。父上ならばそれをご理解くださっているはずです」
「我らが為すべきことに終わりなどない。折に触れてそう口にした皇帝を忘れたとは思わぬが」
皇帝が階段の下へと姿を消したところで、ラディウスは呟く。
風が、ラディウスの頬を撫でた。
「七英雄の時代に名を遺した賢王を忘れるなど、あるはずがないでしょう」




