24 男の影響を受ける女は多いですが……
広いホールのような室内であった。天井は高く二十メートル近くはありそうだ。
壁がそれを支えるようにそびえたっていた。柱やそれに類するものはない。
壁の高い位置に等間隔に窓がつけられており、その窓越しに月明かりが入ってきている。
そのわずかな明かりを頼りに床を確認する。
あちらこちらに天井から崩れてきたのか、石片や布切れ、また、ほこりなどで廊下と様相は変わらない。
そして、二人に声がかけられた。
「ドーラと申します。ごきげんよう」
そこに立っているのは美しい少女であった。
差し込む月影がその美しさを際立て、さながら一枚の絵画の様である。
そして、その横にはヨルハンが立っていた。そして、他に五人ほど立っている。
マリナもそれに気がついたらしい。女性の名前を二、三呟いた。
しかし、反応はない。ヨルハン達は顔から血の気が一切なかった。
さらに頬がげっそりとこけている。目も焦点が定まっていない。
ゆらゆらとわずかに揺れながら立っていた。
「外のゾンビはあんたが作ったのか?」
「そうですわ。でも正確には外にいるのはただのグール。新鮮なエサを求めるバケモノ。ここにいるのが創造主の命令を忠実に遂行する正真正銘のゾンビーですの」
ゾンビーのビーあたりの発音がやけに気合いが入っている。
そして、紹介されたゾンビ達も気合いが入ったのかユラユラに力が入った、ように見える。
「よくあのグールの群れを抜けてこれましたね。とはいえ、まだ一人戦っているようですが」
マリナが歯を食いしばる。
「マリナさん、あなたならきっと残りたかったのでは? 一人で置いてきて、ひどい方ね。それともあなたは邪魔者扱いされたのかしら? お優しいあなたのことですから、あんなバケモノでも殺せなかったのではなくて?」
ドーラは優雅に笑った。マリナは眉根に深い皺を寄せる。
「みんなに何をしたの!!」
「何をって、ねえ?」
ドーラはそれに答えず、代わりにロクドーに向かってニコリと笑いかけた。
マリナが進み出ようとしたがそれをロクドーが遮った。
「言葉でやりあうにゃ遅すぎだ」
「その通りですわ。マリナさん、あなたお人好しすぎます。その辺、少しだけ好きでしたわ」
ドーラは両手を胸の前で恭しく合わせた。そして、ゆっくりと腕を開いた。
「改めまして、ごきげんよう。そして、さようなら」
その言葉と同時にドーラは両手を叩く。それが合図であった。四体のゾンビがロクドー達に殺到する。
「マリナ! 離れるなよ!」
ロクドーは先頭をくる女ゾンビに向かって刀を振り下ろす。
が、それを人ではあり得ない膂力で飛び上がった。ロクドーの頭を飛び越える。
しまった、ロクドーが胸の内で叫ぶ。女ゾンビが着地したのはマリナの前であった。
「逃げろ!」
ロクドーは今度こそ口から言葉を発した。しかし、マリナは動かない。誰かの名前を呟く。
「さようなら」
女ゾンビがマリナに噛みつこうと大口を開けた瞬間、その中に銀光が飛び込んだ。
ガパッとその口から鮮血が噴き出す。
その銀光はマリナの剣であった。
「ごめんなさい」
マリナはもう一度呟く。
口腔内から後頭部まで貫かれた女ゾンビは、身体をビクンと振るわせた。
が、それでもマリナを害そうと両腕を振り上げる。
それをよんでいたのか、下腹部に靴裏を叩き込みその勢いで剣を引き抜く。
ついで、両腕を斬り飛ばした。女ゾンビがたたらを踏む。
次の瞬間、女ゾンビの頭から股間にかけて金属光が走った。
音はなかった。
「私が殺せなかったのは、美徳でも何もありません。ただ、自分の手が汚れることが怖かったからです」
女ゾンビは、左右に分かれて倒れる。マリナはそれから目を逸らさなかった。
目を見開き、涙をためている。
吐き気を催しているのか、白いきれいな歯をむき出しながらかみしめ、それでも視線はピクリとも動かさなかった。
「お二人の話を聞いてわかりました。覚悟がなかっただけです。剣を振るうことなんてスポーツ感覚でやってました」
ロクドーはマリナのそばによった。ゾンビたちも攻めあぐねているのか、距離を詰めてはこない。
「あら、あのお優しかったマリナさんが一晩で。男の影響を受ける女は多いですが…… あまりいい影響とは思えませんね」
そういうと、持っていた日傘で地面を数度突いた。
「ここ、実は大昔に大戦があった場所ですの。そしてその場所に勝ったバカな男がこのホールを作ったんですわ。ドロドロと怨念渦巻くこの場所に」
ドーラの言葉が終わるのと同時に地面から骨の腕が一つ飛び出した。
それが、二つ三つと続く。あっという間に数十の骨の軍団が作り上げられた。
が、それでは終わらない。ドーラはいつの間にか、地面に魔方陣を書き上げていた。
「おいでなさい! ガシャドクロ!!」
ゴゴオと地面が揺れる。と、ついで地面から巨大な骸骨が現れた。
「おいおい、ありゃなんだよ。ずりぃだろ」
現れた巨大骸骨、ガシャドクロはただの巨大な骨の化け物ではなかった。
いくつもの骸骨の化け物が組みあがり一つのでかい骸骨の形状になっているのである。
「さて、お二人には、ここで消えていただきますわ」
ガシャドクロはドーラをつかむと自身の胸の辺りにしまい込む。
ロクドーは辺りに視線だけ走らせた。
ゾンビが五体に、グールが三十体。これは、一体一体より数が問題だ。
そして、それらを操るドーラが乗り込んだ巨大骸骨ガシャドクロが一体。
ロクドーは思考する。が、制限時間とは常にある。巧遅よりは拙速でいくしかない。
「マリナ、あいつらをやれるか?」
ロクドーの言葉にマリナは一度ぐっと目をつぶった。溜まっていた涙が零れ落ちる。
そして、大きく見開いた。迷いの色はない。マリナはロクドーに向かって力強くうなづいた。
ロクドーは刀を持った右手で器用に印を組む。刀の存在が一瞬ぶれ鉄鞭に変化した。
「いくぞ!」
ロクドーとマリナは、その大群に向かって走り出す。
そして、激突する瞬間にロクドーは鉄鞭を地面に突き立てた。
そして、棒の高さを生かして飛び上がるとその頭上を飛び越える。
一瞬宙へ視線を移してしまったグールの一軍にマリナが食らいついた。
切り叩き蹴りその中を突き進む。
「死なないでください!! 私がリィネさんに怒られます!」
大群とガシャドクロの間に二人は位置した。背中合わせにマリナがロクドーに話しかける。
「それはこっちのセリフだ。俺は安心しろい、絶対死なないマンだからな」
二人は相反する方向に走り出した。




