23 俺はあんたを許せない
扉を抜けた先はでかいホールのようであった。
赤茶けた絨毯が奥まで続いており、壁には奇妙な模様の壁紙が張られている。
非常に豪華な建物であった。
が、しかしそれも昔。
絨毯のあちこちがちぎれ、壁紙は剥がれている。
壁も幾箇所が崩れ落ちているが、かなり丈夫な建物らしい。危険性は感じられない。
また、至るところに埃が、何かの生物かのように鎮座していた。
かつての大貴族か何かの屋敷だろうか。ロクドーは思案する。
「なぜ、私を連れてきたんですか! あの数ですよ! 一人じゃ!!」
そこで、ずっとマリナの手を引いていたことに気が付いた。
マリナは振りほどくと戻ろうと踵を返す。
「聞いてくれ。俺は必要だからあんたを連れてきたわけじゃない。リィネもだ」
「え?」
マリナが足を止める。
ロクドーは屈みこむと絨毯の上をじっと見つめる。
足跡を発見したのだ。
「聞く気があるならついてきてくれ。歩きながら話す」
ロクドーは奥へと足を進め始めた。
マリナは、渋々といったようにそれについていく。
「あんた、あれを殺せるか? 腕をそぎ落とし、足を切り飛ばし、胸を突き刺し、頭を弾き飛ばせるか?」
「あ……」
マリナはロクドーの隣で肩を落とした。
「あんたは戦力にならない。必死に戦ってたのは知ってる。でも、だからといってそれでいいわけじゃない」
ロクドーは刀を振るった。刃についた脂肪が地面に落とされる。
「俺とリィネが初めて人を殺したのが五年前だ。俺たちは孤児院育ちなんだが、ある時その孤児院に押し込み強盗が来た。貧乏孤児院なのにな」
ロクドーは皮肉気に笑う。
「最初に気が付いたのが、俺だったんだ。しょんべんに弟、本物じゃないけどな、そいつを連れて行こうとしてたんだが。なんでだったかな、ちょうど孤児院の、そんな風に呼んだことはないが、院長先生というやつもいなかったから、弟にみんなに隠れるように伝えに行かせたんだ」
ロクドーは一度止まる。辺りの気配を調べる。足跡はまだ続いている。
「俺は、そいつらの行動を見張ろうと後ろからつけてたんだ。厨房に来た時だった。リィネがやってきてな。あいつも小便かなんかだった。で、帰れ帰らないと一悶着してたら、ちょうどそこに妹が来た。まだ、五歳くらいだ。ところがその盗賊、それを見て色めき立ちやがってな。妹を捕まえて服をはぎ取ろうとしやがった」
分かれ道、足跡は右に続いている。マリナを見ると苦しそうな表情を浮かべていた。
「気が付いたら二人とも飛び出してた。まぁ、今となっちゃ一番いいタイミングで飛び出したとわかるよ。俺は、手近にあった麺棒で一人の頭に思いっきり殴りつけた。骨が砕ける感触を初めて味わった。リィネを見たら、あいつはナイフでもう一人の男の胸を突き刺してた」
マリナの歯噛みする音が聞こえた。しかし、ロクドーは言葉を止めない。
「彼我の戦力差をきちんと見極めるってのはこの時痛いほど理解できたよ。まだ二人いたんだ。リィネが男に蹴り飛ばされた。俺も髪をひっつかまれて持ち上げられたんだ。でも、暴れたらどうも股間に足がぶつかったらしくてな、逃げた俺は今度はリィネが落としたナイフをひったくって、リィネをつかんでた男の足を突き刺した。そいつは痛さからぐうって唸って屈んだんだ。そしてその男の顎にそのままナイフを突き刺した」
ロクドーは立ち止る。花瓶が一つ転がっている。罠の可能性を感じ注意深く刀でつつく。
「残りの一人は、うずくまっていたからな。リィネが首の後ろ、延髄にナイフをねじ込んだ」
罠ではないらしい。ロクドー達はまた歩き始めた。
「俺たちはお互いを見て驚いた。血まみれだった。俺の手はさらに脳みその一部が張り付いててな。でも怖かったのはその妹の目だ。きっと恐ろしいものを見ているようになってるはずだって」
マリナは言葉を発さず、視線だけで続きを促した。
「妹は、ありがとうって走り寄ってきた。汚れた俺たちに飛びついてきた。自分が汚れるのも厭わないで身体を擦りつけてきた。妹の身体の暖かさを、髪の匂いを、心臓の鼓動を、そんなのを感じたその瞬間だ。二人して妹にゲロ吐きつけてた」
ロクドーはクツクツと笑って見せる。が、マリナの表情は硬いままだ。
「命を奪わない、傷つけないってのは美徳だ。美しい…… それは間違いない。それに多くの人は正しいというだろう。でも、なら正しいってのは何だ。俺からすりゃ妹が傷つけられる方が悪だ、俺はあいつらを殺したことについて一切悪かったと思ってない。もう一回同じ人生やっても同じことをやるのは間違いない」
マリナは何かを言おうとして口をパクパクとさせたが、また、下を向いてしまった。
「あんたを責めてるわけじゃない。俺たちはその前にモンスターやら獣を狩ってたからな。アドバンテージもあった。だから、あんたを一緒にするつもりもない。ただ、もしあんたがしくじってあいつに何かあったら俺はあんたを許せない」
マリナはいつの間にかロクドーの後ろにいた。
ロクドーは振り向かなかったので表情はわからなかったが、はい、とだけ小さく聞こえた。
「悪かったな、長々と。俺たちがこうした理由をわかって欲しかっただけだ」
ロクドーは大きな扉が進行方向にあるのを確認して足を止めた。
マリナはその背中に強かに鼻をぶつける。
「あの向こうにいる。行くぞ」
ロクドーはゆっくりと扉を押し開く。ギィと油の差されていない蝶番が嫌な音を立てた。
扉を抜けるとそこはだだっ広いホールのような場所に出た。
入ってくる月明かりは廊下より減っており、薄暗い。
一歩中に入るとくすんだカビの香りがした。そしてその中にわずかに腐臭が紛れている。
マリナが鼻を手で覆った。
「あら、マリナさんごきげんよう。それと、そちらの方はどなたかしら?」
「ロクドーでございますよ。おたくは?」
ロクドーは薄暗い部屋の中で目をこらす。部屋の真ん中あたりに人影をいくつか確認した。
「ドーラと申します」
そこに立っているのは美しい少女であった。




