11 どうやら死ぬほど疲れてるらしい
ロクドーは、半地下になった部屋にいた。
外のわずかばかりの明るさすら入ってこないその部屋には、数カ所にだけ蝋燭が立てられているだけて、とにかく暗い。
「おーい。どこにおるー」
ロクドーは鍵束を指でくるくると回しながら燭台を片手に座敷牢の中を歩いていた。
ロウソクのわずかな灯りで見るに、鉄格子で区切られた部屋が五つほどある。
その部屋はすべて十人程度の少女がくっつきあって転がっていた。
狭すぎて動きが取れないのである。
陰鬱とした空間。
ロクドーは胸の内にどす黒い何かが溜まっていく気がした。
そこは肺ではない。
人間にしかない、そして何の役にも立たない器官にたまっていくヘドロ。
吐き出したい衝動を、こぶしを握ることで必死に抑える。
その時、鉄格子の向こうで何かが動いた。
十歳程度の少女が小さく丸まって震えている。
「待ってろよ。あとで出してやるから」
ロクドーが絞り出すように声を出した。
それと同時に声がした。
「兄ちゃん」
ロクドーはそちらを見やる。部屋のさらに奥、通路に手かせをはめられ転がされている人影があった。
「元気にしてたか?」
リィネはコクリとうなずく。
ロクドーは安堵した。ケガはないようだ。
三本目の鍵を試したところでカチリと開く。
立ち上がろうとして、リィネは少しだけ戸惑った。
左手を押さえている。
押さえる右手のわずかな隙間から、赤黒いものが見えた。
ケガではない。
リィネが生まれつき持っている痣である。
この痣のせいで忌み子扱いされたのだ。
いつもは手甲で隠しているが、今はそれも賊に取られてしまっている。
ロクドーは腰から財布代わりに使っていた布袋を取り出した。
そして、底を抜くと左手をその手に通してやる。
リィネはそれをじっと見ていた。
「よかったな、リィネ」
リィネは下を向いたままロクドーのほうに歩きだした。
ロクドーはそれを腕を広げて出迎える。
感動的な抱擁、のはずであった。
しかし、次に訪れる衝撃はリィネの飛び込むはずの胸ではなかった。
「クソ兄貴がぁぁぁ!!」
リィネが空中に舞う。
そして、地面と水平になった。
ロクドーが視認したのはリィネの靴裏。
それがロクドーの顔面に吸い込まれた。
「一発ウチに殴らせろ!」
「顔面に蹴りくれてさらに殴る気か? つか黙れ」
リィネを羽交い絞めにして、動きを封じる。
そしてうごぉぉとうなっていたリィネも幾分か落ち着いたところで離した。
「もう最悪やし。あの気持ちの悪いのにお尻触られるし。ホントに怖かったんやけんね」
「悪かったよ。でもホントよく我慢したな」
「兄ちゃんが鼻触ったから我慢したんやん」
鼻を触るのはロクドーとリィネの間で通じる合図である。
意味は静かにしろ、待て。そして信じろ。
ロクドーはわずかに震えるリィネの頭に手を置いた。
「行くぞ」
ロクドーの言葉にリィネは小さい声で反論する。
「この子達……」
「今は無理だ。賊を全員ぶちのめさない限り、安全には逃げれないからな。とりあえず、町まで行ってアランに話したほうがいい」
リィネは周囲を見渡す。
「この壁、ここ壊して逃げよう! みんな連れていけ――」
「音がすればそれだけここに集まってくる。それにお前、手甲どうする。探さないとまずいだろ」
リィネの手甲は特別製だ。
リィネの痣を隠すだけのものではない。
「でも、ウチが逃げたっちわかったら……」
リィネは、そばの檻を見た。
中で少女がじっと二人を見ている。
しかし声を上げない。いや、上げる気力がないのだろう。
疲弊しきっているのが見てとれた。
「だからこそ急ぐぞ。時間との勝負だ」
ロクドーが急かす。リィネが渋々とうなずいた。
「そういえば、ここ見張りとかおらんかったん?」
「いたぞ。ほれ」
ロクドーが指差す。
そこにはぐったりとうなだれている男がいた。
「どうやら死ぬほど疲れてるらしい。起こしてやるなよ」
そういうと、ゆっくりと座敷牢の扉を開ける。
辺りを警戒。足音はない。
砦を隠す魔術にかなりの自信があるらしく今現在、賊のほとんどは宴会場にいるのだ。
ロクドーは大量に酒を飲み、トイレに行くと言って抜け出している最中である。
恐らく、どこかで吐いているか、寝込んでいると思われているはずだ。
「ハンコどうするん?」
ロクドーは少しだけ苦々しい顔をした。
「んじゃ、お前、俺があの子たち無視して印章探してたら許す?」
「ウチが直々に殺す」
だろうな、とため息をつく。
「二、三週間は野宿でも我慢しろよ」
「仕方ないね」
言葉とは裏腹にリィネがニヒヒと機嫌良さそうに笑う。
ロクドーもまた、少しだけ頬を緩めた。
ロクドー達は、記憶と賊の足音を頼りに道を進んでいた。
ロクドー一人であれば、直線的に進んでもよいのだが、リィネがいる以上そうはいかない。
グルリと遠回りになりながら進んでいく。
そして、一つの部屋にたどり着いた。
何とも淫靡な匂いがする。リィネは少し顔をしかめた。
「なんか、匂うね」
ロクドーが耳を澄ませる。
わずかに聞こえる嬌声。
ロクドーは知っていた。
その声の種類は、強引に犯されているときの物だ。
しまった、と思った時にはリィネが走り出していた。
ロクドーが必死に走る。
それを見せてはいけない。絶対に。
しかし、単純な初速であれば軽いリィネの方が上であった。
追いすがるロクドーをよそにリィネは目的の場所に先に到達した。
そして、それを見た。
そこには六人ほどの女性と、一人の男がいた。
女の誰一人として服など着ていない。
理由は明白であった。
首や足には枷がはめられている。
髪はぼさぼさで風呂どころの話ではなかった。
顔や体中に殴られたり鞭で打たれたりしたであろうあざだらけである。
また、食事もろくに与えられていないのか、脇腹からあばらが浮いていた。
「あん? お前は、さっきのガキか? なんでこんなところに居やがるんだ?」
男は入口のリィネの方に振り向いた。
あの腰ぎんちゃくである。
そして、リィネの後ろにロクドーを見つけにぃっと口を歪めた。
「ロクドー。お前がやりたかったのはそのガキだったのか。どうりでどうりで」
腰ぎんちゃくは女の髪をぐいっとつかんだ。
「そういうのは、ホントは先輩である俺に先に味見させるもんだぜ? 黙っててやるから、そいつを連れて――」
次の瞬間腰ぎんちゃくの肩のあたりに青い光が走っていった。
そして、それが当たった瞬間、男は壁際まで吹き飛ぶ。
その青い光はリィネの魔術により生成された氷槍であった。
昆虫のように壁に貼り付けにされた男は、何が起こったのかわからず目を白黒とさせる。
リィネは、その哀れな標本にゆっくりと近づいていく。
リィネの周囲が揺らめいている。
その理由は腰ぎんちゃくの叫び声によって判明した。
「熱い! あづい! やめ、ああああああああああ」
不運にも最中であったため、腰ぎんちゃくからリィネに一番近い部分は、その腰の物であった。
その部分が黒く焦げていく。
リィネは魔術により自身の周囲を熱したのだ。
リィネは、そのまま手を伸ばすと男の顔面をつかんだ。
ゴシュッと煙が上がる。
唇は一瞬で灰と化し、鼻は炭化、眼球は溶け落ちた。
声にならない声を上げていた男は、ゲヒョっと不思議な呼吸を最後にピクリとも動かなくなった。
「兄ちゃん。ごめん」
リィネは、申し訳なさそうに振り返る。
その左手は肩まで赤黒い痣に覆われていた。
リィネは、無尽蔵の魔力を持っている。
痣は、その代償なのか、リィネが魔力を発すれば発するほどに広がっていく。
そして、それが原因で両親から人買いに売られた。
しかもその人買いすら気味悪がりクリスの教会に棄てられたのである。
あの手甲はこの痣の浸食を緩める効果があったのだが、今はないため、一瞬で浸食がすすんでしまったようだ。
ロクドーは大きくため息をつくと、頭をぼりぼりとかいた。
着ていたコートを手近にいた女性にかける。
そして、大きく両口端を引き上げる。
その笑みは質の悪いチンピラの笑顔であった。
「頭いい振りはここまでだ。俺達は俺達らしく行こうか」
ロクドーはもう一度リィネの頭に手を置こうとした。
「あっつ!」




