第七話 警戒|男は見慣れない少女を睨む
怪我なんだ!」
ゼノが必死な声で叫ぶと、洞穴の外で待ち構えていた大人の男が足音を立てて近づいてきた。 現れたのは、鮮やかな長い赤髪を高い位置でポニーテールにまとめ、赤い口髭を綺麗に整えたスタイルの良い中年男――レックス。 彼はゼノの剣の師であり、側近、そして魔界随一と謳われる名うての剣豪だった。戦闘の場数を踏んできた者特有の、纏うだけで空気を凍らせるような強者の気配が漂っている。
「……ゼノ様、無事で……って、その子供は?」
レックスが低く渋い声を出しながら、ゼノの腕の中にいる乎鞠を一瞥した。 その鋭い眼光を向けられた瞬間、乎鞠はこれまでの恐怖がフラッシュバックしたかのように、ゼノの胸元へと必死に顔をうずめ、全身を激しく縮こまらせた。
「レックス、お願いだ、この子を早く手当てしてやってくれ! 見てよ、左足が折れてるし、全身傷だらけなんだ!」
ゼノに急かされ、レックスは腕を組んだまま、じろりと乎鞠を観察した。 しかし、その表情には焦りよりも、深い困惑と訝しさが浮かんでいた。
「……ゼノ様。この小僧、いや、この幼子の容姿は一体……?」
レックスの目は伊達ではない。魔界だけでなく、人間界や聖界に至るまで、あらゆる種族の生態を知り尽くしている彼であっても、乎鞠の持つ特徴――神の神秘的な気配と鬼の禍々しい角や気質が入り混じったような、この世界のどこにも属さない奇妙で儚い容姿は、一度も見たことがなかった。
「見たこともない顔立ちです。一体どこから湧いたのやら……」
レックスが呟いたその低い声と、突き刺さるような好奇の視線に、乎鞠の精神はもう限界だった。 (また値踏みされる……、お前は何だ、化物だって、怒られる……!)
恐怖のあまり、細い肩が震え、堰を切ったようにぽろぽろと大粒の涙が溢れ出し、ゼノの服の裾をぎゅっと小さく握りしめた。
「はぅ……っ、ぅ……っく……!」
乎鞠の異変にすぐ気づいたゼノは、ハッとした表情で腕の中の小さな体を覗き込んだ。 自分にしがみついて震える乎鞠の背中を、ゼノは「もう大丈夫だからね」と優しくぽんぽんと撫でる。そして、少し睨むような視線を自分の師に向けた。
「レックス、怖い顔しないでよ! この子、すごく怯えてるでしょ。変なこと言わないの!」
ゼノにたしなめられたレックスは、やれやれと片手を軽く上げ、あご髭を指で撫でながら苦笑した。 「私としたことが、目の前で怯えてる可愛いガキを泣かせる野暮な真似を。……それにしてもゼノ様、その拾い猫をどうする気ですか? 城へ連れ帰るおつもりで?」
レックスのトーンが少し和らいだのを見て、ゼノはしっかりと乎鞠を見据え、その耳元に優しく囁いた。
「ねえ、泣かないで。あの怖い顔の人はね、見た目はあんなだけど、腕はすごく立つ頼もしいおじさんなんだ。僕たちが絶対に守るから、安心していいよ」




